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大難問!サンタさんはどこから家に入ってくるのか? ~クリスマスの思い出~

 (このぶんしょうは10さいより上の人だけよむことができます。まだ10さいになっていない人は、お母さんかお父さんに、よんでもいいかどうかきいてからよんでください)


 いつも硬い話ばかりしているので、たまには子供の頃のクリスマスの思い出など軟らかい話でも。

 私は子供の頃は、本当に子供っぽい子供だった。

 クリスマスになると我が家にも毎年サンタクロースが来ていたが、どこから家の中に入ってくるのか疑問だった。

 よく「煙突から入ってくる」などと言われるが、マンションの我が家には屋根も煙突もなかった。
 上の方からやってくるイメージがあるけれども、私の家はマンションの2階で、天井の上には3階の人が住んでることは子供心にもわかっていたので、上から来ることはありえないと思っていた。

 となると、残るは窓か玄関のドアしかない。
 しかし、子供部屋の窓を開けるともう、すぐ隣のマンションが建っていて、隣のマンションとうちのマンションの隙間は手を伸ばせば届きそうなほど狭く、とてもサンタさんが橇を乗り付けられるようなスペースはなかった。

 なので、残るは玄関のドアしかない。サンタさんは玄関のドアから普通に入ってくるのだ!

 というわけで、12月24日の夜は必ず寝る前に玄関のドアの鍵を開けておくのが、毎年の慣わしだった。サンタさんを閉め出してしまわないように。


 しかし、そうして無事に家の中に入れても、その先にもう一つ問題があった。
 それは、我が家の台所が狭すぎて、サンタさんが子供部屋まで辿り着けないのではないか、という問題だった。

 我が家の玄関と子供部屋の間には台所があり、台所の真ん中にはテーブルが置いてあった。玄関から入ってきた場合は必ず台所を通らなければ子供部屋には辿り着けないのだが、そのテーブルと台所の壁の隙間がとても狭かった。

madori.jpg
 私の家族は全員痩せているのでそれでも全然問題なかったのだが、サンタさんは太っているイメージがある。サンタさんはお腹がテーブルにつかえてしまって、ここ通れないよね、という話になった。(お母さんにサンタさんがどういう経路で子供部屋まで辿り着くか相談していた。)

 これはかなりショックなことだった。だって、グリーンランドだかフィンランドだか知らないが、はるばる遠くから我が家までやって来たサンタさんが、子供部屋まであと2メートルぐらいのところまで来て、お腹がテーブルにつっかえて通れないから諦めて引き返してしまったら、こんな残念なことはない。

 なので、テーブルをできるだけ西へずらし、テーブルと壁の間を最大限に空けておく、という作業もクリスマスイヴに必ず行っていた。

 それで、クリスマスの朝には私の枕元にはサンタさんからのプレゼントが毎年、無事に届いていたのである。

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サンタクロースと秘密主義

 Profileページにも書いてゐるが、私は教へたがらながり(教へたがりの反対)の性格で、今でも多少、秘密主義者的なところがあると思ふが、子どもの頃からさうした傾向があつたやうだ。

 まだ幼稚園児だつたころ、クリスマスの一週間ぐらゐ前に母が
「今年はサンタさんに何をお願ひしたの?」
と聞いてきた。

 私はクリスマスプレゼントの件に関しては、サンタクロースと私との間の個人的な契約だと思つてゐたので、
「サンタさんにはもうお願ひしたから、ママには教へない!」
と言つた。
 母は困つた顔をして、
「ぢやあ、ママには教へなくてもいいから、パパに教へてあげたら?」

私(・・・パパはもつと関係ないでせう・・・)

母「ぢやあ、紙に書いて置いといたら?」

私(クリスマスイヴの夜に紙に書いて枕元に置いておくならいざ知らず、なんで一週間も前に書かなきやいけないの???)

といふわけで、決して口を割らうとしない息子に、当時、母は相当困つたやうだ。
 結局、その年のクリスマスは母が私の欲しさうなものを推測して買つてきたことで事なきを得たやうに記憶してゐる。

 私はサンタクロースと心と心が通じ合つてゐると思つてゐたし、NHKのニュースでも見たから実在は間違ひない!と思つてゐた。

 などといふことを思ひ出してゐたら、今日、昼のNHKのニュースでも「サンタクロースが世界中の子どもたちにプレゼントを配るため、ソリに乗つて出発しました」といふニュースをやつてゐた。私も幼いころ、この種のニュースを見て、半信半疑が確信に変はつたのだ。NHKの素敵なところは、決して「サンタの格好に扮した男性が」などと言はないところだ。

 今年もかつての私のやうな秘密主義の子どもたちが世の大人たちを悩ませるのかもしれない。