暫定龍吟録

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クラウド時代のバックアップとは何か


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 先日、突然、パソコンがインターネットに繫がらなくなった。幸ひ、インターネットには翌日繫がるやうになったが、その日は一日、仕事にならなかった。

 私はこの痛い経験を機に、バックアップについてあらためて考へた。そこで思ひ知ったのは、自分のバックアップに関する認識の甘さ、考への古さだった。

 私はずっとバックアップの重要性については認識してゐるつもりだったが、バックアップするものはデータだと思ってゐた。データさへバックアップしてゐれば問題ないと思ってゐた。
 だが、さうではなかった。クラウド時代になり、「バックアップ」といふ言葉・行為はもっと多義的に理解されなければならないと痛感した。

 今回、自分が痛い目に遭った経験を教訓として、私と似たやうなライフスタイルを送ってゐる現代人の皆さんが同じ轍を踏まないやうに、考へを書き留めておきたい。


従来のバックアップ

 「バックアップ」といふ語を調べると、IT用語辞典でもウィキペディアでも「データの写しをとって別の場所に保存すること」と書いてある。なにかトラブルがあったときのための予備を用意しておくことである。

データの写しを取って保存すること。コンピュータに保存されたデータやプログラムを、破損やコンピュータウイルス感染などの事態に備え、別の記憶媒体に保存すること。(IT用語辞典)


失われては困るデータを失う前に通常とは別の場所にコピーしておくこと(Wikipedia)


 しかし、バックアップすべき対象については「データ」と書いてある。他のどのサイトを見ても、バックアップといふのは、データのバックアップをとることだと書いてある。

 たしかにこれが今までの多くの人の「バックアップ」の認識である。そして人々が「バックアップは重要ですよ」と言ふとき、それは「データのバックアップを取っておけ」といふことを意味してゐた。


クラウドコンピューティングの時代へ

 私もデータのバックアップが重要だと思ひ、パソコンの中のデータは外部の記録媒体に写しをとるなどしてゐた。
 しかし、かうした記録媒体には欠点があった。一つは壊れやすいといふこと。もう一つは規格などが次々に新しくなり古いタイプのものは使へなくなるといふ点だ。今、相手からフロッピーディスクでデータを渡されても困る人が多いだらう。フロッピーにしろMOにしろCDもDVDも次々と新しい規格が出て、2012年の時点では、フロッピーやMOの中のデータはかなり読み取りづらい環境になってゐる。

 CDや外付けHDDなどのかうした欠点を嫌ってゐたところ、数年前からクラウドコンピューティングの環境が整ってきた。脆弱なローカルな機械に依存しないクラウドサービスは私には魅力的に見えた。もちろん、クラウドと言っても実際にはサーバーコンピューターなどの機械であるわけだが、それでも従来の環境よりは頑強であるやうに思へた。それで、私はデータの保存に限らず、他の多くの作業をクラウドで行ふやうになっていった。

 例へば、以下の九つのクラウドストレージサービスなどは広く知られてゐるサービスである。

A
 Amazon Cloud Drive
B
 Box
C
 CX.com
D
 Dropbox
E
 Evernote
F
 firestorage
G
 Google Drive
H
 HiDrive
I
 iCloud


 これらのクラウドサービスの複数のサービスを使ひ、データをバックアップしてゐた。例へば、Evernoteのデータの写しをDropboxにも保存しておく、といふやうに。
 定期的にデータのバックアップを取るやうにしてゐたし、自分のバックアップのとり方は完璧だと思ってゐた。

 が、そこで先日の事件(といふほどの大袈裟なことではなかったが)が起こった。


クラウドに依存した生活

 朝起きて、いつものやうにパソコンの電源を入れてブラウザを開いたら、ネットに繫がってゐなかった。原因は分からなかった。「分からないことがあったらググれ」と言ふかもしれないが、ネットに繫がってゐないのでググることもできなかった。

 その日に資料を渡す予定だった相手から「資料をくれ」と言はれた。
 「資料は出来上がってゐるのだが、今日はパソコンがネットに繫がってゐないのでデータを取り出すことができない」と答へた。
 データのバックアップをとってゐなかったわけぢゃない。EvernoteにもDropboxにもGoogleDriveにもまったく同じデータを保存してあるし、ネット上のあちこちに保存してある。でもすべてネット上である。ネットに繫がってゐなかったらどれだけたくさんのクラウドサービスに保存してゐようともデータを取り出せない。

 相手から「では、パソコンは壊れてないんだらうから、一から資料を作って。それをメールで、いやネットに繫がらないんだったらメールも無理だらうから、印刷して持って来てくれ」と言はれた。

 しかし「それも無理だ」と答へた。資料を一から作れたとしても、印刷はできない。私の家にはプリンターさへ無かった。印刷さへネットに頼ってゐたのだ。

 相手「では、パソコンで作ったデータをUSBメモリにうつして、それをキンコーズかどこかで印刷して」
 私「USBメモリも持ってない」

 私のライフスタイルはもう全面的にインターネットに頼ったものになってゐた。資料を作らうにもWordやExcelなどのローカルなアプリケーション・ソフトウェアは持ってゐなかった。文書作成や表計算もすべてクラウドに頼ってゐた。プリンターもUSBメモリもCDもDVDも何も持ってゐなかった。さうした機械に頼らない生活を目指してゐたのだから、当然の帰結と言へば当然の帰結だった。

 結局、相手にはネットに繫がるやうになるまで待ってもらって、翌日にはネットに繫がるやうになったのだが、この一件から多くのことを考へさせられた。


一本しかなかった経路

 問題は、私がそれだけネットに頼った生活を送っておきながら、インターネットに繫がる経路を一本しか持ってゐなかったといふことである。
 無線インターネットの環境さへ整へてゐなかった。仕事場にもパソコンはなく、ネットカフェがどこにあるかも知らず、タブレット型PCやゲーム機はおろか、携帯電話さへ持ってをらず、家のたった一台のパソコンでたった一本の有線インターネットで繫がってゐた。


アクセスできないデータに意味は無い

 こゝまでくれば私の言ひたいこともお分かりだと思ふが、バックアップとは単にデータのバックアップをとっておけばいいのではない。クラウド時代のバックアップとは、インターネットに繫がる複数の経路を確保しておくことである。しかも“すぐに”利用できるといふことが大事である。ネットカフェがあるぢゃないか、と思ってゐても、いざ利用しようとしたときに場所が分からなかったり近くに無かったり、あるいは利用方法が分からなかったりしたのでは駄目である。

 例へば、すごく好きで今すぐにでも会ひたい人がゐるとしよう。「その人が生きてゐることは確かだが、所在地は分からない。この地球上のどこにゐるかは分からない。聯絡の取りやうもない」と言はれたら、どうだらうか。
 「この地球上のどこにゐるか分からない」などといふ人を探し出すことはできない。将来的にはfoursquareのやうな位置情報系サービスの普及により人を探し出すのが容易になるだらうが、それはもうちょっと先の話で、現状では難しい。そんな人が生きてゐることを教へられたところでどうしよう。おそらくその人にはもう二度と会へない。永遠に会へない人など死んだも同然である。

 クラウドに保存されてゐるデータは消えてしまったわけではない。ちゃんと生きて残ってゐる。しかしアクセスできないデータに何の価値があるだらう。


クラウドコンピューティング時代のバックアップとは

 思ひ返せば、そもそもインターネットはそのやうな複数の経路を確保するやうに設計されて出来上がって来たものだ。インターネットの前身はアメリカの軍事ネットワーク<ARPANET>で、一箇所を攻撃されても、別の迂回ルートで情報を届けられるやうに構築されてゐた。現在のインターネットもその流れを引き継いでゐる。

 インターネットはさうした冗長性を持った構造で世界に普及したが、インターネットと人間を繫ぐ部分、すなはち端末、インターフェイスには課題がある。その課題についてはまた別稿で論ずることにしよう。

 繰り返しになるが、バックアップとは単にデータの写しをとっておくことを意味せず、クラウドコンピューティングの時代にあっては、インターネットに繫がる複数の予備の経路を確保しておくこともまたバックアップである。
 お父さんのスマートフォン、お母さんの携帯電話、お兄ちゃんのパソコン、あるいは学校の、サークルの部室のパソコン、なんでもいい。いざといふ時に自分がすぐに使へるネット環境を複数用意しておくことだ。

 バックアップについての考へを改めなければいけない時期に来てゐる。


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ハードディスクの保証書とは何か

 最近、レンタルサーバーの「ファーストサーバ」といふ会社が大規模障礙を起こし、多数の顧客のデータを大量に消失してしまひ復旧できないといふ出来事があった。

 ファーストサーバで大規模なデータ障害 顧客データが消失 - ITmedia ニュース(2012/06/22)

 ファーストサーバは私も以前、利用を検討したことがあって名前を知ってる会社であり、似たやうなレンタルサーバーサービスを使ってゐたことがある身としては、今回の事は他人事とは思へなかった。

 今回の件に対しての人々の意見の中に、「稼働率100%を謳ってたくせに」といふものがあった。
 私は最近のレンタルサーバー事情を知らなくて、この「稼働率100%」の意味を調べてみたところ、最近のレンタルサーバー会社の多くが「SLA(Service Level Agreement、品質保証制度)」といふものを導入してゐることが判った。そしてこの制度によって、稼働率、つまり稼働時間が限りなく100%に近いことを保証してゐた。

 しかし、問題はそこではないのではないか。大手の有名サイトでさへ、アクセス過多によるサーバーダウンなどで一時的に繋がらなくなることは偶にある。客にとっては「24時間繋がる」ことよりもデータを守ってくれることの方が大事なのではないか。

 この「SLA」が保証してゐる「品質」とは何なのか。それはよく読むと稼働率のことだけであることが分かる。つまり、データを守るためのサーバーの重厚性や安全性を保証してゐるわけではないのだ。

 そして約款を読むと、データについては保証しない、利用者が自分でバックアップを取れ、サーバーの故障などでデータ消失などの損害が起きても責任は取らない、といふことがちゃんと書かれてゐる。

 以下、ファーストサーバの「レンタルサーバサービス利用契約約款」より抜粋。

第16条(データの保管およびバックアップ)
1. 契約者は、本サービスが本質的に情報の喪失、改変、破壊等の危険が内在するインターネット通信網を介したサービスであることを理解した上で、サーバ上において利用、作成、保管記録等するファイル、データ、プログラム及び電子メールデータ等の全て(以下「契約者保有データ」といいます。)を自らの責任において利用し、保管管理し、且つ、バックアップするものとします。
2. 当社は、システム保安上の理由等により、契約者保有データを一時的にバックアップする場合があります。ただし、当該バックアップは、契約者データの保全を目的とするものではなく、当社が契約者からの当該バックアップデータの提供要求に応じる場合であっても、当社は、当該データの完全性等を含め何らの保証をしません。
3. 契約者が契約者保有データをバックアップしなかったことによって被った損害について、当社は損害賠償責任を含め何らの責任を負わないものとします。

第35条(免責)
4. 当社は、システムの過負荷、システムの不具合によるデータの破損・紛失に関して一切の責任を負いません。



 つまり、ファーストサーバは、SLAに伴ひ毎月の利用料や年間利用料などは返却することはあるかもしれないが、データ消失による何億円、何十億円といふ損害については賠償しなくてもいいといふことになる。
 だが、これはファーストサーバが特別に悪質とかいふことではなくて、どこのレンタルサーバー会社もだいたい似たやうな決まりになってゐるのである。

 そして、今回のファーストサーバの件で私が思ひ起こしたのは、ハードディスクの保証書のことだ。


ハードディスクの保証書は何を保証してゐるのか

 外付けのHDD(ハードディスクドライブ、以下「ハードディスク」)などを買って来ると保証書が付いてゐる。何年も前からずっとこの保証書の意味について考へてゐた。

 ハードディスクがある日突然壊れて中に入ってゐたデータがすべて消えてしまった、取り出せなくなった、さういふ経験をしたことのある人は世界にたくさんゐるだらう。「大切なデータが入ってたのに!」、「なんとか中のデータを復旧・救出できないか」、さういふ嘆き節をネットでたくさん見てきた。

 さうした質問に対する自己責任論者たちの回答はだいたい決まってゐて、「自分でちゃんとバックアップを取ってゐないから悪いんです」、「ハードディスクは壊れやすいからデータの長期保存に適しません。半永久的に取っておきたいデータならCD-RやDVD-Rなどの記録媒体にバックアップを取っておくべきです」などなど。

 以前、「教えて!goo」で、パソコンに詳しい人が「私は外付けハードディスクを買ふときは同じ物を2個買ふやうにしてゐます。そして同じデータを必ずその両方に入れておくやうにしてゐます」と回答してゐるのを見た。
 それは無理だ。だがパソコンに詳しい人は「データが大事ぢゃなかったんですか!」と一喝するだらう。それは手術代を渋る患者に対して「命とどっちが大事なんですか!」と怒る医者と似てゐる。腕時計が大好きな人は、「安いヤツでいいや」と言ふ一般人に対して「いや、時計だけは少々高くてもいいヤツを買った方がいい」などと言ふ。
 専門家は自分の専門分野の物の価値がよく分かってゐるし、また自分が最も興味のある分野でもあるから、幾らでもお金をかけられるだらう。しかし一般人は自分が興味のない分野のことにはできるだけお金はかけたくないものだし、かけられない。新製品のハードディスクが手元に届いてもあなたのやうに別に心がウキウキするわけではないのだ。

 自分でバックアップを取っておけ、と言ふが、自分でハードディスクを買って来てデータを入れる(コピーする)のも、自分でレンタルサーバーを契約してそこにデータを入れるのも、自分でやってゐるバックアップの一環ではないのか。
 半永久的な保存場所としては適さないかもしれないが、しかし、ハードディスクはデータの一時的な保管場所ではある。

 ハードディスクを買ったときには「保証書」が付いて来る。
 注意したいのは、レンタルサーバーであってもハードディスクであっても「ほしょう」は「保証」であって「補償」ではない、といふことである。「補償」だったらデータ消失によって大きな損害が出た場合その賠償金を払って償はなければならないことになるが、さうした賠償金は払はないといふことである。あくまでもハードディスクとしての品質を保証してゐるのである。「保証」は、確かだと請け負ふことである。

 しかし、では、ハードディスクの品質とは何であらうか。
 データが読み書きできること。そしてある程度の速度があること。だが、それだけではあるまい。やはり、一時的にではあれ、データを保管するといふ役割もハードディスクの大きな役割であらう。それもハードディスクに求められる品質の一つであらう。

 「故障したのが、保証書の期間内(だいたい1年間が多い)であれば、無償で修理(たゞし初期化するのでデータは戻らない)、または無償で新品と交換いたしますよ」と言ふ。それがハードディスクの保証書の意味である。
 そこで「無料で新品に取り替へてもらへた!」と言って喜ぶ人は誰もゐない。ユーザーにとって大事なのはデータであって機械の箱ではない。
 そもそももし1年以内に故障したのであれば、「1年間はちゃんと動く」といふ品質すら保証してゐない。

 かうなってくると、ハードディスクの保証書とはいったい何を「保証」してゐるのか、といふ疑問が出て来る。あるいは、ハードディスクの保証書は何のためにあるのか。

 ハードディスクの保証書は何のために存在するのか。
 「1年間は保証します。でも1年以内に故障することもあるかもしれません。その時は無償で修理させていただきます」。
 これは何を請け負ってゐるのか。何を「保ち」、「証し」てゐるのか。


人のデータを預かるといふことの重さ

 以前も書いたが、私はもし自分がIT企業の社長だったらブログサービスは手がけたくないと思ふ。

 レンタルサーバーにしろ、ハードディスクにしろ、ブログサービスにしろ、データを扱ふといふことは大変なことだ。縦令、データについては免責されてゐるにしろ、人の一生の記録を預かりあるいは扱ふことに私は空恐ろしさを感じる。機械の故障にしろ操作ミスなどのヒューマンエラーにしろ、たくさんの人の厖大な全記録や思ひ出を一瞬で消してしまふなんてとんでもないことだ。

 上記ファーストサーバの件に関して「単にセキュリティシステムの構築の仕方の問題ぢゃないの?」と言ふ人がゐる。しかし、そのちょっと前に起こったAmazonクラウドのトラブルでは、二重三重に設けてゐた防護策が次々と倒れて行ったことが次の記事などで紹介されてゐる。

 Amazonクラウド先週のシステム障害、原因は電源トラブル。二重三重の防護策が次々と倒れる - Publickey(2012/06/21)

 Amazonのやうな大会社でさへ、かういったことがあるのだ。確実に安全なセキュリティシステムを構築することは簡単なことではない。そこでは「フェイルセーフ」の仕組みなどさまざまな安全対策が課題となってくるが、安全性の問題については、また別稿に改めることにしよう。