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兎狗分離の提案 〜マイナンバーと早期の“日本の電子化”の実現のために〜

電子化で遅れすぎている日本

 マイナンバー制度の諸々の取組の遅さに焦燥感を感じている。
 現段階で計画されていることは、今から一年以内くらいには実現してほしいが、マイナポータルの実用開始が遅れるなど雲行きが怪しくなってきている。「2020年の東京オリンピックのころには」と言うのでは遅すぎる。日本はただでさえ電子政府化の取組が遅れているのに、これ以上遅くなるようなことは耐えられない。


遅れの原因

 遅れの原因はいくつかある。
 一つにはセキュリティに慎重になっている、つまり拙速にならないよう、念には念を入れて準備をしているから。
 もう一つには、やはり国民からの不人気がある。国がマイナンバー制度を推進しても、自治体が乗り気でない。そして何より国民がマイナンバー制度を嫌ってる人が多い。国民が嫌ってるなら、自治体も金をかけてまでシステムを改修しようと思わない。自治体が動かなければ利便性は高まらないので、国民はますますカードを持たない。


マイナンバーカードの普及率の低さが日本の“電子化”を阻む

 マイナンバーカード(以下、カード、マイカ等と略す)が普及しないことによる弊害がある。それは、日常のあらゆる手続きの電子化が進まないことである。目下のところ、国民がマイカを持たなければ、電子証明書を手にすることはない。となれば、行政レベルでも民間レベルでも、電子化は進まない。


マイナンバーとカードが相互に足を引っ張る

 今はまさにマイナンバーとカードがお互いに足を引っ張っている状態にある。私はマイナンバーは一旦置いておくとしても、マイキーには走ってもらいたいと思っている。国はマイナンバーを走らせたいと思っているが、カードの普及が思うように進まず前進できないでいる。マイキーはマイナンバーの不評の煽りを受けて、これまた前に進めずにいる。

 そこで、この二つを分離してはどうか。
 兎と狗の分離である。


二人三脚からの兎狗分離(とくぶんり)
mainamykey.jpg

 兎(マイナンバー)と狗(マイキー)をそれぞれ走らせるためには、いまお互いに脚が絡まり縺れ合っているこの二匹を分離する。二人三脚の脚紐を解いてやれば、走りやすくなるはずだ。
 マイナンバーはすでに普及が完了している。それなのに足の遅い狗を二人三脚で引き連れているために、まったく前に進むことができないでいる。一方、狗は、みんなの嫌われ者の兎とペアを組んでしまっているために、自分までが嫌われてしまっている状態にある。
 そこで、この二匹を引き離すのである。

 マイナンバーとマイキーカードに分けるのである。

 すでに普及が完了しているマイナンバーと、これから普及を目指すマイキーを一緒のカードで括っているのは、クラスで一番足の速い子と一番足の遅い子を二人三脚のペアにしているようなものである。
 狗という足枷が外れて身軽になったマイナちゃんは、クラスのみんなからどんなに嫌われようが、目標に向かって邁進できるようになる。
 マイキーくんは、「マイナとかいうあの兎と同じグループなんでしょ!」というクラスメートからの誤解が解けて、我が道を進むことができる。

 具体的には、マイカのICチップの中に入っているマイキー部分のユニットをマイナンバーが書かれていない別のカードとして独立させる。


マイキーカードの誕生

 このカードは「カード」と言っても必ずしもプラスチック製のカードである必要はない。大事なのは電子証明書を中心としたユニットなので、それをどこかの端末に取り込む。例えば今ならスマートフォンなどがいいだろう。スマホなら国民の大半が持っているから。端末内へのセキュアな格納が完了してからマイナンバーを切り離す。そうすれば、「マイナンバーカード」ではない所謂「マイキーカード」が誕生する。
 国民みんなが嫌いなマイナンバーが入っていないので、このカードは普及し、マイキープラットフォームを中心とした日常生活の電子化、オンライン化は加速する。


マイナンバーは所期の目的を果たしやすくなる

 「分離によってマイキーにメリットがあるとして、マイナンバーはどうなるの?マイナンバー側にメリットがなかったら国はつまらないんじゃないの?」と思う人もいるかもしれない。

 だが、分離はマイナンバー側にもメリットがある。マイナンバーの所期の目的である税と社会保障が進まないのは、狗に足を引っ張られているからだ。
 「普及」をゴールとすると、兎はとっくにゴールに達しているのだ。今は足の遅い狗を待っている状況だ。マイナンバーの国民への普及(付帯)は2016年にとっくに完了している。狗と足並みを揃えるという制約がなければ、もうゴールに到達している兎は、のびのびと税や社会保障との結び付きに勤しむことができる。


一日も早い電子化、オンライン化の実現を

 日本国民の間で大不評のマイナちゃん。仮にあまりの評判の悪さから国がマイナンバー制度を廃止したとして、その時に「狡兎死して走狗煮らる」ことを私は怖れている。
 兎が死ぬだけではなく、狗まで共倒れになったら目も当てられない。「電子政府化の仕組みを一から作り直しましょう」と言う人もいるかもしれないが、「10年後の実用化を目指して」、「20年後を目処に」などと言われたら気が遠くなる。ただでさえ電子化の取組が遅れている日本。世界各国の電子化が進む中、日本だけが前世紀に留まるようなことは私は耐えられない。

 「日本の電子化」の実現に、今、最も近いところにいるのはマイキーだ。だからこそ、二人三脚の脚紐を解いてでも、狗には走ってほしい。


【関連記事】

兎と狗の違い 〜マイナンバーカードの眼目〜

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 今まで何回もこのブログで、マイナンバーについて書いて来たが、やはりまだまだ多くの人が兎と狗の違いを解っていない、と感じる。

 図書館でマイナンバーカードが使われるようになるとか、商店街でポイントが貯まるようになるとか、そのようなニュースが流れる度に、マイナンバーカード批判の声をたくさん聞く。批判は結構なことだが、それらの批判の多くがあまりにも的外れな批判ばかりである。

 さすがに「まったく関係ない」とまでは言わないけれども、しかし狗は、その大部分において兎とは関係がない。にもかかわらず、多くの人が兎と狗をごっちゃにしてしまっているのは、この二匹の名前が似ているからかもしれない。兎の名前は「マイナ」、狗の名前は「マイキー」、名前が似てるから人々はこの二匹を混同して語る。しかし狗が持ってる鍵は兎の耳とはほとんど関係がないのである。

 マイナンバーカードに反対し批判する人たちは、もしかしたら将来的に「狡兎死して走狗煮らる」ならぬ「狡兎“活きて”走狗煮らる」事態が来ることを予想して批判しているのかもしれない。つまり、狗が兎の“活躍”に貢献する、と。だから「兎に反対の私たちは、狗を持ちたくないんです」と。

 そこまで考えて批判しているなら、それはそれで聞く耳は持つけれども、しかし、狗は兎のために走るというよりは、自らの持つ価値のために走る、という側面が大きいことを知らなければならない。

 この狗はただの「兎のための」狗ではない。物凄く大きなポテンシャルを秘めた狗である。

 マイナンバー制度にしろマイナンバーカードにしろ、私は賛成を強制するわけではない。賛成意見も反対意見もあっていい。だが「私は兎が嫌いだから狗も嫌いです」と言うのはおかしい。

 マイナンバーカードにはたしかに番号が書いてある。しかしこれは言わば「おまけ」みたいなものである。顔写真も付いているから身分証明書にもなります、というのも「おまけ」の機能である。

「身分証明書として“も”使えます」
「番号確認に“も”使えます」

ということで、「おまけとしてそんな風にも使えますよ」というようなものである。QRコードだって「おまけ」である。

mykey.jpg


 マイナンバーカードの眼目はそんなところにあるのではない。狗の眼に注目してほしい。眼から鍵に向かって「JPKI」と読めるだろう。眼に「眼目」が描かれているのだから、こんなに分かりやすいことはない。マイナンバーカードの眼目はまさにこの狗の眼目が物語っている。それは、ICチップの中に入っている狗、即ち、公的個人認証(と空き領域)である。そして、この狗(マイキー)は兎の耳(ナンバー)とは関係がない。

 個人認証の中には基本4情報、即ち、住所、氏名、生年月日、性別は入っている。

 「だから、その個人情報を使われるのが嫌なんですよ」

と言うのかもしれないが、それならそれで兎批判とはまた別けて批判すべきことである。

 私はマイナンバーカード批判は大いにあってよいと思う。私たち日本国民の生活に大きく関わってくることなのだから、批判はあって当然である。しかし、今まで私が見聞きしてきたマイナンバーカード批判は、何れも、この兎と狗を混同した頓珍漢なものばかりだった。

 マイナンバーカードはオンラインにおける本人認証が主たる用途になってくる。

 「なんでカードを作ってしまってから使い道を考えてるの?官僚が住基カードの二の舞と批判されないためにあの手この手で普及策を無理やり考えてるとしか思えない。普及しなかったら、また壮大な税金の無駄遣いになって責任者である自分たちの首が飛んでしまうからね」

 そういう批判をよく目にする。しかしそうではない。今、マイナンバーカードと連携する実験が進んでいるものは、ほとんどがカードができる前から計画されていたものである。

 マイナンバーカードは、現代のネット社会を睨み、これから益々オンラインにおける本人認証が重要になってくることを想定して作られた、と私は思っている。ただ、その場にたまたま機械がなかったりして、本人が目の前にいてなおかつカードも持っているのに本人認証ができなかったら、なんか残念だから、対面でも、つまりオフラインでも認証ができるように、券面に顔写真や氏名や生年などの情報を載せたのである。

 つまり、オンライン用途が「主」であり券面は言わば「付属」、「おまけ」みたいなものである。ところが今、マイナンバーカードを批判している人たちは皆、この「おまけ」の方ばかり見て批判している。

 こんなにも的外れな批判が多いのは、おそらく名前のせいもあると思う。「マイナンバーカード」という名前だから、人々は「マイナンバーのカードだ」と思うのだろう。「JPKIカード」、「個人認証カード」などと名前を変えたらどうだろう。

 「嫌いだから近づかないようにしている」人もいるかもしれないが、出来上がってしまってから「ああ、やっぱり国が作るものはロクなもんじゃなかった」と言うのでは遅い。

 「マイナンバーカードって、もう出来上がってるんじゃないの?」

 そんなことはない。出来上がったのは外郭だけであって、「狗」の部分については今まさに「考え中」なのだ。だからこそ、文句があるなら今の内に言う必要がある。そのためには先ず兎と狗の別が解っていないと批判は始められない。


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マイナンバーカードは住基カードの二の舞にはならない

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 マイナンバー制度に対する批判として、「マイナンバーカードは住基カードの二の舞になる」という声をよく見聞きする。住基カード(住民基本台帳カード)は導入に「400億円かけた」とも言われ、その割には全国民の5.5%にしか普及しなかったとも言われている。個人番号カード(以下、「マイナンバーカード」)も大々的に導入を進めた割には住基カードと同じように普及せず、金の無駄遣いになるだろう、というわけだ。

 だが私はマイナンバーカードが住基カードのように普及しないとは思わない。マイナンバーカードは普及するだろう。理由は、マイナンバーカードは住基カードと違って拡張性があるからだ。

 どれぐらい普及するかというと、現在の東京におけるSuica並みに普及するだろう。但し、国、或いはJ-LISが運用上の大きなヘマをして信用を失墜しなければ、の話だが。

 また、普及には時間がかかる。Suicaも発行が始まってから普及するまでに7、8年かかった。

 普及に時間がかかるのは、人々が便利さを実感するのに時間がかかるからだ。Suicaも初めの頃は、「改札でピッてできるやつでしょ」というほどの認識だった。が、その後コンビニで買い物もできる等、用途の拡大とともにその便利さが認識されるようになって徐々に普及していった。

 マイナンバーカードは住基カードと違って拡張性がある。これから幅広くいろんな用途で使われるようになっていく。今、多くの人々が「あんなカード持ってどうするの?」と言っているのは、メリットが感じられずデメリットの方が大きく感じられているからだ。

 今のところ、マイナンバーカードを持つメリットは、「納税が簡単になる」ということと「身分証明書として使える」ということぐらいしかない。後者に関しては運転免許証やパスポートを持ってる人はそれで間に合っている。

 マイナンバーカードを持つことに「反対だ」と言っている人にどうして持たないのかを尋ねてみたら、「ただでさえお財布の中がカードだらけなのに、これ以上カードを増やしたくない」と言っている人がいた。これは大きな認識誤りである。マイナンバーカードはそれらのカードを減らすためのカードなのである。今はまだ聯繫していないが、そのうち保険証、運転免許証、ポイントカード、キャッシュカードと聯繫していくことになり、それらのカードは財布の中から消え、マイナンバーカード一枚に集約されていくことになる。

 今はまだ、多くの日本国民がマイナンバーカードの使い方をピント来ていない。「納税(e-tax)と身分証明書ぐらいなら要らないかな」と思ってる人も多い。

 マイナンバーカードを持つことの大きなメリットの一つは公的個人認証だろう。もし多くの民間企業が、この公的個人認証を利用したサービスを作るなら、人々は「マイナンバーカードを持ってた方が便利だ」と思うようになるに違いない。

 一方、デメリットとしては「個人情報が盗まれそうで怖い」というのがあると思う。しかしこれも、「みんなの情報」が一遍に漏れるようになれば、次第に不安心理は解消されていくだろう。「赤信号みんなで渡れば怖くない」というこの国では、マイナンバーカードが広まっていない時期に自分一人だけの個人情報が漏れるのは怖いが、「国民1000万人分の個人情報が漏れました」というニュースを聞けば、「あ、私だけじゃないんだ」という不思議な安心感が出てくるはずだ。

 マイナンバーカードは普及しない、などという見方は甘い。特に公的個人認証の機能は現代のネット社会になくてはならない必須の機能であり、これを知ったとき、人々はマイナンバーカードの便利さに気づくだろう。

 マイナンバーカードの公的個人認証が秘めている大きな力を私は懼れている。だがほとんどの人は懼れず、「どうせ住基カードの二の舞になる」と見縊っている。住基カードの二の舞になることを憂うよりも、普及しすぎることによる弊害のほうを今から考えておくべきである。

 公的個人認証やマイナンバーカードの問題点については、以前も書いたが、また稿を改めて書きたいと思う。


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