暫定龍吟録

反便利、反インターネット的 This blog has not been updated since 2017

タグ "世代" の付いた記事

戦争世代論 ~天皇はなぜいつまでも戦争責任を問われ続けるのか

 戦後、もう60年以上も経つが、いつまでも「天皇の戦争責任」を問う声が一部で燻っている。

 昭和天皇は平和を愛したお方であられたのに、そしてその天皇の御意に反して軍部が始めた戦争であるというのに、なぜ天皇の戦争責任がいつまでも問われるのか。

 この問題について昔からさまざまな議論があるが、私は世代論の観点から一つの試論を述べてみたいと思う。

 「天皇は戦争世代ではない」

という観点から。

 なお、この記事では「太平洋戦争」という言葉を用いるが、昭和16年から昭和20年までの対米英戦争を念頭に置いている。


戦争世代ではない昭和天皇

 私は子供の頃早くから、自分の家と天皇家とが、世代がずれているということに気づいていた。

 現・皇太子の御年齢は、私の年齢からも私の父の年齢からも離れている。また、今上天皇の御年齢は、父の年齢と祖父の年齢の真ん中にある。つまり、ちょうど交互に食い違っている。

 図で描くと以下のような感じ。
tennouke02.jpg

 私の家のような庶民の家と天皇家を並べるのは不遜で畏れ多いことだが、話をわかりやすくするためにこのように描く。

 私の祖父は大正生まれで、ドンピシャで戦争世代である。戦地に赴き、多くの同世代の仲間を失った。
 大正生まれの祖父が昭和時代の戦争に参加したのだ。

 当たり前のことだが、多くの人がうっかりしがちな事実は、

昭和天皇は昭和生まれではない

という事実である。

 昭和天皇は明治34年生まれ。
 今上天皇(平成の天皇)は昭和8年生まれ。

 つまり、昭和天皇が戦争世代でないのみならず、天皇家が「戦争世代の家」ではないのだ。


戦争に関する知識の「逆転現象」

 私は高校生の頃、年上の人、皇太子様と同じ世代の人たちと話をしていた時、彼らがあまりに戦争のことを何も知らないのに驚いた。彼らは自分の父親も祖父も戦争に行ってないから家庭で戦争の話を聞く機会がなかったのだ。彼らより歳が若い私の方が祖父から戦争のリアルな話をたくさん聞いていたおかげで戦争については詳しかった。

 一般的に時代が下っていくにつれて戦争に関する知識は一様に少なくなっていくと思われがちだが、家単位で見てみると、戦争世代の人がいる家庭といない家庭があり、それによって、若い世代の人の方が却って戦争のことを知っている、という逆転現象が起こる。もっともこれからは戦争経験者がいなくなってくるので、こうした逆転現象も起こらなくなるだろうが。


軍隊は20代が中心で、30代は「老人」扱い

 太平洋戦争にかぎって言えば、昭和16年の開戦の年に、昭和天皇は40歳。今上天皇は僅か7歳。
 どちらにしろ、戦地に行く年齢ではない。

 天皇はなぜ戦地に行かれなかったのか。
 多くの人は、「高貴な家柄の人だから」、「尊いお方だから」と思っている。しかし、仮に天皇が一般庶民であったとしても、年齢的に戦地に赴くことはなかったのだ。

 召集令状(通称「赤紙」)は、誰に配られたのか。
 成人の男性すべて、と言われているが、70歳や80歳の男性が兵隊として駆り出されたとは考えられない。

 どこの国でも、だいたい軍隊というものは20代の青年を中心に構成されていると言う。30代で「老人」扱い。40歳以上の人は一部の志願兵とかを除けば、現場には少なかっただろう。

 つまり太平洋戦争開戦時に、すでに40歳であらせられた昭和天皇は、年齢的に言って兵隊として召集されるような御年齢ではなかった。
 また、開戦時、7歳であらせられた今上天皇は、終戦時でさえ、まだ11歳。

 つまり、戦争時、家族の中に戦争世代の人がいる家庭といない家庭があった。
 「銃後を守る」という意味では、戦時中に生きていたすべての人は「戦争世代」と言えるかもしれないが、ここでは実際に兵隊として戦地に駆り出された20代から30代の人のことを戦争世代と呼ぶことにする。


開戦を決めたのは明治生まれ、実際に戦地に行ったのは大正生まれ

 以下、開戦の意志決定に関わった(と私が考える)主な人々の生年を記す。

寺内寿一(明治12年生)
杉山元(明治13年生)
東條英機(明治17年生)
板垣征四郎(明治18年生)
鈴木貞一(明治21年生)
木戸幸一(明治22年生)
近衛文麿(明治24年生)
岸信介(明治29年生)

 ご覧のとおり、全員、明治生まれ。明治30年代、40年代生まれもここにはいないことから、当時の大正生まれの若者たちは、開戦の意志決定にほとんど関わっていないことがわかるだろう。

 明治生まれの「大人」たちが、「もう、こうなったら戦争するぞ!」と決めて、「よーし、おまえら行って来い!」と大正生まれの若者たちを戦地に行かせたのである。
 戦争することを決めた世代と、実際に戦地に行った世代は大きく異なっている。
 上記の人たちも戦争には参加しているが、上記の「世代の人たち」が最前線に行っていたわけではない。

 太平洋戦争で兵隊として召集されたのは、主にどの世代だったのか。生年別に纏めた資料があるかと思って調べてみたが、見つけられなかった。
 私の推測では、おそらく上は明治40年代生まれぐらいから下は昭和2年生まれぐらいまでだと思う。


世代の問題に拘る理由

 私はこのブログでも過去に何度か世代論を取り上げてきた。世代の問題を語ると「不毛な世代論を語るな」と言う人がいる。でも私は世代論を語ることが不毛なことだとは思わない。私は世代の問題に拘りたい。

 祖父は同世代の仲間を戦争でたくさん亡くした。
 20代というのは、普通、恋に遊びに勉強に、人生の中でも最も輝いている楽しい時期のはずだ。それなのに、祖父の20代はなぜ真っ暗だったのか。上下の世代が普通に楽しい20代を送ったのに、なぜ大正生まれの人間だけがこんなに真っ暗な青春時代を送らなければならなかったのか。

 昔から一部の左派の人たちの間で、天皇の戦争責任を問う声が渦巻いている。しかし、そうした左派の人たちでさえ、天皇が“身分”において一般人よりも特別扱いされていることを問題視しているだけだ。
 だが、戦争の時代を肌身に知っている人たちの中に、もし天皇の戦争責任について蟠った気持ちを持っている人がいるとしたら、それは啻に身分の不公平のみならず、世代の不公平を感じているからではないか。にもかかわらず、自分たちでも今まではっきりとそのことを自覚してこなかったのではないか。

 「天皇は平和を願っておられたし戦争責任はないと思うんだけど、なんかモヤモヤするんだよなあ」と今まで思っていた人に、そのモヤモヤを解消するための一つの視点として、この「戦争世代論」を提供したい。

 もっとも、この記事は、世代の問題を際立たせるために、やや話を単純化している。

 昔は一般的に今よりも兄弟の数が多く、一番上の姉が母親代わりだった、とかいう話はざらにある。つまり、上図のように綺麗に等間隔に並ぶわけではなく、一つの家の中でもっとグラデーションが長くなるのである。
昭和一桁生まれ世代の人などは、「俺は戦争に行かなかったけど、一番上の兄貴は戦争に行った」などという人も多い。
 天皇家も、昭和天皇の歳の離れた弟君である三笠宮崇仁親王は大正生まれで「戦争世代」であり、実際に軍人であった。

 この記事で私が訴えたいのは、世代の問題であり、天皇の戦争責任の問題ではない。

 「明治生まれの人たちだって戦争を経験してるのでは?」
と言う人がいるかもしれないが、日露戦争のような「勝ち戦」と、太平洋戦争では規模も何もかもが違いすぎる。

 「世代間の不公平とか言ってもしょうがない。終わったことをああだこうだ言ってもしょうがない。青春時代が戻ってくるわけじゃないんだし」
 確かに、終わったことをどうこう言っても取り返しはつかない。しかし私は「しょうがない」で済ませたくはないのだ。
 あれほど苛酷で悲惨な戦争体験を「しょうがない」という言葉で済ませたくはない。祖父の20代は戻ってこないけれども、こうして「世代の問題」を語ることで、私たち以降のこれからの世代の人たちにこうした不幸な世代を作り出すことを少しでも防ぐことができれば、と思っている。

 そのための、これは一つの試論である。


【世代関連の記事】
日本の格差問題とは何か
【天皇関連の記事】
人間味あふれる大正天皇
【戦争関連の記事】
8月15日に他人の家の墓参りに行ってきた
スポンサーサイト



30代と90代以外は皆、ゆとり世代?

 Togetterで、komure氏の「40代、50代こそ真のゆとり?」といふ意見を読む。

 komure氏本人が自分の発言とそれに対する一聯の反応をまとめてゐるが、最初の問題提起となった発言はこれ。

不愉快になる方いたら、ごめんなさい。簡単に就職できて、20代、30代で当たり前のように給料上がった40代、50代こそが真のゆとり世代である。 komure 2010-04-16 20:42:19



 そんなこと言ったら、今生きてる世代では、受験戦争→就職氷河期の30代と、超就職難→実際の戦争を経験した90代以外の世代は、すべてゆとり世代である、と思った。

 今の若い人にはピンと来ないかもしれないが、今の90代は、世界恐慌による超就職難時代に直面し、やっと就職できたと思ってもすぐに戦争が始まり、戦争に駆り出された世代である。

 80代は、就職できたゆとり世代。
 70代は、戦争に行かずに済んだゆとり世代。
 60代は、逃げ切り勝ち組の「団塊」と呼ばれるゆとり世代。
 50代は、「しらけ世代」と呼ばれたゆとり世代。
 40代は、バブルを謳歌したゆとり世代。
 20代は、楽に就職できた本家ゆとり世代。
 10代は、少子化で大学全入できるゆとり世代。

 かうして見ると、大体の世代が「ゆとり」があった世代で、むしろさうした「ゆとり」を享受できなかった30代のやうな世代の方が珍しいと言へるのかもしれない。
 「大学受験」と「就職」といふ人生の2大イベントで両方、辛酸を嘗めたのは、今の30代だけである。



 (※80代の後半の人は、結構戦争に行っているし、50代の人は1975年以降の低成長時代に就職時期が重なってゐるので、「ゆとり」といふほどではないかもしれない。また、20代でも2009年に就活を行った世代は周知の通り就職に苦労してゐる。世代論は大まかなものであり、例外はいくらでもゐる。)



新しもの好きは老成

 「新しもの好き」は、「老成」なのだといふこと。
 最近、頓に思ふ。

 これは考へ方の問題なのだが、時代の最先端を走つてゐるやうな若者は、往々にして「老人グループ」に分類されることがある、といふことだ。

 2、3ヶ月前に、ある雑誌でTwitter特集をやつてゐて、その中の「人気ついったらー特集」みたいなコーナーに高校生が登場してゐるのが目を引いた。その男子高校生はたくさんのフォロワーがゐる人気ついったらーのやうで、iPhoneを片手にビシッとポーズを決めてゐる写真も載つてゐた。
 私がこの高校生に特に目を引いたのは、「高校生がTwitter?」「高校生がiPhone?」と感じたからだつた。

 Twitterの主な利用者は20代後半から30代~40代の人たちであつて、若者はあまり利用しない、といふ話を聞いたことがある。例へば、次のやうな記事。

Insight for WebAnalytics: 米若者はTwitterしない、制限のない他のSNSで十分

 上記記事では、2009年6月現在、米国のTwitter利用者の内、24歳以下の若者は16%しかゐないことが指摘されてゐる。
 私の中のイメージでは、「Twitter=大人のおもちや、若者は使はない」だ。

 また、TwitterとiPhoneが相性がいいことは知つてゐるが、そのiPhoneにしても、iPhoneユーザーの中心は30代、40代のビジネスマンであり、次のやうな記事にある通り、

大学生のiPhoneユーザが少ない4つのワケ【大学生×iPhone第1弾】 | MAG! 学生を応援するフリーマガジン

若者はiPhoneは使はない、といふイメージがある。上記記事では、その理由を「今の大学生はケータイ世代だから」と分析してゐる。(※iPhoneは「ケータイ」ではない)

 だから高校生みたいな若い人がiPhoneを使つてTwitterをしてゐるといふのは、ちよつと意外なイメージなのだ。
 この高校生はiPhoneを駆使してTwitterを使ひこなしてゐるのが自分としては時代の最先端を行つてるつもりなのだらうが、同世代の人たちは誰も使つてゐない。つまりこの高校生は30代、40代のをぢさんたちの仲間に入つて生きてゐるのだ。

 例へば、私の世代なら生まれて初めて買つた音楽はCDである。同世代の人に質問すれば皆さう答へる。だが同世代でも幼いときからませてゐた子なら、幼稚園のときにレコードを買つたことがあるかもしれない。「生まれて初めて買つた音楽がCDではなくてレコード」といふ回答は私よりいくらか上の世代の回答と一緒である。

 よく1月から3月生まれの人が「得してる気分だ」と言ふのを聞く。例へば19歳のときに、同学年の人が次々に20歳の誕生日を迎へるのに自分はいつまでも10代でゐられる、つまり同学年の人と比べて少しだけ遅く歳をとつて若くゐられるのが「得してる気分」といふわけだ。
 だがこれも考へ方の問題で、1月から3月生まれの人がなぜ「遅生まれ」ではなく「早生まれ」と言はれるかを考へなければならない。学年で括るから若くゐるやうに思ふかもしれないが、年で括ればやはり早生まれの人は早く歳をとつてゐるのである。
 例へば平成元年生まれの人の場合を考へてみよう。4月から12月に生まれた人は、学年としても「平成元年組」に属することになるが、平成元年の1月から3月に生まれた人は、同じ平成元年生まれであるにもかゝはらず学年としては一個上の「昭和63年組」に組み込まれることになる。平成生まれなのにずつと「昭和組」と呼ばれるのである。つまり、「早生まれ」は「得してる」のではなく、考へやうによつては一つ上の古い世代に括られてしまふといふ意味で「損してる」とも言へるのである。

 新しもの好きの人や時代の最先端を行つてるつもりの若者は、見方によつては「老成」である。さう考へることができる。
 上の世代の老人たちと仲良くやつていくつもりなら、もちろんそれでいいのだけれど。