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【囲碁】イ・セドル九段と人工知能AlphaGoの戦いがまったく面白くなかった【Challenge Match】

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 イ・セドル九段とAlphaGoの戦いがまったく面白くなかった。

 イ・セドル(以下、敬称略)はコンピューターとの戦い方を知らない。

 グーグルが開発した囲碁AI(人工知能)のAlphaGoと「人類代表」のイ・セドルの戦いは、試合前からだいぶ注目を集めていた。「Google DeepMind Challenge Match」と題して、2016年3月9日から3月15日までソウルで行われた五番勝負はYouTubeでもストリーミング放映され、大きな反響があった。AlphaGo(アルファ碁)はグーグルが「ディープラーニング」と呼ばれる新たな学習方法を搭載させた囲碁の人工知能だ。一方のイ・セドルは「魔王」の異名を持つ世界で最も強い韓国の囲碁棋士だ。多くの人はイ・セドルが勝つと予想していたようだが、私はAlphaGoが勝つと思っていた。イ・セドルは一勝もできないだろうと思っていた。試合の結果は、五番勝負でAlphaGoの四勝一敗だったので、AlphaGoが勝ち越すという私の予想は当たったが、イ・セドルが一勝もできないという予想は外れた。

 世間では「AIが人類の叡智を超えた」とか「感動した」という声が随分多かったようだが、私にはちっとも面白くない戦いだった。皆、この結果を以て、「人工知能の勝利だ」、「コンピューターは囲碁でも人間を上回ったのだ」と言っているが、そんな「人類の歴史的敗北」というには相応しくない、まったくお粗末な試合だった。

 イ・セドルはどれくらい事前にAlphaGoを研究していたのだろう。そこら辺の情報が全然入ってこないのだが、おそらくAlphaGoのことを全然知らずに、言わば「丸腰」の状態で対局に臨んだのではないか。こんなことは、対コンピューター戦ではあり得ないことだ。

 日本の将棋の世界におけるここ数年の人間対コンピューターの試合のことをイ・セドルは知らなかったのだろうか。

 昨年2015年、日本では、囲碁よりもコンピューターに勝つことが難しいと言われている将棋で人間のプロ棋士がコンピューターに勝利した。勝つことができたのは、プロ棋士が事前にコンピューターソフトを借りて入念に研究と対策を考えてから試合に臨んでいたからだ。どんなに強いプロ棋士でも何の事前情報もない初対面のソフトに対して勝つことはできない。勝利した棋士は事前にソフトと何百局、何千局と指して、ソフトの癖や弱点を見抜いた上で試合に臨んでいた。対コンピューター戦においては事前研究は“常識”である。

 事前に相手に関する情報を仕入れるのは決して卑怯なことではない。人間同士の対局でさえ、相手のことは知っている。相手の棋風、得意戦型などは事前に知っていることだ。だから、例えば「この人は角換わり(という戦型)が得意だから、その形には持って行かないようにしよう」などと考える。コンピューター側だって、過去の何万局だか何十万局だかの厖大なデータが入っているわけだから、当然、イ・セドルの過去の対局情報も入っており、彼の棋風や癖、弱点だって知っているのだ。

 日本の将棋の棋士たちがあれほど入念にコンピューター対策を行っていたのに、もしイ・セドルが相手に関する何の事前研究もせずにのこのこと対局場へ出かけて行ったなら、こんな愚かなことはない。

 だいぶ以前、将棋界でも似たようなことがあった。渡辺明と木村一基という二人のプロ棋士がコンピューターソフトと戦うことになった。渡辺は将棋界の第一人者、木村も将棋界指折りの実力者だ。で、結果はどうなったかというと、木村は敗けて渡辺は勝った。木村は自らの腕っぷしの強さを恃んで特にソフトの研究もせずに対局場に赴いた。渡辺も棋界随一の力を持っているので当然腕には自信があったが、念の為にソフトの研究をしてから対局場へ赴いた。渡辺と木村の力の差ではない。渡辺はコンピューターとの戦い方をよく解っていた。(※もっともこの戦いは「角落ち」という変則ルールでの試合だった。またかなり昔のことなので私の記憶が間違っていたら木村さん、ごめんなさい。)

 私のイ・セドル(又は韓国棋院)に対する不満は大きく二つある。

 一つは、今言った事前研究の怠りだが、もう一つは、ルールの不透明さである。

 イ・セドルは、今回の試合に臨む前に、どこまでルールの策定に関わったのだろうか。

 「えっ、囲碁のルールなんて最初から決まってるんじゃないの?」と思う人もいるかもしれない。だがそうではない。囲碁や将棋のルールというのは従来、人間対人間を前提として作られていた。対コンピューターということを前提としては作られていない。

 例えば、コンピューターは何台まで繋げていいか、とか、コンピューターが試合の途中で固まってしまった場合、ソフト作成者(技術者)がどこまで「修理」していいか、という問題がある。「修理はいいけど増強や改良は駄目」といってもどこまでが「修理」でどこからが「改良」なのか、などといった細かい問題も残る。他にも誰が敗けを宣言するか、コンピューター自身ではなくソフト作成者が勝手に「敗けました」と言ってもいいのか、とか、対コンピューター戦では新たに決めなければいけないルールがいっぱいある。

 極端な話、「二日間休みなしで対局」というルールにした場合、これは当然コンピューター側に有利になる。人間は眠くなってくるし疲労で思考力も集中力も落ちてくるからだ。

 私は一応、韓国棋院とグーグルの双方のサイトを覗いてみたが今回のチャレンジマッチに関する細かいルールが書かれたページを見つけることはできなかった。明らかになっていたのは「中国ルールで行う」ということだけだった。(※囲碁は中国ルールと日本ルールで若干ルールの違いがある。)

 将棋の時も、こうした従来の人間対人間の時にはなかった新たなルール問題でだいぶ揉めたのだ。だから、2015年の電王戦などでは事前に細かくルールの確認が行われた。(それでも試合後に揉めることになったが。)

 世界チャンピオンともあろうプロ棋士が、対局条件(試合のルール)も確認せずに、というより、ルールに一言も口出ししないなどあり得ないこと、あってはならないことだ。

 以前、私は今回と似たような不満を抱いたことがある。それは、かつて民放のTVで放送されていた「ほこ×たて」という番組を見たときだった。例えば「絶対に壊れない壁VS何でも壊す鉄球」というような勝負があった。どっちが勝つか。それはルール次第である。もし一発勝負なら壁が勝つだろうし、何日間も何カ月間も叩き続けていいのであればいつかは鉄球が勝つ。それなのに、番組に呼ばれている会社関係者は、ルールを番組スタッフに任せている人が多かった。私が会社関係者だったら絶対にルール決めには口を出す。勝つか負けるかはほぼルールによって決まるからだ。二時間以内という時間制限があったとしても、鉄球を釣り上げるクレーン車がポンコツか高性能かでは、当てられる回数が違ってくる。壁サイドから考えれば、壁の厚さや大きさ、それにその日の天候が晴天か雨上がりの湿度が高い日かによって壁の堅さも違ってくるということもあるだろうから、気象条件が有利な日にやりたいと考えるだろう。もっとも所詮はTVのエンターテインメント番組なので、一瞬にして勝負が決まってしまってはつまらないので、番組スタッフがギリギリの勝負になるようにうまくルールを考えるのだろう。所詮は「真剣勝負」の世界ではなく「ショー」なのだ。

 「ああ、ルールはそっちで決めていいですよ。どういうルールであれ、私に勝てたら大したもんですよ」

 こういう科白は、一瞬、かっこよく聞こえる。だが、こんなことを言っていいのは、せいぜいアマチュアの高段者であって、プロならば絶対に言ってはならない科白である。

 イ・セドルはどういうつもりでチャレンジマッチに出て来たのだろう。もし、グーグルの宣伝に協力するボランティアとして出て来たのなら、別に私は何も言うことはない。しかし、真剣勝負で勝つつもりでいたのなら、事前のルール決めに口を出さなかったのはプロ失格である。

 2015年、日本の将棋棋士、永瀬拓矢はコンピューターソフトに勝利した。一回勝負で勝った。

 事前に入念にソフトの研究をしてから対局に臨み、本番では「角不成」という常識外の一手でコンピューターを敗けに追い込んだ。コンピューターが「角不成」を認識できなかったのだ。これは事前に相手の弱点を知っていたからこそできたことである。永瀬は事前の研究でコンピューターが角不成を認識できないことを発見していた。しかも、永瀬は、この一点だけを研究していたわけではなく、もしコンピューターが「成長」していて角不成を認識されてしまったら、次はこれ、次はこれ、というように幾つもの「策」を考えて対局に臨んでいた。

 これは、対コンピューター戦の正しい戦い方だった。

 いや、「正しい」かどうかは分からないが、少なくとも対コンピューター戦はいかにあるべきか、どのように戦うべきか、という一つの形を示したことは確かだ。

 日本の将棋棋士で「天才」と呼ばれている羽生善治は、「もし自分がコンピューターと戦うことになったら、一年間くらいコンピューターの研究に専念する必要がある」と言っている。

 日本の将棋界という良き先蹤があったにもかかわらず、囲碁界がそこから何も学ばずに世界的大舞台でAIに敗北を喫したのは実にみっともないことであった。

 もっともAlphaGoを事前に借りてじっくり研究して、さらにルール決めにも参加して慎重にルールを決めていたとしても、それでもイ・セドルが勝っていたかどうかは分からないが。