暫定龍吟録

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外国人コンビニ店員「10円お返します」

 地方はどうだか分からないが、東京は外国人のコンビニ店員が多い。
 私の生活環境ではコンビニの店員は半分くらいの割合で外国人である。

 で、外国人のコンビニ店員がお釣りを渡すときに、例えば10円のお釣りだったら、

「10円お返します」

と言う。一人ではなく、いろんな店の外国人店員がそう言う。

 これはもちろん、

「10円お返しします」

が正しい。

 この「お返しし」と「し」が2回連続するのが発音として難しいのだろうか。

 あるいは彼女たちは、日本で暮らしていて日常会話レベルの日本語は分かっている人たちだから、「返します」という正しい日本語を知っていて、それに丁寧の「お」を付けているのだから間違っていないと思っているのかもしれない。

 だがやはり、「10円お返します」はおかしい。

「10円、お返しします」

「10円のお返しです」あるいは「10円、お返しです」

でも成り立つ。

 最悪、「10円、お返します」から頭の「お」を取って、

「10円、返します」

でも日本語文法的には正しい。



と、ここまで考えて、はたと気がついた。

 ひょっとしたら、彼女たちは

「10円お返します」

ではなく、

「10円“を”返します」

と言っていたのかも。


 そんな!!! 

 そうなのか!??


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Evernoteが使いにくい

 Evernoteが使ひにくい。

 Evernoteは保存には優れてゐるが、テキストエディタとしては今のところまったく役に立たない。

 私は、Windows版のEvernote×GoogleIMEの組み合はせで使ってゐるが、


evernote01.png



 ノートに文字を入力して変換しようとすると、文字入力の場所の上に変換候補ウィンドウがかぶって入力中の文字が見えなかったり、
 


evernote03.png

  

 ノートの右側の方で「へんかん」と入力し変換キーを押すと、ずっと左の方に候補ウィンドウが表示されたり、もう一回変換キーを押すと今度は・・・、


evernote02.png


 ↑のやうに、入力中の文字の場所とはるかに離れたところに候補ウィンドウが表示されたりする。

 何なんだらう、これは。きはめて使ひづらい。ほかにも勝手に左寄せが選択されたり、勝手に太字になったり、と不審な挙動を見せる。いろいろ細かいUIがをかしいのだ。こんな滅茶苦茶なUIのものを多くの人が皆不満を言ふこともなく使ってゐるのだらうか。

 ウェブ版も使ってみたが、何も触ってないのに、急に文字全体が6行分ぐらゐ下がったりするをかしな動きが1分に1回くらゐの割合で起こる。

 このやうなをかしな症状が現れるのは私だけなのだらうか。

 これはMicrosoft Wordに匹敵する使ひ勝手の悪さだ。なんでこんなに使ひ勝手が悪いのか。このまゝUIが改善されなければ有料版を使はうと思ふ人は少ないのではないか。

 別に至高の使ひ勝手を求めてゐるわけではない。Windows標準のメモ帳を使ふときのやうなシンプルで普通の使ひ勝手が欲しいだけだ。

 それともEvernoteにテキストエディタとしての期待を抱くのは間違ってゐるのだらうか。

 複数の異なるデバイスから同期する仕組みとか、ウェブページを手軽にクリップする仕組みなど、Evernoteには優れた点がいっぱいある。特にデータの保存といふ観点からは、とても優れたアプリだと言へる。
 それだけに細かなUIがお粗末なのが惜しいと思ふ。

 今後、改善されるのを期待して待たう。

本とは何か

book.jpg


 「本(ほん)」とは何だらう? とふと思い立つた。
 今までの記事の中で、私は何回か「紙の本」といふ言葉を使つてきたやうな気がする。電子書籍に対するものといふ意味で「紙の本」といふ言葉を使つてきたのだが、そもそも「紙の」といふ修飾句は必要なのだらうか?
 そこで、「本」とは何なのかを調べるために、辞書を引いてみた。

 まづ、『大辞林』を引いてみたが、【本】は、書物、書籍。としか書かれてゐない。では、【書物】はと引いてみると、本、書籍。【書籍】は、本、書物。と堂々巡りで何の説明にもなつてなかつた。

 こゝは『明鏡』先生、よろしくお願ひします。

 

【本】文章・絵・写真などを編集して印刷した紙葉を、ひとまとまりに綴じて装丁したもの。『明鏡国語辞典』



 おゝ、非常にわかりやすい。やはり本とは「紙葉」なのだ。紙なのだ。わざわざ「“紙の”本」と言ふ必要はないのだ。
 でも、念のために『新解』さんにも聞いておかう。

 

【本】人に読んでもらいたいことを・書い(印刷し)てまとめた物。『新明解国語辞典』



 あれ、「紙」とはどこにも書いてゐない。「印刷して」といふところを重視すれば紙だが、「書いて」なら、電子書籍でも「書いた」ことに変はりなく、それを「まとめた物」を「本」と言ふのなら、やはり電子書籍も本なのか。

 よくわからなくなつてきた。

 英語には「ebook」といふ単語があるらしい。そのまゝ日本語に訳せば「電子本」だ。「電子書籍」といふ言ひ方は長つたらしく堅苦しいので、「電子本」といふ言ひ方が広まるだらうか。
 「メール」は、それが日本で広まつた初期の頃、「電子メール(eメール)」と呼ばれてゐた。だがそのうち「電子」は省略されて、単なる「メール」になつた経緯がある。なぜ「電子」が省略されてもよかつたかといふと、単に「メール」と言つても紙の「郵便(手紙)」と混同する虞れがなかつたからだ。
 しかし「電子本」は「電子」を省略して「本」と言つてしまふと、紙の本との言ひ分けができなくなる。

 今年2010年は、「電子書籍元年」になるとも言はれてゐるが、「電子書籍」などといふ堅苦しい言ひ方が膾炙するのか、それとももつと簡単な別の言ひ方の言葉が広まるのか、注目だ。

 ところで余談になるが、「若者の活字離れ」などといふ言葉をよく聞くけれども、「活字」つて何?

 これも辞書で調べてみたら、

【活字】①活版印刷に用いる金属製の文字の型。『明鏡国語辞典』

とある。
 活版印刷といふものがそもそもどのやうなものかよくわからないが、そして現代の印刷がどのやうな方法で行はれてゐるかもよく知らないが、おそらく「金属製の文字の型」などは使はれてゐないのではないだらうか。だとすれば、若者の活字離れは当然のこと、と言へる。
 だが「活字」にはもう一つの意味があつて、

【活字】②本・雑誌などの印刷物。『明鏡国語辞典』

とある。
 この意味なら、広く「印刷物を読むこと」から離れてゐる、と解釈することができる。

 たゞ、どちらの意味にしても、「活字離れ」は「文字離れ」ではない。パソコンやケータイの画面に書かれてゐるWeb上の文章や、世界で一番多いと言はれる日本語のブログを読んでゐるのも日本の若者たちだ。それは印刷されてゐないといふだけであつて、「文字」であることに変はりはない。

 「文字離れではないのだから、とりあへず安心だ」とひとまづ胸をなでおろしてよいのか、それともやはり、紙・印刷物から若者が離れて行つてる現状を憂慮すべきなのか、これはまた別に論じられなければならない問題だ。

 ともかくも、若い世代ほどパソコンやケータイなどの電子画面を見慣れてきてゐる人が増えてゐる。「紙の本」が無くなるとは思はないが、「離れ」はこれからの数年、加速するだらう。


桜雨

 東京は、夕方から雨がしとしとと降つてゐる。
 今日降るやうな雨を、

「桜雨(さくらあめ)」

といふ。桜の花の咲くころに降る雨のことだ。
 昔から「春に三日の晴れなし」と言つて、この季節は晴天が長続きせず、晴れたり雨降つたりの日々を繰り返す。
 日本では古来よりいろいろな表現で雨が喩えられてきた。「~雨」といふやうに語末に「雨」が付く形の言葉は、『大辞林』には実に187語も載つてゐる。日本では187もの雨が降るのだ。

 「桜雨」は英語で何といふのだらうか。"cherry blossoms rain"?こんな言ひ方で英国人は理解できるだらうか。英語に詳しい人がゐたら教へてほしい。

 ずつと待ち遠しく楽しみにしてゐた桜の花も、咲いたと思つたらこのやうな雨や風であつといふ間に散つてしまふ。せめて桜の咲いてゐる短い間だけは、雨も降らず風も吹かないでほしい、と思ふのは私だけであらうか。でも、4月に入つたある日に、強い風が吹いて、桜の花が桜吹雪となつて潔く散つていく姿に美を感じる人もゐる。それはそれでたしかに風情なのである。


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一太郎の行く末

 徳島のジャストシステム社が、「第3回全国一斉!日本語テスト」を実施してゐる。
 私も試験を受けてみたところ、次のやうな結果が出た。

【基本タイプ】
集団の和を重んじるあなたは、周囲の状況を冷静に計算しながら、角が立たないように口説くタイプです。信望も厚く協力上手ですが、優柔不断な印象を与えることもあるので、時にはノーを言う勇気も必要です。
 
【あなたの武器】
物腰柔らかい人柄があなたの持ち味。決して感情的にならず、客観的な判断力にもすぐれています。ただ、バカにはなりきれないため、どこかで不完全燃焼を感じてしまう一面も。日本語力は上々なので、問答無用の断言口調で勝負することが、あなたの信頼度をさらに高めてくれるはずです。



 「角が立たないように」とか「物腰柔らかい」などは当たつてゐるかも。
 今年のテストでは「口説き力」も判定してゐて、私の口説きタイプは、「定刻出発、引率達者なツアー添乗員型」と出た。そんなものかなあ。自分では引率達者かどうか、よくわからない。

 ところで、このテストは「第3回」とあることからも判るやうに、過去に第2回や第1回も実施されてゐる。
 今年の今回のテストはビジネスシーンに特化してゐたやうで、「部長が」とか「営業先で」とか「取引先から」などといふ設問パターンが多かつた。ビジネスマンではない私みたいな者にとつてはピンとこない場面設定の質問も多く、さういふ意味ではやや面白くなかつた。 

 それで、今回、全国一斉!日本語テストを受けてみて思つたことがある。いや、これは以前から常々感じてゐたことなので、今日こゝに書かう。 
 ジャストシステムと言へば、ワープロソフトの「一太郎」が有名だ。私は過去に「一太郎」を買つたこともある。日本語のワープロソフトとしては「Word」などより優秀だと思つたからだ。だが、最近の「一太郎」はまつたく買ふ気がしない。それは、最近の「一太郎」がビジネスシーンばかりに特化した機能を盛り込み、強化してゐるからだ。
 読者諸氏もよくご存知のやうに、今の日本のビジネスシーンにおいては、ワープロソフトはマイクロソフト社の「Word」が席捲してゐる。「一太郎」はビジネス用途の機能を強化して、今さら「Word」の牙城を切り崩さうと考へてゐるのだらうか。これだけ普及してしまつた「Word」支配を本当に切り崩すことなどできるのだらうか。
 私は、「一太郎」あるいは「ATOK」は、会社・企業などビジネスの場面において「Word」に勝負を挑むのはやめたはうがいいと思ふ。それより「一太郎」・「ATOK」には、もつとその才能を発揮させて活躍できる場があると思ふ。それは、アカデミックな場、学問の世界だ。これからは会社・企業に売り込むのはやめて、大学に売り込んでいつたらどうなんだらう。大学で論文を書くときなどにこそ、「ATOK」の高い日本語変換精度は重宝されるだらう。そして、ジャストシステムは「ATOK」・「一太郎」において、もつと論文向きの機能を強化していくべきである。

 「一太郎」が幼かつた時から知つてゐるだけに、「一太郎」少年(青年?)の行く末が気にかゝるのだ。 



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