暫定龍吟録

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ツイッターユーザーは右寄り?米国のソーシャルウェブと支持する政党の関係

 「engage(英語)」といふサイトで、米国における各種ソーシャルウェブサービスと政治思想の関係を示したちょっと興味深い図が紹介されてゐた。

Politics-of-the-Social-Web-Engage_20120711215754.png
(クリックで拡大)

 この図では、右に行くほど共和党寄り、左に行くほど民主党寄り。上に行くほど政治への関心が高く、下に行くほど政治への関心が低い。

 これはengageが、数千人のフェイスブックユーザーの「いいね!」の傾向を独自に調べて図にしたものらしい。

 一見して、Facebook(SNS)やYouTube(動画)が中央にある。これらはユーザー数も多いし、政治的偏向が無いのは納得。他にもskype(電話)やWordPress(ブログ)など、誰でも使ってる中立性の高いサービスが中央に来てゐる。
 左右に注目して見ると、一番右、つまり共和党寄りには、ebay(オークション)・PayPal(決済)グループ。左にはBuzzFeed(ニュース)などが位置してゐる。
 上下に注目して見ると、HuffingtonPostと繋がりのあるBuzzFeedや、ビジネスSNSのLinkedInが上に来るのはさもありなんといった感じで、画像のPinterestTumblr、ゲームのFarmVilleAngryBirdsが下に来るのもこれまたさもありなん。

 この図の中で一番違和感があるのはreddit(ネタ)の位置である。こんな左下なはずがない。もっと右上に来るべき気がする。
 あと、全体を見ての感想は、右側はお金がかゝりさう。といふより、金持ちの楽しみ、といった感じがする。右下に描かれてゐるZillow(不動産)なんかはまさにそんな感じだ。

 元記事では、右側にコマースサイトが多く、左側にはQuora(Q&A)やWikipedia(百科事典)など知識や情報を重視するサイトが来てゐると分析してゐる。また、政治的関心が低く左右に偏ってゐない、この図の下部中央に位置するPinterestやAngryBirdsは、言はば「無党派層」なので、票の取り込みが期待できるとも分析してゐる。といふことは、今度の大統領選挙ではPinterestユーザーの支持を集めた方が勝利する?しかしソーシャルゲームユーザーとかそもそも選挙に行かない感じの層である。

 これを日本で調べたら、どういふ結果になるだらう、と考へてみる。
 上図では、Twitterが右寄りに位置してゐるが、日本だったら左上に来るのではないだらうか。私のイメージでは日本のツイッターユーザーは全体的に政治的関心が高くやゝ左寄りな印象だ。一番右に来るのは2chだと思ふ。2chと親和性の高いニコニコ動画は右寄りだが2chよりは下に来るだらう。日本最大のYahoo!JAPANはど真ん中に来るべきところだが、分からない。上下で言へば、ツイッターやUstreamは上に来さうで、アメーバ、Pixiv、グリー、モバゲーなどユーザー層が若さうなのは、すべて下に来るだらう。そして上の法則に従へば、楽天は右上、教えて!gooやはてなブックマークは左上?あとtumblrも米国のものよりは右に来さうな気がする。tumblrは一見画像メインだがテキストに注目して見ると全体的な思想傾向がゆるやかに見えてくる。

 読者の皆さんはこの図からどのやうな傾向を読み取るだらうか。

 たゞし、上図の分析結果がどこまで信頼に足るものであるかどうかは保証しない。あくまで参考までに。


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Facebookタイムライン化の意味と従来型ホームページの価値の見直し

 今年2012年から、Facebookがタイムラインを導入したことは、少なくとも日本ではあまり大きな話題にならなかったやうだ。ちょっとしたデザイン変更、程度に受け止めてゐる人が多いのかもしれない。

 タイムラインが導入される前のFacebookはそれはそれで不便だった。年月日を示す「タイムスタンプ」がなく、その人の最近の行動履歴が書かれてゐても、いったいそれが何年の何月何日の行動なのかさっぱり分からないといふ、かなり気持ち悪い状態だった。「登録はしたけど全然使ってない」などといふ人の場合、何ヶ月も前の行動が「最近のアクティビティ」として表示されてゐたりした。
 そして私の最大の疑問は、「自分がいつからFacebookを使ひ始めたのかが分からない」といふものだった。Twitterでは、自分がいつからTwitterを使ひ始めたのかを調べるツールはいくらでもある。しかしFacebookにはない。私は絶対に同様の疑問を持ってゐる人が世界中にゐるはずだと思って、日本語、英語でこの謎を調べてみたが、その答へは「過去のメールボックスを開いて一番最初にFacebookからメールが届いた日を探せ」といふものだった。世界中で何億人もの人が使ってるサービスなのに、こんな方法でしか使ひ始めの日が分からないなんて驚きだった。

 Twitterにはタイムスタンプがある。今から「◯時間前」と相対的に表示するのが一般的である。

 ブログでもTwitterでも、あるいは他のウェブサービスでも、何か書いたらタイムスタンプが入るのは常識だと思ってゐたが、Facebookがさうしないのには、何か深い理由があるのだらうと思ってゐた。例へば、Facebookはすべてのユーザーが毎日活発に使ふのを想定してゐて、だから「最近のアクティビティ」は文字通りこゝ2、3日のアクティビティである、と。
 しかし、どう考へてもすべてのユーザーが毎日活発にFacebookを使ふはずがない。

 Facebookが「タイムライン」といふ概念を導入したのは、明らかにTwitterの影響だらう。
 日本ではTwitterの方が先に流行したけれども、アメリカではFacebookブームの後にTwitterブームが来たので「Twitterの方が新しい」といふ感覚がある。(参考:ザッカーバーグ、Twitterを「気にしすぎていた」ことを認める -TechCrunch
 そしてTwitterを真似てタイムラインを導入した結果どうなったか。Facebookのページの中心には時間軸ができて、あらゆる行動が何年の何月何日の行動なのか分かるやうになり、その時間軸を遡れば、その人があるいは自分がいつからFacebookを使ひ始めたのかも分かるやうになった。

 しかし単に「タイムスタンプ」を導入するのと、「タイムライン」といふ時間軸を導入するのとでは、少し意味が違ふ。
 時間軸を導入することで出て来る問題がある。


ホームページは単行本、ブログは雑誌

 以前、ホームページとブログの違ひについて考へたことがある。
 ブログもホームページの一種なので、こゝではブログとは異なる一般的なウェブサイトを「従来型ホームページ」と呼ぶことにしよう。実際にはWordPressやTumblrなどのブログツールでも従来型ホームページのやうなものを作ることができるので境界は曖昧だが、こゝでは一応分けておかう。

 で、昔その違ひについて考へて、自分なりに辿り着いた答へは、本の世界に譬へると「従来型ホームページは単行本で、ブログは雑誌みたいなもの」といふことだった。
 例へば私は書道に興味があるが、書道について詳しく書かれた単行本を一冊買へば、筆、墨、硯、紙のことはすべて分かる。一方、書道雑誌(月刊誌)の場合、毎月新しい情報が読めるといふ楽しみはあるが、特に「筆」の種類について調べたい、と思ったときは、過去に「筆特集」を組んでゐたバックナンバーを探さなければならない。

 ブログは日刊あるいは週刊誌や月刊誌などの雑誌のやうなものである。だからブログには月刊誌などと同じく「購読」といふ言葉があるし、毎月、毎日、新しい情報を届けるかはりに、有益な情報もどんどん過去へ過去へと埋もれていく。
 従来型ホームページは、単行本や辞書のやうなものだ。単行本、辞書、教科書などは数年間新しい情報は加はらないが、そのかはり調べたい情報が常に手前にある。バックナンバーといふ過去を探す必要がない。従来型ホームページにはさうした利点がある。


企業・団体のサイトは「従来型」がいい

 企業・団体のウェブサイトは今でもだいたい「従来型」の形で作られてゐるところが多い。
 私たちユーザーが企業のサイトに求めてゐるのは、「購読」や「更新」ではないからだ。何か読み物を読みに行くわけではない。大抵の場合、その企業・団体の製品情報や利用方法、本社支店の所在地やアクセスマップが見たかったりすることが多い。

 ところが偶に企業や店のサイトをブログ形式で運営してゐるところがある。店のサイトの場合、ユーザーが知りたいのは普通、その店の営業日や営業時間、アクセスマップなどだと思ふが、そんな重要な情報が過去記事になってゐたら、ユーザーにとってこんな不便なことはない。
 
 もしどうしても何か日常を綴りたいと言ふのであれば、従来型ホームページの中の一ページとしてブログなりTwitterなりを設置したらよい。さうして営業時間や所在地などの重要情報は常にトップページに表示しておくべきである。


佐賀県武雄市の例

 昨年2011年、佐賀県武雄市は市のホームページをFacebook上に移行した。

 「市長がはまっている」 佐賀県武雄市、市のページをFacebookに完全移行へ - ITmedia ニュース

 このニュースを聞いたとき、利用者はかなり不便だらうと思った。それでも、私は以前は、Facebookとは「もう一つのウェブ」の世界だ、といふ認識だったから、これからはかういふやり方も有りなんだらう、ぐらゐに思ってゐた。

 しかし、Facebookがタイムラインを導入したことにより、武雄市のFacebookサイト(facebook.com/takeocity)は完全に見づらいものになった。
 時間軸を導入したといふことは、Facebookがよりブログに似たものになったといふことである。
 例へば、各種申請書の手続きについての情報に新しい記事とか古い記事といふ概念があるのは違和感がある。しかも各種申請書類のダウンロードや観光情報など多くのコンテンツは従来のサイト(city.takeo.lg.jp)に置いたまゝでそこにリンクを張ってゐるだけである。

 企業がブランドを売り込むためのFacebookページとは訳が違ふ。今後、このやうにFacebookへ移行する公的機関が現れるのかどうか分からないけれど、もう少しユーザビリティについては考へた方がよい。


従来型ホームページの価値の見直し

 となると、従来型ホームページの「在り方」が見直されてくる。ブログもTwitterもFacebookもみな、情報が過去へ過去へと埋もれて行くなら、さうではない情報の提示の仕方をしてゐる従来型ホームページの在り方の価値が逆に高まってくるだらう。

 企業や団体だけではない。
 今では「個人のホームページ」と言へばブログだったり、時には単なるTwitterのその人のログ(またはそれをまとめたTwilogのやうなもの)であったりすることも多い。しかし昔はさうではなかった。「テキストサイト」などと呼ばれた個人のホームページはデザインはまちまちで今から見ると古めかしく感じられる見た目のサイトもあったが、今のブログやTwitterより便利な点がいろいろあった。
 その最たるものは「一覧性」だらう。トップページで全体が俯瞰できた。Yahoo!JAPANはなぜ人気があるか。Yahoo!Japanのトップページはごちゃごちゃしてゐるけれども、そこで「ニュース」「天気」「テレビ」「地図」などコンテンツの全体を一覧できる。そしてもう一点、緊急地震速報などの重要な情報はトップページに載せることができるといふ点がある。この点、リアルタイム性を重視してゐるTwitterなら「地震だ!」は合ってゐるけれども、ブログに「地震だ!」と書くのは何とも間の抜けた感じがする。もっとも地震情報などはYahoo!のやうな常に見られてゐるサイトだからこそであって、普通の個人サイトには載せない。個人サイトにはその個人にとっての重要情報といふことになる。

 ブログ、Twitter、Facebook、他にも時間軸を導入したサイトが多くなるにつれて、私はますます従来型のホームページに魅力を感じることが多くなってきた。

 たゞし、タイムスタンプは必要である。従来型ホームページで更新情報などの欄に「1/15更新!」などと書かれてゐるのをたまに見かけるが、それが今年の1月15日なのか去年の1月15日なのか、はたまたもっと昔の1月15日なのか分からないときがある。
 どんなコンテンツも将来「ソース」になる可能性がある。そのためにも年月日の記載は必要である。
 
 その点さへ気をつけて行けば、従来型ホームページの在り方(サイト構造)は価値あるものである。特に、コンテンツに古いとか新しいといった価値を付けるのが無用な場合にその力を発揮するだらう。

 従来型ホームページはもっと見直されていい。

Twitterとブログで振り返る3月11日 〈東日本大震災から一年〉

 くりかえし、くりかえし、3月11日のことを思ってきた。この一年間は、ほとんど3月11日のことを考えてすごしていたと言っても過言ではない。

 あなたにとって311とは何か、と問われたら、私にとってそれは「痛恨」である。
 このことは以前にもブログに書いたけれども、私は、今の日本で、災害で1万人を超える死者行方不明者が出るなんて思っていなかった。災害は毎年のようにある。大災害も世界のどこかでは毎年のように起こっている。でも、どこかで、それは発展途上国の話だと思っていた。日本のような科学技術が発達した先進国で犠牲者1万人などありうるはずがない、と。
 私にとって痛恨であるというのは、先進国としての体面が保てなかった、まるで発展途上国みたいで恥ずかしい、とかそういうことではない。現代に生きている日本人として、日本という社会を構成している一員として、こんなに多くの人の命を救えなかったということが「痛恨」であった。
 
 後になってから、あの時ああしとけばよかった、とか、もっとこういう風にしておけばよかった、などとはいくらでも言える。しかし今さら何を言っても後の祭りである。反省として次回に活かすことはできるかもしれないが、亡くなった人たちに次回はない。原発事故だけではない、津波被害にしても「大失敗」である。自分が生きている時代に、つまり自分がなんとか被害を回避はできないまでも軽減の手段を打てる立場にあった時に、このような大失敗をおかしてしまったことは痛恨というよりほかない。

 スマトラ沖地震や四川大地震など何倍もの犠牲者が出ている災害が他にもいくらでもあるにもかかわらず、とりわけ東日本大震災が衝撃が大きかったのは、それだけ身近に感じたからだろう。
 東京にいた私も、大きな揺れとその後のトイレットペーパーの不足やコンビニ・スーパーから食料品が消える、などの事態に直面した。東京人も広い意味では「被災者」と言えるだろう。

 後世の人のために自分なりの東日本大震災体験記を残しておきたい。それは昨年の3月11日にも思って、主にTwitterとブログにリアルタイムで書いておいたけれども、書き漏らしていることもある。なので、震災から一年経った今、あらためて当時のことを振り返りつつ、3月11日に起こったこと、そして私がどのように行動したかを書いておこうと思う。


・自分のツイートから振り返る3月11日

 2011年3月11日の自分のツイートをツイログから引っ張り出して来て、時系列的に見ていこう。

駅の券売機が「準備中」だったので隣にずれたら「準備中」「準備中」「検査中」「調整中」で結局5台分も移動させられる。
posted at 12:20:22

 これが2011年3月11日最初のツイート。12時20分。この時は外にいた。こんな長閑なネタのようなツイートをしていて随分と呑気だったことがわかる。

機械が嫌いである。
posted at 12:20:58

 これが2つ目。当然ながらやはり緊張感がない。この後、自宅に帰る。金曜日だが私は休みだった。
 そして運命の2時46分を自宅で一人で迎えることになる。


・激震の最中に放った「なゐ」の二文字

なゐ
posted at 14:49:33

 激震に見舞われて最初にツイートした2文字。まだ激震の最中である。2時46分に東北地方で地震が起こってから何分何秒で東京に揺れが到達したかわからないが、私はすぐに大地震だと気付き、脱出口確保のため玄関のドアを開けそれを右手で押さえながら、左手に持ったスマートフォンでTwitterアプリを起動させていた。大きな揺れは何分も続き、私の住んでるボロアパートは激しく揺れてこのまま倒潰するんじゃないかと思った。死ぬ前にメッセージを残さなければ。2時49分と地震発生から少し時間があいているのは、この時、インターネットもしくは3G回線、Twitterのいずれかが繋がりにくかったためである。今にも建物ごと潰れてしまいそうだ。時間がない。Twitterしか思いつかなかった。なるべく短い言葉で外の世界の多くの人にメッセージを飛ばさなければ。自分が生きていた最後の証を残さなければ。その思いで激震の最中に放ったのが、この「なゐ」の二文字だった。「なゐ」は「地震」という意味の古い言葉である。

東京大地震
posted at 14:50:05

 2時50分。震源地がどこなのかはまだ知らなかった。ともかく東京が大地震に見舞われている、ということを伝えたかった。今にして思えば、私のTwitterのフォロワーさんは東京近郊の人が多いから「知ってるよ」ということだったろうが。このツイートまでが激震の最中に書いたものである。

冷蔵庫動いた
posted at 14:51:25


棚の上のもの全部落ちる。
posted at 14:52:04


2分以上揺れ
posted at 14:52:34

 揺れが少し収まってからのツイート。驚きと呆然という状態だったと思う。

本棚の本がたくさん落ちる、東京
posted at 14:55:53


人生でいちばんの地震か、東京
posted at 14:56:39

 地震発生の9分後、2時55分から「東京」という情報を付け加え始めた。どこの話かがわからないと混乱を招くと思ったから。でも、しばらくしたら「東京」という情報はいちいち付けなくてもいいと思った。それよりも情報のスピードを優先させるべきだと判断した。

まだ揺れてる、スカイツリーは倒れてない
posted at 14:58:19

 一番最初に確認したことはこれだったかもしれない。建設中のスカイツリーが倒れてないかどうか確認してしまうほどの大地震だったということだ。あと、Twitterができているということでインターネットが通じていることも確認できた。

建物ごと崩れるかと思った
posted at 14:59:29

 2時59分。この時までは家の中にいた。
 この後、隣に住んでた一人暮らしの外国人女性に声をかける。言葉がわからない日本に来て日本人ですら驚くほどの大地震に遭遇してさぞ怖い思いをしているだろう、テレビをつけても日本語ばかりで情報がわからなくて不安だろう、と思ったから。出てきた彼女は引きつった表情をしていたが、私の顔を見ると少しほっとしたような顔を見せた。そしてジェスチャーで自分はずっと怖くて震えていた、という仕種をしてみせた。私が「今はもう大丈夫ですか?」と英語で問いかけると「OK。あなたは?」と私のことも気遣ってくれた。
 それから、近所の防災広場に行った。持って行ったのはスマートフォンだけだった。広場には何人かの人が集まっていたが、特に何をするというでもなかった。度々余震が襲って来てはいたが、広場にいたのでは何の情報も得られない、と思い、また家に戻った。

もう15分以上たつのにまだ余震が、東京
posted at 15:15:11


また大きな余震
posted at 15:16:53

 テレビ(NHK)とTwitterのタイムライン、それにネット上でいろいろな情報を見ていた。

15時15分
posted at 15:17:24


私のところは体感的に震度5から6
posted at 15:18:58


15時25分、東京まだ少し揺れてる。
posted at 15:25:24


15時26分、余震、東京
posted at 15:27:49


大きな余震
posted at 15:28:25

 地震発生から29分後の3時15分からツイートに時間を付け加え始めた。たくさんリツイートされたらそれが何時時点での情報かが判りづらくなると思ったから。実際のツイート時間とのあいだに僅かなタイムラグがあるのは私の3G回線かインターネットの遅さだと思う。

インターネットは通じてる
posted at 15:30:44

 どのライフラインが生きているかの確認を始めている。


・地震発生から約45分後に原発情報をネットでさがす

Reading:NHKニュース 東北地方の原発がすべて停止 http://nhk.jp/N3ue67mQ
posted at 15:33:22

 地震発生から45分後頃、ふと原発は大丈夫だったのかが気になった。しかし東北地方のどこに原発があるのかを全然知っておらず、「東北地方 原発」でググってみたところ、宮城県の女川というところに女川原発というものがあるのを知った。今回の地震の震源から考えてもこの女川原発が一番危なそうだ。そこで私は女川原発に関する情報をネットで必死に探しはじめたところ、このNHK配信のニュースを見つけた。「東北地方の原発がすべて停止」と。私は当時原発の仕組みなどをまったく理解していなかったので、「すべて停止」ということは原発については安心していいのだろう、と判断した。いちはやく原発の心配をしておきながら、私の原発に関するツイートはここで終わっている。3時33分で早くも原発について思考停止してしまっていた。実際には女川原発ではなく福島第一原発が大問題になっていることを知るのはもう少し後のことである。

15時35分、小さな余震
posted at 15:36:42


15時45分、東京余震
posted at 15:46:14

 引き続き余震が頻繁にあったことがわかる。

防災頭巾を被って防災広場に避難する子どもたち、東京。 http://twitpic.com/48drrx
posted at 15:48:05


 この写真は忘れられない一枚になった。3時48分となっているが、実際には3時11分に外に出た時に撮ったものでいったんEvernoteに保存してからtwitpicにアップしている。

15時57分、小さな余震、東京
posted at 15:58:56


【3月11日】宮城県北部の地震(震度7)についての速報情報まとめ - NAVER まとめ http://t.co/MrzgoV3
posted at 16:11:17

 地震発生から1時間25分後の4時11分には早くもネット上で速報情報がまとめられだしていたことがわかる。

16時14分から余震、東京
posted at 16:17:19


16時27分、小さな揺れ、東京
posted at 16:28:28

 夕方になっても余震はやまず。


・最初の死亡者情報が入ってきたのは地震発生から103分後

16時28分、NHKで最初の死亡者のニュースを聞く。
posted at 16:31:04

 地震発生から103分(1時間43分)後。東日本大震災における最初の死亡者情報を聞く。これが最速だったと思う。当時もどかしく思っていたことの一つは、TwitterのTLを見ていても流れてくるのは東京の情報(地下鉄の何線が止まっているとか)ばかりで、そういう情報は山のように流れてきたが、肝腎の東北地方の情報は全然流れてこないということだった。103分。これが今の日本の情報力の限界。
 しかし、情報力のすごさに驚いた点もあった。3月11日当日の内に、東京での被害として九段会館の天井が崩落して犠牲者が出た、というニュースを聞いた。私はその時、これだけの大地震だったのだから東京でももっとたくさんの人が亡くなっているはずであり九段会館のニュースはその第一報に過ぎない、と思っていた。しかし結局東京では九段会館以外での死者はほとんどなかった。
 東北地方と東京の情報の落差を実感した。

16時31分小さな揺れがある、東京
posted at 16:33:01


16時32分、NHKで今回の地震に名前がついたと聞くが聞き損ねる
posted at 16:36:55

 この時私が聞きそこねた名前は「東北地方太平洋沖地震」だと思う。名前なんてどうでもよいではないかと思うかもしれないが、地震に名前が付くというのはその地震が歴史に残る地震だと人々が認識したということである。
 当日のブログには、

この地震は、「東北地方太平洋沖地震」と名付けられたが、明日以降、被害情報が明らかになるにつれて、場合によっては「〇〇大震災」と呼ばれるやうになるかもしれない。/歴史に残る地震になるのも間違ひない

と書いている。
 この後、ガスの復旧作業をする。あとアパートの大家さんに声をかけた。大家さんの家は老夫婦二人暮らしで心配だったから。アパートの他の住人は皆、平日ということでいなかった。

17時05分、小さな揺れ、東京
posted at 17:07:28


17時11分、小さな揺れ
posted at 17:12:33


17時17分から小揺
posted at 17:19:38


17時20分、少し大きめの揺れ
posted at 17:21:18


1728小揺れ
posted at 17:30:26


1731少し大きめの揺れ
posted at 17:32:44

 頻繁な揺れ。

東北地方太平洋沖地震M8.8、国内最大の地震、とNHK。
posted at 17:38:35

 マグニチュードはこの後、何度か修正されることになる。5時38分。この時点では「国内最大」というのは記録が残る近代以降の地震で、という意味だった。

Tokyo Disneyland & Sea Have Flooded http://t.co/qjiDCQQ
posted at 17:41:22

 これも今思えば情報の速さに驚いたことの一つ。5時41分、ネットで東京ディズニーランドの液状化のニュースを伝える海外のサイトの記事を見つけた。これも数ある液状化した地域の第一報にすぎないと思っていたが、結局、浦安は液状化の被害が最も有名なところだった。

ヘリが東北方面に飛んで行くのを見る。
posted at 17:54:00

 5時54分。ヘリはこれだけではなく、頻繁に見ていた。

1754、NHKで18人死亡と聞く。
posted at 17:55:59

 これは確定情報だけだ。実感としてはもっと多くの人が亡くなっているのはとくに三陸地方の人だったらわかっているだろうけど、これだけの大災害においては情報を確定させるだけでも一苦労なのだ。

明治29年の「三陸地震津波」を聯想する。
posted at 18:34:01

 津波による被害が大きかったということで私が真っ先に連想したのが明治29年の「明治三陸津波」だった。後日、明治三陸津波や昭和8年の「昭和三陸沖地震」などと比較されて研究されることになるが、この時はまだ人々にそんなことを考える余裕はなかった。

18時45分、NHK、26人死亡と伝えてる。
posted at 18:46:30


19時22分、小さな揺れ。
posted at 19:22:59


19時36分、小さな揺れ。
posted at 19:37:40

 この日は揺れは断続的に続いており、まだ建物がゆらゆらしているあいだに次の余震が来るので、実際には前回の揺れと今回の揺れ、などという具合にはっきり区別できるものではなかった。ほとんど一日中、ずっと揺れているという感じだった。

地震があってからずっとツイートがなかった人のツイートを確認して安心した。
posted at 20:12:57

 当時、Twitterで自分がフォローしていた名前も顔も知らない人たちの安否も気になっていた。

20時21分、揺れてる。こんなにいつまでも揺れていたら、今夜は眠れそうにない。
posted at 20:22:42

 精神的にも肉体的にもかなり疲労していた。

22時11分、NHK午後10時のまとめで91人の死者と聞く。
posted at 22:12:30

 3月11日当日に判明した死者数は91人。これを多いとみるか少ないとみるか。

22時17分また揺れ。
posted at 22:18:44

 これで3月11日のツイートは終わっている。全49ツイートすべてである。当日書いたものとしてはTwitterの他にもブログがある。ブログは夜8時頃から11時頃にかけて書いた。

 あと3月11日当日のことで印象に残っているのは、いつもは夕方の5時に子どもに帰宅を呼びかけるのが最後の区の防災無線が、夜中の11時30分頃まで防災情報(電車の復旧情報など)を流していたことだ。

 ブログの方にはこんなことを書いている。
今日(3月11日)の夜の時点で、被害の全容はまだまだ判ってゐない。明日以降、痛ましい悲惨なニュースが徐々に入ってくるだらう。今はまださうした甚大な被害を実感する前夜なのだ。最終的な死傷者数は3桁をこえるのは確実だらうといふ予感がする。最悪、1000人を超えることも考へられる。
 1000人。これが当時の私の予想の限界だった。しかし甚大な被害が明らかになる前夜であったことは本当だった。ちなみに震災の翌日、3月12日からはブログは震災関連の記事は現代仮名遣いで書いている。震災関連の検索で私のブログを見に来た人が「思ふ」などと書かれているのを見たら、人によっては「ふざけている」と感じるかもしれないと思ったから。しかし過去ログをご覧になっていただければ分かるが、3月11日の記事だけはそれまでの習慣通り歴史的仮名遣いのままで書いてある。現代仮名遣いで書き直そうかと思ったが、これも当時の私の慌てっぷりをよく表していると思ってそのままにしてある。

 Twitterももちろん3月11日で終わりではなくて、日をまたいで翌日以降もツイートしつづけている。


・3月12日、13日のツイート

 ちなみに、翌日、翌々日のツイートはこんな感じ。

 3月12日。

これがtsunamiか。身近(日本)で起こると実感として深く迫る。
posted at 00:30:15


日本は地震先進国なはずなのにそれでもこれほどの被害。自然の脅威を感じる。
posted at 00:38:37


22時17分。やや大きめの揺れ。
posted at 22:18:05


 3月13日。

日常も大事だが非日常も大事だ。
posted at 17:43:08


八百万の神と恒河沙の仏が総無視
posted at 20:37:02


お地蔵さんが素知らぬふり
posted at 20:37:55


観音さまが見て見ぬふり
posted at 20:38:24


文殊菩薩がわかってない
posted at 20:39:18


千手観音の手が足りてない
posted at 20:39:43


弥勒菩薩が間に合わない
posted at 20:40:03


天網恢恢疎にしてダダ漏れ
posted at 20:40:25

 ここに当時の私の歎息が見てとれる。神様や仏様に八つ当たりしている。震災後2日目。地震の規模と被害の全容が徐々に明らかになり、絶望的な状況を目の当たりにしてきていた時期だ。
 私はエレン・ケイの「偶然がある子どもを不幸から守った場合、子どもの『守護神』について語るのを聞くことがあるが、わたしはこれ以上の神の冒瀆はないと思う。この『守護神』は、数知れない不幸の際には一体どこにいるのであろうか?」という言葉を思い出していた。東北地方にもたくさんいたであろう神や仏は、あの瞬間何をしていたのか。


・震災から一年が経って

 あれから一年。未だに人出は足りていないし、復興への道のりは遠い。原発事故は収束する気配はなく、本当に弥勒菩薩がやって来ると言われている56億7千万年後まで禍根を残しそうである。

 この一年間、津波で家族を失った遺族の話や信じられないような惨状の映像をたくさん聞いたり見たりした。しかしそれらもこの甚大な災害のごく一部であって、語られることすらなく海のわだつみと消えていった物語は無数にある。

 一年というのは一つの節目ではある。区切りをつけて前を向いて歩いて行かなければならないと言うのもわかる。しかし、行方不明の家族が未だに見つかっていない人、住む家を失った人、原発事故の問題を抱えている福島の人たちなどにとっては「被災」は現在進行形であるだろう。

 日本のあるいは世界のシステムが救えなかったものがたくさんあった。その痛恨の思いのもとに今までもこのブログでたびたび震災関連のことを書いてきた。震災関連の検索で多くの人がこのブログを訪れてくれた。サイドバーのカテゴリー「東日本大震災関連」というところをクリックしていただくと、それらの記事をまとめて読むことができる。またはアーカイヴの2011年3月のところをクリックすれば、当時の日々の記録をリアルに感じることができる。
 東日本大震災のことはまだ書き足りていない。私はこれからも書くだろう。3月11日を忘れないために。後世に伝えるために。

 東日本大震災から一年の日に。

(参照)
りゅうたいぷ(@ryutype)/2011年03月11日 - Twilog

地震前後ツイート

2011(平成23)年3月11日東北地方太平洋沖地震当日 暫定龍吟録


東北地方太平洋沖地震から一週間

 今日で地震から一週間。未だに被害の全容が判っていない。
 一週間前、地震の当日、私は「東北地方には神戸ほどの大都市はないので、阪神淡路大震災ほどの死傷者数にはならないかもしれない」と書いたが、今回の地震はその被害があまりにも広範にわたったため、ついに阪神淡路大震災の死者行方不明者数を超えてしまった。

 東北地方太平洋沖地震、しかしこの地震はネットや新聞ではほとんど「東日本大震災」と呼ばれている。テレビの民放局では「東日本で大地震」、NHKだけが「東北関東大震災」という呼び名を使っている。

 一週間前の地震当日、大きな余震が続くさなか、私はTwitterで慌てて地震のハッシュタグを探していた。通常、Twitterでは各人がそれぞれいろんな話題について勝手に呟いているため、自身のツイートが何に関するものなのかを分かりやすくするためにハッシュタグが用いられる。私もその習慣に従って、地震直後に地震に関するツイートであることを示すためのハッシュタグを探していた。トレンドのところに「pray for japan」の文字が見えたが、大きく揺れた東京に住んでる私が、まるで海外にいるかのような「日本のために祈る」と付けるのはおかしいと思った。しかし、すぐにハッシュタグを探す必要はないことに気付いた。なぜならタイムラインのすべてのツイートが地震に関するものだったからだ。しかも事は緊急を要する。尋常ではない大きな地震だということは多くの人が感じており、ハッシュタグなど付けている手間も暇もそして必要性もなかった。

 今日、佐賀県が被災者3万人の受け入れを表明した。他の自治体でも受け入れを表明しているところがあるかもしれないが、その迅速さに敬意を感じる。3万人といったら、佐賀県の人口の約3.5%、佐賀市の人口の1割以上にもなる。しかも佐賀県は九州7県の中で最も小さい県だ。そんな小さな県が、いち早く受け入れを表明した。おそらく受け入れの準備も何もまだ整っていない段階であろうが、東北の被災地は、食糧もなく氷点下の寒さで体調を崩している人もたくさんいる、一刻の猶予を争う段階なのだ。受け入れの準備もできていない段階で3万人などとそんな大きなことを言っていいのか、と思う人もいるかもしれないが、むしろ今はこういうことをいち早く発表することで、他の西日本の自治体が続く効果があるかもしれない。しかも被災者は"今"困っているのであって、これが佐賀県が何ヶ月も経って「受け入れ態勢が整いました」という状態になってから発表しても遅すぎる。平常時ならば、ちゃんと準備ができてから発表するものだが、こういう非常時においては、「走りながら考える」ことも必要なのではないか。つまり県内の施設や企業や県民たちに受け入れのお願いを打診する一方で、東北地方からの被災者の受け入れも同時に進める。結果的に3万人受け入れられなかったとしてもそれでもよいではないか。「佐賀県が3万人受け入れると言っておきながら受け入れなかった」と言って責める人は誰もいないだろう。こういう時は、やれるだけのことはやってみるべきで、それを迅速に実行している佐賀県の判断を私は支持する。

 一週間たった今、震災は未だ現在進行形。原発の問題も現在進行形だ。
 東京における身近な買い物の問題もまだ全然通常には戻っていない。今日もコンビニの棚はガラガラだった。震源地からこれほど遠く離れた東京でさえ、未だにこの有り様なのだ。今回の地震がいかにとてつもないスケールの地震であったかを物語っているだろう。

東北地方太平洋沖地震4日目(2011年3月14日)

 今日3月14日夜の時点でのYahoo Japanトップページのスクリーンショット。後にこのページを振り返る人は、このスクリーンショットで何となく雰囲気、状況、様子を掴むことができるだろう。

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 今日も昨日と同じくスーパーに行った。今日は地震から4日目なので、そろそろ品数も戻ってきてるのではないかと思いきや、昨日よりも品物は減っていた。食料が東北地方の被災地に優先的に回されているのと、テレビ等で被害状況がどんどん大きくなるにつれて、人々の不安心理が大きくなって「早めに買っておかなくては」と思う人が増えてきているからかもしれない。

 品物別に見ていこう。

 野菜、果物類→まあまあ揃ってる
 魚、刺身類→まあまあ揃ってる
 肉類→値段の高いものしか残ってない
 パン類→食パン、菓子パン含めてまったく無い
 豆腐や漬物など→まあまあ揃ってる
 ヨーグルト、チーズ等乳製品→まあまあ揃ってる
 冷凍食品→ピラフ、チャーハンの類は一切無い、それ以外の物が残ってる
 惣菜、おにぎり→まあまあ揃ってる
 米→まったく無い
 カップ麺類→ほぼ無い
 酒類→揃ってる
 飲み物類→水は無い、お茶は少しあり、牛乳少しあり、あとは全部ジュース
 調味料類→揃ってる

 だいたいこんな感じ。言葉では伝わらないかもしれないが、実際に行った感じでは、開店はしているものの半分休業、といった感じだ。ただし店内は非常に混んでいた。
 上記は、私が行ったスーパーが(その時間帯に)そうであったということで、東京の他のスーパーもこういう品揃えであるかどうかはわからない。ただ、コンビニでもスーパーでも一番早く無くなったのは菓子パン、食パン類だった。
 こうして見てみると、やはりすぐに食料になって(つまり水や火を使わずに食べられて)、なおかつ日持ちのするものほど無くなっているようだ。

 いったん家に帰ってからトイレットペーパーがないことに気付き、薬局(ドラッグストア)に出かけた。が、トイレットペーパー、ティッシュペーパー類はすべて品切れ。
 別の薬局に行ったがそこも品切れ。
 3軒目の薬局に行ったところで、ちょうどトイレットペーパーの入荷作業を行っていた。たくさんの人が買いに来てたが、店の人が「1人1個(12ロール入り)まで」と厳しく規制していたのが感心した。客「種類(メーカー)が違ってもダメ?」店員「ダメです」。
 レジに並ぼうとしたら店内をぐるっと一周して70人くらいの行列ができていたので、その最後尾に並んだ。

 3軒の薬局で共通して品切れ、もしくは品薄だったのは、トイレットペーパー、ティッシュペーパーと懐中電灯、電池のような防災グッズ。


・地震2日前のこと

 みんな忘れているようだが、3月11日大地震の2日前にも地震があった。東北地方で大きな地震。東京もそこそこ揺れたから、東京の人なら知ってるはず。

 その時の私のTwitterでのツイート。

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 TLでも多くの人が、東北地方でけっこう大きな地震があったらしい、と呟いていた。私はなにか東北地方でとんでもない重大な地震が起きたのではないかと思い、必死にTLを追って情報収集しようとしていたのだが、呟いているのは東京近郊に住んでるらしき人ばかりで、肝腎の東北の人からのツイートが全然無くて、焦りを感じて上記のツイートをした。

 しかし、今思えば、この3月9日の昼ごろの大きな地震が、3月11日のあの巨大地震へ至る一番初めだったのではないか。

 最近の震度1以上を観測した地震 -気象庁

 このリンク先は気象庁が発表している、2月末から3月10日24時までの、つまり地震前日までの地震の記録である。リンクが切れていたり変わってしまっている場合は、こちら→index0.htmlをご覧頂きたい。

 これを見ると、地震前日の3月10日も、そして前々日の3月9日も、ずーっと三陸沖で小さな地震が頻発していたのがわかる。そしてそれらを遡っていって辿り着く一番最初の地震が、あの3月9日の昼に起きた地震だ。

 今にして思えば、あの時の揺れが2日後に来たる巨大地震のお知らせだったのだ。

 後になってからこんなことを言ってもしょうがないけど、あの時、何か動いておけばよかった。せっかくはっきりとした「お知らせ」があったのに。かと言って何ができたか分からないけど、でも、あの時もっといろんなことを真剣に考えておけばよかった。

 3月9日の昼の地震の時、私は、せっかく東北でとんでもない地震が起こったのではという予感を抱いたのに、その後に流れてくる情報で、どうやら大した被害はなかったらしい、と知ってそこで安心してしまい、もうそれ以上地震について考えるのをやめてしまったのだ。
 自らの甘さを悔いる。

・今日3月14日に感じたこと
 昼頃、また福島第一原発の何号機かが巨大爆発、というニュースを聞いて、少し怖くなった。「巨大爆発」という表現も怖かったし、地震発生から3日も経ってる今頃になって、なぜこういうことが起きるんだろうとも思っていた。

 原発についてはTwitterでは、それはもういろんな発言が交錯していて、「危ないから早く避難して」系のRTと「大丈夫です。徒に不安を煽らないでください」系のRTがせめぎ合っていた。しかも双方とも「東大の〇〇先生が言ってた」とか「原子力の専門家が言ってた」とか、いろいろな権威をくっつけていた。Twitterは簡便で速報性や拡散性に優れているだけに、今回はまさに「情報が錯綜している」という表現がふさわしい。あまりにもたくさんの情報を浴びすぎて、多くの人が何を信じたらいいのか分からなくなり、どんどん信頼できる権威を求めていったが、その権威と権威の意見が真っ向からぶつかっている場合も出てきて、人々は不安に陥っている。
 ふだん、自分はITリテラシーが高い、と自称している人でも、今回はツイートの真偽を見極めるのが難しかった例も多々あったのではないだろうか。というのはRTがされすぎて、出所が判らなくなっている情報があまりにも多く、出所を確かめた人も、この出所は本当に信頼できるのだろうか、と疑心暗鬼になる。「いろいろな情報を鵜呑みにしないでください。自分の頭でよく考えて判断してください」といったツイートもたくさん流れてくるので、逆にリテラシーの高い人ほど、あらゆる情報を疑ってしまって、もはや何を信じたらいいのか、という心理状態に陥っているかもしれない。

 私はテレビを見るのはほどほどにしていたが、今日はTwitterをみるのもほどほどにした。