暫定龍吟録

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東北地方太平洋沖地震3日目(2011年3月13日)

 今朝起きて、Yahoo Japanのトップページを見たら、「1万人不明の町」などという信じがたい文字が飛び込んできた。

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 被害の規模が私が当初、予想していたものを遙かに上回っている。歴史に残る大地震になるとは直感していたが、ここまでとは思っていなかった。

 「〇〇大震災」と呼ばれるようになるだろうと一昨日書いたが、今朝のテレビを付けてみるとNHKは「東北関東大震災」、民放は「東日本大地震」と呼んでいるところが多かった。

 一日遅れの内容になるが、昨日の私の行動を書き留めておこう。

・3月12日土曜日(地震から2日目)の私の行動と考えていたこと

 昨日はほとんどテレビはつけなかった。テレビで悲惨なニュースを見聞きするのが精神的に辛かったし、節電が呼びかけられていたからだ。たまたま部屋の蛍光灯が切れたので買いに行こうと思い、午前11時頃、地震後初めてまともに出かけた。

 コンビニに行ったら、牛乳が目に飛び込んできて「なんだいつも通りじゃないか」と思った直後にこの光景が入ってきた。いつもなら手前が食料棚で、奥が弁当やおにぎりを売ってる棚である。

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 ご覧のとおり、がらん堂。

 こちらは菓子パン棚だが、こちらもガラ空き。

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 食料以外の日用品みたいなのは普通に売ってた。飲み物類は普段の半分くらい。カップ麺の類が普段の4分の1くらい残っていた。
 買い溜めはしない。私がたくさん買ってしまったら、私よりも後に来た人が食べるものがなくて困るだろう。私は蛍光灯と石鹸を買いに来たのだ(ちょうど切らしたから)。

 午後もすることがなくて、ネットを少し見たりする以外は考え事をしていた。
 この大災害のさなかに私が考えていたのはパンダのことだ。
 パンダ?東北の人たちがこれだけ甚大な被害に遭っているというのに、私はいったい何を言っているのだ。
 ほとんどの人には興味のないことだろうが、地元ではもうだいぶ前からパンダが来るという話題で盛り上がっていた。リーリーとシンシンは故郷の四川でも大地震に遭い、そして日本に来て早々また大地震に遭い、ずいぶん災難だったなあ、そんなことをぼんやり考えていた。
 あと考えていたのは、前に亡くなったおばあちゃんのこと、宮澤賢治『銀河鉄道の夜』中の一節「僕はもう、あのさそりのようにほんとうにみんなの幸いのためならば僕のからだなんか、百ぺん灼いてもかまわない」という言葉を思い出していた。

 3月12日(地震2日目)に体に感じた余震は、1時間に2、3回かそれ以上の頻度であったような気がする。


・3月13日日曜日(地震から3日目)の私の行動と考えていたこと

 正直言って、私は、死者行方不明者が1万人を超えるなんてことは昔の日本、あるいは現代だったら発展途上国でしか起こらないと思っていた。現代の先進国ではそんなことは起こらない、東京直下型地震が起きたとしても1万を超えることはないだろうと思っていた。

 三陸の海岸沿いは、昔から何度も大きな津波に襲われてきた。
 1896(明治二十九)年の「三陸地震津波」。
 1933(昭和八)年の「三陸沖地震」。
 1960(昭和三十五)年の「チリ地震津波」。
 津波に対する言い伝えや教訓もあり、津波への世界最高レベルの備えがあったことだろう。
 しかし今回は役に立たなかった。過去に類の無い、想定を遙かに上回る規模だったから。
 人間は、滅多に起こらないことには備えることはできないものだ。

 マグニチュードは今日の午後になって9.0に修正された。日本の歴史上最大の地震だ。世界レベルでも稀有な大地震。
 
 今日もほとんどテレビは見ない。

 今日も正午ごろ、コンビニまで買い物に出かけたが、昨日とほとんど同じで食料は売ってなかった。「松屋」が通常通り営業していたのでそこで食事。
 帰り道の途中、昼間っから酒を飲んでるホームレスらしきおじさん6人組がワイワイ賑やかにしている脇を通ったら、その中の一人から声をかけられた。

 酔「お兄ちゃん、踊ろうか?」(阿波踊りの真似をしながら)
 私「・・・」
 酔「兄ちゃん、今日休み?」
 私「今日、日曜日ですよね」
 酔「そう、休みなんだ。一緒に酒飲んでく?」
 私(苦笑)

 よっぽど私が暗い顔をしていたのだろう。酔っぱらいのおっちゃん、ありがとう。なんだか少しだけ気が晴れた気がするよ。

 家に帰ってからは、読書したり少しだけネットを見たりして過ごす。
 今日3月13日に体に感じた地震は12回くらい。(朝8時から午後9時半まで)。ただし2時間ほど外に出ていた間は気づいてない。午後のほうが少ない。

 地震時の津波の様子を伝えるテレビやYouTubeの動画がぞくぞくと集まってきているが、まるで映画の中のフィクションの世界のよう。

 赤木智弘は「希望は戦争」と言っていた。戦争ではなかったが、天地がひっくり返るほどの大災害が起こった。
 だが今日、TwitterのTLで、ある人が、東京の会社の人に電話をしたら地震の話もそこそこに「ところで先日の〇〇の件ですが」と仕事の話が始まった、とツイートしていた。
 私が恐れていたのはこれだ。明日から月曜日。三陸地方の人は別として、東京ではまるで何事もなかったかのように普通にいつもの仕事が始まるのだろう。
 戦争が起ころうが、未曾有の大地震が起ころうが、天地はひっくり返らないのだ。ただ生き残った者の心と体に大きな傷跡を残すだけ。
 多くの日本人が整然と冷静に普段どおりの仕事を淡々とこなす姿に敬意を感じる一方で、被災地への支援や東京でのライフラインに関わる仕事以外の仕事ならこんな時ぐらい休んでいいんじゃないか、どんだけ仕事好きなんだよ日本人、という思いがある。
 赤木の、日常を壊したいという願いの前に、戦争や大地震は徒花となり、赤木は結局さらに苛酷な「日常」を見せつけられることになるだろう。
 この国では暴動も騒乱も起きない。規律は規律。ルールはルール。仕事は仕事。これが地震ではなく戦争であったとしても同じことだ。革命も下克上も起きない。

 慟哭すべきときは声をあげて泣き、非常、非日常が訪れたときはそれもまた受けとめる。もっとそういう在り方でもいいのではないか。
 

東北地方太平洋沖地震2日目(2011年3月12日)

 今日3月12日、地震から2日目。

 昨日、最悪1000人を超えることも予想される、と書いた死者行方不明者は、今日になってその通りの事態になってきた。
 昨日、この地震は「〇〇大震災」と呼ばれるようになるかもしれないと書いたが、今朝、ネット上で「東日本大震災」と書かれているのを見た。
 私は、新聞紙やテレビは見ていないが、今朝の午前8時42分に配信されたニュースで産経新聞が使っているのが、今回の地震における「大震災」という言葉の最も早い使用例ではないか。
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 私も名付けるとしたら「東日本大震災」かと思っていた。昨日の最初の時点では、「東北大震災」かと思っていたが、関東地方も被災したし私の住んでる東京もかなり激しく揺れたので「東北関東大震災」かと思い直したが、今日の未明に長野県、新潟県でも震度6の揺れを観測したというニュースがあったので、「東北関東甲信越大震災」と呼ばなければならないが、それではあまりにも長いし、今回の地震の被害が相当の広範囲に及んでいることや過去に例の少ない大規模災害であることを考慮しても「東日本大震災」という呼称が適切ではないかと思っていた。東北と北海道を合わせて「北日本」と呼ぶこともあるが、日本を東西に大きく分けた場合は「東日本」なのでこれは妥当だと思う。

 そう言えば、まだ政府から、今回の地震が「激甚災害」に指定されたという話を聞かない。今回の災害が「激甚」なのは言わなくても誰の目にも明らかだし、急いで指定する必要もないからだろう。あと数日経ってから指定されることだろう。

 私は普段は、リアルタイム性の高いことはTwitterの方に書くようにしているが、Twitterのタイムラインは今、緊急災害情報確認用みたいな感じになっているので、私個人の呑気な地震の感想などを書きこんでいる雰囲気ではないので、今回の地震に対する所感を書く場所はブログに切り替える。

 東京人をはじめとする多くの人がTwitterに今回の地震の感想を呟いている。それらは後でtogetterなどにたくさんまとめられるだろう。
 だがそれらとは別に私個人の感想も書き留めておきたい。このブログを見てる人は東京近郊の人が多いだろうが、西日本など遠方に住んでる人たちにとっては、東京に住んでる人が今回の地震をどのように体感し、どう行動しているのか、ということの参考に少しはなるだろうと思う。

・昨日3月11日の私の行動と考えていたこと

地震直後
 午後2時50分頃(正確な時間は覚えていない)東京、私は自宅に一人でいた。最初揺れだした時は「ああ、また地震か」と思った。東京では地震はちっとも珍しくない。
 私の家は安いボロアパートで、地震の時は普段から何割増しかで揺れる。震度3ぐらいの地震だったら4か5くらいに感じる。しかも東北地方と地盤がつながっているみたいで、以前から東北の地震はよく感じていた。青森で震度3ぐらいでも感じることがよくあった。
 机に向かって座っていた。蛍光灯を見ることすらない。いつものよくある地震だからだ。このままやり過ごそう。しかし窓やいくつかのものがガタガタと鳴り出して、「ん、少し大きいかも」と思って立ち上がった。とりあえず、少し大きめの地震が来た時にはいつもそうするように、玄関に行ってドアを開けた。ドアが変形してしまって外に出られなくならないようにするためだ。
 ドアを開けた姿勢で揺れが収まるのを待った。30秒ぐらいで収まるだろう。ところが揺れは収まるどころか、どんどん激しくなっていった。横揺れだがゆっくりとした揺れではなく「ガタガタガタッ」と細かく激しく揺れ出した。これはまずいっ!と思った。人生で経験したことのない揺れだ。私は左手にスマートフォンを持っていたので、Twitterアプリを開き、激しい揺れの中、震える手で東京で大地震が起きている旨のツイートを放った。もっと揺れが大きくなるかもしれないと思ったので、まだなんとか立っていられるうちに言葉を書き残しておきたいと思ったのだ。
 震度6か?7か?これはひょっとしたらアパートごと崩壊するかもしれないという思いがよぎった。言葉を紙に書いても瓦礫に帰すだけだ。なんとしても電波で外に飛ばしたい。
 今考えれば、Twitterの利用者は東京の人が圧倒的に多いので、地震だなんてそんなことは分かってるよ、とお互いに思うことになったかもしれないが、でも遠方のフォロワーもいたかもしれない。
 食器がガタガタ鳴っていたので食器を抑えにまわる。転倒防止器具を付けていた本棚は倒れなかったが本はたくさん飛び出し、棚の上に置いていたものはすべて落ち、冷蔵庫は大きく動いた。
 揺れは長く続いた。3分ぐらい揺れていたのだろうか。もっとだったろうか。
 揺れが少しづつ収まり始めてから、TwitterのTLを見出した。私は一人だったし声をかける人もいなく、恐怖に襲われた時の不安を誰かと共有したかったのかもしれない。
 しばらくTLを見ていて、ふと気付いてテレビをつけた。Twitter→テレビの順番だった。
 私がなぜ他のネットサービス(メール含む)よりも先にTwitterを開いたのかを考えると、やはり速報性、リアルタイム性においてTwitterが一番だと日頃から思っていたからだろう。
 今にして思えば、スマートフォンのUstで揺れる室内を撮影しておけばよかったと思うが、その時は思い至らなかった。
 テレビでは東北地方で強い地震があったことを伝えていた。Twitterは、私がフォローしている人が東京に住んでる人が多いこともあって、東京の情報を中心にものすごい速さで流れてきた。私はTLとテレビ画面を交互に見ていた。何が起こっているのかを知りたいと思った。

地震ちょっと落ち着いてから
 地震が起きて15分ほどたってから外に出た。スマートフォンだけ持って。近くの広場に行ってみたら、数人の人が集まっていたが、みんな持ち物は携帯電話だけだった。途中、変わった様子はなかった。街並みはいつも通り。静かな街だった。風が非常に強いと思った。火事が起きたら延焼しやすそうだ。もうこれ以上、大きな余震はないのではないかと思い、家に戻った。
 家の窓から眺める景色もいつも通り。煙も上がっていないし外が騒がしいということもない。スカイツリーも倒れていない。

地震後から日没まで
 数時間TLを見ながら過ごす。だが断続的にかなり頻繁に大小の余震があったので、そのたびに私はツイートし続けていた。

 日没までにやったことは、冷蔵庫の位置を元に戻した。家の中に大散乱した他のものは手を付けなかった。お腹が空いたのでお茶でも入れようかと思いガスコンロの火をつけようとしたらつかなかったので、ガスメーターを復旧させたこと。あと、お風呂に水を張ったこと。家のすぐ近くに防災用井戸があるので断水しても大丈夫なのだが、念のため。

地震の揺れの特徴
 テレビでは緊急の災害情報を伝えていて、地震のメカニズムがどうとかいう話は後回しになるだろう。
 私の部屋は南北に長く、多くの棚は、南北方向の壁に沿うようにして並べてある。

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 今回の地震で南北に沿って立てていたAの食器棚やBの本棚からはほとんど何も落ちなかったが、東西方向に沿って立てていたCの本棚の本はたくさん飛び出して床に落ちた。また図には描いていないが、もう一つ東西方向に置いた棚の上にあったものはすべて落ちた。それは北側にも南側にも落ちていた。
 私のこの部屋の状況から考えると、今回の地震は、東京では、特に南北方向に大きく揺れたのではないかと推測される。

日没後から深夜まで
 質素な食事をしながら(と言っても私にとってはいつも通りだが)、テレビを見る。NHKからテレビ東京まですべての局が地震関連番組をやっている。食後はテレビを見ながらブログを書く。午後8時ごろから10時ごろのたった2時間あまりの間に絶望的なニュースが入ってくる。
 テレビを見るのが段々、怖くて辛くなってきて、消す。ブログを書くのに専念。午後11時頃、書き終え、パソコンの電源も落とし、部屋の電気も消して、布団に入る。ただし断続的に揺れているため、眠れそうにないので、布団の中でスマートフォンでTwitterのTLをずっと見ていた。1時頃、いつの間にか眠る。

TwitterのTLを見ていて感じたこと
 私は結局地震が起きてからその日はずっと家にいたので、外の様子はTwitterを通してしか分からなかった。夜になって帰宅難民が大量発生していることも主にTwitterで見ていたのであり、自分が実際に見聞きしていたわけではなかった。私の家の前の細い路地を帰宅難民がぞろぞろ歩いてるなんて光景もなかった。
 デマが流れてきて、その直後に猛烈なスピードでいろんな人から訂正ツイートが流れてくることは昨日も書いた。
 私はこれだけの大災害があった当日のことはできるだけ時系列的に記録しておきたいと思ったので、何時何分にNHKテレビで何人死亡というニュースを聞く、などとツイートしていたが、そういうツイートを嫌がる人がいた。こんな時だからこそもっと明るいツイートをしましょう、と。
 日本人がこんな大災害の時でも、パニックに陥ったり悪行に走ったりすることなく、いかに落ち着いて整然と行動しているかという、感動話や美談が拡散RTされてたくさん流れてきた。そういう感動話や美談を「胡散臭い」と思う人もいるだろう。でも私はなんとなくそういうRTをしたい人々の気持ちを理解できた。
 東京には私のように一人暮らしの人がたくさんいる。ただでさえ一人で怖くて不安でたまらないのだ。そんな時にスーパーやコンビニの強奪とか夜道でレイプとか起こり始めたら、もう怖くて体の震えが止まらなくなるだろう。昨夜TL上でたくさん見られた「美談拡散RT」というのは、人々にみな善人であってほしい、という願いがこもっているのだ。美談をたくさん流すことで、なんとかこの秩序社会が崩壊するのを食い止めたい、という気持ちがあったのだろう。

ソーシャルメディアについて
 Twitterは強かった。これだけの大災害で大量のツイートが飛び交ったはずだが、落ちなかった。本当に頼りになった。
 他のネットサービスもいろいろとサービスの提供を申し出た。
 Googleは災害情報をまとめたページを開設したし、日本のユーザーが多いEvernoteはプレミアム機能を開放した。ソフトバンクも動いた。
 Facebookは何をしていたのだろう。昨日、4sqなどの位置情報サービスはどう機能したのだろう、と書いたが、Facebook(を代表とするソーシャルメディア)は今回の震災でどういう役割を果たしたのだろう。FBは実名主義ゆえに、疎遠になっていた人とも連絡がとれるという利点がある。本来ならこれほど安否確認に適したサービスは他にない。実際、いわゆる「先進的ユーザー」の中にはFBでたくさんの安否確認メッセージや御見舞いメッセージをもらった人もいたようだ。
 しかしそれは一部の人の話で、どうも全体的には、今回はFB絡みの話が少ない。日本でまだ十分にFBが普及していなかったから、安否確認の手段としてFBを利用した人が少なかったのかもしれない。
 私もFBに何回かアクセスしたが、私はフレンドがいないこともあり、何のメッセージも届いていなかった。私の側から昔の知り合いで何人か気になる人がいたので、こういう非常事態でもあることだし声をかけてみようかと思って名前を検索してみたが、私の知り合いは尽く誰もFBに登録していなかった。
 というわけで、Facebookは今回の震災では少なくとも初期段階ではあまり活躍した印象がない。FBが活躍するとすれば、もっと日にちが経って、仮設住宅に暮らす人々への炊き出しボランティアなど各種ボランティアが必要になった時に、もしかしたら活躍する機会があるかもしれない。その時にムーヴメントを起こせるかどうか。

ついったらーの十一月三日


無視ニモマケズ
煽リニモマケズ
中傷ニモ嘲笑ニモマケヌ
丈夫ナココロヲモチ
欲ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラツテヰル
一日ニ一ツヰートト
少シノTLヲミテ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジヨウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
大都会ノマンシヨンノ
小サナ一室ニヰテ
東ニ病気ノツヰートアレバ
オ大事ニシテクダサイトイヒ
西ニツカレタツヰートアレバ
今日モオ疲レサマデストオモヒ
南ニ死ニサウナツヰートアレバ
拡散RTスベキカマヨヒ
北ニケンクワノツヰートアレバ
ツマラナイカラヤメロトオモヒ
ブロツクノトキハナミダヲナガシ
クヂラノトキハオロオロシ
ミンナニヒコミユトヨバレ
フアボラレモセズ
アンフオローモサレズ
サウイフツヰツタラーニ
ワタシハナリタイ


日本でFacebookは始まるのか

 こゝ数日、一部のネットユーザーの間で、Facebookに対する注目が高まってゐる。

 きっかけは、ゆーすけべー氏が書いたこの記事らしい。

 フェイスブックがはじまりそうな件 - ゆーすけべー日記

 ネット上で有名なゆーすけべー氏が「フェイスブックがはじまりそう」と言ったことで、多くのユーザーが反応した。

 他にもこんな記事が人気になってゐる。

 フェイスブックが面白い - IT戦記

 facebookは変わっていたよ - ぼくはまちちゃん!(Hatena)

 フェイスブックでオフ会を開催して感じていること - id:HolyGrailとid:HoryGrailの区別がつかない日記

 フェイスブックがそろそろ日本で爆発する?その理由・始め方などまとめ | kokumai.jpツイッター総研

 2004年に設立、2006年に一般開放され、2008年には日本語版ができてゐたFacebookだが、今頃になってなぜ人気が出てきたのか。
 その理由は、上記記事を読めば、どうやら最近になってインターフェイスが改善されたからといふことらしい。以前は、Facebookと言へば「重い」「見づらい」「わかりにくい」といった批判が多く、何年も前に登録はしたけど、ずっと放置してゐた、といふユーザーも多いやうだ。

 では、インターフェイスの改善とともに、ゆーすけべー氏が言ふやうに、これから日本でFacebookは「始まる」のだらうか。
 
 私はこゝ二年間ほど、日本でFacebookが「始まらない」理由を考へてゐた。
「インターフェイスが悪い」
「日本語にきちんと対応できてない」
「使ひ方がわかりにくい」
「日本人の好みに合った仕組みを作れてない」
など、いろいろな理由を考へたが、これらの理由ではFacebookが日本で流行らない事実を説明できない。
 おそらくこれが最大の理由ではないだらうかと私が思ってゐるのは「実名制」である。

 Facebookが日本で普及するか否かの最大のネックになってゐるのは、Facebookの実名制である。

 FacebookはmixiやTwitterと違って、実名(本名)での登録を原則としてゐる。ネット上では匿名(ハンドルネーム)で活動してゐる人が多い日本人にとって、これは取っ付きにくい理由になってゐるのではないだらうか。

 ゆーすけべー氏はネット上ではかなり有名な人である。上記記事を見ても、Facebookでは「Yusuke Wada」といふ本名で登録してゐるし、顔写真も自分本人のものを載せてゐる。ゆーすけべー氏だけではない。上の他のリンク先のブログ主もネットでは結構有名な人たちである。
 かうした「有名人」たちがFacebookの面白さを語り、本人たちは気付いてないのか、あるいは解ってて敢へて触れてないのか(おそらく後者だと思ふが)、実名制の問題について触れてゐない。唯一、「IT戦記」のamachang氏だけが上記記事の中で実名制の問題に少し触れてゐる。

 2010年10月現在の段階では、Facebookはまだ一部の先進的なネットユーザーの間で話題になってゐるだけである。かつてのTwitterもさうであったやうに、Facebookもまた、ギークが多いと言はれるはてなユーザーの間で先づ話題になってゐるやうだ。
 しかし今「Facebook面白いよ!」と言ってる人たちは、元々、ネット上でかなり有名な人たちである。元々、本名が広く知られてゐたり、場合によっては顔も知られてもよい人たちで、リアルの世界つまりオフラインでも互ひに交流のある人たちである。
 だが、今「Facebook面白いから始めてみなよ!」と話しかけられてゐるネットユーザーの多くは、さうではない。ネットとリアル、オンラインとオフラインを使ひ分けてゐる人が多いはずだ。
 自分のブログやウェブサイトを持ってゐる場合、そこを本拠地としてFlickrやYouTubeなど他に自分が利用してゐるウェブサービスをリンクで紐付けてゐる人は多い。Twitterをやってる場合は、アカウント名が違ったとしても「Twitterやってます」みたいな感じで紐付けてる人は多いだらう。
 しかし、そこにFacebookを紐付けるとなると話は違ってくる。それは今まで徹底的にオフラインとオンラインとを区別して、一貫してネット上ではハンドルネームで活動してきた人が自分の本名(場合によっては学歴や職業など)を明らかにするといふことである。「有名人ではない」多くの一般ネットユーザーにとってそれは大きな障壁なのではないか。だから多くの先進的なブロガーたちがFacebookを利用してゐるにもかゝはらず、「私はFacebookではこゝにゐます」とブログで紹介することができない。
 これが、日本でFacebookがなかなか「始まらない」大きな理由である気がする。

 Facebook日本法人の児玉太郎氏は、日本でも実名制でやっていくことをすでに宣言してゐる(Facebook日本攻略へ 実名主義で「地に足付けてやっていく」 - ITmedia News)。世界の中で日本だけが「実名でなくとも構はない」などといふ例外は作らない、といふことだ。これは正しい判断だと思ふ。Twitterなどは、すでに一人の人間がいくつもの「サブ垢」などを作って、知り合ひでもない限り、誰が誰なんだか人物を特定することが難しくなってゐる。
 MashableのBenParr氏は2010年10月11日の記事の中で、TwitterとFacebookの最大の違ひは、前者が情報やコンテンツに価値があるのに対して後者は人物そのものに目的がある、といふ趣旨のことを言ってゐる(Facebook, Twitter and The Two Branches of Social Media)。これが正しいならば、やはりFacebookは実名制を守ってこそ価値があると言へる。

 2009年末から2010年初頭にかけてTwitterが日本で広く人口に膾炙したときに、「新しいコミュニケーションツール」といふ紹介のされ方をよく聞いた。
 私はTwitterのことをコミュニケーションツールだと思ったことはない。私がフォローしてゐるのは全員、顔も名前も年齢も性別も知らない人ばかりである。情報を得るためのツールだと思ってゐる。時々、弱音を吐くこともあるけれど、それは独白であってコミュニケーションではない。
 だが人によってはTwitterをまさに「コミュニケーション」のための道具として使ってゐる人もゐる。リアルの知り合ひをたくさんフォローし、仲間内でリプライやリツイートを飛ばし合ってゐる人を見かけることも多い。これはまるでメーリングリストのやうな使ひ方だ。Twitterやmixiが現れる以前は、かうしたコミュニケーションの取り方はメーリングリストで行はれてゐたのだ。このやうな使ひ方をしてゐる人の多くは、そのコミュニケーションの場を、今後、TwitterからFacebookに移していくだらう。人と人との確かな繋がりといふ点では、FacebookはTwitterより優れてゐるからだ。

 Facebookは日本で普及するのか。
 普及するとしても、爆発的に普及するのは今年2010年ではなく、来年2011年になると思ふ。おそらく映画「ソーシャル・ネットワーク」が日本で公開されて話題を呼び、かつてのTwitterにおける広瀬香美のやうに、誰か複数の芸能人が「Facebook始めました」みたいなことをテレビで語るやうになってから、やうやく日本国民の間に普及していくことになるだらう。
 その普及していく過程で、今まで頑なにネットでの匿名性を信奉してきた日本人が忠実に実名のルールを守るのかどうか。私はすでに「Facebookのプロフィールはバカ正直に書かなくてもいい」みたいなことを書いてるブログを見つけてちょっと不安になってゐる。
 米国などではFacebookは現実社会と密接に結びついてゐる。企業の採用担当者が応募者のFacebookページをチェックすることも多いらしい。日本ではさうなったら「就職に受かるためのFacebookプロフィールの書き方」などといふ本が出て来さうで、それはそれで嫌だが、かと言って仮名での登録を許してしまってはFacebookの魅力は半減し、mixiと何が違ふのかといふことになってしまふだらう。

 私の予想はかうだ。
 日本人はFacebookではそのルールに則り、実名で他の情報も正しく登録する。たゞし、プライバシー設定をやたら厳しく設定する。結果、友達でないかぎり、つまり企業の採用担当者などが見ても何ら有用な情報は得られない。
 Twitterの鍵付きよりもさらにクローズドに使ふ人が大半、といふことになるのではないか。


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パキスタンとFacebook問題

 boingboing.netの記者がこちらの記事で伝へるところによると、パキスタン政府は、5月20日から、Facebook、YouTube、Twitterなど主要なネットサービスをブロックしてゐる。
 原因は、どうやらFacebook上で「ムハンマドを描かう」といふ不穏な動き(グループ活動)があったためらしい。
 イスラム教では、神や預言者の姿は描いてはいけないことになってゐる。

 かうしたFacebook上の不穏な動きにパキスタン政府が過敏に反応した、と上記記事は伝へてゐる。イスラム教徒ではない人たちまで迷惑を被るのでひどい話だ、といふコメントもあった。

 もし私が日本でかういふ状況にあったら、と考へると、まあ私はFacebookやYouTubeやTwitterがなくても困らない。GoogleやYahooさへ使へなくなってもたぶん大丈夫。
 元々「反インターネット的」である私は、インターネットで不快な思ひをするぐらゐだったら「インターネットなんか無くなっちゃえ」と極端なことを思ふのだが、それはあくまで私個人レベルの所感であって、国家レベルとなるとまた話は違ってくるだらう。

 当のパキスタン人たちの感想を聞いてみたいものだ。

 と思ってゐたら、あるパキスタン人のついったらーが、同じパキスタン人のTwitterユーザーたちに向けて「Facebookにアクセスしてますか?」といふアンケートを取ってゐた。

 その結果がこちら↓


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 私が見た時点で200人が回答を寄せてゐた。4つの選択肢の中で、どれかが突出して回答が多いといふわけではない。アクセスしてるかしてないかといふ観点から見るなら、答へは、ほゞ半々である。もちろん、このアンケートに回答してゐるのは、おそらくITに詳しいかコンピュータ好きの人が多いだらうと推測されるから、この結果がパキスタン全国民の意見を反映してゐるわけではない。ついでに言へば、このアンケートは「パキスタン人だけお答へください」とは書かれてゐるものの、英語で行はれてゐるので、本当にパキスタン人のみが回答したかどうかは定かではない。それでも、この結果を見る限りでは、やはり多くの人がイスラム教に対して冒涜的であるかどうかは気にしてゐるやうだ。

 Facebookをボイコットするといふのは果敢な行動だ。米国でも“Facebook疲れ”や最近の“プライバシー問題”で辞める人も出てきてゐるくらゐだから、使用を辞めるのにちゃうどいいタイミングなのかもしれない。

 ソーシャルなネットサービス、とりわけFacebookのやうに国境を跨いで広範に利用されてるやうなサービスは、見る人によって大きな不快感を齎す。「嫌なら見るな」といふのは暴論であって、Googleと中国の問題にしてもさうだが、今や国家をも凌ぐほどの大きな影響力を持ったネットサービスたちは、この種の問題に対して、もっと繊細でなければならないだらう。