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Decentralized化する世界

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 米大統領選でヒラリー・クリントンを倒してドナルド・トランプが選ばれた時、ビットコインの価格が高騰した。(と言ってもビットコインのそれまでの歴史から見れば小さな高騰ではあったが。)

 ビットコインとドナルド・トランプは相性がいい。ビットコインとドナルド・トランプには共通項がある。それは、"Decentralized(非中央集権化、分権化)"だ。

 ビットコインブロックチェーンについて語られる時、いつも"Decentralized"という言葉を聞く。トランプ大統領が口で言ってることをどこまで実行に移すかは分からないが、その思想もまたDecentralizedである。

 アメリカという国は今までも好き勝手やってきた。世界の各々の国や地域の実情は無視し、"Globalism"の名の下に「アメリカ流」のやり方や常識を押し付けてきた。しかしそれはアメリカを中心とした「世界」作りの一貫として行われてきた。21世紀は「パックス・アメリカーナ」の時代になると言われていた。その象徴とも言える言葉がGlobalismだった。Globalismはそれぞれの国、地域の文化、実情、常識、つまり都合を無視し、アメリカの常識を押し付けるものと斉しくなっていた。

 トランプもまたアメリカの利益のことばかりを考え、他の国々のことは慮っていない。そういう意味では「アメリカ流」を押し通そうとしている姿勢は同じだと言えるが、大きく違うのは、Globalismの流れにおいては、アメリカは「世界の警察」、「世界のリーダー」として自国の都合を押し通そうとしていた、ということだ。トランプはアメリカが世界の警察であり続けることは「負担(特に経済的負担)」であると考えている。

 "Decentralized"を日本語で「分散化」と訳すと、「だから、環境問題やテロとの戦いなどのグローバルな問題を世界の国々が少しづつ分担して解決を目指すのでしょう」と思われる。しかしここで言うDecentralizedは「分散化」と言うよりは「非中央化」である。


非中央化とは何か

 「非中央化」とは中央から離れるということである。では「中央」とは何か。

 中央とは地球温暖化問題やテロとの戦い、TPPなど、世界的に取り組まなければならない問題に取り組むときの枠組や組織である。国連やG8がそうだし、EUもヨーロッパの「中央」である。

 2016年、イギリスとアメリカという兄弟または親子のような関係にある二つの国が、それぞれ"Decentralization"の道を択んだ。Decentralizedには、メリットとデメリットがある。

 イギリスと対極的なのなドイツで、ドイツはずっとヨーロッパの“顔”としての役割を果たして来た。メルケルはドイツ国内の問題だけでなく、ヨーロッパ全体の問題についても責任を持って仕事をしてきた。温暖化問題などの世界的問題にも積極的に取り組んで来た。その結果、EU内におけるドイツの地位は高まり、発言力も大きくなった。今のヨーロッパには誰もメルケルのドイツには逆らえない雰囲気がある。

 一方、デメリットとしては負担が大きすぎる、ということが挙げられる。数年前のギリシャ問題のときも、「なぜウチらがギリシャの面倒をみてやらなければならないんだ」という国内からの不満の声がたくさんあった。国内の問題も山積みなのに中央(ここではEU)の仕事もしなければならない。イギリスは中央の仕事の負担軽減のために"Brexit"を択んだ。負担は軽減するが、中央における地位、発言力の低下、というデメリットがある。

 アメリカもまたトランプ大統領が中央から離れようとしている。真っ先にTPPからの離脱を表明したが、この先、地球温暖化対策やテロとの戦いなど、世界的規模で協力して取り組んで来た問題からも手を引いていくかもしれない。

 こうした動きは、政治の世界で「保護主義」、「孤立主義」などと言われるスタイルと似てくる。

 もっともアメリカの長い歴史においては、孤立主義的傾向を示す時代は長かった。第二次世界大戦後、「戦争のうまみ」が増すにつれ、アメリカは世界の中央に出て来た。父ブッシュ、子ブッシュ時代の戦争はパックス・アメリカーナの象徴のような出来事だった。だがその後、アメリカはだんだん中央から手を引いていくようになる。

 古代から戦争は領土の奪い合いだった。戦争に勝つと領土が手に入る、これが大きな動機だった。だが国と国との戦争からテロとの戦いの時代になり、肝腎の戦利品としての領土が手に入らなくなった。今問題になっているIS(イスラミックステート)などは国ですらない。テロは世界各地で予測不可能的に起こり、それに勝利したとしても、それは単に「テロを食い止めた」というだけで領土獲得のような“うまみ”はない。

 「ドナルド・トランプは内向きなのか外向きなのか」と問う人がいる。自国内の問題に関心を持っているのか、それとも対外的な問題に関心を持っているのか。だがその問いの立て方は正しくない。トランプは内にも外にも両方関心を持っている。今までどおり、いやそれ以上に「偉大なアメリカ」を対外的に誇示しようとしている。ただ、その方法がDecentralizedなのである。せっかく力を持っているのだから、中央を介さずに直接誇示したり圧力をかけたりしたほうが早いというわけだ。


P2P化する世界

 非中央化、脱中央化は、決していわゆる外交に興味がないということではない。トランプはアメリカとロシアとの間の問題は米露間で個別に解決しようと考えている。中国との間の問題、日本との問題、メキシコとの問題は、それぞれ米中間、米日間、米墨間で解決を図るべきことだと考えているだろう。こうした関係はとてもP2P(ピアトゥーピア)的だ。中央を介さずに当事者同士で直接やり取りをする。ビットコインもそうだ。中央銀行を介さずに両者間で価値の移転を実現する。

 ビットコインを支持する人たちのあいだには、「中央なんか要らない」という考え方の人も多い。だが中央には“うまみ”もある。ドイツの例のように中央での発言力が増す、というのも一つだが、そもそも中央は「世界に対してある程度のコントロールが効く」というのが大きなメリットである。「中央銀行はなくなる。ビットコインのような仮想通貨だけの世の中になる」という人もいる。もし今、日本から日本銀行がなくなったとすると、経済のコントロールは失われ(今でもコントロールできてるのか?という疑問はあるが)、日本という国の経済の安定性は失われる。

 一方で、トランプの思想は、P2P的な世界をよしとする人々との強い親和性を持つ。


中央の役割

 では、「中央」は要らないのか。中央なんか無くしてそれぞれ個別にやり取りを行えばいいだけなのか。例えば今の日本から日本銀行を無くして、それぞれでお金のやり取りを(日本銀行券を使用せずに)行えばいいのか。

 中央には中央の役割がある。中央の役割は全体の「コントロール」であり「調整」である。

 個別に、例えば二国間でやり取りをすれば強い方が勝つ。太平洋上に長く太い綱が横たわっていて、それを日米間で綱引きをすれば、それは強い方が勝つだろう。この場合の“強い”は必ずしも軍事力や経済力ばかりではないが。だが、その綱の真ん中が滑車のように中央に引っかかっていれば、日米間の綱引きにも“調整”がかかる。どちらか弱い方が一方的に負けてしまわないようにするのも中央の役割である。

 また、地球温暖化問題のような“グローバルな”問題も、中央が解決しなければならない問題である。(地球が温暖化しているかどうかという議論は今は置いておいて)、日本一国だけがCO2をいくら削減しても、他の国々が協力して足並みを揃えなかったのでは、こうした問題は解決しない。テロとの戦いにおいても、今やテロは世界のどこで起こってもおかしくない。「テロに優しい国」があったのではいつまでたってもテロは無くならないのは、タックスヘイブンなどと同様である。


日本の孤立化は「孤立主義」の孤立ではない

 日本の孤立化は、英米のそれのような自国優先のための孤立ではない。また自発的な孤立でもない。「国際社会の一員として恥ずかしくない責務を果たす」と言って中央に出て行ったら、アメリカが自宅に帰ってしまって中央でぽつんと一人になってる状態である。

 日本の首相はアメリカの大統領に翻意を促しTPPへの復帰を求めているがはたしてどうなるか。トランプが自国に引き籠もってくれたらまだいいほうで、実際には(おそらく貿易を中心とした)過酷な綱引きを今後はどの国もしなければならなくなる。

 「Decentralized化する世界」と言っても、「中央」が無くなるなどとは私は思っていない。中央は今まで通り在り続ける。ただDecentralizedの“動き”には注意しておかなければならない。

 Decentralized化が進む世界で日本は今後どうするのだろう。

 世界のリーダーとして存在感を増していくか、Decentralized化の流れに乗って日本国内に引き籠もるか、それとも中央の真ん中で「僕はひとりぼっちだ」と叫ぶのか。一つの進路が問われる局面に来ている。

丸山眞男と8月15日

 丸山眞男はあらゆる意味で8月15日に殉じた人だった。

 その日を境に世界はまったくの別世界になったのだ。丸山にとっては。

 お母さんがいた世界といない世界。
 軍国主義の世界と民主主義の世界。
 生前の世界と死後の世界。

 丸山眞男にとって8月15日が持つ意味は誰よりも大きい。

 お母さんの命日であり、専門である「政治思想」の大転換日であり、そして自分自身の命日であり。

 丸山は昭和二十年代前半に積極的に「民主主義とは何か」ということを民衆に説いて回った。それは、終戦直後は多くの人々が「民主主義ってなんだ?」と問うていたからだ。だが誰も民主主義とは何かと問わなくなってからも丸山は「民主主義とは」ということを語り続けた。そこに丸山の哀しみがある。

 その時代遅れ、時代錯誤な感じを批判したのは吉本隆明だった。
 吉本隆明に『擬制の終焉』で批判された時に直接は何の反論も返さなかったが、後に「高度成長期の日本の資本主義というものは僕には見通せなかった」という反省の言葉を残している。
 なぜ、見通せなかったか。現在進行形で圧倒的な形で進んでいた高度経済成長という「大変化」をなぜ「見られ」なかったのか。それは、もう、丸山の心の中に、「戦争の反省」という問題があまりにも大きな比重で占めていたからだ。
 「戦争の反省がまだ終わってない」という拘りをいつまでも持ち続けた丸山眞男。
 でも、「僕はどうしても許せないんです」と語気を強めて丸山が言う時、丸山の8月15日に対する特別な思いと気迫を感ぜずにはいられない。

 丸山の思想の中には時間の流れがある。時間や前提を意識した思想である。

 丸山の思想に見られる時間観は、政治に限定されることなく社会全体に当て嵌めて語られるべきものである。

 政治を語るとどうしても「現代政治」について語らざるを得なくなる。それは「今」であって「先後」は霞んでしまう。
 例えば、首相が何度も「徴兵制はありえない」と明言しているにもかかわらず、「徴兵は嫌です。戦争には行きたくありません」と言う人々がいるのは何故か。それは、この国では首相や政権がコロコロ変わることを皆知っているからだ。
 「絶対にありません」と言うのは、その首相、その政権であるかぎりにおいてはそうだということであって、五年後、十年後の首相がどう言うかは分からない。

 丸山が語った「予測可能性の減退」。丸山の思想の中には「予測」という明らかな時間がある。
 自然法的な秩序はある程度の社会の安定性を前提としている、と丸山は言う。そして、今や“誰が”社会を安定せしめるのかが問われなければならない、と言う。
 この言葉から、丸山は「主体性」の重要さを語ったのだ、ということは気づくことができる。
 だがもう一つ気づくべき点がある。それは、「前提」や「予測」といった時間と関係のある言葉が使われていることだ。
予測可能性が減退している時代にあっては、“誰が”が問われるのはもちろんのこと、“何を”すべきで“何を”すべきではないか、も問われなければならない。
 そしてそれらを問うときに、すべての前提が疑われなければならない。自然法と見えていたものが本当に“自然”だったのか、ということが問い返されなければならない。
 現代は、もうこれ以上、前提の上に虚構を気づくことは許されない時代である。前提の上に前提、虚構の上に虚構、というような屋上屋を架すようなことは許されない。
 破れるのは規範や法則だけではない。習慣や常識も破れる。にもかかわらず、それらのものが「ある」と前提して何かを言ったり為したりすることは、無意味どころか罪なことである。

 「見えざる「道理の感覚」が拘束力を著しく喪失したとき、もともと歴史的相対主義の繁茂に有利なわれわれの土壌は、「なりゆき」の流動性と「つぎつぎ」の推移との底知れない泥沼に化するかもしれない」と丸山は言う。
 そして、その歴史主義化が却ってそのつどの絶対化を呼び起こさずにはいないだろう、と言う。
 丸山のこの指摘は鋭い。
 現代は先鋭化した「絶対」が虚構の上に立ち現れている。それは、もともとの基底が「無窮」であるからばかりではない。無窮性をも失った時代に「絶対」が存立しているのがおかしいのだ。それが無窮性を持った自然法であれ、もっと主体性を持った作為の法であれ、なんらかの存立基盤となっているのならよい。
 丸山の指摘通り「歴史主義化」は進み、「絶対性」は先鋭化しているにもかかわらず、一つ一つの「絶対」は見えて来ず、「つぎつぎとなりゆくいきほひ」の濁流に飲み込まれている。
 丸山の「古層」は通時的問題を浮かび上がらせている。

 ここまで考えて、丸山が戦前/戦後に拘るのも、私が高度経済成長前/高度経済成長後に拘るのも、根は同じなのかもしれないと思った。時代の前提への反省がないことへの不満なのだ。
 現代人は皆、偶然に甘えている。「である」にも甘えている。そうした甘えの上に厳しい機構を作り上げている。
 これは、丸山が拘った戦争の構造の問題と同じなのだ。
 丸山は、「私が戦争を始めました」という者が何処にもいない曖昧な甘えのもとに始まった戦争で、軍隊的厳しさばかりが増していったことに大きな不満を抱いていたのだ。

 現代は戦争の代わりに「社会」がある。
 「社会を舐めるな」
 「社会人として恥ずかしくないマナーを」
 「現実はそんなに甘くないよ」
 「もっと現実を見なさい」
 「社会に出たらそんなのは通用しないよ」

 こういうことを言う人たちは社会を厳しいものとしたがっている。まるで戦時中の軍隊が丸山に「軍隊を舐めるな!」と怒鳴ったように。
 だが、誰がその厳しい軍隊を主導しているのかは全然わからない。聞いてみても、「上官の命令だ」。その上官に聞いてみてもさらにその上官からの命令。上官の上官の上官、、、最後に行き着くところは天皇陛下からの御命令だ、と天皇に責任を押し付けるも、天皇に責任はないと言う。

 現代社会も“誰が”そういう社会にしているのか、という意識は誰にもない。「社会とはこういうものだ」という所与があるだけである。
 丸山が「今や“誰が(ヴェーア)”が問われなければならない」と言ったのはそういうことだ。

 「こうして古層における歴史像の中核をなすのは過去でも未来でもなくて、「いま」にほかならない。」

 「つぎつぎとなりゆくいきほひ」に待ったをかけた丸山。そもそも日本には「なる」はあって「なす」はない。不断に響き続ける「“中今”への讃歌」を止めて見せた丸山。
 しかし、政治をテーマとしているかぎり、丸山には「中今」が響き続ける。政治というテーマは常に「現代政治」を話題にせざるを得ないからだ。

 思想家としての丸山はこんなにも魅力に満ちているのに、政治学者としての丸山はつまらない。

 「錨づけからとき放たれ」る必要があるのは丸山だ。

 私は8月15日から丸山を解放してあげたい。

 だが、丸山の中では思想と政治は不可分のものであり、丸山を8月15日から解き放った途端に、その思想は輝きを減じてしまう。

 丸山はその生涯をかけて8月15日に拘った。
 それはそれで美しい。

 丸山の思想を政治以外にどう適用していくかは、後世の人間に託された仕事だ。


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悲運の美男子武将、平維盛の生涯

 私が思いを馳せるのはいつだって、平安時代末期の平氏のこと。
 全盛期の平氏ではなくて。
 没落期の平氏。

 平家全盛を誇った平清盛。
 平清盛のような活躍した武将に注目が集まるのは世のならいだが、今日話すのは、その孫、平維盛(たいらのこれもり)のこと。

 今日3月28日は『平家物語』によれば、平維盛が亡くなった日。
 それで、この絶世の美男子将軍、悲運の武将の生涯を振り返りたい。


主な登場人物

 初めに主な登場人物の名前を紹介しておきたい。
 この時代は「平ナントカ盛」という名前の人が非常に多くてややこしい。日本史で苦しめられた思い出のある人も多いと思う。

平清盛(きよもり):維盛のおじいちゃん。平家隆盛の時代を作ったカリスマ的存在。剛の者。

平重盛(しげもり):維盛のお父さん。清盛の長男。

平宗盛(むねもり):重盛の弟。維盛の叔父さん。清盛、重盛亡き後の平家の大将的存在。が、気が弱く頭も悪い。

平重衡(しげひら):重盛の弟。維盛の歳の近い叔父さん。できる男。女性の扱いにも長けたイケメン。

平維盛(これもり):清盛の孫。重盛の長男。紅顔の美男子。今日の話の主役。


何もなかった子ども時代

 維盛は1159年、平重盛の長男として生まれた。平清盛の孫に当たる。

 1159年と言えば、ちょうど保元・平治の乱という大きな戦があった頃だ。おじいちゃんとお父さんが勝利して、平家の地位を不動のものにした、あの戦争だ。

 維盛は平家の隆盛(りゅうせい)が最高潮に達した時に生まれた。「平家でない者は人にあらず」と言われるほどの時代だった。
 しかも、平家の総大将である平清盛の長男の長男として生まれた。
 「日本一の子ども」として生まれた、と言っても過言ではない。

 因みに同世代の有名人には鴨長明がいる。

 子ども時代は特に困ったこともなかった。順調に出世した。出世と言っても子どもだから政治的な意味合いではなく、年齢とともに階級が上がっていったというだけだが。

 子ども時代は本当に不思議なくらい何もない時代だった。保元・平治の乱は物心がつく前に終わっている。保元の乱は生まれる前で、平治の乱も1歳だから当然記憶に無い。
 物心がついてからの少年時代、10代の頃は、本当に何もない時代だった。


青海波の舞で絶賛された18歳

 10代の時にあった唯一の大きな出来事は、18歳の時の「青海波(せいがいは)」だった。

 清盛おじいちゃんは、平家の棟梁であるばかりでなく武家のトップでもあったので、天皇や偉い貴族の人たちとも親交があった。それで維盛は、おじいちゃんの孫として、重要な儀式の場にちょくちょく呼ばれたりすることもあった。

 この年、後白河法皇の50歳の誕生日を祝う、お誕生日会があった。それに呼ばれて「何か舞え」と言われたので「青海波の舞」を舞った。
 「青海波(せいがいは)」というのは古代中国の舞だ。

 これが大評判を呼んだ。
 幼い頃から「美男子、美男子」と周囲の人から言われてきたけれども、初めて大勢の人の前で舞を舞ったら、「容顔美麗」、「尤も歎美」、「作法優美」、「人々感歎」と絶賛の嵐だった。
 建礼門院右京大夫という、ちょっと年上の綺麗なお姉さんからも「昔今見る中に、例もなき(美貌)」と言われた。

 が、維盛の人生は、この18歳の時がピークだった。


お父さんの死と富士川の敗戦

 20歳の時、重盛お父さんが亡くなった。
 20代になって、いよいよ人生これから、という時だった。
 父親が亡くなるというのは、当時は人生を左右する大きな出来事だった。父親は政治的な意味で有力な庇護者だからだ。
 実際、平家と微妙な関係にあった後白河法皇に、一部の土地を取り上げられた。

 そして、この時期、全国各地で「反平家」の動きが始まった。中でも「源氏」は強力な敵だった。

 東国の源氏を征伐せよ、という命令が出た。
 維盛は平家の将軍として静岡県に向かった。
 富士川というところで源氏と戦った。

 結果は大惨敗。平家軍の兵士たちは敵軍の奇襲にビビって、戦わずして逃げてしまった。
 帰ったら、おじいちゃんにめちゃくちゃ怒られ、「入京を認めない」と言われてしまう。

 敗けた原因はいろいろあるが、一番大きかったのは、参謀役として付き従った藤原忠清というおじさんが、いざ攻め込もうという時になって、「日が悪い」だのなんだのと言って、攻め入るのを遅らせた。このことによって、戦場までの距離が近い源氏軍は、助っ人が続々追いつき、体制を立て直すことができてしまった。

 維盛は戦う気満々だったが、平家軍の兵士たちは恐慌状態に陥り、敗走してしまう。


おじいちゃんの死と倶利伽羅峠の敗戦

 さらに悪いことは続く。

 維盛22歳の時、最悪のタイミングで清盛おじいちゃんが病気で亡くなってしまう。

 清盛おじいちゃんはカリスマ的な人だった。このおじいちゃんの存在のおかげで、平家がまとまっている、平家の隆盛が保たれていると言っても過言ではなかった。

 清盛亡くなるとみるや、今度は木曽義仲という源氏の人が、反平家の挙兵を始めた。

 24歳の維盛は平家の「大将軍」としてこれを追討するよう命じられる。
 「大将軍」というと聞こえはいいけど、遠方への戦は大変な任務なのだ。本当のトップの人は京から動かない。つまり富士川の戦いの大惨敗の責任をとらせる罰の意味もあった。

 維盛率いる平家軍は、その数「四万」とも言われる大軍で、北陸方面に向かった。
 そして富山県あたりで木曽義仲軍と戦った。

 結果から言うと、またしても大惨敗。しかも、富士川の戦いの時と同じく、「戦わずしての敗け」だった。

 この時も敗けた理由がある。
 いわゆる、「群衆事故」だった。
 群衆事故というのは、現代でもある。一箇所に集まった大勢の人が何かをきっかけにパニックになって将棋倒しになったりして圧死したりする事故だ。
 平家の兵庫県繫がりで、私は明石の花火大会歩道橋事故(平成13年)を思い出す。

 夜、休みをとっていた平家軍は突如、源氏軍に奇襲される。慌てた平家軍は逃げようとするが、なんと背後にも源氏軍が待ち構えていた。パニックになった平家の大軍は、唯一、敵兵がいない方向へと走って行く。しかしそこは行き止まりの断崖絶壁だった。
 「戻れー!」「押すなー!」
 「こっちは行き止まりだ!戻れー!戻れー!」
 そういう絶叫が飛び交ったに違いない。しかし次々と押し寄せる平家の大軍。搔き消される叫び声。味方の兵士たちに押されて、次々と崖底へ転落していった。
 この時、平家軍の大半が亡くなり、崖底は死屍累累、平家の屍で谷が埋まるほどだったという。

 私は、これは記録に残る、古い群集事故の例だと思う。
 敵と戦って敗けたというより、味方に押されて落っこちて自滅したのだ。


都落ちと西への逃避行

 この年、平家はついに「都落ち」する。
 しかしこの時も幾つもの「失敗」が重なってそうなったのだ。
 大きな戦いに敗けたとはいえ、平家はまだそれなりの自力を保っていた。
 が、このとき総大将的存在だった宗盛叔父さんの幾つもの「失策」が、事態を悪くした。
 そもそも宗盛叔父さんは「総大将」なのに弱気すぎた。あまりに気が弱くて頭も悪そうだったので、後白河法皇は平家と組んでるのは得策ではないと判断し脱出してしまった。
 これが大誤算だった。法皇は何としても行動を伴にしてもらわなければならなかった。

 平家一門は後白河法皇を連れ出せずに都落ち。西へ西へと逃げる日々が始まる。
 途中で時々、追ってくる源氏軍と戦いながら、ひたすら西へ西へと逃げる。

 しかし次々と味方の誰々が亡くなったという報せが届く。もう駄目だ。平家一門はもう終わりだ。自分が死ぬのも時間の問題だろう。そう悟った維盛は、最期に京に置いてきた妻と子どもに一目逢いたいと思った。
 平家の一行から密かに離脱する。そして京へと向かう。しかし危険すぎる京には入れず、妻と子どもに心の中で永久の別れを告げた維盛は、和歌山県那智に向かい、そこで自ら入水して人生を終える。25歳の若さだった。

 その翌年、最後まで残った平家も、山口県の壇ノ浦でついに滅亡する。


長男の維盛にはどれほどの権力があったか

 ここまで読んで、「かわいそうだけれども少し同情的に書き過ぎじゃないか。維盛は清盛の孫、長男の長男だったんでしょう?だったら、維盛こそトップの責任者じゃないか」と思う人がいるかもしれない。

 だが、長男がそこまで力を持っている時代ではなかった。「長男が偉い」という風潮になっていくのはもう少し後の時代のことだ。「長幼の序」を重んじる儒教の影響がある。平安時代は仏教の影響は強くあったが、儒教はまだそこまでではなかった。また、戦国時代ともなれば完全に武士の世の中なので、指揮系統を統一するためにトップの責任者をはっきりさせる必要があっただろう。しかし平家は、日本史の最初の頃の武家なので、戦国時代の武士の家ほどそこまで組織としてしっかりしているわけでもなかった。

 平家は文字通り、平氏の「家(ファミリー)」だった。言わば、親戚の叔父さんたちや従兄弟の男たちなど、全員が「主役」だった。「一人の主君とその部下たち」という組織ではなかった。

 また、維盛は「長男」ではあったが、母親の身分がそれほど高くなかった。
 当時は、高貴な血筋に生まれた人の方が偉い、という感覚が強くあった。だから、単に「一番初めに生まれた男の子」である維盛よりも、高貴な母親から生まれた異母弟たちの方が上に見られることもあった。
 それは父親の重盛にしても同じことで、身分の低い母から生まれた「長男・重盛」よりも、身分の高い母から生まれた宗盛の方が、大将的存在になっていった。


維盛は本当に美男子だったか

 維盛は本当に美男子だったのだろうか。こればかりは写真も残っていないので分からない。
 『平家物語』の作者が物語をおもしろくするために、必要以上に美男子と褒めちぎって書いたかもしれない。

 だが、私は本当に美男子だったのだろうと思う。
 そう思える論拠はある。
 当時の結婚というものは、両家の親同士が話し合って決める、極めて政治的な意味合いの強いものだった。
 維盛のお母さんはいわゆる「正妻」ではない。つまり正式な結婚とは別に、わざわざ身分の低い女性をお父さんが求めた、ということは、お母さんはよほどの美人だったに違いない。男の子はお母さんに似る、というのはよくあることだ。

 『平家物語』の誇張ではなく、維盛は本当に美男子だったのだ。


「桜梅の美男子」と「牡丹のイケメン」の違い

 重盛お父さんの異母弟に重衡(しげひら)という人がいる。維盛の叔父にあたるが、歳が近いため、叔父さんというよりお兄さん的存在だった。

 この重衡が「かっこいいお兄さん」だった。見た目もかっこ良かったし、仕事も「できる男」だった。そのかっこ良さは「牡丹の花」に例えられた。

 女性にモテた。
 重衡の周りには常に女性たちが集まり、人気者だった。女性たちとのコミュニケーションの取り方が上手だった。優しくて明るくて面白くて頼もしい人で、現代風に言うなら「イケメン」だった。

 一方の維盛は、「桜梅」に例えられた。「桜梅少将」と呼ばれた。
 イケメンではなく「美男子」だった。「容顔第一」と呼ばれた維盛は、単に「顔立ちが美しい」というだけだった。

 牡丹の花が美しくそこに“ある”のに対して、桜梅は見た目も美しいが、“散り際”に美しさを見せる。それは、儚い美しさだ。

 女性にもモテなかった。
 一応、親の意嚮で結婚はできたけれども、知ってる女性は妻一人だけだった。

 先にちょろっと紹介した「綺麗なお姉さん」建礼門院右京大夫も、弟の資盛(すけもり)の彼女であって、維盛の彼女ではなかった。


維盛の苦しみ

 「名門の家に生まれて、しかも長男として生まれて、しかも顔が美形ときたら完璧じゃないか!うらやましい!」
 「うらやましすぎる!ずるい!俺と替わってくれ!」

 そう言う人は多いだろう。

 しかしこういう羨みが、まったく的外れであるのは維盛の人生を見れば分かる。

 維盛は「いい家」に生まれたことで、あるいは「美男子」に生まれたことで、人生で得したことなど何もなかった。

 それどころか、逆に平家に生まれたことで、みんなから石を投げつけられる人生を送ることになった。

 美男子ということだって、女性にモテることには役には立たず、男性にモテることに役立ってしまって維盛にとってはちっとも嬉しくもないことだった。(実際、当時、維盛の周囲には男色傾向のある人は多く、男の人たちから迫られることもあったようだ。)

 長男ということだって、「長男なんだから」と責任は押し付けられる一方で、そこまでの権限は与えられず、実際の戦の時には、力を持った叔父さんたちの声が大きくて、自分の声は通せなかった。この「声の大きい叔父さんたち」が軍の統一を乱して敗けに繫がることが多かったのに、敗けたら敗けたで、維盛のせいにされた。

 「いい家」、「長男」、「美男子」。そんな、人が羨むような、本来なら「利点」とも思われる要素は、維盛の人生においてはまったく利点でなかったばかりでなく、むしろマイナスに作用した。


「驕る平家は久しからず」の嘘

 私がなんでこんな話を書こうと思ったか。
 なぜ平維盛という人に関心を持ち、書こうと思ったのか。

 それは、「驕る平家は久しからず」という、あの有名な言葉に以前からずっと違和感を持っていたからだ。いや、違和感というより反撥を抱いていた。

 この言葉は、「驕った態度をとっているといつか痛い目に遭う」という傲慢な人生を送ることへの戒めの言葉として使われる。

 「平家は、あんなに尊大な態度で振るまい傲慢な人生を送っていたから、人々の恨みを買って、ついにはこんな痛い目を見ることになったのだ。ざまあみろ。天罰だ」と人々は言う。

 だが、驕っている人と罰を受けている人が別ではないか。
 維盛がいつ驕った?

 「でも、0代、10代の頃はいい暮らしをしていたでしょう?」と言うかもしれない。
 たしかに維盛は、子ども時代、普通の子よりもいい服を着て、おいしいものを食べていたかもしれない。しかしそれは「裕福な育ち」ということであって、「驕る」ということとは違う。
 子どもの頃は、親によってそのような生活を“させられて”いるのであり、「驕る」というのは、二十歳になって金や権力を使える年齢になって自分の意思で行うことを「驕る」と言うのだ。

 別に驕れなくてもいい。驕った生活をしてはいけないと言うなら、それはそれでいい。維盛はべつに驕りたかったわけではない。質素な生活でもよかった。

 維盛の苦しみは「おじいちゃんやお父さんのように驕った暮らし、豪遊ができなかった」というところにあるのではない。
 「驕る平家は久しからず」と、身に覚えのない言葉で源氏や世間から石を投げつけられたところにある。

 驕っていたのは、お父さんやおじいちゃんや、ひいおじいちゃんの時代の話であって、維盛は身に覚えのないことだ。
 お父さんは身に覚えがあっただろう。おじいちゃんはもっと十分に身に覚えがあっただろう。だが、そのおじいちゃんとお父さんは戦没ではなく病没したのだ。恨みを買った人たちから殺されたのではなく、寿命を全うして亡くなったのだ。おじいちゃんもお父さんも、あの都落ちから西へ西へと敗走した悲惨な日々を知らない。

 「おまえのご先祖様を恨むんだな」などと言いながら、人々は維盛に向かって石を投げつけた。

 驕りたいわけではない、と言ったが、こんな理不尽な目に遭うのなら、いっそ驕った暮らしをしておけばよかった。
 女遊びもしなかった。
 弱冠15歳の時に、父や祖父の意嚮で結婚させられた、ただ一人の妻を愛した。

 18歳の青海波の舞のときは、そのあまりの美しさから「光源氏の再来」と皆から言われたが、その後の人生で源氏軍に苦しめられたことを思えば、敵の名前で褒められるなんて皮肉でしかなかった。「容貌が美しい」なんて、武将としての、男としての幸せや誉れとは何の関係もなかった。

 妻や子供も守ってやれなかった。最後の別れのとき、妻には「自分が亡くなったら再婚してくれ」とは言っておいたが。

「驕る平家は久しからず」。

 平家物語の冒頭の言葉に由来するこの諺を人が口にするとき、私はあなたの言う「平家」とはいったい誰のことを言っているのか、と思う。
 平家という家を構成しているのは一人一人の人だ。その一人一人に光を当ててみれば、時代の波の浮沈が大きく作用しているのが見えてくる。運命という名の人間が作り出した機構が作用しているのが見えてくる。そうしたものを無視して何かを語ることは自分がまた時代を形作ってる主体であるという責任意識の欠如を現している。

 平維盛の生涯は、何度も何度も、時代について、運命について、人生について、私に考えさせる。



(※)この記事は、歴史的事実に関してはなるべく調べて正確性を心掛けて書くようにはしましたが、私の見方が多分に入っており、脚色されています。レポートを書いてる学生さんは「出典:暫定龍吟録」などとせず、もっとしっかりした文献、史料に当たってください。
 私がこの文章を書くにあたって参考にしたのは以下の文献です。特に高橋昌明氏の『平家の群像』は大いに参考にしています。
  • 高橋昌明『平家の群像』(岩波新書)

  • 石母田正『平家物語』(岩波新書)

  • 『新日本古典文学大系・平家物語』(岩波書店)

(※2015/04/03)重衡の名前を間違っていたのを訂正しました。あゝ、本当にややこしい。

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偏差値型の男、内申型の女

 この小稿は、男が女を見るときは「偏差値的」に見て、女が男を見るときは「内申的」に見ている、ということを書いた一種の類型論である。
 「主語がでかい」とか「内申型じゃない女の人もいます」といった批判もあるかもしれないが、もちろん、すべての女(または男)がそうだというわけではない。世界35億人の女(または男)が一人残らず同じタイプだなどということはあり得ない。
 女(男)には、ゆるやかにこういう傾向があるのではないか、という一つの物の見方として楽しんで読んでいただければと思う。


男は「偏差値的に」女を見る

 男が女を見るときは、「偏差値的」に判断し、女が男を見るときは、「内申的」に判断している。

 男は女を見るとき「顔」を重視している。
 これはとても偏差値的である。顔(またはスタイルも含む「容姿」)は、とてもわかりやすい基準である。

 美女は男から見ても女から見ても誰から見ても美女である。

 「女が言う美人って、男が思ってる美人とはちょっと違うんだよね」

と言いたい男はたくさんいるかもしれないが、それは些細な差だ。美人の尺度がそれほど大きく違うわけではない。

 男が女を見るときは、「容姿」をとても重視する。中でも「顔」を重視する。
 「僕は性格重視だな」と言う人も、顔で判断した後に性格も見ている、ということであって、顔をまったく見ていないわけではない。

 男が女を見る、好きになるときは「顔」の美しさ(または可愛らしさ)という「偏差値」は非常に重要なポイントである。

 「人は見た目が9割」という本がかつて売れたらしいが、見た目が9割なのは「人」ではなく「女」である。

 だから女が男にモテるか否かはほぼ顔で決まる。美人であればモテて、ブスはモテない。
 顔の偏差値が高い人が高評価を受ける、とても分かり易い仕組みだ。
 しかもその偏差値は隠されているのではなく「見た目」に顕れている。だから誰が偏差値が高くて誰が低いのかは一目瞭然だ。どういう顔が美しい顔か、という価値観は男女問わず共有されている。


先生の主観が大きい「内申」

 一方、女が男を見るときの価値基準は実に多岐にわたる。「これ」という絶対的な尺度がない。
 中学校のときの偏差値と内申点に例えれば、とても内申的である。

 一般に、頭のいい子は偏差値も内申点も高い、頭の悪い子は偏差値も内申点も低い、と思われがちだが、そうとばかりはかぎらない。偏差値は高いけど内申点は低いという子もいるし、偏差値は低いけど内申点は高いという子もいる。
 どうしてそういうことが起こるかというと、点の取り方(上げ方)が異なるからである。

 偏差値を上げるためにはテストで良い点を取ればいい。それに尽きる。

 一方、内申点を上げるための「これ」という方法は無い。

 内申とは主に通知表(通信簿)のことだが、通知表の成績は先生が決める。5段階評価の数字以外にも先生の所見などが加わって内申点は決まる。

 内申を良くするための方法というのは誰にも分からない。
 よく「授業中に積極的に手を上げたほうがいい」などと言われるが、手上げを重視する先生もいれば重視しない先生もいる。そういう手上げアピールを「ウザい」と感じる先生もいるかもしれない。そんな先生に対して積極的に手を上げていたら逆効果である。あるいは「自ら進んで清掃活動」も、先生が見ていないところでいくらトイレを綺麗にしても無駄である。

 内申点が良い人というのは、先生一人一人が何を重要視しているかをよく心得ていてその通りに行動でき、しかも上手にアピールできる人である。


女は男を「内申的に」評価する

 女が男を見る(評価する)在り方は、この「内申」の在り方によく似ている。

 「こうすれば、これさえすれば、女にモテる!」という絶対的な方法は存在しない。結局のところ、女一人一人に合わせた対策をとっていくしかない。

 A子さんに気に入られるためにはA子さんがどういうポイントを重視しているか、男のどういう点を嫌っているのかを知らなければならない。
 そして、そうやって一生懸命、勉強した学習成果は、次にB子さんを口説くときには適用できない。B子さんと仲良くなるためには、また別のB子さん対策が必要となってくる。

 雑誌などで女性芸能人・アイドルのプロフィール欄に「好きな男性のタイプ:優しい人」などと書いてある。これを見た男性読者が「そうか!優しい男がモテるのか!」と思って次の日から、お花にお水をやっても駄目なのである。女が言う「優しい人」は「“私に”優しい人」だからである。

 男の感覚からすれば、花に水をやるという行為は、生物を慈しむ、じゅうぶんに「優しい」ことだが、女が求める「優しい」はそんな普遍的な優しさではない。
 まして、女の見ているところで花に水をやるのならまだしも、女が見ていない、例えば自宅などで花に水をやっても何の意味もない。


男はイケメンに生まれるのではない。イケメンになるのだ

 テレビで動物番組などを見ていると、なぜオスばかりがこんなにも苦労しなければならないのか、という思いで切なくなることがある。

 オスが一生懸命、巣を作る、おいしい食べ物を捕まえて来る、必死で歌う、必死でダンスを踊る、必死で(文字通り命がけで)他のオスと闘う。

 そこまでやってもメスが首を縦に振ってくれるとはかぎらず、巣の出来映えがイマイチだったり決闘に負けたオスにはソッポを向く。

 男の苦労が絶えないのは、一人一人の女に対する対策を永遠に考え続けなければならないからだ。
 だからこそ男の人生は「イケメンでありさえすれば人生楽勝」などということはないのだ。ボーヴォワールの言葉をモジッて言えば「男はイケメンに生まれるのではない。イケメンになるのだ」。

 「イケメンである」とか「金持ってる」というのはモテるための付加価値かもしれないが、それさえあれば女にモテまくる、という性質のものではない。

 逆はある。女は美人でありさえすれば、モテまくる。人生で得をすることもいっぱいある。
 ただし女は、そこまでモテることを欲していない。女は一人の男と相思相愛の関係になれればそれでいいのであって、不特定多数の男からモテてしまうのは却って厄介に感じたりする。

 女が偏差値が高くある(顔、スタイルが美しくなりたい)のを願うのは、多くの男たちが思っているような、「男のため」、「男にモテるため」ではない。仮に男のため、であったとしても、それは意中の特定の男のため、であって、「その他大勢の男」に含まれる貴男のためではない。
 女が美しくありたいと思うのは、第一に自分のため、つまり自分の満足のためであり、第二に同性である女たちの目を意識し、第三に(特定の)男のため、が入るかもしれない。「その他の男たち」にモテたいと言う女もいるかもしれないが、それは、モテることによって自分の女としての価値を確認したいからであって、「あなた(指名)」にモテたいということではない。


ちょっとした心掛け次第で上げられそうな気がする内申点

 顔の美醜は、ほぼ遺伝によって生まれつきに決まる。
 一方、イケメンとか金持ってるということは、生まれつきではない。
 イケメンというのは単に顔の良し悪しを指す言葉ではない。髪型や服装、清潔感、雰囲気、気遣い、ふるまい、言動、仕事の捌き方など、努力次第でなれるものだ。

 そう、「努力次第では」と思われている。そこが落とし穴だ。
 女の内申的価値観では、常に「君も努力すればモテるかもよ?」という可能性が残されているのだ。
 モテたいと願う男たちはその僅かな希望を頼って果てしない努力へと駆り立てられる。

 しかし、実際にはそんな生易しいものではない。
 経済力なんて努力と工夫次第でなんとかなりそうだが、現実には金持ちの家の子供は金持ちに、貧しい家の子供は貧しくなる、という各種社会データがある。つまり遺伝のような生得的なものではないが、かと言って努力すれば簡単に得られるというものでもない。

 女は「もうちょっと頑張れば君もモテるかもよ」という僅かな余地を敢えて残している。雌ライオンが二頭の雄ライオンをわざと鉢合わせて闘わせるように。

 男の人生が苦しみに満ちているのはこのためだ。

 しかも、モテるための偏差値のような「これ」という明瞭な基準が存在しない。女個人個人に合わせた対策を手探りで探し続けるしかない。

 それでいて、男は女よりも「モテたい」という願望を強く持っている。

 苦しみから逃れるためには、「良い内申点をとりたい」すなわち「モテたい」という願望を捨てることだ。

 偏差値は諦めることができる。自分は頭が悪いのだと思ったら、もう突拍子もなく高い偏差値など望まなくて済む。
 しかし内申点はちょっとした心掛け次第で上げられるような気がする。
 先生は「あなたももうちょっと良い子(※先生から見て。積極的に手を上げるとか)になる努力をすれば、内申点上がるかもよ?」という余地を常に残している。

 オス鳥がフられたのは、歌が下手だったからでも羽根がみすぼらしかったからでもないかもしれない。そのメスは歌の上手さや羽根模様の美しさよりも巣の出来映えを重視していたのかもしれない。
 だから「歌が上手ければモテる」とか「翼の模様が美しければモテる」などとは言えないのだ。結局のところ、そのオスは目の前のメスの価値観を読み間違えた、読み取ることができなかった、それに合わせた対策をとることができなかったからフられたのだ。
 しかも女の価値基準は、一人の女なら常に「これ」と一定しているわけでもない。
 「前は男らしい人が好きだったけど今は優しい人かな」などと、重視ポイントもコロコロ変わる。

 男が女にモテようとする様は、良い内申点を取るために、先生一人一人の顔色を窺う中学生に似ている。

 より客観的な基準である偏差値に比べて、先生の主観が大きく左右する内申では、その先生が何を重視しているのかを読み取ることは大切なことだ。


内申点は要領

 しかしそこでほぼすべての先生からの印象を良くする「技」を心得ている生徒がいる。それは「頭がいい」といった絶対的な力ではなく、一種の「わざ」や「コツ」、「要領」、「タイミング」といったものだ。
 逆にこの「要領」を心得ていない生徒は、いつまでたっても先生からの好印象、高評価を貰うことはできず、内申点を上げることができない。
 どんなに見た目が格好よくてもモテない男がいるのは、こうした「要領」を心得ていないためだ。

 せっかく思い切って手を上げたのに、そのタイミングで先生が黒板の方を向いてしまって気づいてくれなかったり、手上げが有効だと思って毎日積極的に手を上げていたら、実は先生にうざがられていたり。
 「一回ふられたぐらいで諦めないで何度もアタックするんだよ」と言う女もいれば、「しつこい!」と言う女もいる。「いやよいやよも好きの内」なのか「本当にいやなんだってば!」なのか、要領が悪い男はいつまでたっても、そこが分からない。

 「貴男はブサイクだから、どんなことをしても無駄だ」と言ってもらったほうが、無駄な努力をしなくて済む分だけ男の人生はずっと楽なものになっていたはずだ。

 “先生”の顔色を窺いながら今日も男たちは叶う確率の低い希望に向かって果てしない徒労へと駆り立てられる。


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「※ただイケ」の誤謬を糺す

 「※ただイケ」という言葉がある。

 「※ただしイケメンにかぎる」の省略形である。
 私はこの言葉が好きではない。
 「※ただイケ」は間違っている。

 今日は、この「※ただしイケメンにかぎる」という言葉のどういうところが間違っているかについて書こうと思う。


「※ただしイケメンにかぎる」という言葉の由来

 この言葉は、今では若い女性が使っている例も見受けられるが、元々は男性が言い出した言葉と思って間違いない。
 女性誌などで、「最近は◯◯男子が人気!」(例、オタク男子、理系男子etc.)という特集が組まれ、それがネット上で紹介され、男性ユーザーたちが「お!いよいよ俺みたいな男がモテる時代の到来か?」と色めき立つ。そこで、すかさずユーザーの一人が「勘違いするな、モテるのはイケメンである場合に限られる」という注意を促す。最初に※印があるのは、条件付き、但し書き、ということを意味している。
 つまり、「もしかして俺のモテる時代の到来か?」と何度も勘違いしては裏切られてきた男性たちが自嘲気味に「どうせイケメンにかぎるんだろ」と言い出したのがこの言葉の始まりだと思われる。


「顔」を重視する男性

 そこで、そもそも「イケメン」とは何かという定義から考えなければならない。

 『広辞苑』には【いけ面】で項目立てしてあり、「顔が良い」が語源であるように書かれているが、これは誤りである。「イケメン」の「メン」は「面」ではなく「メンズ」から来ている。イケメンとは「イケてる男(メンズ)」の略である。

 ならば、「イケてる」とはどういうことか。
 私は「イケてる」という言葉は男たちが考えているよりずっと多義的な言葉だと思う。
 容姿だけではなく、振る舞いがスマートである、とか、仕草が男らしい、仕事で活躍して輝いて見える、働いている時の背中がかっこいい、等々、「イケてる」が意味するものは実に多義的である。
 だが少なくとも男たちの多くは「イケてる」を「顔がいい」という意味だと思っている。これは男たちが女を見る際に顔を重視するから、女も男を選ぶ時に顔を重視するに違いない、と考えてしまうからである。


男は顔か中身か?

 「所詮、男は顔だよ」

 「いや、やっぱり大事なのは中身でしょ」

 「いやいや、結局、なんだかんだ言ったって男はやっぱり顔なんだって!」

 男同士のこういう会話を聞くことがある。その度に私は「ああ、この人たちは分かってないな」と思う。

 「三高」信仰というものがある。「高身長・高学歴・高収入」の男が女に人気があるというものである。

 「三高はもう古いよ」と言う人もいるかもしれないが、それは以前ほどは言わなくなったというだけであり、今もこの三項目が重視されていることに変わりはない。

 で、この「三高」が示す三つの項目の中に、「顔」も「中身(性格)」も入っていないことに注意してほしい。

 男はすぐに「男は顔か中身か」という議論をしたがるが、その二択の設定がそもそも頓珍漢なのである。

 顔がかっこ良くて性格も良ければ申し分ないだろう、と男なら考える。
 だがそれでもモテないことがあるのは、女が求めているものとの齟齬があるからである。


中でも一番重視される「収入」

 三高の中でも一番重視されるのはなんと言っても収入である。
 結婚相談所などでも男が必ず書かされるのは年収。
 女が「結婚相手の男に求める条件は最低でも年収500万以上」などと言うのは、男が「女は最低でも胸がCカップ以上」と言うのと同じくらい、いやらしいことだと私は思っている。にもかかわらず、女はバストサイズの記入は義務づけられていないし、そもそも表向きは尋ねられることもないのに対して、男は堂々と年収を聞かれる。


美しい羽を持った孔雀がモテる?

 イケメンでありさえすれば、顔さえ良ければ女にモテる、そんな簡単なことだったら男にとって人生はもっとずっと楽なものになっているはずだ。

 男の人生は何故こんなにも苦労に満ちているのか。
 それは、男は顔さえ良ければモテる、などという単純なことではないからだ。

 つまり、「ただ◯◯でありさえすれば」などというものは、少なくとも男には存在しない。

 孔雀は美しい羽を持った雄がモテるという。しかし本当にそうなら、雄はダンスをしたり鳴いたりする必要はないし、そもそも羽を広げる必要すらない。ただ寝てればいいだけである。寝ているところに雌がやって来て、寝ている雄の羽を押し広げて美しさを鑑定して、美しければ交尾を迫るだろう。


引きこもりニートの福山雅治はモテない

 私は昔から、

 「引きこもりニートの福山雅治はモテない」

と言っている。(「福山雅治」の部分は各自適当なイケメンに置き換えてください)
 これは断言できる。
 福山雅治さんは、音楽家、俳優、写真家などとして幅広く活躍しているから、(その上に顔もよいから)モテるのである。
 いくら福山さんの顔でも年中、部屋に閉じ籠って、それでいてネット上で活躍したりするわけでもなく、誰とも接触せずに無為に毎日を過ごしていたとしたら、そんな男がモテることはまずない。

 逆はあり得る。
 昔のアニメなどに、よく「深窓の美少女」が登場した。病弱などの理由で外出を禁じられている女の子を外から見かけた男の子が一目惚れし、窓に紙飛行機を投げたりしてなんとかコンタクトを取ろうとする。そういう話はある。
 だが、「深窓の美男子」はあり得ないのだ。


「ただイケ」よりも恐ろしい「ただカネ」

 現代社会において、もし「これさえあれば」というようなものを強いて一つ上げるとするならば、私はそれは「ただイケ」ではなく「ただカネ」だと思う。
 「※ただしカネ持ってる男にかぎる」である。

 上述のように、女が男を選ぶポイントはとても多岐にわたる。男が「女は可愛ければ、ただ優しければ、それでいい」と言うのとは違う。
 しかしその多岐の中でも強いて一つを上げろと言われたら、現代の日本の女が最も重視しているのは「金(カネ)」であろう。

 私が「ただイケ」という言葉が嫌いなのは、「ただイケ」よりずっと残酷で冷酷な現実として頑として横たわっている「ただカネ」を隠蔽して見えなくしてしまっているからだ。

 現代の多くの男たちは本当はこの「ただカネ」にこそ苦しんでいる。
 結婚したいかどうかは置いておくとして、現代の大半の若い男たちの収入は年収500万にも届かない。
 にもかかわらず、自分たちで「ただイケ」と言うことにより、この深刻な問題を自ら見えにくくしてしまっている。
 心理的な背景から考察すれば、「顔さえ良ければ俺はもっとモテるはずなんだ」と思い込むことによって自らを慰めていると考えられる。
 しかしやはりそれは間違いなのである。
 そうやって慰めに逃げてしまうことで男たちは自分たちの首を自ら締めていることに気づいていない。

 男たちが「ただイケ」と言い続けていてくれるかぎり、女たちは「ただカネ」という汚い本心を隠し続けることができる。
 「ただカネ」は「ただイケ」を上手に隠れ蓑として利用して、現代社会に着実に瀰漫している。


「イケメン」は必要最低条件でもない

 「イケメンでありさえすれば人生全勝だ!」ということはない。それどころかイケメンであっても「九敗一勝」すらできないこともある。

 女の「美人」と違って男の顔にはそこまでの力はない。
 それなのに、「ただイケ」と言うことによって実際以上に過剰に顔に力を持たせてしまっていることが問題なのだ。つまり、例えば顔を美形な顔に取り替えただけで本当にモテるようになるのなら「ただイケ」と言ってもいいが、実際にはそんなことはない。

 モテのための必須要素は他にある。
 「イケメン」というのは、モテるための必要最低条件ではなくて、数ある「付加価値」の一つである。

 「イケメン」がモテるための必須条件だとすると、イケメンではないのにモテているたくさんの男についての説明がつかなくなる。(例えば、若い美女と結婚しているブサイクな石油王、等。)

 「イケメン」は第一必須要件ではない。所詮、付加価値程度の価値しかない。繰り返しになるが、「イケメン」であることがそんなに強大な力を持っていたなら、男の人生はもっと楽なものになっていたはずなのだ。

 もっとも、「ただし金持ってる男にかぎる」と言う女ばかりではない。

 女が男を見る、選ぶときには、顔や金以外のさまざまな評価基準があって、「モテたい」と願う男たちを苦しめている。
 それは「イケてる」という言葉が持つ多義性とも関係がある。


 では、そのさまざまな評価基準とはいったい何なのか。

 それらの点についてはまた別稿で論じたいと思う。