暫定龍吟録

反便利、反インターネット的 This blog has not been updated since 2016

2010年02月の記事

ITホワイトボックスが面白い

 今さらだが、NHK教育で毎週木曜日に放送されてゐる「ITホワイトボックス」といふ番組が面白い。
 昨年放送されてゐたものの再放送らしいが、それも2010年2月いつぱいで終はつてしまふ。番組を見損ねた人は、番組とほゞ同じ内容のものが書籍になつて発売されてゐるのでそちらを読んでみたらいい。非常によく出来てゐる。

 この番組の面白いところは、「ITの基礎の基礎」を教へてくれるところだ。
 私は「インターネットの基本」が知りたくて、今までさまざまな書籍やTV番組を見てきたが、いづれも満足させてもらへるやうなものはなかつた。
 だいたいの書籍やTVが「インターネット(またはIT)の基本」と言ふと、WWWの説明から始まり「これはワールドワイドウェブ、つまり世界中に張られた蜘蛛の巣といふ意味です」などといふ解説であつたり、DNSの説明であつたり、あるいはブラウザソフト(InternetExplorer)の説明であつたり、さらにはホームページの見方(検索エンジンの使ひ方)の説明であつたりする。

 そんなのは「インターネットの基本」ではない!私が聞きたいのは、もつとずつと基礎の基礎のこと。例へば、なぜ米国のホームページが日本で見られるのか。物理的にデータがどのやうな経路を辿つてくるのか。
 さうした「基礎の基礎」に答へてくれる本やTVは今まで一つもなかつた。この「ITホワイトボックス」が初めて基礎中の基礎ともいふべき疑問に答へてくれた。太平洋に日米間を結ぶ巨大な海底ケーブルがあることを実際に映像で見せてくれたのだ。

 かうしたことは誰も皆当たり前のことすぎると思つてゐるのか、質問もしないし、本の著者も書かない。だが「インターネットの基本を教へます!」と謳つてゐる本に、必ずと言つていいほどブラウザソフトの説明が書かれてゐたりするのに私は毎度がつかりしてきた。だつて、ブラウザソフトの説明はインターネットの説明ではない!

 その点、まさに「基本の基本」を教へてくれるこの番組の満足度はかなり高い。
 番組は電子メール編、インターネット編、モバイル編、PC編の四つに分けて放送されてゐるが、いづれも本当の基本を教へてくれてゐる。例へばPC編では、よくある初心者向けPC講座番組のやうな、ワープロソフト(Word)の使ひ方だとか、ファイルの保存の仕方だとか、画像の取り込み方だとかいつた、さういつた具体的PCの使ひ方などは一切紹介されない。この番組で取り上げられるのは、「メモリー」、「クロック」、「データバス」、「マルチコア」などといつたキーワードを中心とした、本当のPCの基本的なことがらである。電子メール編でも、もちろんメールソフトの説明やメールの書き方(マナー)などといつたことではなくて、@(アットマーク)の歴史にまで遡つて教へてくれたりする。

 教授陣がまたすごい。日本のインターネットの祖ともいふべき慶應大学の村井純や元マイクロソフトの古川享など錚々たる顔ぶれが毎回ゲストとして登場する。

 かういふ番組、かういふ本を待つてゐた。ITに疎い私には非常にためになつた。普段、ネットやPCのソフトなどを使ひ慣れてゐる人でも、意外とインターネットの基本を知らなかつたりすることもあるのではないだらうか。
 もうすぐ番組が終はつてしまふのが残念だが、続編を期待したい。

 本のタイトルが「ネットに弱い」とか「パソコンに弱い」などとなつてゐるが、これはネットを使つたことがないとかネットを使ひ慣れてない人、といふ意味ではない。ネットはバリバリ使ひこなしてゐるけど、意外とネットの基礎の基本みたいなことは分かつてない人、といふことだ。この二冊は私と同じさういふ人たちのための最高の教科書になるだらう。

NHK ITホワイトボックス 世界一やさしいネット力養成講座 「ネットに弱い」が治る本 (講談社 Mook)NHK ITホワイトボックス 世界一やさしいネット力養成講座 「ネットに弱い」が治る本 (講談社 Mook)
(2009/09/29)
NHK「ITホワイトボックス」プロジェクト

商品詳細を見る

NHK ITホワイトボックス 世界一やさしいネット力養成講座 「パソコンとケータイに弱い」が治る本 (講談社 Mook)NHK ITホワイトボックス 世界一やさしいネット力養成講座 「パソコンとケータイに弱い」が治る本 (講談社 Mook)
(2009/12/18)
NHK「ITホワイトボックス」プロジェクト

商品詳細を見る


ITホワイトボックス
NHK教育テレビ 毎週木曜日午後11:30~ 
再放送 毎週日曜日午後2:00~

スポンサーサイト

誰が誰になにを言ってるのか

 先日、本屋で、森達也著『誰が誰になにを言ってるの?』(大和書房2010)といふ本を読んだ。やうな気がする。

 今調べてみたら、Amazonにも画像がなく、本人のウェブサイトにも紹介されてゐない(2010/2/23時点)ので、本当にこんな本が存在するのか不安になつたが、ともかく読んだはず。

 内容は、「テロ警戒中」、「特別警戒実施中」、「防犯カメラ作動中」といつた言葉が街の中に溢れかえつてゐることに「ちよつと多すぎぢやない?」と疑問を呈したもの。
 視点が面白く、また共感できる点も多々あつたので、つい読んでしまつた。
 森氏は映像作家といふことで、さうした現代日本の一情景を映し取つただけで終はつてしまつてゐるのが少し物足りなかつた。もう少し突つ込んだ深い考察がほしかつたのだが、それは期待しすぎだらうか。

 たしかに現代の日本には、かうした表示物が溢れてゐる。「気づかぬうちに増えてゐた」、「どうして誰も疑問に思はないの?」と著者は問題提起する。
 だが、私の記憶によれば、かうした表記は徐々に増えてきたといふよりは1995年を境にして突然増えた、といふ印象だ。私は昔から都内あちこちの高層ビルによく出入りしてゐたのだが、1995年を境に「特別警戒実施中」などの看板が増え、非関係者は高層ビルに自由に出入りすることができなくなつたのを覚えてゐる。
 1995年のオウム真理教事件がきつかけで、かういふ規制が厳しくなつたのだらうと思つてゐる。

 本のタイトルもいい。防犯カメラは一体、誰がなにを撮つてゐるのか。
 少し話がそれるが、以前私は、脱衣所の天井にカメラが設置してある銭湯に出くはしたことがある。隠しカメラと防犯カメラの違ひは一体何なのか。
 注意を促す表記や音声のアナウンスは一体「誰が」「誰に」注意を促してゐるのか。わかりにくいのだ。ものごとの主体は何なのか、目的語は何なのか。以前から感じてゐたモヤモヤを、森氏がすつきりと書き出して一冊の本にまとめてくれた感じだ。

 本書の言葉足らずな感じは、おそらく「皆さんも考へてみてください」といふことなのだらう。たしかにいろいろ考へさせられた。現代日本人は、かうした異常な空間に馴れてしまつてゐるのだ。そんな異常を異常とも感じない人は、問題提起だけがなされてゐるこのやうな本だと、「一体何が問題なの?」といふ一言で終はつてしまふだらう。

 私のこの記事もまた説明足らずである。気にかゝつた人は、本書を手に取つてみてほしい。

 

道具は「使う人の問題」か

kid yelling


 インターネットやケータイの批判をすると、

「それは道具の問題ではなく使ふ人の問題です」、

「使ふ人次第でせう」

と言ふ人が必ずゐる。
 
 このやうに問題を、道具を使用する人間の側に帰してしまふ言ひ方は、道具そのものが持つ功罪を見えなくしてしまふ。
 つい先日も、ネット上での議論の場としての道具が変遷するにつれ議論の質が下がつてきたやうな気がする、と誰かが呟いたのに対し、「それはあなた自身のレベルが下がつて来てゐるのでせう。道具のせゐではありません」と皮肉を返してゐる人がゐた。

 だがやはりそのやうな認識は間違ひなのである。
 「インターネットは善い道具か悪い道具か?」と問ふたときに、「使ふ人次第で善い道具にも悪い道具にもなります」と答へる。しかし、道具をそんなに賢く使へる人なんて、この世に1%もゐない。使ひ方を過つ人が99%だ。道具そのものが持つインターフェイスやアーキテクチャがどのやうな問題を孕むかといふことは、もつと多くの人に注目され考へられなければならない。

 例へば、子ども向けケータイの問題。
 私は、子どもにケータイを持たせるべきではないといふ考へだが、ケータイ各社は、ある時期一斉に力を入れて子ども向けケータイの販売展開を行つた。そのとき各社が一斉に謳つたのが「防犯」といふことだつた。つまり子どもが犯罪に巻き込まれるかもしれないといふ親の不安心理につけこめば、ケータイの防犯機能を売りにすればいくらでも売れると考へたのだ。その読みは見事的中し、世間の多くの親が子どもにケータイを買ひ与へることになつたのはご存知の通りだ。親の方でも、自分の子どもにケータイを持たせる理由として「防犯」をあげる人が多い。

 だが待つてほしい。「防犯」なら、ケータイではなく「防犯機」でよいではないか。
 私がわざわざ「携帯」ではなく「ケータイ」とカタカナで書いてゐるのは、時に「ガラパゴスケータイ」とも言はれる日本独特の多様な機能がついたケータイのことを言つてゐるからだ。

 現在、ケータイ各社が売り出してゐる子ども向けケータイは次の通り。

ドコモ:キッズケータイ
au:ジュニアケータイ
ソフトバンク:コドモバイル

 名前こそいろいろ各社変へてあるが機能は似たり寄つたりだらう、と思つて調べてみたら、さうでもなかつた。
 以下、上記3社について、子ども向けケータイの機能を比較検証してみる。

 まづドコモのキッズケータイだが、機能としてはメールやインターネットなど大人のケータイと変はりない機能を備へてゐるが、購入時のデフォルトの状態では、通話以外のさうした機能は使へないやうになつてゐる。
 
 次にauのジュニアケータイだが、やはり機能としてはドコモとほゞ同じだが、購入時のデフォルトの状態ですべての機能が使へるやうになつてゐるところが異なる。つまり、親が機能利用制限をかけなければ、メールもインターネットも使へてしまふ。

 次にソフトバンクのコドモバイルだが、これは初めから通話とSMSだけの機能しか搭載されてゐない。普通のメールやインターネットは利用できない。

 以上3つを、子どもに持たせるといふ観点から、もし私が評価するならば、

1位:ソフトバンク
2位:ドコモ
3位:au

といふことにならうか。「防犯機」といふ観点から言ふなら、メールやインターネットの機能は初めから搭載するべきではない。ドコモはデフォルトで機能利用制限をしてゐるとは言へ、いざといふとき、例へば子どもがゴネたりすれば親が制限を解除してインターネットも使へてしまふ。auはデフォルトでさうした機能が使へてしまふ状態になつてゐるところがドコモよりひどい。

 ところで、市や町が条例などで「小・中学校へのケータイの持ち込み禁止」などと決めると、「そんなのは各家庭でルールを作つて守らせればいいだけのこと」と言ふ人がゐる。私はそれは反対だ。
 『クラスでケータイ持ってないの僕だけなんだけど』といふ状況は今や全国の学校で見られると思はれる。周りのみんなが持つてゐるのに自分一人だけ持つてない。それがどんなに心が苦しいことか、誰でもわかるだらう。大人だつて、周囲の友だちがみんなPSPやDSの話題で盛り上がつてゐれば、自分だけ持つてゐないことを苦しく思ふ。子どもならなほさらだ。ケータイといふあんなに楽しさうなオモチャをクラスの中で自分だけが持つてゐないなどとは、非常な苦しみである。「子どもには我慢を教へることも必要」、「我慢することも社会勉強」、などと言つてる大人には「まづ自分の物欲をすべて我慢してみてから言へ」と言ひたい。

 つまり、いはゆる「ケータイ」ではなく「防犯機」といふものを作ればいいのだ。「子どもの安全が心配」と言ふのなら、ケータイに防犯機能を付加するのではなく、ケータイとは別に防犯機能に特化した防犯機といふ道具(機械)を新たに作ればいいだけのことだ。それは技術的に難しいことであるはずがなく、さうしたものを作らないのはケータイ会社やメーカーの罪である。

 道具の問題である。私たちは何人(なんぴと)も道具に引きずられる。大人でさへ気づかぬうちにそのアーキテクチャに飲み込まれる。繰り返し言ふが、誰も“賢く”使ふことなどできないし、できてゐない。「各家庭で話しあつて」と言つて、その家庭の親がたまたま賢ければいいが、もし賢くなければ、そのまた賢くないであらう子ども(蛙の子は蛙)に、危険な道具を与へることになる。クラスの中で、頭の悪い子ばかりがケータイを持つてゐて、おそらくそのケータイをきちんと賢く使へるであらう賢い子だけがケータイを持つてない、といふ皮肉な光景もあることだらう。

 使ふ人の問題ではない。大人は子どもより少し賢いと思ふかもしれないが、皆、動線の上を歩かされてゐることに気づいてゐない。
 人間が用ゐる器具あるいは手段としての道具そのものが持つ問題がもつと注目され熟考されなければならない。


クラスでケータイ持ってないの僕だけなんだけどクラスでケータイ持ってないの僕だけなんだけど
(2010/01/20)
高橋 章子

商品詳細を見る


【関連記事】
・本とは何か
・現実は変えられる!『地球データマップ』
・アースデイに地球のことを考える

「一時集合場所」の読み方

e05_l.gif
 家の近くに災害時の避難場所があつて、「一時集合場所」と書いてあるのだが、こんな小学生でも読める漢字にわざわざ振り仮名がふつてある。「一時」の上に「いつとき」と書いてある。「いちじ集合場所」とは読まないのだ。

 なぜなのか考へてみたが、おそらく「いちじ」と読ませてしまふと、災害が起こつたときに午後1時、あるいは午前1時にそこに集まらなければいけない、と勘違ひする人が出てくることを心配したのではないだらうか。

オリンピックとTwitter

 オリンピックにはさほど関心がないのだが、今日の開会式の雰囲気を少しでも味はつてみようと、Twitterで、Twitterが本人確認しているバンクーバー五輪の選手リスト@verified/olympiansの更新を見てゐた。

 見てゐて思つたのは、ツイートのほとんどが英語であること。ITmedia Newsによれば、開会式でTwitterをリアルタイムに更新してゐたのは、米国とカナダの選手が中心であるとのこと。日本の選手による日本語のツイートが一つもなかつたのは、やゝ意外だつた。日本は世界的に見ても、Twitterユーザーの多い国だからだ。

 お隣の韓国では、日本でも知名度の高い女子フィギュアスケートのキム・ヨナ選手がTwitterを利用してゐることが有名だが、「Yuna Kim(@yunaaaa)」(←注:本物の本人のアカウントか確認をとつてゐません)を見るかぎり、開会式の時には何もつぶやかなかつたやうだ。
 フィギュアスケートで金メダルを取つたら、「優勝なう」とか韓国語でつぶやくのだらうか。「表彰台なう」はさすがに無理だと思ふが。表彰台に上がり国旗が掲揚され国歌が流れてゐるときにモバイル端末を弄つてゐたら不謹慎だ。

 かうして各国のさまざまな選手がTwitterでツイートすることにより、オリンピックをよりリアルタイムに感じ取ることができるが、でもリアルタイム性といふことで言ふなら、テレビの生中継の方がよつぽどリアルタイム性は高い。
 テレビカメラがあまり入れない選手村の様子などをツイートしてくれれば、それはTwitterの価値といふことになるかもしれない。

本とは何か

book.jpg


 「本(ほん)」とは何だらう? とふと思い立つた。
 今までの記事の中で、私は何回か「紙の本」といふ言葉を使つてきたやうな気がする。電子書籍に対するものといふ意味で「紙の本」といふ言葉を使つてきたのだが、そもそも「紙の」といふ修飾句は必要なのだらうか?
 そこで、「本」とは何なのかを調べるために、辞書を引いてみた。

 まづ、『大辞林』を引いてみたが、【本】は、書物、書籍。としか書かれてゐない。では、【書物】はと引いてみると、本、書籍。【書籍】は、本、書物。と堂々巡りで何の説明にもなつてなかつた。

 こゝは『明鏡』先生、よろしくお願ひします。

 

【本】文章・絵・写真などを編集して印刷した紙葉を、ひとまとまりに綴じて装丁したもの。『明鏡国語辞典』



 おゝ、非常にわかりやすい。やはり本とは「紙葉」なのだ。紙なのだ。わざわざ「“紙の”本」と言ふ必要はないのだ。
 でも、念のために『新解』さんにも聞いておかう。

 

【本】人に読んでもらいたいことを・書い(印刷し)てまとめた物。『新明解国語辞典』



 あれ、「紙」とはどこにも書いてゐない。「印刷して」といふところを重視すれば紙だが、「書いて」なら、電子書籍でも「書いた」ことに変はりなく、それを「まとめた物」を「本」と言ふのなら、やはり電子書籍も本なのか。

 よくわからなくなつてきた。

 英語には「ebook」といふ単語があるらしい。そのまゝ日本語に訳せば「電子本」だ。「電子書籍」といふ言ひ方は長つたらしく堅苦しいので、「電子本」といふ言ひ方が広まるだらうか。
 「メール」は、それが日本で広まつた初期の頃、「電子メール(eメール)」と呼ばれてゐた。だがそのうち「電子」は省略されて、単なる「メール」になつた経緯がある。なぜ「電子」が省略されてもよかつたかといふと、単に「メール」と言つても紙の「郵便(手紙)」と混同する虞れがなかつたからだ。
 しかし「電子本」は「電子」を省略して「本」と言つてしまふと、紙の本との言ひ分けができなくなる。

 今年2010年は、「電子書籍元年」になるとも言はれてゐるが、「電子書籍」などといふ堅苦しい言ひ方が膾炙するのか、それとももつと簡単な別の言ひ方の言葉が広まるのか、注目だ。

 ところで余談になるが、「若者の活字離れ」などといふ言葉をよく聞くけれども、「活字」つて何?

 これも辞書で調べてみたら、

【活字】①活版印刷に用いる金属製の文字の型。『明鏡国語辞典』

とある。
 活版印刷といふものがそもそもどのやうなものかよくわからないが、そして現代の印刷がどのやうな方法で行はれてゐるかもよく知らないが、おそらく「金属製の文字の型」などは使はれてゐないのではないだらうか。だとすれば、若者の活字離れは当然のこと、と言へる。
 だが「活字」にはもう一つの意味があつて、

【活字】②本・雑誌などの印刷物。『明鏡国語辞典』

とある。
 この意味なら、広く「印刷物を読むこと」から離れてゐる、と解釈することができる。

 たゞ、どちらの意味にしても、「活字離れ」は「文字離れ」ではない。パソコンやケータイの画面に書かれてゐるWeb上の文章や、世界で一番多いと言はれる日本語のブログを読んでゐるのも日本の若者たちだ。それは印刷されてゐないといふだけであつて、「文字」であることに変はりはない。

 「文字離れではないのだから、とりあへず安心だ」とひとまづ胸をなでおろしてよいのか、それともやはり、紙・印刷物から若者が離れて行つてる現状を憂慮すべきなのか、これはまた別に論じられなければならない問題だ。

 ともかくも、若い世代ほどパソコンやケータイなどの電子画面を見慣れてきてゐる人が増えてゐる。「紙の本」が無くなるとは思はないが、「離れ」はこれからの数年、加速するだらう。


利用者数が多いブログサービスランキング2010

 今日2月6日はブログの日(byサイバーエージェント)。
 といふわけで、2010年現在の国内の主要なブログサービスの利用者数トップ10を調べてみた。

 Blogger、Typepad、Vox、Movabletype、Wordpressなどは含まれてゐないので注意されたい。

 データ元はブログファン(www.blogfan.org)。開設者数ではなく、2010年1月の月間アクティブユーザー数を元に順位を算出してゐる。

順位 ブログサービス名(括弧内は2007年8月時点の順位)

1(4) アメーバブログ
2(1) FC2ブログ
3(3) Yahoo!ブログ
4(2) livedoor Blog
5(9) JUGEM
6(6) Seesaaブログ
7(8) gooブログ
8(5) ヤプログ!
9(7) 楽天ブログ
10(10)ココログ

 利用者数が一番多いブログサービスはFC2だといふ認識があつたが、どうやらそれは古い認識だつたやうで、2010年1月現在のトップはアメーバブログ。2007年の4位から大躍進。それも、利用者数が約125万2千人で、2位のFC2の約44万5千人に2倍以上の大差をつけてダントツぶつちぎりの1位なのだ。アメブロは、芸能人などを使つた積極的なプロモーション活動が功を奏したのだらう。
 こゝには利用者数は載せなかつたが、実はアメブロ、FC2、Yahoo!の3強を除けば、多くのブログサービスが3年前に比べて利用者数を軒並み減らしてゐる。
 トップ10の圏外でも、Autopage、エキサイトブログは、この3年間でほゞ半減。CURURU、ドリコムブログ、ブログ人に至つては激減(もしかしたらサービスの展開を止めてしまつたのかもしれない)。
 米国ではすでに、10代、20代の若者は自分のブログを開設しなくなつてゐる傾向にあると聞いた。30代以上の中高年のブログ開設が増えてゐるといふ。日本でも、すでにブログブームは終はつてゐるのかもしれない。
 とは言つても、アメブロ、FC2、Yahoo!の3強は確実に利用者数を増やしてゐるし、Seesaaやgoo、ココログなどの老舗中堅どころ(?)も安定した利用者数を保つてゐる。Twitterなどの新しいサービスが人気を博してゐるとしても、今後ブログ界が急速に凋落していくことはないだらう。ブログサービス側でも、Twitterサービスとの聯繋をはかるなどの努力をしてゐるところもあるやうだ。

 あとこのランキングを見て思つたのは、自分が普段ネットサーフィンをしてゐて遭遇するブログと、このランキングに随分違和感があるといふことだ。さう感じるのは私だけではないのではなからうか。
 私は普段、はてなブックマークをよく覗くので、はてなダイアリーで書かれたブログにお目にかゝることが多いが、このトップ10の圏外である(第11位にランクイン)。一方、私は普段、楽天で買ひ物をしたことがまつたくないので、楽天ブログにお目にかゝることは滅多にない。
 日本のネット上にもいろんな世界があつて、人によつて、見てゐる世界はだいぶ違ふのだらう。

 以下、ブログサービス別ごとの私の勝手なイメージ。(かなり偏見)。

 アメブロは芸能好きが多さう。
 FC2は何でもありさう。
 Yahoo!は初心者が多さう。
 livedoorは2ch系の人が多さう。
 JUGEMは趣味系の人が多さう。
 Seesaaとgooは古くからブログをやつてる人が多さう。
 ヤプログ!は若い女性が多さう。
 楽天は主婦とアフィリエイターが多さう。
 ココログは中高年が多さう。
 はてなはギークが多さう。

 すべて悪口ではないので、あしからず。

 ブログの魅力はどこにあるか、と問はれゝば、「140字では書き切れないことが書けます」と。

文化庁メディア芸術祭が面白い



 六本木の国立新美術館で「第13回文化庁メディア芸術祭」が開かれてゐる。

 「先端技術ショーケース'10」や「第15回学生CGコンテスト受賞作品展」なども同時開催されており、全体として、現代の先端テクノロジーを使つたアートフェスティバルといつた印象が強い。展示会場はそれほど広くなく、30分もあれば充分に全体を観て回れる。たゞし、上映されてゐるアニメーション作品などを観た場合はもつと時間がかゝる。
 会場は、さながら、美大の卒業制作展のやうでもあり、ゲームあり、ウェブあり、携帯マンガあり、体感、体験できる作品がたくさん展示されてゐる。
 このやうなメディア芸術の祭典は世界中にあるやうだが、日本では東京にしかないとのこと。

 作品は、テンターテインメント部門、アート部門、マンガ部門、アニメーション部門、の4つに分かれており、それぞれの部門で世界中から選りすぐられた約170点の傑作が並んでゐる。

 エンターテインメント部門の大賞作品は、昨年ネット上で大きな反響を呼んだ「日々の音色」。




 また、マンガ部門では『ヴィンランド・サガ』が、

ヴィンランド・サガ 1 (アフタヌーンKC)ヴィンランド・サガ 1 (アフタヌーンKC)
(2006/08/23)
幸村 誠

商品詳細を見る



 アニメーション部門では、昨年、特にTwitter-erの間などでも評判の高かつた『サマーウォーズ』がそれぞれ大賞を受賞してゐる。

サマーウォーズ [DVD]サマーウォーズ [DVD]
(2010/03/03)
神木隆之介桜庭 ななみ

商品詳細を見る



 また、今回の展覧会は、メディアアートの祭典だけあつて、TwitterやiPhone/iPod touchとの聯繋も試みられてゐる。
文化庁メディア芸術プラザ(MAP)ブログ 文化庁メディア芸術祭の最新情報やメディア芸術関連ニュース: メディア芸術祭公式iPhoneアプリ『JMAF navi』、本日よりApp Storeにて無料ダウンロードがスタート。
 iPhoneアプリ『JMAF navi』を使へば、その場で作品の解説を読んだり上映スケジュールの確認ができるだけでなく、作品の感想をTwitterを通してつぶやくこともできる。そのつぶやきをするための「twitter広場」といふ空間も設けてある。


012.jpg

 ↑決して広いとは言へない「twitter広場」。


 会場には若い人の姿が目立つ。高齢者の姿が少ない珍しい展覧会と言へるだらう。

 入場無料。iPhone/iPod touchを持つてる方、Twitterアカウントを持つてる方、東京在住の方、メディアアートに興味のある方は、足を運んでみてはいかゞだらうか。

第13回文化庁メディアアート芸術祭
会期:2010.2.3-2.14
会場:国立新美術館(六本木)