暫定龍吟録

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2011年06月の記事

父親のことを何て呼んでる?

 今日は父の日。みんなは自分の父親のことをどう呼んでゐるのだらう。

 投票サイト「ECナビ 投票スルー?」が行なった「自分の父親、どう呼んでる?」といふアンケートでは、2万3698人が回答し、次のやうな結果が出たさうだ。

お父さん :43%
おやじ  :13%
父さん  : 8%
とうちゃん: 7%
パパ   : 6%
オトン  : 3%
呼ばない : 6%
その他  :14%


 やはり、「お父さん」が圧倒的に多く、次いで「おやじ」が多い。
 女性は「お父さん」、男性は「おやじ」と呼ぶ人が多い気がする。「オトン」と呼ぶのは関西の人だらう。年齢、性別、地域によって呼び方はいろいろ変はってくると思ふ。
 「呼ばない」といふ人も6%ゐる。これは、すでに父親がゐなかったり、ゐても会話がなかったりするからかもしれない。

 それでは、他の人に自分の父親のことを言ふときは何と言ってゐるのだらう。
 上記は、父親に直接呼びかける場合の調査であって、例へば、自分の友達に「うちの(俺の)◯◯がさあ、」などと父親のことを話す場合は、みなさんは何と言ってゐるのだらう。

 私は小さい頃は「パパ」と言ってゐて、10歳頃から「お父さん」と言ふやうになった。高校生頃からは頭の「お」がとれて「父さん」。
 友達に話すときは、高校生の頃から一貫して「父親」と言ってゐる。つまり「うちの父親がこの間さあ、」などといふ具合だ。目上の人やきちっとした場所で話すときは、もちろん「うちの(私の)父が、」と言ってゐる。

 みなさんはどう言ってゐるのだらう。アンケートをとってみよう。
 条件を揃へるために、自分と同年代の友達に「うちの◯◯が、」と言ふ場合だと仮定しよう。もちろん「うちの」じゃなくても「私の」でも「俺の」でも構はない。

 みなさんは友達に自分の父親のことを言ふときにどう言ってますか?




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復興ソングとしての斎太郎節 -東日本大震災から3カ月-

 今日6月11日で、あの東日本大震災から3カ月が経った。

 今日の毎日新聞は、「依然として8095人(10日現在)が行方不明のままで、今も捜索が続く異例の事態になっている」と伝えている。

 復興の道のりは重く険しい。急ピッチで進んでいるとも言えるし、遅々として進まないとも言える。どこの側面を見て「復興」と言うか、また、それぞれの人がおかれた立場によっても感じ方は違ってくるだろう。

 こうした劇甚なる大災害から立ち直るときに、歌を歌うことで、明るさを取り戻したり勇気を奮い立たせたりすることがある。もちろん、歌を歌ったところで、被災者の経済面や生活面の困窮が解決されるわけではない。日本の経済が上向きになるわけでもない。被災者の心の傷にしたって、歌ぐらいでそんなに簡単に癒えるものではない。しかし、歌はショックを受けて暗く沈みがちな心に小さなあかりを灯すものであると私は思う。

 今回の震災でも、3月からのこの3カ月の間に、さまざまな復興ソングが歌われてきた。多くの歌手たちが自発的に復興のための歌を作って歌った。
 今回、日本国民にもっとも復興ソングとして認識されたのは坂本九の「上を向いて歩こう」だろう。テレビCMを初め、たくさんのところで歌われた。歌詞が復興のための歌としてぴったりなのだ。
 その他にも、「そうだ!うれしいんだ生きるよろこび。たとえ、胸の傷がいたんでも」という歌詞で始まる「アンパンマンのマーチ」などが復興ソングとしてクローズアップされた。やはり歌詞がマッチしているからだろう。

 私は、ここにもう一つ復興ソングを掲げたい。
 宮城県民謡「斎太郎節」である。
 斎太郎節は、東北地方の特に三陸地方に広く伝わる大漁歌であり、それは今回の地震と津波で大きな被害にあった地域とほぼ重なっている。

【斎太郎節(さいたらぶし)】
宮城県松島湾沿岸一円の民謡。同地方でカツオ漁の大漁祝い唄(うた)として歌われてきたもので、その源流は岩手県陸前高田市気仙町周辺の木遣唄(きやりうた)『気仙坂』である。それが、重い物を移動する唄として、また神に捧(ささ)げる祝い唄としての双方の性格から東北地方一円に広まったおり、三陸沿岸一円の漁村にも伝えられた。そして『サイドヤラ』とか『サイタラ節』とよばれていたものに『斎太郎節』の文字をあてた。この『斎太郎節』は1925年(大正14)宮城県桃生(ものう)郡東名(とうな)(東松島(ひがしまつしま)市)の斎藤清次郎によって、のど自慢の会で紹介され、それを聞いた後藤桃水が弟子の八木寿水に節回しを整理させ、自ら歌詞を補作、今日の形に整えて発表、以来海の代表曲として広まった。

『小学館日本大百科全書』



 小学館日本大百科全書では、斎太郎節の源流を「岩手県陸前高田市気仙町周辺の木遣唄(きやりうた)『気仙坂』である」としている。東日本大震災では陸前高田市が大きな被害を被ったのは知っての通りである。そして三陸沿岸一円に伝わった。地域的な重なりという点から見ても、これほど復興ソングに相応しい歌は他にない、と考える。
 斎太郎節は大漁歌だけあって力強い。私はこの歌を聞いていると自らの中に力が漲ってくるのを感じる。
 以下の動画は、合唱用にアレンジされたものである。

(大人数バージョン)



(超高速バージョン)


松島の サーヨー 
瑞巌寺ほどの 寺もないとエー
アレハエーエ エイトソーリャ大漁だエー

前は海 サーヨー 
後は山で 小松原とエー
アレハエーエ エイトソーリャ大漁だエー

石巻 その名も高い 日和山トエー
西東 松島 遠島 目の下に



 上の歌詞を見てもわかるように、この歌には、今回の震災の被災地がその歌詞の中に入っている。
 国宝・瑞巌寺は、松島の対岸にある有名な寺で、今回の震災で被害を受けたが崩壊は免れたと聞く。松島が緩衝材になり津波の威力を和らげたために瑞巌寺を初めとする松島町は被害が少なかったのだという話も聞いた。地元の人たちは、それを知ってか知らでか、3月11日のあの日、「津波が来るから瑞巌寺へ行け!」と叫んでいたそうだ。(参考ブログ:2011.03.11. 松島海岸周辺→瑞巌寺

 石巻がどれだけひどい被害にあったかについては、もう言うまでもないだろう。3月11日以来、ニュースでもたびたび取り上げられている。そしてその石巻市には「日和山」という名の山がある。歌詞中で「その名も高い」と歌われているのは、その昔、松尾芭蕉が立ち寄ったからである。日和山については、以前このブログで詳しく書いたので、そちらの記事をご一読いただきたい。(祈りの日和山 -東日本大震災から2カ月-

 東北の魂の歌、斎太郎節。
 三陸地方の人たちにとってのソウルソングとも言うべき歌、斎太郎節。

 今こそ、全国の大学のグリークラブは「斎太郎節」を歌うべきだろう。アマチュアの合唱団だからこそ、ボランティアとして、被災地にそして日本全国に元気をおくることができるだろう。



(追記2012/3/11)
 慶應志木高校と早稲田大学グリークラブが歌っているものがアップされていました。

(慶應義塾志木高校バージョン)



(早稲田大学グリークラブバージョン)




【東日本大震災関連の記事】