暫定龍吟録

反便利、反インターネット的 This blog has not been updated since 2016

2012年04月の記事

新しくなった東洋文庫に行ってきた


東洋文庫


 あの東洋文庫が新しくなったと聞いて、行ってきた。

 と言っても、新しくなったのは昨年2011年10月のことなので、少し月日が経っているが。

 東洋文庫と言えば、東洋学の専門図書館としては世界でも五本の指に入ると言われるほどの権威でありながら、あのみすぼらしくてオンボロな建物が有名だった。それが少しは綺麗になったのだろうか。
 確かめるために久しぶりに行って見てきた。


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 入り口。ああ、確かに新しいビルになっている。


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 奥が東洋文庫ミュージアム。手前はショップ「マルコ・ポーロ」。いろいろなミュージアムグッズが売っている。「組曲・東洋文庫」なんてCDも売っている。受付の女性はアジアのどこかの国の民族衣装を着ている。何という民族衣装だったかは忘れた。


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 ミュージアムに入ってすぐのところにある「モンスーン・ステップ」。階段。


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 中は木を基調としたつくり。天井が高い。


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 2階にある圧巻の「モリソン書庫」。まさに汗牛充棟。


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 「回顧の路」。秘密の地下通路みたい。


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 再び1階に戻って、カフェに通じる「知恵の小径」。一つ一つのプレートにアジアの名言が書いてある。


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 「暴力は弱者の武器であり、非暴力は強者の武器である」。


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 「智者はおだやかに言い、人を伏す黄河はゆるやかに往き、人をのせる」。西夏語。


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 「鳥は空を知らず、魚は水を知らない。地元に根ざす文化こそ、人々のくらしの生命源」。タイ語。


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 奥にある庭「シーボルト・ガルテン」。ベンチで一休みしたり。奥に見えるのは「オリエント・カフェ」。


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 上の階にある図書室。本当だ、綺麗になってる。


 
 久しぶりに行ってみて、昔の面影はまったく無く、完全に新しく生まれ変わっていると感じた。
 ミュージアムは入館料が880円とやや高いのでそう気軽には入れないが、東京の駒込まで足を延ばした日は!(先ず駒込に用がないと思うけど)、立ち寄ってみてはいかが。

 ※(図書室は研究者しか入れません)


 ミュージアム - 財団法人 東洋文庫

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なぜ車優先の道路は改まらないのか

 こゝのところ、京都府京都市、京都府亀岡市、千葉県館山市などで自動車の暴走事故が相次いだ。

 このブログでは以前からたびたびクルマ社会を批判してきた。
 クルマ社会の問題は、もうずっと昔から存在してをり、むしろ日本における年間の交通事故死傷者数は減って来てゐるので、このタイミングでクルマ社会批判の記事を書く理由はないかもしれないが、社会的な関心が集まってゐるこの時期にまた少し書いておきたい。


・道路が悪いのか運転手が悪いのか

 毎日新聞が2012年4月24日に書いた記事を一部抜粋。

▲京都・祇園をつむじ風のように走り抜け、7人の命を奪った暴走事故の真相解明もまだすんでいない。
なのに今度は京都府亀岡市で登校中の小学生の列に乗用車が突っ込む惨事である。
児童と列に付き添っていた妊娠中の女性がおなかの赤ちゃんともども亡くなった
▲いつもと変わらない月曜朝の笑顔の列、そこからいくつもの未来が一瞬で奪われるなどと誰が想像できたろうか。
だが友人と一晩中車を走らせていたという18歳の無免許運転は、ごく普通の車をまがまがしい凶器に変えた
▲よく人間の暴力がやっかいなのは、強い爪や牙をもつ動物と違って攻撃を抑える本能が乏しいのに破壊力の大きな武器をもったからだといわれる。
同じように、人力とは比べようもないパワーを持つ車も少年の無軌道に途方もない「暴力」の魔をまとわせてしまった
▲生身の歩行者にとって車が暴力の相貌を帯びるのはモータリゼーションの初期ばかりではない。もしや守れた命ではなかったのか。
通学路はじめ生活道路の安全の点検は何度でも繰り返すべきだ。



 これを読んだ2chねらーの感想。

何で道路のせいにしてんだよ。


車が悪いんじゃなくて運転手が悪いんだ。
車のせいにはしないでほしい。


ほんと一部のバカと過剰反応するバカのせいでどんどん不便になるな。


こういう稀にある狂った連中の犯罪や事故にまで社会的コストと対策を講じても無意味に等しい
速やかに加害者を殺すくらいしか再発を防ぐ手段はない
一罰百戒


 いかにも典型的な2chねらーっぽい発言だけを抜粋した。
 毎日新聞の記事は犯人である運転手を擁護して、この事故を道路やクルマのせゐにしてゐるといふわけだ。


・稀にある事故か?
 
 では、今回のやうな「無免許」で「居眠り」の事故は、稀な事故なのだらうか。
 たしかに人の命を奪ってしまふほどの交通事故は稀である。しかし一つの事故の背後には危機一髪のところで事故に至らなかった、ぎりぎりのところで回避された危ない場面が何千倍もある。
 死亡事故などは言はば起こったら「おしまひ」であり、「稀にある」どころか稀にでも起こってはならないことである。


・厳罰化で事故は防げるか?
 
 運転手の厳罰化で今回のやうな事故は防げるのだらうか。居眠りしてゐた運転手も厳罰が怖くて目が覚めるのだらうか。
 長距離トラックの運転手の仕事とか、眠くても苛酷に走らされてゐる仕事がある。「今日は眠いです」と言へば、上司が「それなら運転しなくてもいいよ。休みなよ」と言ってくれるだらうか。
 無免許だった点を指摘して「かういふバカは厳しく罰しなければいけない」と思ってゐる人もゐるかもしれないが、館山の事故は無免許ではなかった。免許を持ってゐても事故を起こすことはある。
 免許を持ってゐる90歳の運転と免許を持ってゐない18歳の運転とではどちらが危険だらうか。


・子どもの遊び場を奪ふクルマ社会

 Twitterのタイムラインにこんなのが流れてきた。


 これはもうまさに私の子ども時代がかうだった。
 本当に遊び場がまったくなかったので、しかたなく友だちの家の前のクルマ一台がぎりぎり通れる幅の道路で野球(のやうなこと)をして遊んでゐた。クルマが通るたびに皆で「くるまー、くるまー」と声を掛けあって試合を中断し、一斉に壁にへばりつく。そしてクルマが通り過ぎたら再びプレイ再開。そこは生活道路だったが、幹線道路の抜け道として利用するクルマも多かった。


・クルマは大人の利器

 私がクルマ社会を批判すると、「お互ひ様でせう」と言ふ人がゐる。誰だって歩いてゐる時はクルマは邪魔かもしれないが、自分がクルマに乗って出かけてゐる時は歩行者に迷惑を掛けてゐる、だからお互ひ様だ、といふわけだ。

 私はクルマに乗らない。自分が運転しないばかりでなく、助手席にも後部座席にも乗らない。親も祖父母もクルマを持ってゐない。
 しかし将来は分からない。何年後、何十年後かには私もクルマに乗ることがあるかもしれない。
 私はまだいい。

 今回のやうな事故が特に心が痛むのは、亡くなったのが幼い子どもだからだ。
 子どもにとっては、クルマといふ存在は、まったく「お互ひ様」ではない。クルマは18歳以上の大人の乗り物であり、子どもがクルマを運転してその恩恵に預かることはない。ましてや7歳で亡くなってしまったら一生クルマの免許すら取ることはないし、まさにたゞたゞ邪魔なものでしかなかったことになる。


・なぜクルマ優先の道路は改まらないのか
 
 亀岡の事故現場の道路、私はテレビで見ただけだが、ひどい道路に見えた。あれでも数年前に歩道が広くなったのださうな。朝の一方通行ではない時間帯は双方向ださうだが、クルマ同士がすれ違ふ時に思ひっきり歩道にはみ出してゐる。白線の外側は歩道だといふ建前すら守られてゐない。当然さういふ時は歩行者が立ち止まるなり避けるなりしてクルマを通してゐるのだらう。
 しかしこんなふざけた道路は日本中にいっぱいある。白線の引き方からしてそもそもをかしくて、日本には“ちゃんとした歩道”の方がむしろ少ない。日本では先づ、車道があり、その脇の僅かな隙間を歩行者が歩かせていただくことになってゐる。
 クルマは歩行者の協力がなければ通ることができない。歩行者が自主的に避けてくれたりどいてくれたりすることが前提となってゐる。「危ないからどいてね」といふわけだ。トラックがバックする時、録音された女の声で「バックします、ご注意ください」といふあの科白が象徴的だ。歩行者が車道の真ん中に突っ立ってゐることは許されないが、クルマは堂々と歩道に停まってゐる。

 どうしてこんなふざけた道路の在り方は改まらないのか。
 生活道路には基本的にクルマは通すべきではないと思ってゐる。抜け道利用を許すべきではない。沿道に住んでる人にとってはさうした細道に入って来るクルマは危険で邪魔なものでしかないからだ。
 だが、その沿道の人たちがクルマを持ってゐる場合がある。
 東京と田舎とでは「生活道路」といふ言葉の意味合ひも違ってくる。田舎では「生活=クルマ」である場合も多い。こゝにクルマ社会問題の根深さがある。なかなか道路の在り方を改められない理由だ。

 だから私は東京から改めるべきだと思ってゐる。クルマがないと生きていけないと言ふほどの生活必需品となってゐる田舎はともかく、東京でクルマに乗ることはたゞの贅沢でしかない。

 昔、近所のをぢさんが言ってゐた言葉。

先づ、十分な広さの歩道を造り、それでも道幅に余裕があったら自転車道を造り、それでもまだ余裕があったら自動車道を造る。


 至言だと思ふ。

一青窈「ハナミズキ」は東京スカイツリーのことを歌った歌だった?

 今日4月23日の誕生花は「ハナミズキ」だそうです。(1年366日それぞれの日の花というのがあって、事典によっていろいろあるようです。)

 というわけで、今日は、歌手・一青窈さんの有名な曲「ハナミズキ」の歌詞が、実は東京スカイツリーのことを歌っているのではないか、という仮説をとなえてみます。

 冒頭の部分の歌詞は次の通り。

空を押し上げて
手を伸ばす君 五月のこと
どうか来てほしい
水際まで来てほしい



 以下、解説。

「空を」
 東京スカイツリーの「スカイ」→「sky」→「空」。

「押し上げて」
 東京スカイツリーの所在地、東京都墨田区押上(おしあげ)。

「手を伸ばす」
 空に向かって塔が伸びる、電波塔として広域に電波を送る、観光客を手招きする。

「君」
 スカイツリー自身、または観光客の意?

「五月のこと」
 東京スカイツリー2012年5月開業。

「どうか来てほしい」
 たくさんの観光客に来てほしい。

「水際まで来てほしい」
 今まで、東京観光と言えば、新宿、渋谷、六本木ヒルズ、表参道など山手エリアばかりで、隅田川以東の下町エリアには目新しい観光スポットがなかった。隅田川やスカイツリーのすぐ足下を流れる北十間川などたくさんの川が流れる下町の水辺エリアにも、ぜひ来てほしい。

 歌詞の一番最後。

百年続きますように


「百年続きますように」
 西洋と違って、日本では「時代にそぐわなくなった」、「建物の老朽化」などの理由により、建造物が次々に壊されることが多い。この建物(東京スカイツリー)は100年後も残っていますように。


 以上、勝手な解釈でした。「ハナミズキ」の歌詞が書かれたのは、東京スカイツリーの計画が具体化する何年も前です。


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ノマドとモナド

 最近、ネット上で「ノマド」といふ言葉をよく聞くやうになった。
 
 ノマドワーカーがクールだなんて幻想だ! というお話 : ライフハッカー[日本版]
 ノマドという言霊ハイプを煽る - Tech Mom from Silicon Valley

 「ノマドワーカー」と呼ばれる新しい生き方・働き方が注目されてゐる。

 ところで、この「ノマド」によく似た響きの「モナド」といふ言葉がある。

「ノマド(nomad)」の語源は、nomas,nemein(割り当てられた所をさまよふ)で、「モナド(monad)」の語源は、mono(単一の)だから語源的にはこの二つの言葉は関係ないが、両者は音の響きだけではなくその世界観も何となく似てゐるので前から気になってゐた。アルファベットだとnomadとmonadはアナグラムでもある。

 そこで今日は、"nomad"と"monad"の差異や関係、また、そこから見えてくる問題について書かうと思ふ。


・従来の組織に属さないノマド

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(近所のカフェ・ノマド)

 ノマドとは元は「遊牧民」といふ意味である。現代のノマドの世界観を一言で言へば、会社・企業のやうな従来の組織や団体に属さず、また場所を選ばずに自由に生き、働くことだ。毎日、会社に行ってデスクに座って仕事をするといふスタイルではなくて、ネットに繋がった端末一つを持って彼方此方に出かけ自由に仕事する。かういふライフスタイルは「フリーランス」など昔からあったが、昨今のネット端末の発達や無線インターネット環境の普及などに伴ひ、移動性(働き場所の自由)が加味されてあらためて注目されてくるやうになったと思はれる。


・どういふ人がノマドに向いてるか

 どんな人が“ノマドな”生き方が向いてゐるのだらう。
 先づは、一定の箇所にぢっとしてゐられない人。学校とか会社とか決まった箱の中に毎日通ふのが苦痛な人。
 それから最近はシェアハウスなどが人気があるが、おそらくノマドな人はシェアハウスも苦手だらう。自分と相性の合はない人と相部屋になったり同じグループになったりするのが耐へられない人は、ノマド型だらう。ユースホステルのやうに短い期間、相部屋になるはうが好きだらう。

 先日も、テレビでノマドな生き方をしてゐる女性が紹介されてゐたが、その人は大手出版社に勤めてゐたが鬱病になってしまひ、会社を辞めてノマドな生き方へと転身したといふことだった。鬱病になってしまふといふのはそれぐらゐ会社といふ組織に属して一箇所にぢっとしてゐるのが耐へ難い苦痛だったのだらう。その人にはノマドな生き方が合ってゐるやうに見えた。


・モナドは単一な「個」

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(上掲カフェ・ノマドから歩いてすぐの所にあるジュエリーショップ・モナド)

 モナドとは、ライプニッツによれば、かう定義される。

これからお話しするモナドとは、複合体を作っている、単一な実体のことである。単一とは、部分がないという意味である。

(G.W.ライプニッツ『モナドロジー』より、以下の引用もすべて同じ)

 一般的には日本語では「単子」と訳される。

 もう20年くらゐ前から、教育の現場では「個を尊重する」とか「個性を伸ばす教育」といふことが言はれてきた。従来の型に嵌めた一斉教授といふ日本型の教育法からの脱却を目指したものだ。これは欧米の「個」を重視する教育を見習った動きでもあった。ライプニッツの「モナド」的なかうした人間観は、欧米の伝統的な人間観でもある。
 人間が一人ひとり独立的に単一に存在してゐて、それぞれの個性を放ってゐる。
 ライプニッツは言ふ。

じっさいどのモナドも、他のすべてのモナドと、たがいに必ず異なっている。


 これは教育の世界における「僕と君は違ふんだ」とか「みんな違ってみんないい」といふ考へ方の元になってゐる世界観であり人間観である。


・ノマドの窓

 ところで、ライプニッツは、モナドには窓がない、と言ふ。

モナドには、そこを通って何かが出はいりできるような窓はない。

外部の原因が、モナドの内部に作用をおよぼすことはできない。


 では、ノマドには窓はあるだらうか。
 ある。
 一番わかりやすいのはインターネットだらう。現代のノマドたちにとってインターネットは必須だ。ノマドは世界中を移動して働いてゐる。そのため空間的な制約をどうしても受ける。その隔たった距離を一瞬にして飛び越えてくれるインターネットが絶対に欠かせない。逆に言へば、このインターネットといふ「窓」があるおかげで、現代のノマドたちは生きていけてゐるとも言へる。

 そしてソーシャルメディアの興隆と流行も、ノマドたちを後押ししてゐる。ノマドの窓を通して彼らが一番駆使してゐるのはソーシャルネットワークだ。


・ノマドな生き方のハードルの高さ

 既存の組織や枠組み、常識がみるみる崩壊していってる時代にあって、たしかに「ノマド」は一つの新しいライフスタイルとして注目するに値する。しかし同時に、ノマドな働き方はまだまだハードルが高くもある。

 先づ第一に、輝いた個性がなければならない。そもそも売りにすべきパーソナリティが何もないといふ人が、ノマドな働き方をするのは難しい。

 第二に、もし輝いた個性を持ってゐたとしても、それを発揮するにはそれなりの規模の良質で強固なソーシャルネットワークを持ってゐなければならない。それがなければノマドな働き方で生きる(生計を立てる)のは現代ではまだ難しい。上述のテレビに出てゐた女性も、ネット上のある有名人に紹介されたのをきっかけにソーシャルネットワークが拡大し、それにより仕事が舞い込んで来るやうになった。


・孤立したモナドたち

 しかし、私が一番気にかゝってゐるのは、従来型の組織に属して働いてゐる人でも、ノマドでもない。
 会社に入って組織の一員として働くか、会社には入らないで自由な働き方をするか、それを選択できる人はいい。どちらにしろ自ら望んでそのやうな働き方をしてゐる人は別にいい。
 今の世の中には、会社にも雇ってもらへず、かと言ってノマドな生き方もできない、孤立したモナドたちがたくさんゐる。従来型の制度が崩壊してそちらにも入れてもらへず、新しくできたばかりのスタイルにも乗っかれない零れ落ちた人たちが、この端境期にいっぱいゐる。
 これは、ソーシャルな時代におけるもっとも憂慮すべき問題である。本来なら、かうした人たちを救ひ、あるいは掬ひ取ることはまさに轍鮒の急の問題であるはずなのに、社会の歩みは遅く、制度や体制もまだ全然整ってゐないし、人々の問題意識もまだそこまで至ってゐないやうに私には見える。

 1990年代の後半にインターネットが登場した時、「これでもう一人で生きていける」と思った人がたくさんゐた。しかしそれはやはり嘘だった。「ソーシャル」といふ言葉を頻繁に聞くやうになったこゝ数年でますます判ってきたのは、結局は“ソーシャルに”世界中のいろんな人の助けがなければ生きられないといふことだった。
 人間は一人では生きられない。

 ライプニッツもあれだけの天才の持ち主でありながら、生涯独身で友人もなく、まったくの孤独のうちに亡くなったといふ。ライプニッツ自身が孤独なモナドであった。彼の哲学的遺書とも言ふべき『モナドロジー』が書かれてもうすぐ300年が経たうとしてゐる。あらためて社会の在り方や働き方・生き方を問ひなほす時代に来てゐる。


【関連記事】

『時代閉塞の現状』と現代 -石川啄木没後100年-

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 今日、2012年4月13日は、歌人石川啄木が亡くなってちゃうど100年。これを機に、地元の有名人の人となりや思想を振り返ってみたい。


・ダメダメな石川くんと先覚者・啄木

 歿後100年にあたって最初、私は石川啄木の生涯と思想とを両方振り返ってみようと思ったが、やっぱりその私生活や人物像についてはあまり考へないことにしようと思った。すでに何人もの研究者によって、啄木の「ダメ人間」ぶりが紹介されてをり、これ以上それについて言及することもあるまいと思ったからだ。例へば、啄木は金にルーズで、盛岡中学の1コ上の親友、金田一京助に物心両面で世話をかけまくったとか、家族にも苦労をさせまくったとか。天才は往々にして私生活はダメダメであることも多い。
 近年では歌人枡野浩一がその著書『石川くん』で、啄木がいかにダメ人間であったかを愛情を持って書いてゐる。ダメっぷりを紹介することで偉人だと思ってゐた遠い存在が急に身近に感じられ親近感を覚えるようになることがある。枡野浩一の『石川くん』にはそんな功績があった。

 しかし私は今回の記事では先覚者・石川啄木としての偉大であった面を見て行かうと思ふ。


・現代に甦る名著『時代閉塞の現状』

 日本人はだいたいいつでも「閉塞感」を口にしてゐることが多い。「開放感」なんて滅多に言はない。戦後で開放的だったのは1960年代の高度経済成長期と1980年代のバブル期ぐらゐか。1990年代後半以降現在まではずっと閉塞感に満ちてゐる。
 しかし私はやはり、この「失はれた10年」もしくは「失はれた20年」ほど、啄木が書いた『時代閉塞の現状』とリンクを見せてゐる時代はないと思ふ。

 今から約100年前の当時、啄木が社会に対して抱いてゐた問題意識、そして若者に訴へかける声は、まさに平成の現代の若者に訴へかけてゐるやうだ。

 歌人・詩人として有名な啄木が、思想家・評論家としても一流であったことがこの『時代閉塞の現状』といふ文章によって知られることになった。もっと長生きしてゐれば、もっとたくさんの優れた文章を書き残したに違ひない。


・自然主義との対決

 『時代閉塞の現状』はその副題が「(強権、純粋自然主義の最後および明日の考察)」となってゐる。魚住折蘆の論文「自己主張の思想としての自然主義」への反論として書かれたものだ。
 啄木は自然主義の終はりを高らかに告げる。「事実においてすでに純粋自然主義がその理論上の最後を告げているにかかわらず、同じ名の下に繰返さるるまったくべつな主張と、それに対する無用の反駁(はんばく)とが、その熱心を失った状態をもっていつまでも継続されている」と手厳しく批判する。

 啄木の反自然主義的な思想の萌芽は、僅か16歳の時に書かれた日記『秋韷笛語』などにもすでに見られる。

惟ふに人の人として価あるは其宇宙的存在の価値を自覚するに帰因す。人類天賦の使命はかの諸実在則の範に屈従し又は自ら造れる社会のために左右せらるゝが如き盲目的薄弱の者に非ず。宜しく自己の信念に精進して大宇宙に合体すべく心霊の十全なる発露を遂ぐべき也。運命は蓋し天が与へて以て吾人の精進に資する一活機たるのみ。されば余輩は喜んでその翼に鞭うつて人生の高調に自己の理想郷を建設せんとする者也。


 16歳が書いたとは思へないほどの高邁な文章だが、「諸実在則の範に屈従」するのが人生ではないと言ってゐる。


・啄木と現代のフリーター・ニート問題

 『時代閉塞の現状』を読むと、表向きの自然主義批判の裏に、社会や環境に盲目的に屈従して落ち着いてしまってゐる同時代の若者への不満が見てとれる気がする。
 
 翻って格差社会の現代。世代間格差などにより多くの若者は貧困に苦しんでゐるが、立ち上がる気配がない。50代、60代、あるいはそれ以上の世代から、現代の若者はこれだけの不遇な境遇にありながらなぜ大規模なデモや社会運動を起こさないのか、疑問の声が出てゐる。

 啄木の生きた明治末期から大正にかけてと平成は時代状況が似てゐる。啄木は元号が大正に変はる直前に亡くなったが、大正時代はまさに啄木が憂慮してゐた閉塞感を増す時代になって行く。

 啄木の生きてゐた時代と今の時代との共通点はたくさんあると思ふが、例へば次のやうな文章はどうだらう。

しかも今日我々が父兄に対して注意せねばならぬ点がそこに存するのである。けだしその論理は我々の父兄の手にある間はその国家を保護し、発達さする最重要の武器なるにかかわらず、一度我々青年の手に移されるに及んで、まったく何人も予期しなかった結論に到達しているのである。「国家は強大でなければならぬ。我々はそれを阻害(そがい)すべき何らの理由ももっていない。ただし我々だけはそれにお手伝いするのはごめんだ!」これじつに今日比較的教養あるほとんどすべての青年が国家と他人たる境遇においてもちうる愛国心の全体ではないか。

(青空文庫より引用、以下も同じ)
 
 私はこの箇所を読んで、現代の2chねらーを思った。「ネット右翼」と呼ばれるほどの愛国心の持ち主でありながら、自らは「ただし我々だけはそれにお手伝いするのはごめんだ!」と言って、自衛隊に入隊するわけでもなく、それどころか社会にも参加せず「自宅警備員」に留まる2chねらーたち。

 啄木は当時のフリーター・ニート問題について言及してゐる。

時代閉塞の現状はただにそれら個々の問題に止まらないのである。今日我々の父兄は、だいたいにおいて一般学生の気風が着実になったといって喜んでいる。しかもその着実とはたんに今日の学生のすべてがその在学時代から奉職口(ほうしょくぐち)の心配をしなければならなくなったということではないか。そうしてそう着実になっているにかわらず、毎年何百という官私大学卒業生が、その半分は職を得かねて下宿屋にごろごろしているではないか。(中略)かくて日本には今「遊民」という不思議な階級が漸次(ぜんじ)その数を増しつつある。今やどんな僻村(へきそん)へ行っても三人か五人の中学卒業者がいる。そうして彼らの事業は、じつに、父兄の財産を食い減すこととむだ話をすることだけである。


 「遊民」は100年前の「ニート」である。啄木自身も、これだけ頭が良く才能もありながら、遊民に近い不安定な非正規雇用であった。
 在学時代から本業の学問はそっちのけで就職口の心配、社会人になっても親の経済力に頼らなければとても生活していけない状況など、現代にそっくりではないか。


・立ち上がらない若者への不満

 啄木のふつふつとした怒りが行間に滲み出てゐるのが読み取れるだらう。「父兄」の世代は楽に就職できたのに、自分たちの世代はこんなにも就職に苦労してゐる。そして貧困に喘いでゐる。
 では、啄木の怒りの矛先は「父兄」に向かってゐたのであらうか。さうではない。そんな社会を父兄に任せっきりにしてゐる同世代の若者へ向かってゐるのだ。

我々日本の青年はいまだかつてかの強権に対して何らの確執をも醸(かも)したことがないのである。したがって国家が我々にとって怨敵となるべき機会もいまだかつてなかったのである。/じつにかの日本のすべての女子が、明治新社会の形成をまったく男子の手に委(ゆだ)ねた結果として、過去四十年の間一に男子の奴隷(どれい)として規定、訓練され(法規の上にも、教育の上にも、はたまた実際の家庭の上にも)、しかもそれに満足――すくなくともそれに抗弁する理由を知らずにいるごとく、我々青年もまた同じ理由によって、すべて国家についての問題においては(それが今日の問題であろうと、我々自身の時代たる明日の問題であろうと)、まったく父兄の手に一任しているのである。これ我々自身の希望、もしくは便宜(べんぎ)によるか、父兄の希望、便宜によるか、あるいはまた両者のともに意識せざる他の原因によるかはべつとして、ともかくも以上の状態は事実である。国家ちょう問題が我々の脳裡(のうり)に入ってくるのは、ただそれが我々の個人的利害に関係する時だけである。そうしてそれが過ぎてしまえば、ふたたび他人同志になるのである。


 こゝに啄木の痛烈な批判が見てとれる。直接個人的利害に関係すること以外、国家の問題を論じようとしない若者に苛立ってゐるやうに見える。
 ではなぜ若者は立ち上がらないのか。その理由について啄木はかう言ふ。

むしろ当然敵とすべき者に服従した結果なのである。彼らはじつにいっさいの人間の活動を白眼をもって見るごとく、強権の存在に対してもまたまったく没交渉なのである――それだけ絶望的なのである。


 社会に参加せず選挙の投票にも行かず、自宅に引き篭もりネットの世界に引き篭もってゐる現代の若者たちも、やはりこの社会に絶望してゐるのであらうか。啄木は「当然敵とすべき者」だと言ってゐる。だが若者はそれを敵と思ってゐるかゐないかは分からないが、少なくとも服従してしまってゐる。


・現代の時代閉塞感

 私がこゝで「現代」と言ふのは、1990年代後半以降今に至るまでの長い長い閉塞の時代のことである。

かくて今や我々には、自己主張の強烈な欲求が残っているのみである。自然主義発生当時と同じく、今なお理想を失い、方向を失い、出口を失った状態において、長い間鬱積(うっせき)してきたその自身の力を独りで持余(もてあま)しているのである。すでに断絶している純粋自然主義との結合を今なお意識しかねていることや、その他すべて今日の我々青年がもっている内訌(ないこう)的、自滅的傾向は、この理想喪失(そうしつ)の悲しむべき状態をきわめて明瞭に語っている。――そうしてこれはじつに「時代閉塞(じだいへいそく)」の結果なのである。


 バブルが弾けて1995年頃にはっきりと不況が自覚された頃、多くの人はそれを一過性のものだと思ってゐた。しかし不況は長引き、時代の空気は固定され、それは「失はれた10年」となり、さらに長引いて「失はれた15年」となり、そして「失はれた20年」にならうとしてゐる。
 この失はれた時代に社会に出た世代はその名も「ロストジェネレーション」と呼ばれてゐる。大学卒業時に就職氷河期で就職できず、中途採用を狙ってゐた時期もずっと不況で正社員にはなれず、結局フリーターなどの非正規雇用で糊口を凌ぐしかなかった。

我々青年を囲繞(いぎょう)する空気は、今やもうすこしも流動しなくなった。強権の勢力は普(あまね)く国内に行わたっている。現代社会組織はその隅々(すみずみ)まで発達している。――そうしてその発達がもはや完成に近い程度まで進んでいることは、その制度の有する欠陥(けっかん)の日一日明白になっていることによって知ることができる。


 こゝで啄木が「流動しなくなった」と言ってゐるのは、景気の上下といったことではない。現代で言へば、大企業の新卒一括採用主義とかさういった旧弊の社会システムのことを言ってゐる。

戦争とか豊作とか饑饉(ききん)とか、すべてある偶然の出来事の発生するでなければ振興する見込のない一般経済界の状態は何を語るか。


 2007年、赤木智弘は「希望は、戦争」と言った。戦争のやうな大きな出来事でも起こらないかぎり、この停滞感・閉塞感から抜け出られない、といふ気持ちがそこにはある。


・啄木の敵は国家であった、現代の若者の敵は何か

 啄木が宣戦布告した「敵」は国家であった。現代の私たちの敵は誰であらうか。
 かつて赤木智弘が「丸山眞男をひっぱたきたい」と言ったとき、私が最初に感じたのは「ひっぱたく相手を間違へてゐる」といふことだった。
 ネット上の若者の間では、その「敵」は「マスゴミ」であったり「公務員」であったり「リア充」であったりするが、往々にして「勝ち組」の人たちがその対象になることが多い。しかし勝ち組の人たちを自分たちと同じ境遇まで引きずり下ろして何にならう。むしろ自分たち負け組が人間としての最低限の尊厳や生活が保障されてゐないこと、結婚したくても結婚を諦めざるを得ないほどの低賃金、「ブラック」と言はれ心身を壊してしまふほどの異常な長時間労働、さうした社会システムをこそ敵と見做すべきではないのか。

 だが実際のところ、現代において何が「強権」の「敵」なのか私にははっきり判ってゐない。政治家?官僚?マスコミ?しかしマスコミが何かの批判記事を書くよりも、ネットで「祭り」の対象にした方がはるかに攻撃力が強い場合もある。何が本当の「強権」であるかを見抜くのは難しい。


・希望はなくとも必至のために起て

 しかしそれでも私たちはこの閉塞感を打破するために動かなくてはならない。都会人の一票の軽さや若者層の票数の少なさに絶望して選挙に行かないでゐるわけにはいかない。

 26歳の若さで亡くなった啄木は、ぢつと手を見ながら絶望のうちに旅立って行ったのだらうか。縦令、啄木に希望がなかったとしても、啄木はその歩みを最後まで止めようとはしなかった。
 啄木の力強い言葉を最後に紹介しておかう。

かくて今や我々青年は、この自滅の状態から脱出するために、ついにその「敵」の存在を意識しなければならぬ時期に到達しているのである。それは我々の希望やないしその他の理由によるのではない、じつに必至である。我々はいっせいに起ってまずこの時代閉塞(へいそく)の現状に宣戦しなければならぬ。


 啄木が100年の時を超えて、現代の私たちに語りかけてゐる。





(おまけ)

 歿後100年を機に、子どもの頃から馴染みの啄木ゆかりの地をあらためて散歩してきた。

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(2012年4月撮影、以下も同じ)

 啄木が住んでゐた本郷弓町の家。写真中央の理容店の2階に住んでゐた。建物は当時と変はってゐる。道路拡幅により場所も若干動いてゐる。


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 そのアライ理容店の店頭に掲げられてゐる案内板。昔は喜之床と言った。


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 その昔の「喜之床」はこんな感じでしたよ、といふ写真も店頭に掲げてくれてゐる。


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 こちらは変はって小石川の啄木が最後に住んでゐたところ。写真中央のビルのあたり。建物も変はってしまって、特に風情も何もない。


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 そのビルの壁面に掲げられてゐる東京都教育委員会による案内板。平成二〇年設置となってゐるが、かういふ案内板は昔からある。建物の取り壊しなどでたびたび掛け替へられてゐるのである。


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