暫定龍吟録

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2014年01月の記事

Suicaの本質は“誰何” -JRスイカ売りの何が問題か-

 昨年2013年にニュースになった出来事で印象に残っているのは、JR東日本(以下、JR)がSuicaのデータを日立製作所(以下、日立)に販売して問題になったことだ。

 この問題に対する世間の批判は大きく分けて二つあった。

 一つは「個人情報を勝手に売るなんて!」というもの。「自分の個人情報が広まってしまうのが心配」と言う。
 もう一つは、「事前に利用者に一言の断り、お知らせも無く売ったのが問題」という声。

 この二番目の批判については、では、今でも充分うるさい駅の構内で、「お客様への今後より一層のサービス充実のためにデータを利用させていただくことがございます。お客様のご理解とご協力をお願い致します」というアナウンスを繰り返し流せば、満足するのか。
 私は「ご理解とご協力」はうんざりだし、事前に一言言ったからOKなどという、そんな単純な問題ではないと思っている。

 で、一つ目の「個人情報なのに!」というものだが、これについてはJRは今回、日立に売ろうとしたデータは個人情報ではない、という見解を示している。
「個人情報を売るのは問題だ」と言うなら、「じゃあ、個人情報でなければ問題ないよね」となる。
 私はこれに関してはJRの見解に賛成で、どこの駅で乗ったとか降りたとかいう情報は個人情報だとは思っていない。


行動履歴を含むパーソナルデータ

 そもそも個人情報とは何か。
 個人情報というのは、名前や生年月日、住所、電話番号、メールアドレスなど、個人を特定できるものを指すのであって、乗降駅の情報や何を買ったかという購買履歴などは個人情報ではない。
 これらの「行動履歴」は、それだけでは個人情報ではなく、名前や電話番号などと結び付けられて初めて個人情報になる。
 なので、物凄く田舎の人口の少ない街などでは、行動履歴だけで個人が特定でき、個人情報になる、ということはあり得るだろう。

 それでは、こうした行動履歴全般の情報のことは「個人情報」ではなく何と言えばいいのか。
 国では「パーソナルデータ」と言っている。
「ビッグデータ」というのは、このパーソナルデータの集合体である。


東京では誰もが持っているSuica

 私は東京人だがSuicaを使わずに生きてきた。

 駅の改札の手前で毎度、

「私、ちょっと切符買って来ますんで」

と言って、仲間や先輩を待たせ、

「えっ?どうしてSuicaじゃないの?」

といつも言われるのをずっと心苦しく感じて来た。

 Suicaを使わない理由はSuicaの思想が嫌いだからだが、そこで「Suicaの思想が…」などと言うと変な人だと思われるので、「古風でアナログな人間なので、ピッてやる最新式のは苦手なんですよ」と答えることにしている。
 私が古風な人間であることは確かにそうなので、皆それで納得してくれるが。

 東京圏に住んでない人のために説明しておくと、SuicaとはJR東日本が販売しているICカード。お金をチャージ(貯めておく)しておいて、改札機に翳すと乗車料金が引かれる。定期券にもなり、対応している店では買い物もできる。

「いや、Suicaが何かは知っています。ウチの地方にも似たカードがありますし。そうじゃなくて、東京での現状がどうなのかが知りたいです」
と言う人が多いと思うので、それも説明しておくと、東京では、今はもうほとんどの人が持っている印象。
 あくまでざっくりとした印象だが、朝の通勤時間帯などは、8割以上の人がSuica(またはそれに類するカード)を使っている感じ。Suicaで買い物をする光景も日常的である。


Suicaでしか通れない改札機の増加

 ここではJR山手線の駅を例にとって話すが、改札機には大きく2種類あって、紙の切符とSuicaが両方使える両用タイプのものと、Suicaしか使えない(切符を投入する口がない)ICカード専用改札機とがある。

 昔は両用タイプ(以下、両用機)が多かったが、ここ数年でじわじわとICカード専用改札機(以下、専用機)が増えて来た。


 次の写真をご覧いただきたい。


20130721_jr.jpg

 これは昨年2013年の夏に撮った上野駅の中央改札である。

 全部で16台の改札機が並んでいるがその内の9台が専用機である。
 手前と奥に人が集中している辺りに両用機がある。

 その並び順を言葉で説明しても分かりにくいと思うので、両用機を□白四角、専用機を■黒四角で表すとこんな感じ。

kaisatsu.jpg
 例えば上図で、切符を持ってる人が改札内から外に出ようとして、左から4番目の改札を通ろうとした場合、通れない。すぐ左に両用機があることに気づかず、右にずれた場合、「あれ?ここも駄目だ」と言ってまた右に一つずれる。そしてまた「あれ?ここも駄目だ」→右にずれる→「あれ?ここも駄目だ」という流れを最大で9回も繰り返すことになる。

「そんなの、改札機に近づく前に、どこに両用機があるか、見りゃ分かるだろう」と言う人は、東京で生活したことがない人である。

 時間帯にも依るが、東京の人込みは凄まじく、遠目には改札機の姿は見えず、改札機の直前まで来てから初めてそこが両用機でないことに気づくことは多い。

 私は、このように右に(または左に)延々とずれて行く人を何度も見たことがある。そしてそういう人は自身が困っているだけではなく、後ろから次々と押し寄せる人波にも迷惑をかけている。

 朝のラッシュ時などは改札をスムーズに通過せずにこうして右往左往している人がいると人の流れが滞り、渋滞を作る原因にもなっている。


「自然に」でも「結果的に」でもなく

 JRは、こうした「嫌がらせ」を10年以上かけてジワジワと進めて来た。つまり、昨年話題になった日立へのビッグデータ売りは、こうした長年の計画の延長上にある話なのだ。

専用機を増やす

Suicaが無いと不便だと感じる人が増える

Suicaを買う

Suica利用者が増える

専用機を増やしても文句を言う人が少なくなる

専用機を増やす

 決して、「気がついたら、いつの間にかパーソナルデータがだいぶ溜まって来ていたので、これを何とか有効活用できないかと考えて売ることにしたんです」ということではない。

「自然に」あるいは「結果的に」集まったのではなく、パーソナルデータを集めるのは長年の計画に基づくものであり、そのためにジワジワと計画を進めて来たのだ。なぜ「ジワジワと」かと言うと、一気に専用機一色にしてしまうと当然批判されるから、少しづつ専用機に替えていくことでSuica利用者を増やし、批判を抑えて来たのである。

 このJRによる長年の「囲い込み」計画は、今のところ、見事に功を奏している。

「JRが両用機よりも専用機を増やしているのは両用機よりも故障が少なく、コストが低くて済むからです」と言う人もいる。
 その理由もあるだろうが、私は、専用機を増やしてSuica利用者を増やすことで派生するビッグデータから生まれる利益の大きさから比べれば微々たるものだと思う。

 因みに、同じ上野駅でも、東京メトロの上野駅の改札はこんな感じ。


20130721_metro.jpg(上のJR上野駅と同時期に撮影)

 東京メトロにもPASMOというSuicaとほぼ同じようなICカードがあって、改札には専用機と両用機があるが、現状、両用機の比率が高く、JRよりはいくらかマシである。


オプトアウトの思想ではなく

「なんでSuicaじゃ駄目なの?みんながSuicaを使って便利になるなら、それでいいじゃん」
と考える人も多いと思う。

 しかし、私はその考え方には反対である。

 例えば、上掲の上野駅はいわゆる「お上りさん」の多い駅だ。勝手が分からず右往左往しているお年寄りをよく見かける。

 オプトアウトではなくオプトインの思想に依らなければならない。

「紙の切符も使えるんだからいいじゃん」ではなく、「Suicaも使えますよ」でなければいけない。

 つまり基本はNon-Suicaで事足り、Suicaを使いたい人がオプトインできるような仕組みにすべきである。
 Suicaが基本で、使いたくない人がオプトアウトしなければならない、というのは間違っている。

 なぜ、オプトアウトでは駄目なのか。

 定期券を例にとって考えてみよう。
 定期券には現状、Suica定期券と磁気定期券(昔ながらの定期券)の二種類がある。しかし定期券を買う時に、「Suica定期券なら紛失したとしても再発行できます。磁気定期券は失くしたら終わりです」と言われる。定期券は普通、何千円か何万円もする高額なものなので、そう言われたら誰でもSuica定期券を選ばざるを得ないだろう。つまり、二つの選択肢があると言っても事実上は一択である。

 このように、現在の仕組みは、すべてSuicaを基本としていて、Suicaを使いたくないという人にはオプトアウトできるとしても、かなりの無理を強いられる形になっている。

 昨年、「私たちの知らないところで個人情報が売買されてるのは問題だ」と人々が言った時、JRは「これはパーソナルデータであって個人情報ではないのですが、もし心配なら、仰っていただければ貴方のデータは除外しますよ」と言った。

 ところが、これは知らない人が多いと思うが、JRの駅のみどりの窓口に行って「私のデータを除外してください」と申請しても受け付けてもらえないのだ。
 データ除外申請は、電話かメールのみにて受け付けている。

 個人情報を人一倍気にする人たちに対して、電話番号かメールアドレスと引き換えに除外を受け付ける、と言っているのである。
(もっとも、みどりの窓口で受け付けるようになったとしても本人確認のための個人情報は書かされるだろうが。)


Suicaの本質は“誰何”にある

 昨年、新聞社がJRがビッグデータを日立に売っているというニュースを大々的に伝えたとき、私は喜んだ。
 これでJRによる専用改札機の増加という「嫌がらせ」(私から見て。JRから見れば「囲い込み」)の問題が世間で大きく話題になるだろう、と思ったからだ。

 だが、世間の人々が批判したのは「自分の個人情報が外に出て行くのは心配」ということと「事前に利用者に通知しなかったのは問題」という肯綮に中らない批判ばかりだった。
 これらの批判はSuica問題の本質を見誤っている。

 Suicaという名称は、“Super Urban Intelligent Card”の頭文字を取って名付けられたと言われている。でも、これは少々無理やり感があって、実際には「スイスイ通れるカード」という意味と語呂の良さを重視して名付けたものであろう。
 だが、「Suica」にはもう一つ隠れた意味がある。それが“誰何”だ。
 そして、これこそが最も重要であり、Suicaというカード(物理的なカードではないモバイルSuica等含む)の持つ本質なのだ。

 Suicaの特徴は、「ピッ」とワンタッチでスイスイ通れる、ということだと思っている人が多いだろうが、それはJRが大衆向けに宣伝している表向きの特徴である。Suicaの特徴の本質は、あくまで「誰何」であり、誰が何をしているかを把握することである。
 ここでの「誰」とは特定の「誰」ではなく不特定の「誰」である。
 渋谷駅から乗った人は東京駅で降りることが多い、とか、朝の新宿駅で降りる人はこういう物を買う傾向がある、とか。

 そもそも利便性ということで言うなら、カードなどという前時代的なものは廃してソウルのように改札機を無くしてしまった方がずっと快適でスマートで便利であろう。

 昨年、こうして大きな話題になる遥か前からJRは、Suicaが持つこうした本質に気づいていた。何が本当の甘い樹液(受益)なのかを知っていた。
 だからこそ、JRは2001年から営々とSuica滲透の布教(普及)活動を地道に行って来たのだ。(※1)
 日立へのスイカ売りは、だからJRからしてみれば長年の活動の帰結の一つとして当然にあるものなのである。JRはむしろ、なんでこんなに批判されたのか不思議にすら感じたに違いない。


インフラ企業に求められるビッグデータ蒐集段階への熟慮

 地方の人は、「そんなにJRが嫌なら乗らなきゃいいじゃん」と思うかもしれないが、東京に住んでるとなかなかそうはいかない。
 地方の人に「そんなに地球温暖化が気になるなら車に乗らなきゃいいじゃん」と言ってもなかなかそうはできないのと同じである。
 東京の人間にとっては、電車(JR東日本)は、電気(東京電力)、ガス(東京ガス)、水道(東京都水道局)、電話(NTT東日本)などと並ぶ、インフラである。嫌なら使わなければいい、と言っても、それにかわる代替手段がない。
 こういうインフラ企業の「試み」には、何百万、何千万という人が影響を受ける。だからこそ熟慮あるべきなのである。

 私は昨年、このスイカデータ売り問題に関して、「個人情報が心配」という声と「便利になるなら別にいいじゃん」という声しか聞かなかった。
 結局、みんな末端の自分のことしか考えていないのかと思い、情けない気持ちになった。
 私はビッグデータには、とても大きな魅力を感じている。ビッグデータには未知の魅力がいっぱい詰まっている。誰だって欲しいデータだ。だからこそ、JRが強引にパーソナルデータを集めるそのやり方に反感を感じる。

「IT戦略に関心がある」と言ってる人たちも皆、ビッグデータの活用段階ばかりは議論するが蒐集段階のことは誰も語らない。

 こういう点からJRを批判している記事をどこにも見なかったので、この記事を書いた。



(※1)、もっとも、それにしては日立への「卸値」が安すぎるという指摘もある。杉山淳一の時事日想:JR東日本さん、その卸値、安くない? Suicaのビッグデータ騒動
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