暫定龍吟録

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2015年09月の記事

総理、改憲に賛成です(但し55年前なら)

 安保法案に反対する人たちがいる。
 「戦争法案」だと言う。「徴兵制反対」と言う。

 戦争するなんて言ってないのに。ましてや徴兵制なんて絶対にあり得ない、って何度も言っているのに。

 日本の憲法は、戦後にアメリカのGHQから押し付けられた「押し付け憲法」。日本人の手による日本の憲法が作られなければいけない。それでこそ真の独立国家と言える。

 総理、仰る通りだと思います。その考え方に賛成です。貴方のお祖父様がそれを成し遂げておくべきだった。改憲は55年前にやっておくべきことだった。

 私は今のタイミングでの安保法案にも改憲にも反対である。

 今は、日本がたとえ「後方支援」とは言え、戦争に参加できるようになるには最悪のタイミングである。

 あの計算高いアメリカが、戦争から手を引き始めているのである。つまり、今の時代は、戦争に参加することによるメリットよりもデメリットの方が大きい、ということだ。

 戦争に参加して勝つメリットは昔から領土の拡大とその他の何らかの「戦利品」である。だが今は戦利品は期待できない。国と国同士の戦いでさえない。ISISのような「国」でもない「何か」との戦い。相手の大将やメンバーすら分からない。どれだけやっつけてもメンバーは無限増殖する。正義感から言えば、「悪」とは戦うべきなのかもしれないが、正義感だけでは戦えない。勝っても戦利品が無い。人員と金を失うだけだ。

 総理は今になって安保法案を可決し、改憲の動きを見せる理由として、「昔とは時代環境が変わったから」と言う。

 そう、まさに昔とは時代環境が変わった。米国が戦争で勝利することで国勢を拡大できていた時代は終わり、世界中の紛争地帯に出かけて行くこと、世界の警察を務めていることは、利益よりもデメリットの方が多い、という考えに変化してきた。アメリカは今、この今まで自分たちが主に担って来た負担を、誰かに任せたい、分担してもらいたい、と思っている。今まで法律を盾になかなか自衛隊を動かそうとしなかった日本が、これを負担してくれるようになるなら米国にとってこんなに有り難いことはない。

 私はアメリカと日本の関係を考える時、東京と秋田の関係を思う。

 1997年、秋田新幹線が開通した。秋田県民にとっては「長年の悲願」。「これで、東京の人がたくさん秋田に来てくれる。秋田が発展する!」。
 実際は、たくさんの秋田美人が東京に流出した。秋田と東京の間に太い綱が渡される。東京と秋田で綱引きをしたらどちらが勝つか。それは戦う前から分かるだろう。東京発秋田行きの下りの新幹線だけはありますが、秋田から東京へ上る新幹線は無いので普通列車で行ってください、とか、そのような仕組みになっていればよいが、残念ながら新幹線は双方向に走る。秋田県民にとっては唯一の新幹線だが、東京人にとっては数ある新幹線の内の一つにすぎない。秋田県民は「温泉があるよー、おいしい食べ物もいっぱいあるよー」と言うが、東京から新幹線で行ける県で温泉やおいしい食べ物がある県は他にたくさんある。

 日本は今、中国のことで頭が一杯だ。集団的自衛権が実施されて、アメリカと「共闘」のような関係になれば、「きっと中国に対抗できるはず」と思っている。だが、アメリカの関心事はもっと幅広い。中東でのテロとの闘い、ヨーロッパの問題、ロシアの問題、、、多岐にわたる。

 集団的自衛権とは、「お互いに困っている時は助け合おう」という双方向性を持つことだが、アメリカと日本の力関係からして、平等に助け合うとは考えられない。自衛隊は今までとは段違いの国際的任務を求められるだろう。後方支援でも自衛隊の派遣には、相当、金がかかる。少子化先進国の日本は、人員も足りず、金もなくなり、弱体化していくだろう。

 中国「大チャーンス!」「どうやら日本の自衛隊の大半は今、中東地域に出かけているらしい。手薄な今が尖閣諸島を乗っ取るチャンス。今の日本には尖閣にまで自衛隊を回す余裕はないだろう。この件に関してはすでにアメリカにも根回し済み。アメリカも形式だけの批判にとどめてくれるだろう」。

 韓国「それとは別に、竹島に新たな軍事施設の建設を始めました」

 ロシア「それとはまったく関係なく、北方領土に新たな軍事基地を作り始めました」

 オーストラリア「お取り込み中すみませんが、捕鯨国日本を提訴しました」

 中国・韓国が、日本の安保法案や改憲の動きにそれほど強硬に反対していないのはそういう理由だ。今、集団的自衛権、改憲の方向に進めば、中韓の思う壺。日本のさらなる弱体化は免れないだろう。


「普通の国になりたいんです」

 改憲派の人たちからよく聞く台詞は、「普通の女の子になりたいんです」ならぬ「普通の国になりたいんです」だ。

 「何も戦争をしようというのじゃありません。アジアを侵略するつもりもありません。ただ、世界の他の国のように普通に軍隊を持ちたいだけなんです。戦後何十年もたってるのに『加害国だから』と言われて軍隊を持たせてもらえないのっておかしくないですか?なんで日本だけが軍隊持っちゃ駄目なんですか?他の国だってみんな軍隊を持ってるじゃないですか。私たちはただ普通の国になりたいだけなんです」

 よく聞く台詞だ。

 私はこういうのを聞くと、鳥取県を思い起こす。

 鳥取県民「スタバが無いのは全国で我が県だけ。恥ずかしい。ライバルの島根県にさえあるのに」
 スタバが無いうちは「スタバは無くともスナバがある」と唯一性をアピールできた鳥取県だが、スタバを作ってしまったらただの日本で47番目の県である。「我が県にもスタバを!」と言うのは自ら自分たちの県が日本一遅れた県であることを認めているようなものだ。(実際は鳥取県がスタバを誘致したわけではなくてスタバが勝手に出店しただけだろうが)

 私はこういうのを「田舎者的・後進国的心性」と言っている。

 「ドイツ、フランスは、もう何十回も憲法を改定しています」と言う。憲法をたくさん変えている方が素晴らしい、という価値観にするなら、憲法改定数ランキングというものができるだろう。韓国は9回、中国も数回改定している。そして0回の日本は世界で最下位の恥ずかしい国、ということになるだろう。

 どうして自ら、「世界の最下位」、「アジアのお尻」に付こうとするのか。

 東京人の私は、「『都』なんて名乗っているのは東京だけ!恥ずかしい。『東京県』に改名するべき。他の県と同じような普通の県になりたいんです」とはまったく思わない。


管理職の成り手問題

 日本の集団的自衛権の問題や、国連安保理の常任理事国入りの問題は、昨今の「管理職の成り手が不足している問題」に似ている。

 今、どの企業でも、部長、課長などの中間管理職への成り手が不足している。今の人たちは皆、成りたがらない。
 昔は係長、課長、部長というのは憧れのポストだった。みんなが成りたがった。部長になるということは「出世」であり「名誉」なことであり、人生の大きな「成功」だった。部長になることで得することもいっぱいあった。単に給料が良くなるだけでなく、部下を扱き使えたり、お茶を淹れてもらったり、部下からチヤホヤされたり。昭和の頃、たしかにそういう時代があった。

 しかし今や部長職は、上(社長)と下(平社員)のあいだに立ち、上下からの圧力に苦しみ、責任は重く、仕事は激務、残業は毎日深夜に及び、残業代も出ない、もちろんお茶なんて自分で淹れなければならない。「人生をすべて仕事に捧げます」とか「会社のために命を捧げます」というぐらいの覚悟がないと、なかなか成れない。

 米「最近、世界警察の仕事が重荷になってきた。戦争に勝っても昔のように“いい思い”をすることもなくなってきたし、仕事内容は激務になってきたし。誰か一部肩代わりしてくれる人いないかなあ。」
 米「そう言えば日本くん、君はずっと安保理のメンバーに入りたいって言ってたよね。どうだい、メンバーになってみないか。君はメンバーに相応しい人物だとずっと思ってたんだよ。ヨーロッパの友達もみんな認めてくれると思うよ」

 部長になることは「長年の悲願」だったと言えばたしかにそうだ。しかし、あれほど部長になりたがっていた時には部長にさせてくれないで、部長職が誰からも魅力的に見えなくなってきた今頃になって「ぜひ部長に」と言う。
 日本が世界第二位の経済大国になって、安保理の常任理事国になるにじゅうぶん相応しい国になっていたのは、もう40年も前のことだ。

 賛成派の人たちは中国の問題だけを考え、「アメリカに守ってもらうことが抑止力になる」と言うが、実際にはアメリカの世界各地の戦争に「従軍」させられる機会が増えることが大きな負担になってくるだろう。

 「後方支援に限定しているから大丈夫」と言うが、前線で戦っている米軍からは当然「なんであいつらあんなに後ろにいるの?」という不満が出てくるだろう。
 米「あと1メートル前へ」、日「じゃあ1メートルだけですよ」、米「もうあと1メートル前へ」、日「じゃああと1メートルだけですよ」というやり取りが繰り返されるだろう。

 軍隊を持つなら持つ、集団的自衛権を行使できるようにするならするで、それは、そのことによる利益が最大になるタイミングで行うべきなのだ。あまりにも「長年の悲願」でありすぎると、その「長年」のうちに状況がまったく変化してしまう。

 「では、具体的にどうやって日本を守るんですか?中国が攻めて来たらどうするんですか?対案は?まさか話し合いで解決すると思っている?」

 具体的には今までどおり自衛隊で抗していくしかない。

 「その自衛隊だけでは守りきれないからアメリカに守ってもらうんでしょう」

 しかし、「アジアで最も重要なパートナーは中国」と考える人が増えているアメリカが、中国のお願いと日本のお願いのどちらを聞いてくれるかは不透明だ。

 日本の視点から言えば、集団的自衛権でアメリカに守ってもらうことは中国に対する抑止力になるかもしれないが、世界的な視点から言えば、部長職への成り手が誰もいなくて困っているところに、ちょうどよくのこのこと出て来てくれた人、ということなのだ。
 「日本を取り巻く環境が大きく変わってきた」と言うが、それは文字通り日本周辺の東アジア限定での話であり、もっと広い視点で見るならば、このご時世に米国軍事株式会社の部長職になろうという奇特な人はいない。そこにのこのこと歩み出て行こうとしている日本は世界から「変わった人ね」と思われているに違いない。日本の思惑で日本の国益を考えての行動だと思っていたら、もっと大きなアメリカの思惑、中国の思惑にまんまと嵌まっていた、ということだ。

 そして見事に国際的任務を果たして世界平和に大きく貢献した日本には「残業代」は支払われない。「ありがとうね」ぐらいの言葉は掛けられるかもしれないが。

 「従軍」は少子化が進む日本にとって大きな負担になるだろう。

 「それなら大丈夫。これからの時代の戦争はサイバー戦争になっていくから、兵士の数は問題じゃないから」

 たしかにサイバー戦争になっていくだろう。アメリカは元より中国も優秀で強力な国家直属のサイバー部隊を養成しているだろう。気がついたら、現場で血を流しているのは日本の自衛隊だけだった、ということにならなければよいが。

 今のタイミングでの集団的自衛権や改憲の動きは日本の弱体化を招くだろう。そして、中国、韓国、北朝鮮、ロシア等周辺諸国のさらなる増長、横暴を許すことになるだろう。