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2016年06月の記事

マイナンバーカードは住基カードの二の舞にはならない

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 マイナンバー制度に対する批判として、「マイナンバーカードは住基カードの二の舞になる」という声をよく見聞きする。住基カード(住民基本台帳カード)は導入に「400億円かけた」とも言われ、その割には全国民の5.5%にしか普及しなかったとも言われている。個人番号カード(以下、「マイナンバーカード」)も大々的に導入を進めた割には住基カードと同じように普及せず、金の無駄遣いになるだろう、というわけだ。

 だが私はマイナンバーカードが住基カードのように普及しないとは思わない。マイナンバーカードは普及するだろう。理由は、マイナンバーカードは住基カードと違って拡張性があるからだ。

 どれぐらい普及するかというと、現在の東京におけるSuica並みに普及するだろう。但し、国、或いはJ-LISが運用上の大きなヘマをして信用を失墜しなければ、の話だが。

 また、普及には時間がかかる。Suicaも発行が始まってから普及するまでに7、8年かかった。

 普及に時間がかかるのは、人々が便利さを実感するのに時間がかかるからだ。Suicaも初めの頃は、「改札でピッてできるやつでしょ」というほどの認識だった。が、その後コンビニで買い物もできる等、用途の拡大とともにその便利さが認識されるようになって徐々に普及していった。

 マイナンバーカードは住基カードと違って拡張性がある。これから幅広くいろんな用途で使われるようになっていく。今、多くの人々が「あんなカード持ってどうするの?」と言っているのは、メリットが感じられずデメリットの方が大きく感じられているからだ。

 今のところ、マイナンバーカードを持つメリットは、「納税が簡単になる」ということと「身分証明書として使える」ということぐらいしかない。後者に関しては運転免許証やパスポートを持ってる人はそれで間に合っている。

 マイナンバーカードを持つことに「反対だ」と言っている人にどうして持たないのかを尋ねてみたら、「ただでさえお財布の中がカードだらけなのに、これ以上カードを増やしたくない」と言っている人がいた。これは大きな認識誤りである。マイナンバーカードはそれらのカードを減らすためのカードなのである。今はまだ聯繫していないが、そのうち保険証、運転免許証、ポイントカード、キャッシュカードと聯繫していくことになり、それらのカードは財布の中から消え、マイナンバーカード一枚に集約されていくことになる。

 今はまだ、多くの日本国民がマイナンバーカードの使い方をピント来ていない。「納税(e-tax)と身分証明書ぐらいなら要らないかな」と思ってる人も多い。

 マイナンバーカードを持つことの大きなメリットの一つは公的個人認証だろう。もし多くの民間企業が、この公的個人認証を利用したサービスを作るなら、人々は「マイナンバーカードを持ってた方が便利だ」と思うようになるに違いない。

 一方、デメリットとしては「個人情報が盗まれそうで怖い」というのがあると思う。しかしこれも、「みんなの情報」が一遍に漏れるようになれば、次第に不安心理は解消されていくだろう。「赤信号みんなで渡れば怖くない」というこの国では、マイナンバーカードが広まっていない時期に自分一人だけの個人情報が漏れるのは怖いが、「国民1000万人分の個人情報が漏れました」というニュースを聞けば、「あ、私だけじゃないんだ」という不思議な安心感が出てくるはずだ。

 マイナンバーカードは普及しない、などという見方は甘い。特に公的個人認証の機能は現代のネット社会になくてはならない必須の機能であり、これを知ったとき、人々はマイナンバーカードの便利さに気づくだろう。

 マイナンバーカードの公的個人認証が秘めている大きな力を私は懼れている。だがほとんどの人は懼れず、「どうせ住基カードの二の舞になる」と見縊っている。住基カードの二の舞になることを憂うよりも、普及しすぎることによる弊害のほうを今から考えておくべきである。

 公的個人認証やマイナンバーカードの問題点については、以前も書いたが、また稿を改めて書きたいと思う。


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都知事が叩かれた理由

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 都知事が辞められた。

 次期都知事が誰になるのか、一都民として気になるニュースだ。

「辞めた」というよりは、ものすごい批判の集中砲火で「辞任に追い込まれた」といった方が正しいかもしれない。

 ところで、はてなブックマークコメントで

贈収賄とか口利きとかがあったならともかく、政治資金の私的利用だけでなんでここまでバッシングが過熱したのかは本当に疑問なんだよなあ

2016/06/14 23:53

といった声をたくさん見かけたので、この疑問を解きたいと思う。

 元都知事が批判されたのは、その「贅沢ぶり」が批判されたわけだが、贅沢だったのは以前からだったわけで、その時にはまだ叩かれていなかった。なぜ叩かれていなかったかと言うと、まだ贅沢ぶりが明らかになっていなかったからである。なぜ明らかになっていなかったかと言うと、誰も明らかにしなかったからである。なぜ誰も明らかにしなかったかと言うと、知事のことを嫌っていなかったからである。

 2016年3月16日、知事は新宿区にある都有地を韓国人学校に貸し出す方針を発表した。もう忘れてしまった人も多いかもしれないが、この時期はいわゆる「保育園問題」が世論を賑わせていた。
 反自民層は「保育所を建てないなんて!」という理由で、自民支持層は「韓国なんて!」という理由で知事のことが嫌いになった。とりわけ「ネット右翼」と呼ばれるような層の人たちが韓国を優遇したことで一気に知事を嫌いになった。
 それで多数派だった自民支持層が一気に知事の過去の汚い部分(贅沢な部分)を洗い出し始めた。探せばどんどん出てくる。そこに、元々反自民だった層が乗っかって批判の攻勢を強める。

 元知事は、就任してからの二年間は、その前の猪瀬知事や石原知事にくらべても、ずっとニュースへの登場回数の少ない人だった。可もなく不可もなく、褒められもせず、批判もされず、といったような人だった。(共産党は一定して細々と批判していたかもしれないが。)

 それが韓国人学校の計画を発表してからは一転してバッシングの嵐になった。右を見ても左を見てももうそこには味方はいなかった。その状態がだいたい3月から6月まで三ヶ月ほど続き、辞任に追い込まれた。2016年3月16日が知事の命運の分かれ道になった。

 元知事を支持した211万人余りの人はどこに行ってしまったのだろう。