暫定龍吟録

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広島オリンピックの意義



 2016年夏季オリンピックの開催地を決める銓衡会で、東京が落選した。私は東京人だが東京が選ばれなくてよかつたと思つてゐる。

 東京オリンピックには反対であつた。理由はいろいろある。税金の無駄遣ひであるとか、新たに競技施設を作ることによつて環境が破壊される、等々。しかし、私が反対した一番の理由は、「なぜ東京でなければならないか」といふ疑問に対する答へがどこにも用意されてゐない、といふものだつた。
 例へば、1996年の夏季オリンピックの開催地銓衡レースにはアテネが立候補してゐたが、この立候補には「アテネでなければならない」ちやんとした意味があつた。それは、1896年に記念すべき第1回の近代オリンピックがアテネで開催されてからちやうど100周年に当たる年に、オリンピックを原点の都市に回帰しよう、といふ意味があつた。(実際にはその年にアテネは選ばれなかつたが。)
 つまり、東京にしても、2016年が「江戸」から「東京」へと名称が変更されてからちやうど100周年の年にあたるとか、その年が何かの記念すべき年であるといふやうな、何らかの意味づけが必要だつたのだ。
 東京は「環境」をテーマに打ち出して銓衡レースを戦つたが、環境を重視したオリンピックは東京でなければ開催できないといふことはない。他の都市では駄目で「東京でなければならない」理由を何か打ち出さなければいけなかつた。
 その点、今回決まつたリオ・デ・ジャネイロには、「南米初」といふ確固たる名目があつた。

 私が東京開催に不満を持つてゐた理由はもう一つあつて、それは「なぜまた首都なのか」といふ不満だつた。例へば米国では、首都のワシントンや実質的な首都のやうな都市であるニューヨークでは一度も開かれたことはなくて、ロサンゼルスやアトランタのやうな地方都市で開催されてゐる。ヨーロッパでもミュンヘンやバルセロナなど首都以外の地方都市で開催されてゐる。それなのにアジアときたら、決まりきつたやうに、東京、ソウル、北京、と、そしてまた今度東京だつたら、これではまるで、アジアでは首都以外の都市ではオリンピックを開催する能力がありません、と世界に宣言してゐるみたいではないか。
 国内銓衡招致レースでは東京と福岡が争つたが、なぜ福岡では駄目だつたのか?某都知事は、福岡は小さすぎるし国際的知名度も低すぎる、といふやうなことを言つたらしいが、福岡が都市としての規模が小さすぎるといふのは、東京と比べるからであつて、福岡は人口数100万を超える九州一の大都市、世界的に見ても大きな都市だと言へる。少なくとも人口数だけで比べれば、近年開催されたアトランタやアテネよりも福岡はずつと大都市である。

 オリンピック招致賛成派の人々は、オリンピック開催による「経済効果」を期待する人が多い。しかし、もし本当にそれだけの経済効果があるならば、新興国や後進国に譲るべきではないのか。私は日本のやうな先進国が今さらオリンピックを開催する理由がよくわからない。だがもし今後、日本国内でオリンピックを開催するといふならば、上記のやうな理由で、東京以外の都市がいいと思つてゐる。
 では、日本で東京以外でオリンピックを開催するにふさはしい都市はどこか?

 それは「広島」しかない、

と私は昔から考へてゐた。
 「広島オリンピック」。ありさうでなかつた。でも今までなかつたのが不思議なくらゐ。

 広島には名目がある。オリンピックは元来、「平和の祭典」である。平和の象徴の都市である広島ほどオリンピックの精神に適つてゐる都市は他にない。
 1988年名古屋、2008年大阪などが立候補の声をあげたとき、なぜ広島の人たちは立候補の声をあげないのだらうと不思議に思つてゐた。

 世界的な知名度といふ問題も広島なら無問題。「ヒロシマ」なら、大阪や名古屋よりも世界的知名度は圧倒的に高いし、おそらく「トーキョー」、「キョート」と並んで世界的に最も有名な日本の都市だ。

 それで、私は広島で開催するなら2020年しかない、と考へてゐる。
 なぜ、2020年なのか?
 それは2020年が、広島への原爆投下から75周年(4分の3世紀)といふ記念の年にあたるからだ。75年では少し苦しい、どうせなら50周年か100周年の方がいいのでは?と思ふ人もゐるかもしれないが、原爆投下が1945年なので、50周年や100周年はオリンピックイヤーと重ならないのだ。

 と、以前からそんなことを考へてゐたら、昨日、広島市と長崎市が共同で2020年のオリンピック招致構想を計画してゐる、といふニュースが舞ひ込んで来た。

 2020年広島オリンピックが実現する可能性はどのくらゐあるのか?それはなかなか厳しいだらう。米国の猛烈な反対にあふことが予想される。しかしブッシュ時代には絶対に不可能であつただらうが、オバマが大統領を務めてゐる間なら、可能性はある。そのためにも2020年でなければいけないのだ。 

 「経済効果」とか「国威発揚」とか、自国の利益のことばかり考へてする立候補には賛成する気がしないが、自国の利益を超えて「世界平和」といふ大きな目的のために、その代表として広島が名乗り出るなら、それは応援したいと思ふ。