暫定龍吟録

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助けてと言えない朝日平吾の鬱屈はいつ爆発するのか

 本屋でまた興味深い新刊本を一冊見つけた。

 朝日平吾の鬱屈/中島岳志著
 
 この本を最初見かけた時は、中島岳志は小説も書くのか、と思つた。いかにも今風なタイトルだが、朝日平吾といふのは、小説の主人公の名前としてはいかにも凡庸な名前の付け方だなあ、と思つた。
 だが、手に取つてみて、すぐにそんな本ではないことがわかつた。

 中島岳志さんは、好きな学者の一人だ。
 処女作ともいふべき『中村屋のボース』は快著だつたし、続けて『パール判事』といふ名著も書いてゐる。
 その中島さんの新作は安田善次郎を殺害した大正時代の右翼青年、朝日平吾の話だつた。朝日平吾は実在の人物だつた。

 私はこの本をまだ読んでゐない。ぱらぱらつと立ち読みしただけだ。なので、こゝにすべてが分かつたやうな感想は書けない。
 だが、「はじめに」と「おわりに」を読んで、著者が赤木智弘の有名な論文「『丸山真男』をひっぱたきたい―31歳、フリーター。希望は戦争」の影響を受けて、この本を執筆したことがわかつた。
 
 この右翼青年が安田財閥の祖を殺害するといふテロを起こしたのが大正10年。この当時と現代の社会状況が似てゐるのではないか、といふやうなことを著者は書いてゐる。たゞ著者は、それ以上社会論を詳しく語らない。この本の大半は、朝日平吾といふ人物の軌跡を丹念に追つてゐるだけだ。

 だが私は著者が提起したこの社会論に興味がある。
 先日、NHKのクローズアップ現代といふ番組で放送された「“助けて”と言えない~いま30代に何が~」が、今年最高の視聴率を記録した、といふ出来事があつた。
 現代の30代を中心とした若者層に「鬱屈」が拡がつてゐる。さう感じるのは私だけではないのだらう。大正時代の朝日平吾の鬱屈と現代の若者の鬱屈がリンクする。

 私はこのテロリストあるいは犯罪者を、美化するつもりも崇拝するつもりもない。むしろ、この朝日といふ青年は殺害する相手を間違へてるんぢやないか、といふのが率直な感想だ。それは、赤木智弘のときも感じたことで、赤木はひつぱたく相手を間違へてるのではないか、と思つたものだ。

 だが「鬱屈」はたしかに、こゝにある。
 無論、それは爆発させてはならないものだ。どんなに鬱積しても我慢するのが大人である。一方で、人間はそんなに耐久力が強く作られてゐない、とも思ふ。我慢には限界がある。といふより、そんなに強大な我慢を強いられなければならない状態に人間が置かれてゐるといふ方が異常ではないのか。
 多くの現代人がとんでもない我慢を強いられてゐる。爆発しない方が不思議なくらゐだ。強大な我慢を強いられた、そのエネルギーの行く先は、最終的には他人に向かふか自分に向かふか、すなはち殺人か自殺かしかない。

 現代の私たちの「希望はテロ」なのか?
 いや、さうではないはずだ。本当の希望は、そんな理不尽なほどの我慢を強いられない状態の世界のはずだ。だが、その希望の世界や社会を作るにはどうすればいいのか、八方塞がりの中で希望の活路を見出さうと必死で見つけ出した唯一の道が、朝日平吾にとつては「テロ」だつた。もうそれしかなかつた、のだらう。

 NHKの番組で紹介された30代の青年は、誰にも「助けて」と言へずにひとり餓死した。究極まで我慢をして、他人を傷つけることもなく、自殺するわけでもなく、でも結局は自分を極限まで傷つけて最終的には死に至ることになつた。 
 家族、友人、地域との繋がりが無かつた。朝日平吾もまた、さうした繋がりが無かつた。孤立してゐた。孤独だつた。

 なぜ一言「助けて」と言はないのか?言へないのか?
 それは、「自分のことは自分でしませう」と言ふ人が現代にあまりに多いからではないか。
 周りはどうして助けないのか?「自分のことで精一杯なのに、人を助けてる余裕なんてない」と言ふのはよく聞くが、ひどい言ひ方だ。そんな言ひ方をしたら、すべての弱者は孤立して衰弱していくしかない、といふことになる。乳幼児に向かつて「自分で飯を食へ」と言ふも同然だ。
 乳幼児は不快だつたら泣き叫ぶだけだが、大人は泣き叫ぶことは我慢してしまふ代はりに行動が爆発する危険性は孕んでゐる。

 現代のひづみ、ゆがみを早く是正しないと、そのゆがみはどんどん大きくなつて不良エネルギーを溜め込んでいくことになる。そのエネルギーは、消化され時間の経過とともに雲散霧消することもあるけれども、蓄積して暴発する危険性もいつだつてある。
 大規模テロが起こつてからでは遅い。私たちは「自分のことで精一杯」などと言つてる場合ではないのだ。他人の、世界中の人々の鬱屈に気付かなければいけない。現代の朝日平吾を作り出してはならないのだ。