暫定龍吟録

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ホームレスのおじさんに暴言を投げつけられた話

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 毎年この時期になるといつも思ひ出すことがある。
 
 それはまだ私が若かつた頃のことだ。
 年も押し迫つたある日、私は一人、池袋の東武デパートから出てきて、デパートの裏通りともいふべき道を歩いてゐた。すると道端に一人のホームレスのをぢさんが座つてゐて、私が目の前を通りがかつたときに私に向かつて暴言を吐いてきたのだ。

 「え? ボーナス? なにがボーナスだよ、ケッ!」

 「え? クリスマス? なにがクリスマスだよ、ケッ!」

 その場にはそのをぢさんと私しかゐなかつたし、私の顔を見て言つてゐたから、独り言ではなく私に向かつて言つたのは間違ひない。
 私は言ひ返すでもなく、また完全に無視するでもなく、ちらつとだけそのをぢさんの方に目をやつてその場を通り過ぎた。

 見知らぬホームレスのをぢさんにいきなりそのやうな言葉を投げつけられても腹も立たなかつた。なぜならそのをぢさんの言葉はお門違ひだつたのだ。
 私はその時、無職だつたからボーナスなんか無縁だつたし、クリスマスを一緒に祝ふべき彼女もゐなかつた。
 でも、デパートから颯爽と出てきた私を見て、おそらくそのをぢさんは、裕福なサラリーマンが年末のボーナスで彼女へのクリスマスプレゼントを買ひに来たやうに見えたのだらう。

 私は心が痛んだ。同類相憐れむとは、まさにこのことだ。職もない、彼女もゐない独り身、私はそのをぢさんとほとんど同じ境遇だつたのだ。違つてゐたのは住む家があるかないかといふことだけ。をぢさんと自分の境遇を重ね合はせて心が痛んだ。同類だからこそ、をぢさんの気持ちが痛いほどよくわかつた。「ホームレス」と呼ばれるその位置まで私の距離はそんなに遠くない。


 昨年の暮れ、「年越し派遣村」が随分話題になつた。あれから一年経つた今、あの人たちの状況は決してよくなつてゐるわけではない。一年前と何も変はつてゐない人がほとんどだらう。ニュースが話題として取り上げなくても、ボーナスだのクリスマスだのといつた世の浮かれムードとは無縁に年の瀬を迎へる人がたくさんゐるのだ。
 かうした貧困に苦しむ人々をなんとかしなければいけない。個人的には年越し派遣村の村長さんのやうな活動を応援するけれども、一人の人間または一つのNPOなどがやれることには限界がある。国や社会の仕組みが大きく変はつてこの種の問題は解決されなければならないだらう。

 数年前の冬、デパート裏で私に暴言を投げつけたあのホームレスのをぢさんは今頃どうしてゐるだらう。