暫定龍吟録

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中国ネット掲示板の翻訳は日中相互理解に寄与するか

 迷路人氏(安田峰俊)の『中国人の本音』を読む。

中国人の本音 中華ネット掲示板を読んでみた中国人の本音 中華ネット掲示板を読んでみた
(2010/04/20)
安田 峰俊

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 私はこの人のブログ「大陸浪人のススメ ~迷宮旅社別館~」をかなり前から知ってゐる。

 このブログは、中国のネット掲示板を2ch風に翻訳してゐるものだ。初めは意味が分からなかった。なぜ2ch風なのか。迷路人氏は2chが好きなのか?私は、2ch=ネット右翼=反中、といふイメージがあったので、迷路人氏のスタンスが分からなかった。
 しかし迷路人氏はどう見ても中国語には堪能だし、中国のことについても詳しいし、中国嫌ひだとは思へない。それをわざわざ反中な人が多い2chの体裁で書くのにはどういった意図があるのか?普通に訳せばいい、何も2ch風に訳す必要はまったくない、さう思ってた。

 しかしこのブログを読むに連れて、そしてまたこの度、そのブログを元にした書籍『中国人の本音』を読んでみて、何となく迷路人氏の意図が分かったやうな気がした。
 普通に訳しても誰にも読まれない。あへて2ch風に訳すことで、偏狭なナショナリズムに凝り固まった2chねらーたちに、中国の若者たちも自分たちと同じやうな感性を持ってゐるといふことを知らせたかったのではないだらうか。

 NAVERといふ韓国IT企業のネットサービスが最近、日本で人気が出てゐる。検索エンジンはまだまだ人気がないが、NAVERまとめNドライブといったサービスが評判が良い。
 ところで、このNAVERが昔、日韓翻訳掲示板といふサービスを提供してゐた。私がそれを見たのはもう5年以上前、2000年代前半の頃のことである。NAVERはおそらく、若者同士の日韓友好を促進する目的でこのサービスを始めたのかもしれないが、実際、中を覗いて見ると、そこは罵倒、嘲笑合戦の場だった。もう荒れに荒れまくってゐて、こんな掲示板は早く閉鎖した方がいいのでは、と思った。
 言語の壁を越えて翻訳することが必ずしも相互理解には繋がらない、と痛感した例だった。

 しかし管理されてゐない掲示板と、迷路人氏といふ管理人がゐるブログとは違ふ。管理されてゐなければ、もちろん荒れる可能性は高いだらう。
 迷路人氏は独特のバランス感覚を持ってゐる。中国を必要以上に良く言ふわけでも悪く言ふわけでもない。中国の良いところも悪いところもバランスよく紹介する。といふか、中国のネットの世界をありのまゝに紹介するやう、努めてゐるやうだ。

 面白いのは「2ch看日本」といふ、「大陸浪人のススメ」と対の関係をなすブログが中国にも存在するといふことだ。このブログは日本の2chを中国語に翻訳して中国人に紹介してゐる。そしてこのブログの管理人の中国人と迷路人氏は知り合ひなのださうだ。
 2chの文章を中国に中国語で紹介する意義は大きい。2chが日本のネット文化だ、と言ったら言ひ過ぎだが、大きな一角であることは間違ひない。
 ともに、それぞれの国の代表的なネット掲示板を翻訳してゐるのが特徴である。翻訳ブログといふのは他にも存在するので、決してこの二つのブログが日本と中国をそれぞれ代表してゐるわけではないが、しかしこの両ブログの人気ぶりを考へれば、この両ブログがそれぞれの国の若者に与へてゐる影響はそれほど小さいものではないだらう。

 たしかにかうしたブログを読むと、中国人に対するイメージが変はることもある。今まで日本の(日本語圏の)ネット社会しか知らなかった者にとっては、世界が拡がるといふことにもなる。
 これから日中の両国語を解する人が増えていけば、かうした翻訳ブログも増えていくだらう。
 たゞ、その時に一つ心配なのは、恣意的な翻訳、あるいは紹介がなされる虞だ。つまり、今いくつかある2chのまとめブログのやうに、管理人が自分のイデオロギーや嗜好によって、特定の思想傾向の意見ばかりをピックアップしたり、気に入らない意見は意図的に排除したりする編輯がなされる心配だ。
 ほとんどの日本人は中国語は解らないから、元スレを辿って確認するなんてこともできない。翻訳ブログの管理人が翻訳して載せてくれてゐる内容をそのまゝ信じるしかない。
 つまり、ほんの一部の語学能力を有する者が国レベルでの情報操作を行ったら恐ろしいだらうと思ふのだ。中国の掲示板の中から反日的な発言ばかりをチョイスして紹介したら、それを見た日本の若者は中国人は皆反日的である、と思ってしまふかもしれない。

 この本を読んで、さまざまな現代中国のネット事情などを知ることができて興味深かった。特に「憤青」と呼ばれる愛国主義的な若者たちの存在は、いろいろと考へさせられる。日本の「ネット右翼」、韓国の「ネチズン(あるいはVANK)」とどこが共通してゐてどこが違ふだらう。「80后」との関係は?「憤青」はこれからますます増えていくのか、それとも一時代的なものなのか。

 「イマドキ」の「リアル」な中国人の本音に興味がある人には格好の一冊だと思ふ。中国あるいは中国人に対するイメージが少しは変はるかもしれない。

 これからの時代、日中の相互理解は進むと思ひますか?