暫定龍吟録

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大都会育ちの私が田舎で驚いた3つのこと

 よく田舎出身の人が初めて東京に上京してきた時に「人が多くて驚いた」とか「電車がすぐ来るのに驚いた」などといふ話がありますよね。
 でも、その逆の話はあまり聞かない。東京の人間が田舎に行って「こんなことに驚いた」といふギャップの話があってもいいと思ふんです。
 なので、今日は大都会育ちの私が田舎に行って、こんなギャップに驚いた、といふ話をしたいと思ひます。

其の一:バスが後ろ乗り
 学生時代、大学の仲間と一緒にある田舎へ行ったときのこと。その地元のバスに乗ることになった。私は後ろ乗りのバスが珍しかったが、他の人たちはみな地方出身者だったので慣れた様子だった。バスに乗るときに整理券らしきものが出てきたので、前の人にならってそれを手に取った。手に取ったはいいが、私はずっとその紙片の意味を理解しかねてゐた。何か番号が書いてあるけど、この紙には一体どんな意味があるのか?一日に何人の客が乗ったかカウントするためのものかとも思ったが、それにしては番号の数が小さすぎるやうだった。結局、その紙片の意味はわからず、そのまゝバスに乗ってゐたのだが、私はだんだんドキドキしてきた。だって、まだお金を払ってない!おそらく降りるときに支払ふのだらうが、一体このバスの乗車料金はいくらなのか?あと、さっきから握りしめてるこの整理券はどうすればいいの?記念に家に持って帰っていいの?わからないことだらけで、かなり緊張してきた。
 そしてさあもう降りるよ、といふ時になった。私は意を決して恥を忍んで、隣にゐた優しさうな先輩に「料金はいくらなんでせうか。あと、この券はどうすればいいんでせうか」と聞いた。「630円だよ。あゝ、その券はお金を入れるところに一緒に入れればいいんだよ」と優しく教へてくれた。
 私は小銭が無かったので、千円札で払ふことにした。ジャラジャラとお釣りが出てきたので、それを握りしめて降りようとしたら、「ちょっと」と運転手に呼び止められた。ドキッ!よく見たら手に握りしめてゐたものはお釣りではなくて、1000円がたゞ両替されたものだった。東京のバスでは千円札を入れたらお釣りだけが出てくる。田舎のバスはなんと不便なのだ。私は危うく無賃乗車するところだった。

其の二:電車に乗るのに時刻表を調べてから出かける
 これはもう、田舎の家に行くとだいたいさうなので、最近は驚かなくなった。
 私は山手線沿線に住んでるが、山手線に乗るのに時刻表を調べてから家を出たことなど一度もない。そもそも家に時刻表がないが。自分が駅のホームに行ったときに入って来た電車に乗るだけである。大体、山手線の時刻表なんて存在するのだらうか?そんなものがあったとしても当てにならないと思ふが。

其の三:タクシーで「駅まで」
 これも実際に過去に経験した話。
 ある地方都市の知人宅に遊びに行ったのだが、帰るときにタクシーで駅まで送ってくれることになった。私はタクシーは大通りに出て拾ふものだと思ってゐたが、その知人はタクシー会社に電話して家までタクシーを呼びつけた。そのことだけでも驚いたのだが、真に驚くことはその後に待ってゐた。一緒にタクシーに乗り込んだ知人が運転手に「駅まで」と言ったのだ。驚いたことには運転手も普通に「はい」と返事してタクシーを走らせ始めた。
 地域間ギャップの面白さを垣間見た瞬間だった。田舎では「駅まで」で通じるのだ。なんと素晴らしいことか。何駅か、といふ駅名は言はなくてよい。なぜなら駅はその街に一つしかないから。
 もちろんこれは東京では考へられないことだ。東京でタクシーをつかまへて「駅まで」なんて言ったら、タクシーの運転手に怒られるだらう。
 私の家は、家から徒歩10分の圏内に電車の駅が7駅ある。もし自宅にタクシーを呼び寄せて、「駅まで」なんて言ったら、確実に「どこの駅ですか」と言はれるのは間違ひない。


 以上、3つ。都会と田舎、どちらが良くてどちらが悪いといふ話ではない。かういふギャップが存在するのが面白い。田舎のバスに乗ったときはちょっと緊張したけれども、かういふ異文化に出会へるのが旅行の醍醐味だ。全国どこに行っても東京と同じやうな仕組みだったら逆につまらないだらう。

 田舎に行ったときの失敗談などはまだまだあるので、おひおひブログに書いていかう。