暫定龍吟録

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日本でFacebookは始まるのか

 こゝ数日、一部のネットユーザーの間で、Facebookに対する注目が高まってゐる。

 きっかけは、ゆーすけべー氏が書いたこの記事らしい。

 フェイスブックがはじまりそうな件 - ゆーすけべー日記

 ネット上で有名なゆーすけべー氏が「フェイスブックがはじまりそう」と言ったことで、多くのユーザーが反応した。

 他にもこんな記事が人気になってゐる。

 フェイスブックが面白い - IT戦記

 facebookは変わっていたよ - ぼくはまちちゃん!(Hatena)

 フェイスブックでオフ会を開催して感じていること - id:HolyGrailとid:HoryGrailの区別がつかない日記

 フェイスブックがそろそろ日本で爆発する?その理由・始め方などまとめ | kokumai.jpツイッター総研

 2004年に設立、2006年に一般開放され、2008年には日本語版ができてゐたFacebookだが、今頃になってなぜ人気が出てきたのか。
 その理由は、上記記事を読めば、どうやら最近になってインターフェイスが改善されたからといふことらしい。以前は、Facebookと言へば「重い」「見づらい」「わかりにくい」といった批判が多く、何年も前に登録はしたけど、ずっと放置してゐた、といふユーザーも多いやうだ。

 では、インターフェイスの改善とともに、ゆーすけべー氏が言ふやうに、これから日本でFacebookは「始まる」のだらうか。
 
 私はこゝ二年間ほど、日本でFacebookが「始まらない」理由を考へてゐた。
「インターフェイスが悪い」
「日本語にきちんと対応できてない」
「使ひ方がわかりにくい」
「日本人の好みに合った仕組みを作れてない」
など、いろいろな理由を考へたが、これらの理由ではFacebookが日本で流行らない事実を説明できない。
 おそらくこれが最大の理由ではないだらうかと私が思ってゐるのは「実名制」である。

 Facebookが日本で普及するか否かの最大のネックになってゐるのは、Facebookの実名制である。

 FacebookはmixiやTwitterと違って、実名(本名)での登録を原則としてゐる。ネット上では匿名(ハンドルネーム)で活動してゐる人が多い日本人にとって、これは取っ付きにくい理由になってゐるのではないだらうか。

 ゆーすけべー氏はネット上ではかなり有名な人である。上記記事を見ても、Facebookでは「Yusuke Wada」といふ本名で登録してゐるし、顔写真も自分本人のものを載せてゐる。ゆーすけべー氏だけではない。上の他のリンク先のブログ主もネットでは結構有名な人たちである。
 かうした「有名人」たちがFacebookの面白さを語り、本人たちは気付いてないのか、あるいは解ってて敢へて触れてないのか(おそらく後者だと思ふが)、実名制の問題について触れてゐない。唯一、「IT戦記」のamachang氏だけが上記記事の中で実名制の問題に少し触れてゐる。

 2010年10月現在の段階では、Facebookはまだ一部の先進的なネットユーザーの間で話題になってゐるだけである。かつてのTwitterもさうであったやうに、Facebookもまた、ギークが多いと言はれるはてなユーザーの間で先づ話題になってゐるやうだ。
 しかし今「Facebook面白いよ!」と言ってる人たちは、元々、ネット上でかなり有名な人たちである。元々、本名が広く知られてゐたり、場合によっては顔も知られてもよい人たちで、リアルの世界つまりオフラインでも互ひに交流のある人たちである。
 だが、今「Facebook面白いから始めてみなよ!」と話しかけられてゐるネットユーザーの多くは、さうではない。ネットとリアル、オンラインとオフラインを使ひ分けてゐる人が多いはずだ。
 自分のブログやウェブサイトを持ってゐる場合、そこを本拠地としてFlickrやYouTubeなど他に自分が利用してゐるウェブサービスをリンクで紐付けてゐる人は多い。Twitterをやってる場合は、アカウント名が違ったとしても「Twitterやってます」みたいな感じで紐付けてる人は多いだらう。
 しかし、そこにFacebookを紐付けるとなると話は違ってくる。それは今まで徹底的にオフラインとオンラインとを区別して、一貫してネット上ではハンドルネームで活動してきた人が自分の本名(場合によっては学歴や職業など)を明らかにするといふことである。「有名人ではない」多くの一般ネットユーザーにとってそれは大きな障壁なのではないか。だから多くの先進的なブロガーたちがFacebookを利用してゐるにもかゝはらず、「私はFacebookではこゝにゐます」とブログで紹介することができない。
 これが、日本でFacebookがなかなか「始まらない」大きな理由である気がする。

 Facebook日本法人の児玉太郎氏は、日本でも実名制でやっていくことをすでに宣言してゐる(Facebook日本攻略へ 実名主義で「地に足付けてやっていく」 - ITmedia News)。世界の中で日本だけが「実名でなくとも構はない」などといふ例外は作らない、といふことだ。これは正しい判断だと思ふ。Twitterなどは、すでに一人の人間がいくつもの「サブ垢」などを作って、知り合ひでもない限り、誰が誰なんだか人物を特定することが難しくなってゐる。
 MashableのBenParr氏は2010年10月11日の記事の中で、TwitterとFacebookの最大の違ひは、前者が情報やコンテンツに価値があるのに対して後者は人物そのものに目的がある、といふ趣旨のことを言ってゐる(Facebook, Twitter and The Two Branches of Social Media)。これが正しいならば、やはりFacebookは実名制を守ってこそ価値があると言へる。

 2009年末から2010年初頭にかけてTwitterが日本で広く人口に膾炙したときに、「新しいコミュニケーションツール」といふ紹介のされ方をよく聞いた。
 私はTwitterのことをコミュニケーションツールだと思ったことはない。私がフォローしてゐるのは全員、顔も名前も年齢も性別も知らない人ばかりである。情報を得るためのツールだと思ってゐる。時々、弱音を吐くこともあるけれど、それは独白であってコミュニケーションではない。
 だが人によってはTwitterをまさに「コミュニケーション」のための道具として使ってゐる人もゐる。リアルの知り合ひをたくさんフォローし、仲間内でリプライやリツイートを飛ばし合ってゐる人を見かけることも多い。これはまるでメーリングリストのやうな使ひ方だ。Twitterやmixiが現れる以前は、かうしたコミュニケーションの取り方はメーリングリストで行はれてゐたのだ。このやうな使ひ方をしてゐる人の多くは、そのコミュニケーションの場を、今後、TwitterからFacebookに移していくだらう。人と人との確かな繋がりといふ点では、FacebookはTwitterより優れてゐるからだ。

 Facebookは日本で普及するのか。
 普及するとしても、爆発的に普及するのは今年2010年ではなく、来年2011年になると思ふ。おそらく映画「ソーシャル・ネットワーク」が日本で公開されて話題を呼び、かつてのTwitterにおける広瀬香美のやうに、誰か複数の芸能人が「Facebook始めました」みたいなことをテレビで語るやうになってから、やうやく日本国民の間に普及していくことになるだらう。
 その普及していく過程で、今まで頑なにネットでの匿名性を信奉してきた日本人が忠実に実名のルールを守るのかどうか。私はすでに「Facebookのプロフィールはバカ正直に書かなくてもいい」みたいなことを書いてるブログを見つけてちょっと不安になってゐる。
 米国などではFacebookは現実社会と密接に結びついてゐる。企業の採用担当者が応募者のFacebookページをチェックすることも多いらしい。日本ではさうなったら「就職に受かるためのFacebookプロフィールの書き方」などといふ本が出て来さうで、それはそれで嫌だが、かと言って仮名での登録を許してしまってはFacebookの魅力は半減し、mixiと何が違ふのかといふことになってしまふだらう。

 私の予想はかうだ。
 日本人はFacebookではそのルールに則り、実名で他の情報も正しく登録する。たゞし、プライバシー設定をやたら厳しく設定する。結果、友達でないかぎり、つまり企業の採用担当者などが見ても何ら有用な情報は得られない。
 Twitterの鍵付きよりもさらにクローズドに使ふ人が大半、といふことになるのではないか。


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