暫定龍吟録

反便利、反インターネット的 This blog has not been updated since 2017

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本の海防と情報 sengoku38と佐久間象山

 尖閣沖衝突事件のビデオがYouTubeに流出した問題がこゝ一週間あまりネット上で話題になってゐる。

 11月10日に、神戸海上保安部の海上保安官が「自分がやった」と自白した。この海上保安官とYouTube上のアカウント名「sengoku38」は、一聯の報道からほゞ同一人物とみて間違ひないだらう。

 この自白を含めた一聯の事件を受けて、ネット上では海保を擁護したり、この海上保安官に対し「よくやった」と英雄視したりする見方がたくさん見られる。海上保安官が自白する前は「犯人捜しをしないで」といふ声もたくさんあった。

 警察や検察は今回、この海上保安官を国家公務員法の守秘義務違反の疑ひで取り調べてゐるわけだが、今回のビデオ映像が「秘密」に当たるのかどうかは、法律の専門家の間でも意見が分かれるところらしい。
 今後この海上保安官が逮捕されれば、ネット上では減刑の嘆願署名活動が起こるかもしれない。


・目につく「愛国無罪」

 今回の尖閣ビデオ流出事件の一聯の騒動とその反応をネットで見てゐて気になったのは、たびたび「愛国無罪」といふ言葉を目にしたことだ。
 この「愛国無罪」といふ中国語は、愛国心からしたことだったら多少の法に反することや乱暴なことをしても許される、といふ意味の言葉だ。だからあのやうな乱暴な行為を行った中国漁船の船長が中国のネット上では「英雄」と呼ばれてゐる。このやうな幼稚な論理に対し、日本は法治国家で成熟した大人な国だから法に則って粛々と対応する、といふのが日本側の論理だった。だから百歩譲って尖閣諸島海域が中国領だとしても、だからと言って船で体当たりしてくるなどの危険行為は許されるものではない、といふのが日本の言ひ分だったはずだ。
 ところが一部の日本人が中国人の真似をして「愛国無罪」と言ひ始め、海上保安官が国家公務員法に違反してゐたとしても愛国心からしたことだから無罪にしよう、と主張してゐる。
 これでは、第三者から見たら「中国も日本もどっちもどっちだよね」「お互ひ様だね」といふことになってしまふ。さうではないはずだ。今回の尖閣沖の衝突事件は明らかに中国側に非があるはずなのに、日本が中国の「愛国無罪」といふ幼稚な論理を真似してしまっては、日本はその拠って立つところを失ってしまふ。

 今回の事件を防衛の「プロ」はどう見てゐるのだらうと思ひ、zyesuta氏のブログ「リアリズムと防衛を学ぶ」を読んでみた。読む前に、まさかこの人までが「sengoku38、グッジョブ!」などと言ってゐたらどうしようと思ったが、さすがにそんなことはなかった。

そもそもビデオを非公開にするという政府の判断は正しかったのか、あるいはそういう政府の意向を汲んで未だに不起訴処分をしていない地検の態度は誤っていないか、といった諸問題についてはそれぞれに論じられなければならないでしょうが、他方で行政組織の統制を維持する必要性から、今回の流出犯は取調べ、逮捕、起訴のうえ裁判で理非を明らかにして法律に則って処分されるべきでしょう。「漁船衝突事件」において政府の判断が不当だったとしても、「ビデオ流出事件」を起こした海上保安官の(意図はともかく)行為までが正当だとは必ずしも言えず、まして免罪してよいということにはなりません。
<流出犯の自白と、2つの事件の混同 - リアリズムと防衛を学ぶ>


 また、上記ブログを読んでゐて知った「とある素人の歴史考」といふブログのsionsuzukaze氏の意見も興味深かった。

少なくとも政府が「非公開」とした以上、海保はその方針に沿って「外部に出ない」よう配慮すべきでしたし、政府としてもそう指示すべきでした。
インテリジェンス無き政府とその問題 - Consideration of the history


「公開」するのであれば、それは政府自身の手によってさせるべきで、そのために圧力をかけるのは構いませんが、このような無秩序に快哉を叫ぶ神経を自分は疑わざるを得ません。
インテリジェンス無き政府とその問題 - Consideration of the history



・日本の海防と佐久間象山

 
Shozan_Sakuma2.jpg

 私が今回の尖閣ビデオ流出事件における海上保安官(sengoku38)の行動を見てゐて思ひ起こしたのは、幕末の思想家、佐久間象山である。
 佐久間象山は、黒船来航の時代に、日本の海防の問題について真剣に考へた人物の一人だ。
 「海防のプロ」である海上保安庁に勤めるほどの人ならば、佐久間象山の海防論ぐらゐは読んだことがあるのだらうが、私は『省ケン録』(←漢字出ない)の中の次のやうな一節を思ひ出した。

他人が知りえないことを自分だけが知っており、他人にはできないことを自分だけができる。これは自分が特別に点の恵みを受けているのである。そのように特別の能力を授けられながら、もっぱら自分一己のことだけを考えて天下のためを考えないならば、それは天の恵みにそむいている。その罪は大きいとしなければならない。
昔から、忠義の心をいだきながら罪を受けたものは数えきれないほどある。だから、私は忠義の行為によって罪を受けても恨もうとは思わない。しかし、その行為をしなければならないときにしないで放置すると、国の危機は救いがたいところまで進んでしまう。これこそ悲しむべきことである。
 たとえ私は今日死んでも、後世、必ず公正な議論が興って私を支持するだろう。だから私は悔みもせず恨みもしない。
(『日本の名著(30)佐久間象山・横井小楠』)



 この文章はまさに、象山が国を思ふ気持ちから海防を説いて幕府の咎めを受けて(吉田松陰に連座して)獄中にゐるときに書いたものだが、このsengoku38なる人物の書いたメモ(ぼやきくっくり | 海上保安官メモ全文起こし)などを読むと、まさにこの時の象山と同じやうな気持ちで今回の行動を起こしたのではないかと思へてくる。
 先日のニコニコ生放送では、自民党の山本一太議員が「義憤だと思ふ」と言ってゐたし、実際さう思ってゐる人は多いし、sengoku38を「国士」と言ふ人も多い。
 「罪を犯したとは思ってない」と語ったり、このやうなメモを公表したり、マスコミに苦言を呈したりするなど、自信家気取りなところも象山とよく似てゐる。sengoku38はまさに「他人が知りえないことを自分だけが知って」ゐた。このやうな恵みを受けてゐる自分は天下のために、このビデオを国民に知らせるべき義務がある。たとへ今日自分が逮捕されても、国民の間に公正な議論が興って日本国民は自分を支持してくれるだらう。sengoku38はまさにこゝに書かれてゐる象山の言葉通りのことを思ってゐたに違ひない。無能な政府に代はって自分が正義を実行したのだといふ強い自負心があるのだらう。


・sengoku38と佐久間象山の違ひ

 ところで、先日テレビを見てゐたら、今人気の戦場カメラマン渡部陽一氏が出てゐて、非常に重要なことをサラッと言ってゐた。例のあの口調で、
「これからの、、、時代の、、、戦争は、、、情報戦に、、、なります」
と言ってゐたのだ。
 バラエティ番組だから、誰もその発言を気にも留めてゐなかったが、非常に重要なことを言ってゐると私は思った。

 21世紀の戦争は情報戦になる。本気で国の「防衛」を考へるならば、陸軍や海軍や空軍よりも、情報軍やサイバー軍の増強を考へなければならない。

 『省ケン録』に次のやうな一節がある。

去年の夏、アメリカ人が軍艦四艘で国書をたずさえて浦賀へやってきた。その挙措動作や言葉づかいは傲慢をきわめ、わが国体をひどく傷つけた。聞くものはみな歯ぎしりしてくやしがった。そのとき或る人物が浦賀の奉行をしていたが、気をくじかれて屈服し、ついにまともな応接ができなかった。その男は、アメリカ人が引き上げたあとで、彼らが遺していったアメリカ大統領の画像を小刀で切りきざみ、やっと鬱憤を晴らしたのである。昔、宋の曹瑋は左遷されて陝西の官吏となっていたとき、趙元昊のことを聞いて画の上手なものにその顔を描かせ、それをみて、この豪傑は必ず騒乱を起こすにちがいないと判断し、予防のために国境線を固めまた手元に人材を集めておくようにつとめたのだが、はたしてその見通しのとおりになった。だから、肖像はそれを見てその人柄を判断し、将来に備える材料となるのである。浦賀奉行はそこまで考えが及ばず、せっかくの肖像を破ってしまった。まことに惜しいかぎりである。相手は同じように夷狄の人であり、物は同じように画像なのだが、一方ではわざわざそれを描かせ、他方ではせっかくあるものを破ってしまう。その知恵の深浅、謀の長短なんと大きく隔たっていることだろうか。
(『日本の名著(30)佐久間象山・横井小楠』)



 これを読んで、象山は情報公開の大切さを説いてゐる、と思ふ人もゐるだらう。だが私はさうではなく、情報戦略の大切さを言ってゐるのだと思ふ。情報は何でも広く国民に公開しなさいといふことではなくて、画像でも動画でも有利な情報は上手に使ったはうがよい、といふことだと思ふ。

 ビデオは公開すべきだったといふ意見の人が多いが、私は、もし政府が今回のビデオを中国に対して優位に振舞ふための「奥の手」あるいは「最後の切り札」として取っておかうといふ外交戦略上の考へがあったなら、非公開といふ方針でも良かったと思ふ。

 現民主党政府が問題なのは、「国家戦略室」とか「戦略的互恵関係」などとやたらと「戦略」といふ言葉が好きなわりには、やってることが全然「戦略的」ではないといふところだ。中国人船長を釈放したタイミングも、那覇地検に政治判断を委ねたかのやうな行動も、いろいろ中途半端だった。
 公開するなら公開する、非公開にするなら徹底的に非公開にする、とどちらかにしなければいけない。2時間超あると言はれてゐる映像を、一部の議員に6分間ぶんだけ公開したのも中途半端だし、sengoku38も44分間ぶんだけ流出させたのもまた中途半端である。

 象山とsengoku38の違ひは、一言で言へば、「先見の明」の違ひだらう。
 象山は、「情報」の持つ戦略的な意味の重要性に気付いてゐた。sengoku38はそこには気付かず、たゞ、情報は「広く国民に知られるべき」といふところまでしか考へが至らなかった。
 sengoku38は、日本の海防に携はる人間でありながら、正義心や愛国心を発揮したつもりが、逆に皮肉にも海上保安庁の組織としての脆弱性や情報管理の脆弱性を露呈することとなってしまった。


・ネット民たちの持つGoogle万能感

 この尖閣ビデオ流出事件に関するネット上の意見を読むと、やはり「ビデオは公開するべき」といふ意見が多い。心理的にはやはり、見たい、知りたい、といふ欲求が強くあるからだらう。

 私は、プロフィールにも書いてゐるが、「知りたがらながり(知りたがりの反対)」な性格なので、例へば政府から「すっごい裏ビデオがあるんだけど、おまへには見せてやんない」と言はれたとしても、歯がゆくも思はない。
 だが多くのネットユーザー、特に普段からネットを駆使してゐるやうなヘビーユーザーほど、そんなことを言はれたら、見たいといふ衝動を抑へきれないだらうし、その場では「ふーん、そーですかー」などと気のない素振りを見せても、心のなかでは「家に帰ったら速攻でググってみよう」と思ってるだらうし、ケータイ使ひなら、その人と別れるなりググるだらう。ググるときのためにビデオのタイトルぐらゐは聞いておかうと思ふだらう。

 ヘビーネットユーザーほど、Google万能感、つまり後でググれば分かるだらう、といふ感覚を持ってゐる。もしググって出て来なかったら、それはググり方が下手だからだ。


・ネット社会と秘密にすべき情報

 しかし、世の中には、ググッても出て来ない情報、すなはち、ネット上にない情報もある。
 そして、ネットに出てはいけない情報もある。
 「これだけネットが発達してゐる現代社会にあって、政府が国民に情報を隠さうだなんて無駄なことなのだ」と言ふ人がゐるだらうが、さういふ人でも、自分のプライベートなビデオや写真がネット上に流出してもいいとは思はないだらう。個人にも秘密にしておきたい、秘密にしておかなければならない情報があるやうに、政府にも秘密にしておかなければならない情報がある。

 私は、今回の尖閣ビデオが秘密にしておかなければならない情報だ、と言ふのではない。
 政府が一旦、秘密にすると決定したならば、それは秘密にできなければいけないのだ。もしそれを秘密にしておくことができないやうなら、それはもう社稷の屋台骨が崩れ始めてゐるのだ。

 今回、尖閣ビデオをYouTubeに流出させたsengoku38は日本人だった。これがもしsengoku38が中国人だったら。中国人ハッカーが日本の海保のネットワークに侵入し、映像を入手してインターネットにアップロードしてゐたら、そのとき多くの日本のネット民たちは、「見たかった映像が見られて良かった」「その中国人GJ!」と言ふのだらうか。