暫定龍吟録

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トルストイ没後100年 トルストイの命日について

 たしか、明日2010年11月20日は、ロシアの文豪レフ・トルストイの歿後100年の日だったよなあ、と思って、部屋の本棚から『生命について(八島雅彦訳)』を取り出して巻末の年譜を見たところ、

一九一〇年-八十ニ歳
七月、『自分一人のための日記』を付け始める。十月ニ十八日、家出。十一月七日、アスターポヴォ駅で永眠。

と書いてある。

 11月7日? 11月20日ではなかったのか。私はいったいどこで勘違ひして覚えてしまってゐたのか。

 慌てて、小学館の『日本大百科全書』で「トルストイ」を引いてみたところ、「11月7日午前6時5分永眠」と書いてある。
 百科事典といふのは、だいたいどの項目もその道の権威が書くものだ。この項目も、日本のトルストイ研究の権威である法橋和彦が執筆してゐるから、亡くなった日が間違ってるはずがない。

 亡くなった日を「11月20日」と記してゐたのは、Wikipediaであった。「レフ・トルストイ」の項目にかう書いてある。

レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ(露:Ru-Lev Nikolayevich Tolstoy.ogg Лев Николаевич Толстой(ヘルプ・ファイル), ラテン文字表記:Lev Nikolajevich Tolstoj, 1828年9 月9日[1] - 1910 年11月20日)


 私はいつかこれを見て、トルストイの命日は11月20日と覚え込んでゐたのだらう。

 Wikipediaがいくら信用できない事典だと言っても、こんなに多くの人が見るであらう有名な人物についての記述を間違へるだらうか。
 念のために、英語版のWikipediaを見てみたが、やはり亡くなったのは11月20日と書いてある。たゞしこちらには括弧書きで[O.S. November 7]と書いてある。「O.S.」とは「Old Style dates」つまりユリウス暦のことらしい。

 といふことは、つまり、当時ロシアで使はれてゐたユリウス暦では11月7日となるが、現代のグレゴリオ暦では11月20日となる、といふ解釈でよいのだらうか。