暫定龍吟録

反便利、反インターネット的 This blog has not been updated since 2017

2011(平成23)年3月11日東北地方太平洋沖地震当日

 2011年3月11日午後2時46分頃、大きな地震があった。

 毎日新聞3月11日19時38分配信のニュース
 

11日午後2時46分ごろ、東北地方で非常に強い地震があり、宮城県栗原市で震度7、仙台市や宇都宮市で6強、東京都心でも5強となるなど、北海道から九州の広い範囲で震度6弱~1の揺れを記録した。津波も福島県・相馬港で7メートル以上を観測するなど、国内の太平洋側のほぼ全域に襲来。気象庁によると、震源地は宮城県・牡鹿半島の東南東約130キロで、震源の深さは約24キロ、地震の規模を示すマグニチュード(M)は国内の観測史上最大の8.8と推定される。建物倒壊や土砂崩れ、火災、津波の被害などが各地で発生し、毎日新聞のまとめでは午後7時現在、死者は39人。行方不明者も多数に上り、警察などは救助作業に全力を挙げている。(毎日新聞)



 この地震は、「東北地方太平洋沖地震」と名付けられたが、明日以降、被害情報が明らかになるにつれて、場合によっては「〇〇大震災」と呼ばれるようになるかもしれない。
 「阪神淡路大震災」も最初は「兵庫県南部地震」と呼ばれていて、「阪神大震災」と呼ばれるようになるまで数日あった。
 今日(3月11日)の夜の時点で、被害の全容はまだまだ判っていない。明日以降、痛ましい悲惨なニュースが徐々に入ってくるだろう。今はまだそうした甚大な被害を実感する前夜なのだ。最終的な死傷者数は3桁をこえるのは確実だろうという予感がする。最悪、1000人を超えることも考えられる。東北地方には神戸ほどの大都市はないので、阪神淡路大震災ほどの死傷者数にはならないかもしれないが、歴史に残る地震になるのも間違いないと思う。

・地震とネットの関係
 地震が起こったとき、私は身の回りのライフラインを確認したが、止まったのはガスだけだった。それも安全のために自動的に止まっただけで、供給が止まったわけではなかった。電気、水道、テレビ、インターネットもつながっていた。

 私が情報をとるために使ったのは、テレビ(NHK)、Twitter、Yahoo、Googleだった。主には速報性の高いTwitterのTLを見ていたが、NHKテレビを見られたことは心強かった。テレビが見られない人のためにNHKやTBSはUstreamでも配信されていたようだ。ネットの他のさまざまな手段を使った人がいただろう。
 だが、インターネットにしろ、テレビにしろ、本当に大きな被害に遭った人はそもそも端末を手にしていないだろう。
 個人的には4sqなどの位置情報サービスが今回の地震でどのように機能したのか興味があるが、今の時点でよくわからない。

 TwitterのTLを見ていて気付いたこと

・最初、揺れてるときは、多くの人が実況をしていた。
・しばらくしてから、東北が震源であるなどの情報や津波に関する情報が流れだした。
・さらにしばらくしてから、地震災害の時の心得などのたくさんの拡散RT願いが流れだした。
・東京では電車などの公共交通機関の運行状況に関するツイートも多かった。
・多くの施設が帰宅難民たちのために施設を開放している情報が流れた。
・少しのデマも流れた。
・デマ訂正のツイートもものすごい勢いで流れた。

 しかしこれらの情報は、主に東京を中心とする地域の情報であって、東北地方の実態をTwitterのTLから掴むことは難しかった。
 東北地方の被害状況は、テレビで確認してた。


・日本史上最大の地震か

 NHKや毎日新聞が、今回の地震が「観測史上最大」と伝えている。「観測史上」とは、明治時代以降という意味だ。では、江戸時代以前にまで遡っても「最大」だったのか。

 今日3月11日夜時点で、気象庁が、今回の地震のマグニチュードを「8.8」と発表している。

 世界を見ればまた別だが、日本に限って言えば、マグニチュードが「8.5」を超えた地震は滅多にない。

 家にあった『理科年表』の「日本付近のおもな被害地震年代表」を見てみたが、私が見た限りでは、1707(宝永4)年に起きた「宝永地震」がマグニチュード「8.6」でこれまでの最大地震だったようだ。(※必ずしも確かではない)。
 理科年表より引用。

五畿・七道:『宝永地震』:わが国最大級の地震の一つ.全体で少なくとも死2万,潰家6万,流出家2万

と書かれている。
 この宝永地震がM8.6だったとすると、今回の地震がM8.8だから、やはり日本史上最大の地震だった可能性がある。(※被害規模ではなくて、地震の規模マグニチュードが最大という意味)


・個人的に
 
 東京は昔から地震の多いところだから地震には慣れているつもりだったが、こんなに怖い思いをしたのは初めてだった。
 地震はいやだ。地が揺れるということは、不安定=不安=不安心を呼び起こす。

 この記事を書いてる間も数回の余震があり、NHKTVが溺れたと見られる200人から300人の遺体が見つかったという情報を伝えている。

 東北地方では甚大な被害があり、東京では帰宅難民などの都市型の被害が起こっている。

 明日以降、悲惨なニュースが次々と入ってくると思うと辛い。
 今日はもっとたくさんのことを書き留めておくべきだと思うが、いったん、ここまで。

 この記事は急いで書いたので、後で削除することもあるかもしれない。

 午後11時すぎ、いったん擱筆。

(2014/3/11、仮名遣いを現代仮名遣いに改めました。この文章は震災当日の記録として多くの人が見返すと思いましたので。タイトルも含め、文章の内容は変更していません。元の文章は以下に残してあります。)



 

 2011年3月11日午後2時46分頃、大きな地震があった。

 毎日新聞3月11日19時38分配信のニュース
 

11日午後2時46分ごろ、東北地方で非常に強い地震があり、宮城県栗原市で震度7、仙台市や宇都宮市で6強、東京都心でも5強となるなど、北海道から九州の広い範囲で震度6弱~1の揺れを記録した。津波も福島県・相馬港で7メートル以上を観測するなど、国内の太平洋側のほぼ全域に襲来。気象庁によると、震源地は宮城県・牡鹿半島の東南東約130キロで、震源の深さは約24キロ、地震の規模を示すマグニチュード(M)は国内の観測史上最大の8.8と推定される。建物倒壊や土砂崩れ、火災、津波の被害などが各地で発生し、毎日新聞のまとめでは午後7時現在、死者は39人。行方不明者も多数に上り、警察などは救助作業に全力を挙げている。(毎日新聞)



 この地震は、「東北地方太平洋沖地震」と名付けられたが、明日以降、被害情報が明らかになるにつれて、場合によっては「〇〇大震災」と呼ばれるやうになるかもしれない。
 「阪神淡路大震災」も最初は「兵庫県南部地震」と呼ばれてゐて、「阪神大震災」と呼ばれるやうになるまで数日あった。
 今日(3月11日)の夜の時点で、被害の全容はまだまだ判ってゐない。明日以降、痛ましい悲惨なニュースが徐々に入ってくるだらう。今はまださうした甚大な被害を実感する前夜なのだ。最終的な死傷者数は3桁をこえるのは確実だらうといふ予感がする。最悪、1000人を超えることも考へられる。東北地方には神戸ほどの大都市はないので、阪神淡路大震災ほどの死傷者数にはならないかもしれないが、歴史に残る地震になるのも間違ひないと思ふ。

・地震とネットの関係
 地震が起こったとき、私は身の回りのライフラインを確認したが、止まったのはガスだけだった。それも安全のために自動的に止まっただけで、供給が止まったわけではなかった。電気、水道、テレビ、インターネットもつながってゐた。

 私が情報をとるために使ったのは、テレビ(NHK)、Twitter、Yahoo、Googleだった。主には速報性の高いTwitterのTLを見てゐたが、NHKテレビを見られたことは心強かった。テレビが見られない人のためにNHKやTBSはUstreamでも配信されてゐたやうだ。ネットの他のさまざまな手段を使った人がゐただらう。
 だが、インターネットにしろ、テレビにしろ、本当に大きな被害に遭った人はそもそも端末を手にしてゐないだらう。
 個人的には4sqなどの位置情報サービスが今回の地震でどのやうに機能したのか興味があるが、今の時点でよくわからない。

 TwitterのTLを見てゐて気付いたこと

・最初、揺れてるときは、多くの人が実況をしてゐた。
・しばらくしてから、東北が震源であるなどの情報や津波に関する情報が流れだした。
・さらにしばらくしてから、地震災害の時の心得などのたくさんの拡散RT願いが流れだした。
・東京では電車などの公共交通機関の運行状況に関するツイートも多かった。
・多くの施設が帰宅難民たちのために施設を開放してゐる情報が流れた。
・少しのデマも流れた。
・デマ訂正のツイートもものすごい勢いで流れた。

 しかしこれらの情報は、主に東京を中心とする地域の情報であって、東北地方の実態をTwitterのTLから掴むことは難しかった。
 東北地方の被害状況は、テレビで確認してた。


・日本史上最大の地震か

 NHKや毎日新聞が、今回の地震が「観測史上最大」と伝へてゐる。「観測史上」とは、明治時代以降といふ意味だ。では、江戸時代以前にまで遡っても「最大」だったのか。

 今日3月11日夜時点で、気象庁が、今回の地震のマグニチュードを「8.8」と発表してゐる。

 世界を見ればまた別だが、日本に限って言へば、マグニチュードが「8.5」を超えた地震は滅多にない。

 家にあった『理科年表』の「日本付近のおもな被害地震年代表」を見てみたが、私が見た限りでは、1707(宝永4)年に起きた「宝永地震」がマグニチュード「8.6」でこれまでの最大地震だったやうだ。(※必ずしも確かではない)。
 理科年表より引用。

五畿・七道:『宝永地震』:わが国最大級の地震の一つ.全体で少なくとも死2万,潰家6万,流出家2万

と書かれてゐる。
 この宝永地震がM8.6だったとすると、今回の地震がM8.8だから、やはり日本史上最大の地震だった可能性がある。(※被害規模ではなくて、地震の規模マグニチュードが最大といふ意味)


・個人的に
 
 東京は昔から地震の多いところだから地震には慣れてゐるつもりだったが、こんなに怖い思ひをしたのは初めてだった。
 地震はいやだ。地が揺れるといふことは、不安定=不安=不安心を呼び起こす。

 この記事を書いてる間も数回の余震があり、NHKTVが溺れたと見られる200人から300人の遺体が見つかったといふ情報を伝へてゐる。

 東北地方では甚大な被害があり、東京では帰宅難民などの都市型の被害が起こってゐる。

 明日以降、悲惨なニュースが次々と入ってくると思ふと辛い。
 今日はもっとたくさんのことを書き留めておくべきだと思ふが、いったん、こゝまで。

 この記事は急いで書いたので、後で削除することもあるかもしれない。

 午後11時すぎ、いったん擱筆。