暫定龍吟録

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東北地方太平洋沖地震2日目(2011年3月12日)

 今日3月12日、地震から2日目。

 昨日、最悪1000人を超えることも予想される、と書いた死者行方不明者は、今日になってその通りの事態になってきた。
 昨日、この地震は「〇〇大震災」と呼ばれるようになるかもしれないと書いたが、今朝、ネット上で「東日本大震災」と書かれているのを見た。
 私は、新聞紙やテレビは見ていないが、今朝の午前8時42分に配信されたニュースで産経新聞が使っているのが、今回の地震における「大震災」という言葉の最も早い使用例ではないか。
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 私も名付けるとしたら「東日本大震災」かと思っていた。昨日の最初の時点では、「東北大震災」かと思っていたが、関東地方も被災したし私の住んでる東京もかなり激しく揺れたので「東北関東大震災」かと思い直したが、今日の未明に長野県、新潟県でも震度6の揺れを観測したというニュースがあったので、「東北関東甲信越大震災」と呼ばなければならないが、それではあまりにも長いし、今回の地震の被害が相当の広範囲に及んでいることや過去に例の少ない大規模災害であることを考慮しても「東日本大震災」という呼称が適切ではないかと思っていた。東北と北海道を合わせて「北日本」と呼ぶこともあるが、日本を東西に大きく分けた場合は「東日本」なのでこれは妥当だと思う。

 そう言えば、まだ政府から、今回の地震が「激甚災害」に指定されたという話を聞かない。今回の災害が「激甚」なのは言わなくても誰の目にも明らかだし、急いで指定する必要もないからだろう。あと数日経ってから指定されることだろう。

 私は普段は、リアルタイム性の高いことはTwitterの方に書くようにしているが、Twitterのタイムラインは今、緊急災害情報確認用みたいな感じになっているので、私個人の呑気な地震の感想などを書きこんでいる雰囲気ではないので、今回の地震に対する所感を書く場所はブログに切り替える。

 東京人をはじめとする多くの人がTwitterに今回の地震の感想を呟いている。それらは後でtogetterなどにたくさんまとめられるだろう。
 だがそれらとは別に私個人の感想も書き留めておきたい。このブログを見てる人は東京近郊の人が多いだろうが、西日本など遠方に住んでる人たちにとっては、東京に住んでる人が今回の地震をどのように体感し、どう行動しているのか、ということの参考に少しはなるだろうと思う。

・昨日3月11日の私の行動と考えていたこと

地震直後
 午後2時50分頃(正確な時間は覚えていない)東京、私は自宅に一人でいた。最初揺れだした時は「ああ、また地震か」と思った。東京では地震はちっとも珍しくない。
 私の家は安いボロアパートで、地震の時は普段から何割増しかで揺れる。震度3ぐらいの地震だったら4か5くらいに感じる。しかも東北地方と地盤がつながっているみたいで、以前から東北の地震はよく感じていた。青森で震度3ぐらいでも感じることがよくあった。
 机に向かって座っていた。蛍光灯を見ることすらない。いつものよくある地震だからだ。このままやり過ごそう。しかし窓やいくつかのものがガタガタと鳴り出して、「ん、少し大きいかも」と思って立ち上がった。とりあえず、少し大きめの地震が来た時にはいつもそうするように、玄関に行ってドアを開けた。ドアが変形してしまって外に出られなくならないようにするためだ。
 ドアを開けた姿勢で揺れが収まるのを待った。30秒ぐらいで収まるだろう。ところが揺れは収まるどころか、どんどん激しくなっていった。横揺れだがゆっくりとした揺れではなく「ガタガタガタッ」と細かく激しく揺れ出した。これはまずいっ!と思った。人生で経験したことのない揺れだ。私は左手にスマートフォンを持っていたので、Twitterアプリを開き、激しい揺れの中、震える手で東京で大地震が起きている旨のツイートを放った。もっと揺れが大きくなるかもしれないと思ったので、まだなんとか立っていられるうちに言葉を書き残しておきたいと思ったのだ。
 震度6か?7か?これはひょっとしたらアパートごと崩壊するかもしれないという思いがよぎった。言葉を紙に書いても瓦礫に帰すだけだ。なんとしても電波で外に飛ばしたい。
 今考えれば、Twitterの利用者は東京の人が圧倒的に多いので、地震だなんてそんなことは分かってるよ、とお互いに思うことになったかもしれないが、でも遠方のフォロワーもいたかもしれない。
 食器がガタガタ鳴っていたので食器を抑えにまわる。転倒防止器具を付けていた本棚は倒れなかったが本はたくさん飛び出し、棚の上に置いていたものはすべて落ち、冷蔵庫は大きく動いた。
 揺れは長く続いた。3分ぐらい揺れていたのだろうか。もっとだったろうか。
 揺れが少しづつ収まり始めてから、TwitterのTLを見出した。私は一人だったし声をかける人もいなく、恐怖に襲われた時の不安を誰かと共有したかったのかもしれない。
 しばらくTLを見ていて、ふと気付いてテレビをつけた。Twitter→テレビの順番だった。
 私がなぜ他のネットサービス(メール含む)よりも先にTwitterを開いたのかを考えると、やはり速報性、リアルタイム性においてTwitterが一番だと日頃から思っていたからだろう。
 今にして思えば、スマートフォンのUstで揺れる室内を撮影しておけばよかったと思うが、その時は思い至らなかった。
 テレビでは東北地方で強い地震があったことを伝えていた。Twitterは、私がフォローしている人が東京に住んでる人が多いこともあって、東京の情報を中心にものすごい速さで流れてきた。私はTLとテレビ画面を交互に見ていた。何が起こっているのかを知りたいと思った。

地震ちょっと落ち着いてから
 地震が起きて15分ほどたってから外に出た。スマートフォンだけ持って。近くの広場に行ってみたら、数人の人が集まっていたが、みんな持ち物は携帯電話だけだった。途中、変わった様子はなかった。街並みはいつも通り。静かな街だった。風が非常に強いと思った。火事が起きたら延焼しやすそうだ。もうこれ以上、大きな余震はないのではないかと思い、家に戻った。
 家の窓から眺める景色もいつも通り。煙も上がっていないし外が騒がしいということもない。スカイツリーも倒れていない。

地震後から日没まで
 数時間TLを見ながら過ごす。だが断続的にかなり頻繁に大小の余震があったので、そのたびに私はツイートし続けていた。

 日没までにやったことは、冷蔵庫の位置を元に戻した。家の中に大散乱した他のものは手を付けなかった。お腹が空いたのでお茶でも入れようかと思いガスコンロの火をつけようとしたらつかなかったので、ガスメーターを復旧させたこと。あと、お風呂に水を張ったこと。家のすぐ近くに防災用井戸があるので断水しても大丈夫なのだが、念のため。

地震の揺れの特徴
 テレビでは緊急の災害情報を伝えていて、地震のメカニズムがどうとかいう話は後回しになるだろう。
 私の部屋は南北に長く、多くの棚は、南北方向の壁に沿うようにして並べてある。

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 今回の地震で南北に沿って立てていたAの食器棚やBの本棚からはほとんど何も落ちなかったが、東西方向に沿って立てていたCの本棚の本はたくさん飛び出して床に落ちた。また図には描いていないが、もう一つ東西方向に置いた棚の上にあったものはすべて落ちた。それは北側にも南側にも落ちていた。
 私のこの部屋の状況から考えると、今回の地震は、東京では、特に南北方向に大きく揺れたのではないかと推測される。

日没後から深夜まで
 質素な食事をしながら(と言っても私にとってはいつも通りだが)、テレビを見る。NHKからテレビ東京まですべての局が地震関連番組をやっている。食後はテレビを見ながらブログを書く。午後8時ごろから10時ごろのたった2時間あまりの間に絶望的なニュースが入ってくる。
 テレビを見るのが段々、怖くて辛くなってきて、消す。ブログを書くのに専念。午後11時頃、書き終え、パソコンの電源も落とし、部屋の電気も消して、布団に入る。ただし断続的に揺れているため、眠れそうにないので、布団の中でスマートフォンでTwitterのTLをずっと見ていた。1時頃、いつの間にか眠る。

TwitterのTLを見ていて感じたこと
 私は結局地震が起きてからその日はずっと家にいたので、外の様子はTwitterを通してしか分からなかった。夜になって帰宅難民が大量発生していることも主にTwitterで見ていたのであり、自分が実際に見聞きしていたわけではなかった。私の家の前の細い路地を帰宅難民がぞろぞろ歩いてるなんて光景もなかった。
 デマが流れてきて、その直後に猛烈なスピードでいろんな人から訂正ツイートが流れてくることは昨日も書いた。
 私はこれだけの大災害があった当日のことはできるだけ時系列的に記録しておきたいと思ったので、何時何分にNHKテレビで何人死亡というニュースを聞く、などとツイートしていたが、そういうツイートを嫌がる人がいた。こんな時だからこそもっと明るいツイートをしましょう、と。
 日本人がこんな大災害の時でも、パニックに陥ったり悪行に走ったりすることなく、いかに落ち着いて整然と行動しているかという、感動話や美談が拡散RTされてたくさん流れてきた。そういう感動話や美談を「胡散臭い」と思う人もいるだろう。でも私はなんとなくそういうRTをしたい人々の気持ちを理解できた。
 東京には私のように一人暮らしの人がたくさんいる。ただでさえ一人で怖くて不安でたまらないのだ。そんな時にスーパーやコンビニの強奪とか夜道でレイプとか起こり始めたら、もう怖くて体の震えが止まらなくなるだろう。昨夜TL上でたくさん見られた「美談拡散RT」というのは、人々にみな善人であってほしい、という願いがこもっているのだ。美談をたくさん流すことで、なんとかこの秩序社会が崩壊するのを食い止めたい、という気持ちがあったのだろう。

ソーシャルメディアについて
 Twitterは強かった。これだけの大災害で大量のツイートが飛び交ったはずだが、落ちなかった。本当に頼りになった。
 他のネットサービスもいろいろとサービスの提供を申し出た。
 Googleは災害情報をまとめたページを開設したし、日本のユーザーが多いEvernoteはプレミアム機能を開放した。ソフトバンクも動いた。
 Facebookは何をしていたのだろう。昨日、4sqなどの位置情報サービスはどう機能したのだろう、と書いたが、Facebook(を代表とするソーシャルメディア)は今回の震災でどういう役割を果たしたのだろう。FBは実名主義ゆえに、疎遠になっていた人とも連絡がとれるという利点がある。本来ならこれほど安否確認に適したサービスは他にない。実際、いわゆる「先進的ユーザー」の中にはFBでたくさんの安否確認メッセージや御見舞いメッセージをもらった人もいたようだ。
 しかしそれは一部の人の話で、どうも全体的には、今回はFB絡みの話が少ない。日本でまだ十分にFBが普及していなかったから、安否確認の手段としてFBを利用した人が少なかったのかもしれない。
 私もFBに何回かアクセスしたが、私はフレンドがいないこともあり、何のメッセージも届いていなかった。私の側から昔の知り合いで何人か気になる人がいたので、こういう非常事態でもあることだし声をかけてみようかと思って名前を検索してみたが、私の知り合いは尽く誰もFBに登録していなかった。
 というわけで、Facebookは今回の震災では少なくとも初期段階ではあまり活躍した印象がない。FBが活躍するとすれば、もっと日にちが経って、仮設住宅に暮らす人々への炊き出しボランティアなど各種ボランティアが必要になった時に、もしかしたら活躍する機会があるかもしれない。その時にムーヴメントを起こせるかどうか。