暫定龍吟録

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東北地方太平洋沖地震6日目(2011年3月16日)

From immemorial time the shores of Japan have been swept, at irregular intervals of centuries, by enormous tidal waves,-tidal waves caused by earthquakes or by submarine volcanic action. These awful sudden risings of the sea are called by the Japanese tsunami. The last one occurred on the evening of June 17, 1896, when a wave nearly two hundred miles long struck the northeastern provinces of Miyagi, Iwate, and Aomori, wrecking scores of towns and villages, ruining whole districts, and destroying nearly thirty thousand human lives.
-Lafcadio Hearn "A Living God"
(太古の昔から日本の海岸は何世紀にもわたって地震や海底の火山活動によって引き起こされるとてつもない高波によって被害を受けてきた。この恐ろしい突然の海面の上昇は日本語では「ツナミ」と呼ばれている。最近では、1896年の6月17日の夜に起こった。その時は、200マイル近くにもわたる長大な波が東北地方の宮城、岩手、青森を襲い、町や村の境を壊し、すべての地域を破壊し、そして3万人近い人々の命を奪った。)
-ラフカディオ・ハーン『A Living God』)


 上記は、小泉八雲が1897(明治30)年に書いた『A Living God(生ける神)』の一節である。

 小泉八雲は明治29年の「三陸地震津波」のニュースを知って濱口梧陵の話を想起したわけだが、私は今回の東北地方太平洋沖地震を受けて、先ず三陸地震津波を想起し、そこから濱口梧陵、小泉八雲を思った。

 この小泉八雲の著作を元に書かれた中井常蔵『稲むらの火』の話は、1937(昭和12)年から1947(昭和22)年までは小学校の教科書に載っていたが、戦後の教科書には載っていなかった。それが、Wikipediaによれば、2011年度の小学校教科書からまたこの話が載るというのだ。3月にこの大津波があって、翌4月にこの話が教科書に載るというのは、なんとも不思議なめぐり合わせではないか。

 普通、一人の人間が海で波にさらわれた場合、警察、消防、自衛隊など関係機関が総出で救出にあたる。だが、今回は何千人という人が波にさらわれたというのに、誰も救出に行かない。自衛隊がすでに何千人もの人を救出したというニュースを聞くが、陸地の瓦礫に埋もれた人や取り残された人たちだろう。波にのまれていった人たちを助けているわけではないだろう。救援活動は、もはや生き残った人たちへの支援がメインで、その途中にまだ瓦礫の下に生存者がいると分かれば救出作業にあたることもあるかもしれないが、海へ消えていった人々の救出にはもう誰も向かわない。不思議なことだ。一人の人のために普段はたくさんの人が動くのに、こうして何千人単位で遭難すると、もう放っておかれてしまう。


 今日は買い物には行かなかったので、コンビニやスーパーの状況はよくわからないが、おそらく昨日までとほとんど変わりないだろう。
 今日も大きな余震が何回かあった。そしてやはり、テレビからもネットからも入ってくる福島第一原発のニュースが人々の不安を大きくしている。
 夕方頃、テレビで天皇陛下からの国民に向けての御言葉があった。こんなことも初めてだ。

 今日3月16日夜の時点でのYahoo Japanのスクリーンショット。

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