暫定龍吟録

反便利、反インターネット的 This blog has not been updated since 2017

東北地方太平洋沖地震7日目(2011年3月17日)

 今日はスーパーとコンビニに行ったが、相変わらず人は多いが品物は少ない。スーパーでは水と菓子パンがほんの少しだけあった。スーパー、コンビニ共通してまったく無いのは、食パン、カップ麺、牛乳だった。セブンイレブンのおでんがやっていて驚いた。
 今日も特に夜になってから余震が多い。

 今日3月17日夜時点でのYahoo Japanのスクリーンショット。

yahoo110317.png

 震災はまだ過去形じゃない。現在進行形だ。東京だけじゃなく日本中が徹底した節電生活をしている。
 東北の本当にひどい被害に遭った地域はどうなっているのだろう。語弊があるかもしれないが、ネットやテレビで伝わってきている地域はまだいい。取材陣が辿り着けているのだから。本当に全滅に近い地域は、Twitterはおろかネットもテレビもラジオもメールも電話も防災無線も車も何もないだろう。放射能がどうとかいう話題も知らないだろう。まったく情報も入ってこないし、自分たちからSOSのメッセージを発する手段もない。もしそういう地域があったとしたら、もう一週間近く何も食べずに今もただ寒さに震えているのかもしれない。そういう人たちは今日の時点では生きているが、体力のない人ならば、もう来週には生きているかどうかわからない。

 石巻では略奪行為が横行しているという噂も聞いた。本当かどうかわからない。レジに並んでいた客十数人が金を払わずに逃げたとか。
 今回、これだけの大災害にもかかわらず、多くの日本人が冷静な節度を持って、整然と行動したことに世界から賞賛と感嘆の声が上がっていると言われている。たしかに東京ではそういう行動はたくさん見られた。
 日本人のそうした秩序ある整然とした行動は、"恥"の意識によって規定されているとよく言われる。ビートたけしが作った有名な言葉「赤信号みんなで渡れば怖くない」は日本人の性格をよく表わしていると言われる。"世間体"があるからこそ、自分一人だけ列に並ばないで勝手な行動を取るなどということは恥ずかしくてできないのだ。だがこれは逆に言えば、一人が逃げ、そしてそれに二人目が続けば、あとはもうそこから一気にカスケードが起きる危険性を孕んでいるということだ。みんなが逃げてるなら私も逃げても恥ずかしくない。そして世間体を気にすべき"世間"はもういない。
 「日本人はパニックにならない」というのは、ある限度までは確かにそうであると思うが、限度を超えた極限状態では、disaster cascadeとでもいうべき大混乱が引き起こされる危険性はあると私は思う。
 これがもし東京のような人口の多い都市で起こったら、もっとひどい事態になる。東京は人口密度だけでなく情報密度も高いので、不安心理はあっという間に人々の心の中に伝播するだろう。99%の人が逃げているのに、自分一人だけ逃げないなどと言えるほど、人間の心は強く出来ていない。
 そういうことを考えると、「国、政府はすべての情報を包み隠さず出せ」と言えるかどうかは、難しいところだと思う。「生の情報を全部出して伝えてくれれば、あとは俺たちが自分自身で判断するから」と言えるかどうか。たとえ言えたとしても、それで大混乱の中、結果としていわゆる「リテラシー」の高い人たちだけが生き残ったのでは、これは駄目だろう。
 私は今回のような非常事態においては、種類にもよるが、ある種の「情報管制」はやむを得ないかもしれないと考えている。ただしそれには相当な力量が問われる。


 今、生死の境にいる人たちをどうやったら助けられるのだろう。自分が今見えていない知っていないであろう被災地にまで想像力を働かせなければいけない。
 そして宮城、福島、岩手、茨城など被害の大きい地域の救助活動と同時並行で首都東京の立て直しも行っていかなければならない。東京がストップするということは日本がストップしてしまうということだからだ。

 悩み続ける。