暫定龍吟録

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金子みすゞとともに振り返る大震災一カ月

 振り返るのはまだ早い。行方不明者の捜索活動も、避難生活も、原発の問題も、すべて現在進行中だ。
 しかし、地震から今日でちょうど一カ月が経ったのを期に、この大震災をあらためて考えてみようと思う。


・金子みすゞと大震災

 今回、3月11日の地震の後に多くの企業がテレビのCMを自粛し、代わりにACのCMが大量に流れた。その中で使われた金子みすゞの詩が話題になった。「こだまでせうか」という詩だ。

 こだまでせうか

「遊ばう」つていふと
「遊ばう」つていふ。

「馬鹿」つていふと
「馬鹿」つていふ。

「もう遊ばない」つていふと
「遊ばない」つていふ。

さうして、あとで
さみしくなつて、

「ごめんね」つていふと
「ごめんね」つていふ。

こだまでせうか、
いいえ、誰でも。

(『さみしい王女』所収)

 金子みすゞは、大正末期から昭和初期にかけて活躍した童謡詩人。小さな命を大切にする感性の詩を数多く残した。
 この「こだまでせうか」という短い詩は、この一カ月間テレビで繰り返し流れ、日本中の多くの人が耳にした。もう全文覚えてしまった人もいるだろう。

 このCMであらためて脚光を浴びた金子みすゞだが、その作品の中に、震災のことをうたった詩がある。

 去年のけふ
 -大震記念日に-


去年のけふは今ごろは、
私は積木をしてました。
積木の城はがらがらと、
見るまに崩れて散りました。

去年のけふの、夕方は、
芝生のうへに居りました。
黒い火事雲こはいけど、
母さんお瞳がありました。

去年のけふが暮れてから、
せんのお家は焼けました。
あの日届いた洋服も、
積木の城も焼けました。

去年のけふの夜更けて、
火の色映る雲の間に、
しろい月かげ見たときも、
母さん抱いてて呉れました。

お衣もみんなあたらしい、
お家もとうに建つたけど、
あの日の母さんかへらない。
今年はさびしくなりました。

(『空のかあさま』所収)

 この「去年のけふ-大震記念日に-」という詩は、大正14年に発表されたものだが、この「大震」とは大正12年9月1日の「関東大震災」を指しているとみて間違いないだろう。
 金子みすゞは山口県の人だが、その生涯で東京に住んだことはない。関東大震災があったときも山口県下関市に住んでいた。大正時代に山口県付近で大きな地震があったという記録もない。なので、この詩は、金子みすゞ自身が被災した経験を書いたのではなく、東京で被災した子どもの気持ちになって書いた詩だろう。
 当時の人は関東大震災のことを「大震災」とか「大地震」ではなく「大震」と呼んでいたのだろうか。

 今も東北地方には、この詩で書かれたことと同じような思いをしている子どもがたくさんいるだろう。一年たったら、家は再建するかもしれないが、あの日の母さんはかえらないのだ。


・不安心理と「みんなちがって、みんないい」

 3月17日の記事にも書いたが、日本人が今回の震災後に整然と行動した、というのは、一つには「恥」の意識が規定しているのだと思う。みんなが列に並んでいるのに自分だけ並ばなかったら恥ずかしい、という思いが強く作用している。しかし日本人特有のこの「横並び」意識は、時に秩序が一気に崩壊する危険性を孕んでいると思う。逆に言えば、みんなが略奪しているのなら自分もしても恥ずかしくないだろう、ということになる。
 金子みすゞは、「私と小鳥と鈴と」という詩の中で「みんなちがつて、みんないい」という有名な言葉を残した。小鳥には小鳥の、鈴には鈴の、そして私には誰にも真似できない私のよさがある、と。
 「他の人もみんなやってるから」という動機ではなく、「私は私」として「間違ったことはしない」という信念で行動しなければ、今回のような非常時には、社会不安にたやすく押し流されてしまうだろう。そうした不安心理に駆られた人が、悪意はなかったにせよ、チェーンメールやデマを多く拡散させてしまったりもした。(震災後に飛び交ったデマについてはこちらにまとめられている。「震災後のデマ80件を分類整理して見えてきたパニック時の社会心理[絵文録ことのは]2011/04/08」)。


・小さな命へのまなざし

 金子みすゞの詩には、「おとむらひの日」、「お葬ひごつこ」、「鯨法會」、「にぎやかなお葬ひ」など、弔いに関する詩がたくさんある。人の生やあらゆる生き物の命に対する深い眼差しがあったことがわかる。彼女の代表作でもある「大漁」の中の一節「濱は祭りの/やうだけど/海のなかでは/何萬の/鰮のとむらひ/するだらう。」には、そうした視点がよく表れている。

 今日4月11日は、東日本大震災から一カ月。そして、金子みすゞの誕生日。生きていれば108歳になる。26歳の若さで夭逝した金子みすゞは、大震災をきっかけに自分の詩が人口に膾炙しているのを天国で見て、どう思っているだろうか。おそらく今回の震災で亡くなった何万もの命への「おとむらひ」をうたうのではないか。


 金子みすゞは決して暗い詩ばかり書いていたわけではない。最後に明るい詩を紹介しておこう。

 おてんとさんの唄

日本の旗は、
  おてんとさんの旗よ。
日本のこども、
  おてんとさんのこども。
こどもはうたほ、
  おてんとさんの唄を。
さくらの下で、
  かすみの底で。

日本のくにに、
こぼれる唄は、
  お舟に積んで、
  世界中へくばろ。
こぼれるほどうたほ、
  おてんとさんの唄を。
さくらのかげで、
  おてんとさんの下で。

(『空のかあさま』所収)

 戦後最大の国難と言われる今回の大震災。日本全体が辛い時で、世界中からたくさんの支援をもらっているが、むしろ日本が元気を出して国内に「こぼれる唄」を逆に「世界中へくば」るぐらいの意気込みでいきたい。
 金子みすゞが背中を押してくれている。