暫定龍吟録

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パーソンランクの時代

 この記事は2011年の大晦日に書いてゐる。2011年もいろいろなことがあった年だったが、明くる2012年はどんな年になるだらう。もちろん明るい未来だったらいいのだが、私には心配の種もある。
 そこで、私が今感じてゐる「2012年はこんな年になりさうだ」といふ予感を書く。日本には「来年のことを言ふと鬼が笑ふ」といふ諺があるけれども、私は来年といふ近い未来のことを考へるのは決して悪いことではないと思ふ。

 私が気にかゝってゐることの一つは、こゝ数年のソーシャルネットワークの発展だ。フェイスブックやツイッターに代表されるやうなソーシャルメディアが普及するにつれ、ソーシャルネットワークの世界はどんどん拡大を続けてゐる。私は、かうしたソーシャルネットワークの拡大が私たちの社会、あるいは生活にどのやうな影響を齎すのか、といふことを随分前から危惧してゐる。そして今から2年ほど前に、少し恐ろしい世界のイメージが頭の中に浮かんだ。「人がランク付けされる」といふ世界だ。この2年ほど、ずっとそのことについて考へてゐたがブログには書かなかった。しかし2012年、いよいよさうした世界が現実に顕在化してくるかもしれないといふ不安が大きくなってきたので、その不安の根元と問題点について整理するために、こゝに書いておかうと思ふ。


・2010年初頭、「ツイ割」の衝撃

 2010年1月、私は一つの気になるブログ記事を見かけた。「百式」で有名な田口元氏が、ツイッター割引を実施してゐる玩具屋さんに行った時のレポート記事だ。


Twitterのフォロアー数に応じて割引してくれるボードーゲームのお店、『すごろくや』に突撃してきた! | IDEA*IDEA

 今から2年ほど前、2010年1月、東京・高円寺のボードゲーム店が「ツイ割」を実施した。ツイ割といふのは、ツイッターのフォロワーの人数に応じてその値段分、割引するといふキャンペーンである。フォロワーが100人ゐたら100円の割引。そのかはり、客はツイッターでお店について呟く。
 さういふ企画をやってゐたお店に、当時フォロワー数25万の@taguchi氏が訪れた。私はその時の@taguchi氏と店員とのやり取りに、何か目に見えない緊迫感を感じ取った。

しばらく店内を見回したあとに店員さんをつかまえて質問してみます。

「えーと、Twitterで割引と聞いたのですが?」
「ええ、そうですよ」
「フォロアー数に応じて割引ですよね?」
「そうです」
「僕、25万人ぐらいいますけどいいですか?」
「え?・・・えーと、いいですよ、もちろん」
「ほんとに?」
「えぇ」
「いいんですか?」
「ええ、サイトに書かせていただいたままです。」
「ほんとに?上限とかないんですか?」
「いえ、サイトに書いたままです。」

若干押し問答ぎみになりましたが、どうやら本当に上限はない模様。「実験的な試みなのでいろいろ見直してはいきますが」との前提はありつつも、基本的にはそのままの条件のようです。

でもまぁ、そこで25万円分割り引いてもらうほど鬼畜ではないのでw



 @taguchi氏は、私が知るかぎり、日本で最も早くツイッターを始めた人だ。そして当時、約25万人のフォロワーがゐた。店側としては、25万人もの人に自分の店のことについて宣伝してもらへるのは確かに大きなメリットだ。しかし本当に25万円分の玩具をタダで持って行かれたのでは、大きな痛手である。しかし「割り引く」と言ってしまった以上、後には引けない。@taguchi氏の良心に期待するしかない。
 結局、@taguchi氏は、1500円分の商品を割り引いてもらっただけだった。そしてツイッターどころか、かうしてブログにまで紹介したので、その店にとってはとても大きな宣伝効果になった。よかったよかった、と。

 だが私は、この記事の最後の方に気になる一文を見つけた。

基本的にすごろくやの人たちが素敵だったので印象は良かったのですが、とりようによっては「1フォロアーを1円で買っている」ともとられがちかと・・・(ま、しょうがないですな)。でもTwitterユーザーが楽しんでくれればそれはそれでアリじゃないかな、と個人的に思ったり。



 店の人は、@taguchi氏がネット上の有名人であることを知ってをり、それをきっかけにして話がはずんで場が和んだとのこと。しかし、この時もし、店員が@taguchi氏のことを知らず、話も弾まずに、@taguchi氏の機嫌を損ねてしまったとしたら。その時はどうなるのか。@taguchi氏が店員に対し悪い印象を持ち、ブログに「お店は品揃へも充実してゐたし、それなりに良いお店だったのですが、店員がちょっと不愛想で態度が悪い感じでした」などと書いたら、どうなるのか。
 店側の条件は、ツイッターで店のことについて呟くこと、といふ条件だけなので、その後、ブログなどにどのやうなことを書かうが@taguchi氏の勝手である。
 もちろん、人気ブログで「店員の態度が悪かった」などと書かれたら、店側にとっては大打撃である。しかし、多少大袈裟に言ふならば、店の運命が、@taguchi氏がブログにどのやうに書くか、といふアルファブロガー一人の裁量に委ねられてゐる、といふ状態になってゐるわけで、これはとても怖いことだと思ふのである。


・グーグルの「ページランク」からソーシャルメディアの「パーソンランク」へ

 グーグルはページランクと呼ばれる有名なアルゴリズムを作った。詳細は秘密とされてゐるが、大きな要素は次の3つのやうなものであらう。

 1.質の良いページはページランクが高い。(スパム排除のため)
 2.多くのページからリンクされてゐるほどページランクが高い。
 3.ページランクが高いページからリンクされるとページランクが高まる。

 実際にはこんな単純ではなく、スパムとの長い挌闘の末、今では相当複雑なアルゴリズムになってゐるはずだが、上記に掲げたのは基本的な価値基準である。

 グーグルが生み出したページランクの思想は、ウェブページをノードとしたものだった。私は、これがソーシャルネットワークの時代になって、ノードがウェブページから人に置き換はるのではないかと危惧してゐるのである。
 こんなことは誰でも思ひつきさうなことである。ツイッターを使ってゐて、フォロワー数が多い人はなんとなく自分より格上のやうな気がしたことのある人は多いだらう。
 ソーシャルメディアでは、基本的にウェブページではなく、「人」をノードとして世界が繋がってゐる。それも多くの人が気付いてゐることだ。だとすれば、グーグルのページランクの思想における「ウェブページ」をそのまゝ「人」に置き換へた、言はば「パーソンランク」とでも言ふべきものを誰かが作らうとしてもをかしくはない。

 上記のページランクの3つの価値基準をツイッターで置き換へるならば、こんな感じだ。

 1.オリジナリティのある(RTやコピペやbotでない)ツイートをしている人はパーソンランクが高い。
 2.フォロワー数が多い人ほどパーソンランクが高い。(フォロー数に対するフォロワー数の比率も考慮)
 3.パーソンランクが高い人からフォローされるとその人のパーソンランクは高まる。

 実際、フェイスブックは「エッジランク」といふページランクとパーソンランクの中間のやうなアルゴリズムを作った。
 グーグルやフェイスブックのやうな厖大なソーシャルグラフのデータを持ってゐる企業なら、そんなものはすぐに簡単に作れさうな気がする。実際、もう作ってゐるのかもしれないが、人をランク付けするといふことに対する世間からのバッシングを怖れて公表できないかもしれない。自社サービスのブランド力の失墜はグーグルもフェイスブックも避けたいだらうから。
 しかし、失ふものが何も無いスタートアップ企業なら、それができてしまふかもしれない。私は2011年の初め頃に、Q&AサイトのQuoraが「ピープルランク」とも言ふべきアルゴリズムを開発中である、といふ噂話を耳にした。噂だから本当かどうか全然判らないが。
 Quoraのピープルランクは、Quoraのサイト内だけで適用される指標だからまだよい。もっと大規模に私たちの日常社会にまで浸透してくるほどの巨大なパーソンランクのシステムが敷衍化してきた時に私たちの生活はいったいどうなってしまふのだらうか。


・ARとパーソンランク

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 今でも忘れられない光景がある。2009年の春、私は秋葉原に寄った時に、ふとスマートフォンを空中に翳してみた。すると、空中に「姉ヶ崎」「姉ヶ崎」「姉ヶ崎」といふタグがいっぱい浮かんでゐた。ゲームやアニメにまったく詳しくない私は「姉ヶ崎」といふのが何のことか分からず、おそらく地名だらう、姉ヶ崎といふ街から上京して来た人が記念に自分の街の名前をタギングしていったのだらう、と思ってゐた。

 パーソンランクの思想と、私が秋葉原の空で見た拡張現実の世界が一緒になったら、いったいどういふことになるのか。それはおそらく、アニメ「ドラゴンボール」のやうな世界になるのではないか。これは、考へたことのある人も多いだらう。

 「ドラゴンボール」の中では、「スカウター」と呼ばれるコンピューター付きの眼鏡のやうな機械が登場する。その眼鏡をかけると、相手の戦闘力が数値として表される仕組みになってゐる。
 今あるAR(拡張現実)の技術とパーソンランクのアルゴリズムを組み合はせれば、このやうな機械を作ることはそんなに難しいことではないだらう。

 スカウターを身につけた客が店内に入って来る。客のスカウターにはパーソナルに最適化された商品がレコメンドされる。他店との比較情報ももちろん流れてくる。そしてその店が自分が買ひ物をするに相応しい店かどうかを瞬時に判断する。
 一方、店員の側もスカウターを身につけてゐて、今入って来た客のパーソンランク、過去の購買履歴、その人の行動パターンや商品の嗜好、また一回の買ひ物で平均どれくらゐの金を使ふのか、などの情報がスカウターに表示される。
 さうした多様な情報を元にした、言はば、静かな「バトル」のやうなものが繰り広げられるかもしれない。

 そして、こゝからが重要なところだが、このバトルに最終的に勝つのは、パーソンランクが高い方だ、といふことだ。パーソンランクが高い方のスカウターに、より多くの情報が流れ、また上質かつ制度の高い情報が表示されるからだ。
 さらに、パーソンランクが高い人の最大の強みは、なんと言っても影響力である。店に訪れたのは自分一人だが、自分の背後には25万人のフォロワーが控へてゐるのである。

 こゝから、さらに心配すべき事柄が出てくる。それは、パーソンランクによる人間差別の問題だ。パーソンランク25万の客が入って来たら、店員はビビるだらう。そして丁寧な接客に努めるだらう。しかしパーソンランクが低い客が入って来たら、どうせ影響力がないのだから雑な対応でもよいと考へる店員が出てくるかもしれない。


・パーソンランクとセルフブランディング

 2012年はどのやうな年になるだらう、と考へた時に、例へば危惧されるのは、就職活動の問題だ。

 「ソー活」といふ言葉を聞いたことがある。「ソーシャルメディアを使った就職活動」といふ意味ださうだ。これは2012年以降、ますます主流になっていくであらうことは間違ひないと思はれる。その時、学生たちが使ふソーシャルメディアがフェイスブックなのかLinkedInなのか、はたまた他のメディアなのかは知らない。
 こゝで、私はまた、今年2011年頃から嫌な言葉を耳にしてゐる。それは「セルフブランディング」とか「パーソナルブランディング」とかいふ言葉だ。この言葉の意味は説明しなくてもだいたい見当がつくだらう。
 で、セルフブランディングで自己をブランド化していく際に、もっとも重要となる中心的要素は何だらうかと考へてみる。それはもちろん、自分のページを華やかに色取り取りに飾ったりすることではない。採用する側がもっとも重視するであらうポイント、それはやはり、その人物のフォロワー数などの要素、すなはちその人のパーソンランクであらう。
 といふことは、学生たちが「ソー活」に取り組む際、もっとも力を入れるべきことは、自らのパーソンランクを上げること、といふことになる。そしてパーソンランクを上げる、といふのは本質的に、多くの人と繋がる、といふことに他ならない。
 そこでまた、一つの心配事が出てくる。


・よみがへるコネ社会

 昔は、顔の広い「地元の名士」と呼ばれるやうな人に頭を下げなければ、その街の中では何もできなかった。所謂、顔が広い、多くのコネクションを持った人が強かったのだ。しかし日本では、とうにそんな時代は過ぎ去り、今では人間一人ひとりの「個」が輝く時代になってゐるはずだった。
 だが、今ふたたび「コネ社会」がよみがへらうとしてゐる。パーソンランクの時代にあっては、何よりも「コネクション」の多さや強さが重視されるからだ。

 かつては、インターネットの登場により、引き篭もりであっても、目の前にネットに繋がったパソコンさへあれば、自分一人の力で十分、社会と渡り合っていける、と思はれてゐた。しかしこゝ数年、つくづく思ひ知らされてゐるのは、リアルで友達がいっぱいゐる人の強さだ。数年前から「リア充」といふ言葉を多く目にするやうになったのは、多くの人が「パソコン強者」や「ネット強者」よりも「リア充」の方がやっぱり強いと感じてゐるからであらう。

 私は以前、「Facebookが日本で流行らない3つの理由」といふ記事を書き、その中で「フェイスブックはリア充仕様である」と批判した。フェイスブックは、今でもすでに強いリア充の強さをさらに助長する道具でしかない。このやうな道具が広まることは、パーソンランクの格差を拡げることにしか貢献しない。


・まとめ

 私はパーソンランクの時代が来て欲しくない。でも、時代の流れはさういふ方向に向かってゐる。
 フォロワー数が多い人の方が偉い、などといふ認識は絶対に間違ってゐるし、さういふ間違った認識を起こさせやすい仕組みにも問題がある。人をランク付けしたり、人をノードとして扱ったりするのも間違ってゐる。そこからさまざまな弊害が生ずるであらうことも予想できる。一番まっさきに思ひつくのは「差別」だ。そしてその偏見から生じる「いぢめ」とか、今まで知られてきた社会問題がさらに増幅される方向に向かふのではないかと怖れてゐる。

 今のところ、私が考へてゐる唯一の抵抗は、せめて、それが表に出てこないやうにすることだ。「パーソンランク」といふ名前かどういふ名前が与へられるかわからないが、そのやうなアルゴリズムは必ず誰かによって作られてしまふだらう。
 でも、それはせめて、人々の目に見えない裏方で動いてほしい。表面化しないやうに。特に数字(数値)といふ形で人々に分かりやすいUIで人々の目に届くことがないやうに。そこはぎりぎり食ひ止めたい。
 誰かが決めた価値基準に基づいた人間評価が数字といふ極めて分かりやすい形で目の前に表示されたしまった時、「そんなものに惑はされないで、私は生きる!」と宣言できるほど、人間は強くも賢くもないからだ。
 人間が巨大なアルゴリズムに飲み込まれてしまはぬやうに。
 私たちはもっと多くの人間が輝く優れた仕組みを作れるはずなのだ。