暫定龍吟録

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『時代閉塞の現状』と現代 -石川啄木没後100年-

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 今日、2012年4月13日は、歌人石川啄木が亡くなってちゃうど100年。これを機に、地元の有名人の人となりや思想を振り返ってみたい。


・ダメダメな石川くんと先覚者・啄木

 歿後100年にあたって最初、私は石川啄木の生涯と思想とを両方振り返ってみようと思ったが、やっぱりその私生活や人物像についてはあまり考へないことにしようと思った。すでに何人もの研究者によって、啄木の「ダメ人間」ぶりが紹介されてをり、これ以上それについて言及することもあるまいと思ったからだ。例へば、啄木は金にルーズで、盛岡中学の1コ上の親友、金田一京助に物心両面で世話をかけまくったとか、家族にも苦労をさせまくったとか。天才は往々にして私生活はダメダメであることも多い。
 近年では歌人枡野浩一がその著書『石川くん』で、啄木がいかにダメ人間であったかを愛情を持って書いてゐる。ダメっぷりを紹介することで偉人だと思ってゐた遠い存在が急に身近に感じられ親近感を覚えるようになることがある。枡野浩一の『石川くん』にはそんな功績があった。

 しかし私は今回の記事では先覚者・石川啄木としての偉大であった面を見て行かうと思ふ。


・現代に甦る名著『時代閉塞の現状』

 日本人はだいたいいつでも「閉塞感」を口にしてゐることが多い。「開放感」なんて滅多に言はない。戦後で開放的だったのは1960年代の高度経済成長期と1980年代のバブル期ぐらゐか。1990年代後半以降現在まではずっと閉塞感に満ちてゐる。
 しかし私はやはり、この「失はれた10年」もしくは「失はれた20年」ほど、啄木が書いた『時代閉塞の現状』とリンクを見せてゐる時代はないと思ふ。

 今から約100年前の当時、啄木が社会に対して抱いてゐた問題意識、そして若者に訴へかける声は、まさに平成の現代の若者に訴へかけてゐるやうだ。

 歌人・詩人として有名な啄木が、思想家・評論家としても一流であったことがこの『時代閉塞の現状』といふ文章によって知られることになった。もっと長生きしてゐれば、もっとたくさんの優れた文章を書き残したに違ひない。


・自然主義との対決

 『時代閉塞の現状』はその副題が「(強権、純粋自然主義の最後および明日の考察)」となってゐる。魚住折蘆の論文「自己主張の思想としての自然主義」への反論として書かれたものだ。
 啄木は自然主義の終はりを高らかに告げる。「事実においてすでに純粋自然主義がその理論上の最後を告げているにかかわらず、同じ名の下に繰返さるるまったくべつな主張と、それに対する無用の反駁(はんばく)とが、その熱心を失った状態をもっていつまでも継続されている」と手厳しく批判する。

 啄木の反自然主義的な思想の萌芽は、僅か16歳の時に書かれた日記『秋韷笛語』などにもすでに見られる。

惟ふに人の人として価あるは其宇宙的存在の価値を自覚するに帰因す。人類天賦の使命はかの諸実在則の範に屈従し又は自ら造れる社会のために左右せらるゝが如き盲目的薄弱の者に非ず。宜しく自己の信念に精進して大宇宙に合体すべく心霊の十全なる発露を遂ぐべき也。運命は蓋し天が与へて以て吾人の精進に資する一活機たるのみ。されば余輩は喜んでその翼に鞭うつて人生の高調に自己の理想郷を建設せんとする者也。


 16歳が書いたとは思へないほどの高邁な文章だが、「諸実在則の範に屈従」するのが人生ではないと言ってゐる。


・啄木と現代のフリーター・ニート問題

 『時代閉塞の現状』を読むと、表向きの自然主義批判の裏に、社会や環境に盲目的に屈従して落ち着いてしまってゐる同時代の若者への不満が見てとれる気がする。
 
 翻って格差社会の現代。世代間格差などにより多くの若者は貧困に苦しんでゐるが、立ち上がる気配がない。50代、60代、あるいはそれ以上の世代から、現代の若者はこれだけの不遇な境遇にありながらなぜ大規模なデモや社会運動を起こさないのか、疑問の声が出てゐる。

 啄木の生きた明治末期から大正にかけてと平成は時代状況が似てゐる。啄木は元号が大正に変はる直前に亡くなったが、大正時代はまさに啄木が憂慮してゐた閉塞感を増す時代になって行く。

 啄木の生きてゐた時代と今の時代との共通点はたくさんあると思ふが、例へば次のやうな文章はどうだらう。

しかも今日我々が父兄に対して注意せねばならぬ点がそこに存するのである。けだしその論理は我々の父兄の手にある間はその国家を保護し、発達さする最重要の武器なるにかかわらず、一度我々青年の手に移されるに及んで、まったく何人も予期しなかった結論に到達しているのである。「国家は強大でなければならぬ。我々はそれを阻害(そがい)すべき何らの理由ももっていない。ただし我々だけはそれにお手伝いするのはごめんだ!」これじつに今日比較的教養あるほとんどすべての青年が国家と他人たる境遇においてもちうる愛国心の全体ではないか。

(青空文庫より引用、以下も同じ)
 
 私はこの箇所を読んで、現代の2chねらーを思った。「ネット右翼」と呼ばれるほどの愛国心の持ち主でありながら、自らは「ただし我々だけはそれにお手伝いするのはごめんだ!」と言って、自衛隊に入隊するわけでもなく、それどころか社会にも参加せず「自宅警備員」に留まる2chねらーたち。

 啄木は当時のフリーター・ニート問題について言及してゐる。

時代閉塞の現状はただにそれら個々の問題に止まらないのである。今日我々の父兄は、だいたいにおいて一般学生の気風が着実になったといって喜んでいる。しかもその着実とはたんに今日の学生のすべてがその在学時代から奉職口(ほうしょくぐち)の心配をしなければならなくなったということではないか。そうしてそう着実になっているにかわらず、毎年何百という官私大学卒業生が、その半分は職を得かねて下宿屋にごろごろしているではないか。(中略)かくて日本には今「遊民」という不思議な階級が漸次(ぜんじ)その数を増しつつある。今やどんな僻村(へきそん)へ行っても三人か五人の中学卒業者がいる。そうして彼らの事業は、じつに、父兄の財産を食い減すこととむだ話をすることだけである。


 「遊民」は100年前の「ニート」である。啄木自身も、これだけ頭が良く才能もありながら、遊民に近い不安定な非正規雇用であった。
 在学時代から本業の学問はそっちのけで就職口の心配、社会人になっても親の経済力に頼らなければとても生活していけない状況など、現代にそっくりではないか。


・立ち上がらない若者への不満

 啄木のふつふつとした怒りが行間に滲み出てゐるのが読み取れるだらう。「父兄」の世代は楽に就職できたのに、自分たちの世代はこんなにも就職に苦労してゐる。そして貧困に喘いでゐる。
 では、啄木の怒りの矛先は「父兄」に向かってゐたのであらうか。さうではない。そんな社会を父兄に任せっきりにしてゐる同世代の若者へ向かってゐるのだ。

我々日本の青年はいまだかつてかの強権に対して何らの確執をも醸(かも)したことがないのである。したがって国家が我々にとって怨敵となるべき機会もいまだかつてなかったのである。/じつにかの日本のすべての女子が、明治新社会の形成をまったく男子の手に委(ゆだ)ねた結果として、過去四十年の間一に男子の奴隷(どれい)として規定、訓練され(法規の上にも、教育の上にも、はたまた実際の家庭の上にも)、しかもそれに満足――すくなくともそれに抗弁する理由を知らずにいるごとく、我々青年もまた同じ理由によって、すべて国家についての問題においては(それが今日の問題であろうと、我々自身の時代たる明日の問題であろうと)、まったく父兄の手に一任しているのである。これ我々自身の希望、もしくは便宜(べんぎ)によるか、父兄の希望、便宜によるか、あるいはまた両者のともに意識せざる他の原因によるかはべつとして、ともかくも以上の状態は事実である。国家ちょう問題が我々の脳裡(のうり)に入ってくるのは、ただそれが我々の個人的利害に関係する時だけである。そうしてそれが過ぎてしまえば、ふたたび他人同志になるのである。


 こゝに啄木の痛烈な批判が見てとれる。直接個人的利害に関係すること以外、国家の問題を論じようとしない若者に苛立ってゐるやうに見える。
 ではなぜ若者は立ち上がらないのか。その理由について啄木はかう言ふ。

むしろ当然敵とすべき者に服従した結果なのである。彼らはじつにいっさいの人間の活動を白眼をもって見るごとく、強権の存在に対してもまたまったく没交渉なのである――それだけ絶望的なのである。


 社会に参加せず選挙の投票にも行かず、自宅に引き篭もりネットの世界に引き篭もってゐる現代の若者たちも、やはりこの社会に絶望してゐるのであらうか。啄木は「当然敵とすべき者」だと言ってゐる。だが若者はそれを敵と思ってゐるかゐないかは分からないが、少なくとも服従してしまってゐる。


・現代の時代閉塞感

 私がこゝで「現代」と言ふのは、1990年代後半以降今に至るまでの長い長い閉塞の時代のことである。

かくて今や我々には、自己主張の強烈な欲求が残っているのみである。自然主義発生当時と同じく、今なお理想を失い、方向を失い、出口を失った状態において、長い間鬱積(うっせき)してきたその自身の力を独りで持余(もてあま)しているのである。すでに断絶している純粋自然主義との結合を今なお意識しかねていることや、その他すべて今日の我々青年がもっている内訌(ないこう)的、自滅的傾向は、この理想喪失(そうしつ)の悲しむべき状態をきわめて明瞭に語っている。――そうしてこれはじつに「時代閉塞(じだいへいそく)」の結果なのである。


 バブルが弾けて1995年頃にはっきりと不況が自覚された頃、多くの人はそれを一過性のものだと思ってゐた。しかし不況は長引き、時代の空気は固定され、それは「失はれた10年」となり、さらに長引いて「失はれた15年」となり、そして「失はれた20年」にならうとしてゐる。
 この失はれた時代に社会に出た世代はその名も「ロストジェネレーション」と呼ばれてゐる。大学卒業時に就職氷河期で就職できず、中途採用を狙ってゐた時期もずっと不況で正社員にはなれず、結局フリーターなどの非正規雇用で糊口を凌ぐしかなかった。

我々青年を囲繞(いぎょう)する空気は、今やもうすこしも流動しなくなった。強権の勢力は普(あまね)く国内に行わたっている。現代社会組織はその隅々(すみずみ)まで発達している。――そうしてその発達がもはや完成に近い程度まで進んでいることは、その制度の有する欠陥(けっかん)の日一日明白になっていることによって知ることができる。


 こゝで啄木が「流動しなくなった」と言ってゐるのは、景気の上下といったことではない。現代で言へば、大企業の新卒一括採用主義とかさういった旧弊の社会システムのことを言ってゐる。

戦争とか豊作とか饑饉(ききん)とか、すべてある偶然の出来事の発生するでなければ振興する見込のない一般経済界の状態は何を語るか。


 2007年、赤木智弘は「希望は、戦争」と言った。戦争のやうな大きな出来事でも起こらないかぎり、この停滞感・閉塞感から抜け出られない、といふ気持ちがそこにはある。


・啄木の敵は国家であった、現代の若者の敵は何か

 啄木が宣戦布告した「敵」は国家であった。現代の私たちの敵は誰であらうか。
 かつて赤木智弘が「丸山眞男をひっぱたきたい」と言ったとき、私が最初に感じたのは「ひっぱたく相手を間違へてゐる」といふことだった。
 ネット上の若者の間では、その「敵」は「マスゴミ」であったり「公務員」であったり「リア充」であったりするが、往々にして「勝ち組」の人たちがその対象になることが多い。しかし勝ち組の人たちを自分たちと同じ境遇まで引きずり下ろして何にならう。むしろ自分たち負け組が人間としての最低限の尊厳や生活が保障されてゐないこと、結婚したくても結婚を諦めざるを得ないほどの低賃金、「ブラック」と言はれ心身を壊してしまふほどの異常な長時間労働、さうした社会システムをこそ敵と見做すべきではないのか。

 だが実際のところ、現代において何が「強権」の「敵」なのか私にははっきり判ってゐない。政治家?官僚?マスコミ?しかしマスコミが何かの批判記事を書くよりも、ネットで「祭り」の対象にした方がはるかに攻撃力が強い場合もある。何が本当の「強権」であるかを見抜くのは難しい。


・希望はなくとも必至のために起て

 しかしそれでも私たちはこの閉塞感を打破するために動かなくてはならない。都会人の一票の軽さや若者層の票数の少なさに絶望して選挙に行かないでゐるわけにはいかない。

 26歳の若さで亡くなった啄木は、ぢつと手を見ながら絶望のうちに旅立って行ったのだらうか。縦令、啄木に希望がなかったとしても、啄木はその歩みを最後まで止めようとはしなかった。
 啄木の力強い言葉を最後に紹介しておかう。

かくて今や我々青年は、この自滅の状態から脱出するために、ついにその「敵」の存在を意識しなければならぬ時期に到達しているのである。それは我々の希望やないしその他の理由によるのではない、じつに必至である。我々はいっせいに起ってまずこの時代閉塞(へいそく)の現状に宣戦しなければならぬ。


 啄木が100年の時を超えて、現代の私たちに語りかけてゐる。





(おまけ)

 歿後100年を機に、子どもの頃から馴染みの啄木ゆかりの地をあらためて散歩してきた。

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(2012年4月撮影、以下も同じ)

 啄木が住んでゐた本郷弓町の家。写真中央の理容店の2階に住んでゐた。建物は当時と変はってゐる。道路拡幅により場所も若干動いてゐる。


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 そのアライ理容店の店頭に掲げられてゐる案内板。昔は喜之床と言った。


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 その昔の「喜之床」はこんな感じでしたよ、といふ写真も店頭に掲げてくれてゐる。


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 こちらは変はって小石川の啄木が最後に住んでゐたところ。写真中央のビルのあたり。建物も変はってしまって、特に風情も何もない。


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 そのビルの壁面に掲げられてゐる東京都教育委員会による案内板。平成二〇年設置となってゐるが、かういふ案内板は昔からある。建物の取り壊しなどでたびたび掛け替へられてゐるのである。


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