暫定龍吟録

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ハードディスクの保証書とは何か

 最近、レンタルサーバーの「ファーストサーバ」といふ会社が大規模障礙を起こし、多数の顧客のデータを大量に消失してしまひ復旧できないといふ出来事があった。

 ファーストサーバで大規模なデータ障害 顧客データが消失 - ITmedia ニュース(2012/06/22)

 ファーストサーバは私も以前、利用を検討したことがあって名前を知ってる会社であり、似たやうなレンタルサーバーサービスを使ってゐたことがある身としては、今回の事は他人事とは思へなかった。

 今回の件に対しての人々の意見の中に、「稼働率100%を謳ってたくせに」といふものがあった。
 私は最近のレンタルサーバー事情を知らなくて、この「稼働率100%」の意味を調べてみたところ、最近のレンタルサーバー会社の多くが「SLA(Service Level Agreement、品質保証制度)」といふものを導入してゐることが判った。そしてこの制度によって、稼働率、つまり稼働時間が限りなく100%に近いことを保証してゐた。

 しかし、問題はそこではないのではないか。大手の有名サイトでさへ、アクセス過多によるサーバーダウンなどで一時的に繋がらなくなることは偶にある。客にとっては「24時間繋がる」ことよりもデータを守ってくれることの方が大事なのではないか。

 この「SLA」が保証してゐる「品質」とは何なのか。それはよく読むと稼働率のことだけであることが分かる。つまり、データを守るためのサーバーの重厚性や安全性を保証してゐるわけではないのだ。

 そして約款を読むと、データについては保証しない、利用者が自分でバックアップを取れ、サーバーの故障などでデータ消失などの損害が起きても責任は取らない、といふことがちゃんと書かれてゐる。

 以下、ファーストサーバの「レンタルサーバサービス利用契約約款」より抜粋。

第16条(データの保管およびバックアップ)
1. 契約者は、本サービスが本質的に情報の喪失、改変、破壊等の危険が内在するインターネット通信網を介したサービスであることを理解した上で、サーバ上において利用、作成、保管記録等するファイル、データ、プログラム及び電子メールデータ等の全て(以下「契約者保有データ」といいます。)を自らの責任において利用し、保管管理し、且つ、バックアップするものとします。
2. 当社は、システム保安上の理由等により、契約者保有データを一時的にバックアップする場合があります。ただし、当該バックアップは、契約者データの保全を目的とするものではなく、当社が契約者からの当該バックアップデータの提供要求に応じる場合であっても、当社は、当該データの完全性等を含め何らの保証をしません。
3. 契約者が契約者保有データをバックアップしなかったことによって被った損害について、当社は損害賠償責任を含め何らの責任を負わないものとします。

第35条(免責)
4. 当社は、システムの過負荷、システムの不具合によるデータの破損・紛失に関して一切の責任を負いません。



 つまり、ファーストサーバは、SLAに伴ひ毎月の利用料や年間利用料などは返却することはあるかもしれないが、データ消失による何億円、何十億円といふ損害については賠償しなくてもいいといふことになる。
 だが、これはファーストサーバが特別に悪質とかいふことではなくて、どこのレンタルサーバー会社もだいたい似たやうな決まりになってゐるのである。

 そして、今回のファーストサーバの件で私が思ひ起こしたのは、ハードディスクの保証書のことだ。


ハードディスクの保証書は何を保証してゐるのか

 外付けのHDD(ハードディスクドライブ、以下「ハードディスク」)などを買って来ると保証書が付いてゐる。何年も前からずっとこの保証書の意味について考へてゐた。

 ハードディスクがある日突然壊れて中に入ってゐたデータがすべて消えてしまった、取り出せなくなった、さういふ経験をしたことのある人は世界にたくさんゐるだらう。「大切なデータが入ってたのに!」、「なんとか中のデータを復旧・救出できないか」、さういふ嘆き節をネットでたくさん見てきた。

 さうした質問に対する自己責任論者たちの回答はだいたい決まってゐて、「自分でちゃんとバックアップを取ってゐないから悪いんです」、「ハードディスクは壊れやすいからデータの長期保存に適しません。半永久的に取っておきたいデータならCD-RやDVD-Rなどの記録媒体にバックアップを取っておくべきです」などなど。

 以前、「教えて!goo」で、パソコンに詳しい人が「私は外付けハードディスクを買ふときは同じ物を2個買ふやうにしてゐます。そして同じデータを必ずその両方に入れておくやうにしてゐます」と回答してゐるのを見た。
 それは無理だ。だがパソコンに詳しい人は「データが大事ぢゃなかったんですか!」と一喝するだらう。それは手術代を渋る患者に対して「命とどっちが大事なんですか!」と怒る医者と似てゐる。腕時計が大好きな人は、「安いヤツでいいや」と言ふ一般人に対して「いや、時計だけは少々高くてもいいヤツを買った方がいい」などと言ふ。
 専門家は自分の専門分野の物の価値がよく分かってゐるし、また自分が最も興味のある分野でもあるから、幾らでもお金をかけられるだらう。しかし一般人は自分が興味のない分野のことにはできるだけお金はかけたくないものだし、かけられない。新製品のハードディスクが手元に届いてもあなたのやうに別に心がウキウキするわけではないのだ。

 自分でバックアップを取っておけ、と言ふが、自分でハードディスクを買って来てデータを入れる(コピーする)のも、自分でレンタルサーバーを契約してそこにデータを入れるのも、自分でやってゐるバックアップの一環ではないのか。
 半永久的な保存場所としては適さないかもしれないが、しかし、ハードディスクはデータの一時的な保管場所ではある。

 ハードディスクを買ったときには「保証書」が付いて来る。
 注意したいのは、レンタルサーバーであってもハードディスクであっても「ほしょう」は「保証」であって「補償」ではない、といふことである。「補償」だったらデータ消失によって大きな損害が出た場合その賠償金を払って償はなければならないことになるが、さうした賠償金は払はないといふことである。あくまでもハードディスクとしての品質を保証してゐるのである。「保証」は、確かだと請け負ふことである。

 しかし、では、ハードディスクの品質とは何であらうか。
 データが読み書きできること。そしてある程度の速度があること。だが、それだけではあるまい。やはり、一時的にではあれ、データを保管するといふ役割もハードディスクの大きな役割であらう。それもハードディスクに求められる品質の一つであらう。

 「故障したのが、保証書の期間内(だいたい1年間が多い)であれば、無償で修理(たゞし初期化するのでデータは戻らない)、または無償で新品と交換いたしますよ」と言ふ。それがハードディスクの保証書の意味である。
 そこで「無料で新品に取り替へてもらへた!」と言って喜ぶ人は誰もゐない。ユーザーにとって大事なのはデータであって機械の箱ではない。
 そもそももし1年以内に故障したのであれば、「1年間はちゃんと動く」といふ品質すら保証してゐない。

 かうなってくると、ハードディスクの保証書とはいったい何を「保証」してゐるのか、といふ疑問が出て来る。あるいは、ハードディスクの保証書は何のためにあるのか。

 ハードディスクの保証書は何のために存在するのか。
 「1年間は保証します。でも1年以内に故障することもあるかもしれません。その時は無償で修理させていただきます」。
 これは何を請け負ってゐるのか。何を「保ち」、「証し」てゐるのか。


人のデータを預かるといふことの重さ

 以前も書いたが、私はもし自分がIT企業の社長だったらブログサービスは手がけたくないと思ふ。

 レンタルサーバーにしろ、ハードディスクにしろ、ブログサービスにしろ、データを扱ふといふことは大変なことだ。縦令、データについては免責されてゐるにしろ、人の一生の記録を預かりあるいは扱ふことに私は空恐ろしさを感じる。機械の故障にしろ操作ミスなどのヒューマンエラーにしろ、たくさんの人の厖大な全記録や思ひ出を一瞬で消してしまふなんてとんでもないことだ。

 上記ファーストサーバの件に関して「単にセキュリティシステムの構築の仕方の問題ぢゃないの?」と言ふ人がゐる。しかし、そのちょっと前に起こったAmazonクラウドのトラブルでは、二重三重に設けてゐた防護策が次々と倒れて行ったことが次の記事などで紹介されてゐる。

 Amazonクラウド先週のシステム障害、原因は電源トラブル。二重三重の防護策が次々と倒れる - Publickey(2012/06/21)

 Amazonのやうな大会社でさへ、かういったことがあるのだ。確実に安全なセキュリティシステムを構築することは簡単なことではない。そこでは「フェイルセーフ」の仕組みなどさまざまな安全対策が課題となってくるが、安全性の問題については、また別稿に改めることにしよう。