暫定龍吟録

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『エミール』を読む -ルソー生誕300年-

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 今日2012年6月28日は、18世紀フランスの思想家、ジャン・ジャック・ルソー生誕300年の日になる。

 私は大学生の時ルソーを読んで少なからぬ影響を受けてゐる。生誕300年のルソーイヤーである今年、あらためてルソーのこと、『エミール』のことを書き留めておきたい。たゞし思想には深入りしないで個人的なメモ書き程度に。


私とルソー

 大学で教育学を専攻した私にとって、教育学の古典であるルソーの『エミール』は言はば必修テキストのやうなものであった。それで大学に入ってから何の予備知識もなく読み始めた。
 それから只管『エミール』を読む日々が始まった。「遅読」な私は『エミール』を読むのに10カ月もかゝった。偶に思ひ出したときに少しづつ読み進めてゐたとかいふことではなく、授業を受けたり寝たり食事をしたりする時以外はずっと読んでゐたし、『エミール』を読んでゐる間は他の本に浮気したりもしなかった。毎日何時間もずっと『エミール』(日本語)だけを読み続けて、それで読み終はるのに10カ月もかゝってゐる。
 正確なタイムスケジュールに従って一日を過ごすことで有名だったドイツの哲学者カントが『エミール』を読み耽って日課の散歩を忘れた、といふ逸話はよく知られてゐるが、私はそこまで夢中になってゐたわけではなく、たゞ「読まなければ」といふ思ひで読んでゐた。
 『エミール』を読み終わった後は『新エロイーズ』なども読んだ。


ルソーの人物像

 あれだけ有名な教育書を書いた人なのだから、さぞや立派で高人格な人だったのだらうと思ひきや、ルソーが人間として、あるいは教育者どころか人の親としてもかなりダメダメな人間であったらしいことはさまざまな本に書かれてゐる。愛人との間に5人の子どもを作って5人とも孤児院に送ったとか、世界で最も有名な教育論を書いた人とは思へないやうな私生活ぶりである。
 また、スコットランドの哲学者ヒュームと親交があったが、“いい人”ヒュームが友人のルソーのためにいろいろ世話をしてくれたのに、ルソーは恩を仇で返すやうなことをしたり一方的に迷惑をかけまくったりしてゐた。
 この辺りの話は、福田歓一『ルソー』(岩波現代文庫)などに詳しい。

 しかし、ルソー本人の名誉もあるだらうから、ダメ人間ぶりはこゝではあまり書かないでおかう。
 ルソーはあまり恵まれた少年時代を過ごさなかった。38歳頃に『学問芸術論』がアカデミー懸賞論文に入選して有名になるまでは結構不遇な人生であった。特に10代の頃の放浪の生活はルソーの心に暗い影を落としてゐるかもしれない。


「自然にかへれ」の思想

万物をつくる者の手をはなれるときすべてはよいものであるが、人間の手にうつるとすべてが悪くなる


 ルソー自身は一言も言ってないが、『エミール』の思想はよく「自然にかへれ」といふ言葉で言ひ表される。

 私は特にこの思想に影響を受けた。このブログの副題である「反便利、反インターネット的」といふ私の考への傾向も『エミール』の影響を受けてゐるだらう。
 「人間の手にうつるとすべてが悪くなる」とは言ってゐるが、これは冒頭の言葉なので多少センセーショナルに書いたものであらう。必ずしも「人工」を軽視してゐるわけではなくて、むしろきちんとした教育を行ふことでよくなる、といふ考へ方が看てとれる。そして『エミール』においては、それが「どのやうな教育を行ふか」ではなく「どのやうな教育を行はないか」といふ形で表れる。

わたしの教育の精神は子どもにたくさんのことを教えることではなく、正確で明瞭な観念のほかにはなに一つかれの頭脳にはいりこませないことにある



『エミールの史料的価値』

 『エミール』は単に教育論としてだけでなく、史料的な価値もある。以下は、私が読んでゐて気付いた3つの点である。


<1. フランス革命の予見>

あなたがたは社会の現在の秩序に信頼して、それがさけがたい革命におびやかされていることを考えない。そしてあなたがたの子どもが直面することになるかもしれない革命を予見することも、防止することも不可能であることを考えない。高貴の人は卑小な者になり、富める者は貧しい者になり、君主は臣下になる。そういう運命の打撃はまれにしか起こらないから、あなたがたはそういうことはまぬがれられると考えているのだろうか。


 『エミール』の初版は1762年、その27年後にフランス革命が起こる。まさにルソーの子ども世代がフランス革命に直面してゐる。もっともルソーの思想が大きな影響力をもってフランス革命を誘引した面もある。


<2. 日本への言及>

 日本人としては気になるところ。

人類の三分の二はユダヤ教徒でもマホメット教徒でもキリスト教徒でもないし、モーセとかイエス・キリストとかマホメットとかの話をいちども聞いたことのない人間が何百万いることだろう。(中略)布教師たちは日本に行ってるのか。かれらの策動はかれらを日本から永久に追放させることになってしまったし、またそこでは、かれらの先駆者たちは、新しい世代の人々には、偽善的な熱意をもってやってきて、武力をもちいずに国を奪おうとしたずるい策謀家として知られているにすぎない。


 18世紀のヨーロッパ人であるルソーが、宣教師たちの日本における布教活動やその後の禁止令など、遠い日本のことをこゝまで詳しく知ってゐたことに驚く。


<3. モーツァルトへの言及>

すらりとした体つきの器用な子どもが、大人がもつことのできるのと同じくらいの敏捷さを手足のうちにそなえているのを見ることほどありふれたことはない。(中略)十歳ですばらしくうまくクラヴサンを演奏したイギリス娘のことをパリの人はみんなまだ覚えている。


と書いたところで、ルソーは原注(ルソー自身による注)で、

その後、七歳の男の子がもっと驚くべきことをやっている。


と一言だけ書き足してゐる。この7歳の男の子こそ、後に世界的な音楽家として名を成すモーツァルトである。モーツァルトは1763年、7歳のとき、フランスの宮廷でクラヴサンで自作のソナタを演奏してゐる。ルソーはそれを新聞かなにかで知ってゐたやうである。


ルソーと「むすんでひらいて」

 余談だが、日本で今でもよく知られてゐる童謡「むすんでひらいて」の原曲の作曲者はルソーである。ルソーは音楽家でもあった。

 もともとルソーが作った《村の占師》(Nouvelle Romance de J.J. Rousseau)といふオペラの劇中の音楽だった。それを誰かが編曲し《J.J.ルソーの新ロマンス》(Nouvelle Romance de J.J. Rousseau)になった。
 そして、1812年(ルソー生誕100年)に、ヨハン・バプティスト・クラーマーJohann Baptist Cramerが《ルソーの夢、ピアノフォルテのための主題と変奏曲》(Rousseau's Dream, An Air with Variations for the Piano Forte)として発表した。こゝで作られた「ミーミレドード」の主題旋律が大きな流行を生み出した。


(13秒あたりから)

 フランス、イギリス、アメリカと伝はって行き、アメリカでは「ロディーおばさん」の歌などとしても知られる。


(30秒あたりから)


 そして、海を越えて日本にも賛美歌として伝はった。それが軍歌になったりいろいろな歌詞の変遷を経て、今の「むすんでひらいて」の歌になってゐる。中国や韓国にも同様の歌があるらしい。

 このあたりの歴史は海老沢敏『むすんでひらいて考-ルソーの夢』(岩波書店)に詳しい。


ルソーと現代

 21世紀の現代、多数決によって決めたはずのことが必ずしも満足のいく結果でなかったり、「民主主義って何なの?」と思ふやうな機会に出会ふことも少なくない。ルソー生誕300年を機に、『エミール』だけでなく『人間不平等起源論』や『社会契約論』などの古典も含め、あらためてルソーが読み返されてよい時だらうと思ふ。


※参考文献:記事中の引用もすべて、今野一雄訳『エミール』(岩波文庫)1962年(ルソー生誕250年)発行
 『むすんでひらいての謎』(キングレコード)2003年