暫定龍吟録

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人間味あふれる大正天皇

 今日8月31日は大正天皇の誕生日。明治(11月3日)と昭和(4月29日)は祝日になっているが、大正天皇の誕生日は祝日にはなっていない。

 大正天皇は明治と昭和の二人の偉大な天皇に挟まれて存在感が薄い。時代としても激動の時代だった明治と昭和に挟まれて大正時代は短く、そしてそこまで大きな出来事がなかっただけに存在感が薄い。

 しかし大正天皇はもっと評価されていい。進歩的な思想の持ち主であった。当時としてはあまりにも進みすぎていたために周りからの理解を得られなかった。

 身体が弱かったとか精神薄弱であったとかいろいろな良くない噂を立てられ、その後のイメージに影響した。
 身体面について言えば、ご健康な時と健康を崩されている時期とあった。生涯にわたってご病弱であったわけではない。そしてそれ以外の噂については単なる噂の域を出ていない。

 ご家族で合唱を楽しまれるなど家庭的な天皇であった。側室を廃して一人の女性とのみご結婚された。

 三島中洲から手ほどきを受けて漢詩がお得意であった。外国語も堪能で世界情勢に興味を持たれていた。朝鮮半島に行かれたときは、若き皇太子李垠と親しくなり、朝鮮語にも関心を持たれた。

 堅苦しいことがお嫌いで自由に振舞われるのがお好きだった。しかし立場上、どこへ行くのにも「お付きの者」が付いてくるのが常だった。

 九州の香椎宮に松茸狩りに行かれた時、あまりにも不自然にたくさんの松茸が生えているのを見抜いてご指摘になった。もちろん、皇太子に失礼なことがあってはならないということで関係者があらかじめたくさん置いておいたわけだが、そういう不自然な演出を嫌われた。しかしもちろん関係者の苦労や気遣いは理解されていた。

 大正天皇に纏わるエピソードの中でも特に私が好きなエピソードは次のものだ。

 明治44年11月、大正天皇がまだ皇太子であった頃に、兵庫県武庫川に演習見学に行ったときのこと。いつものようにお付きの者がたくさん付いてまわって日程をこなしていたのだが、不意に学習院時代の旧友、桜井忠胤の家を訪れた。予定にはないことだったが、どうせ兵庫県まで行くなら友達の家を訪れたいと前々からお考えであったのだろう。
 びっくりしたのは桜井で、突然訪れた皇太子にひれ伏し、「今回は恐れ多き光栄を賜り誠に恐縮に存じ奉る」と言うのが精一杯だった。それはそうだろう。皇太子がいらっしゃるというのに何のお出迎え、おもてなしの準備もできていなかったのだ。
 しかしそれが大正天皇の狙いだった。自分のために豪勢な準備をされた上で会うのではなく、自然体な形で会いたかったのだ。だからこそ、秘密裏にしていたのだ。
 「今度は軍人となって来たのだから恐縮だの恐れ多いだのは止めにして呉れ、そう慇懃では困る」。
 「桜井、今日は恐慌だなどは一切よせよ、お前は学校に居る時、俺と鬼ごっこの相手ではないか、今は此処に住んで何をしているか、どうも騒がしたなア桜井、又来るよ」
 そう言って、旧友の家を後にした。窮屈な「業務日程」の中での、ほんの一瞬の楽しい時間であった。

 こうしたエピソードから窺えるのは、人間的な、あまりにも人間味あふれる天皇像である。

 大正天皇が当時いかに人気があったか。

 先日、ロンドンオリンピックのメダリストたちが銀座で凱旋パレードをした際に50万人の人出があったとして話題になったが、1915年の即位の大礼後に東京にご還幸の時には東京駅に300万人もの人が出迎えた。

 現在復元工事が進められている東京駅は大正天皇のために建てられたと言ってもいい建造物である。

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(2012年8月の東京駅)

 大正天皇が崩御された1926年12月25日のロサンゼルス・タイムズ紙は

嘉仁は日本の最も人気のある元首の一人であった。外国語が達者で、「世界平和や国際道徳に関し、進んだ思想」の持ち主だといわれていた

と書いた。

 『大正天皇一躍五大洲を雄飛す』を書いたフレドリックR.ディキンソンは、

儀式的役割に集中するかぎり、大正天皇は立派な君主だったと言わなければならない

世界の流行に深く馴染んでいた嘉仁が日本帝国の二〇世紀入りを見事に導いた

と言っている。

 何れも高評価である。

 そんな人気のあった天皇も時代が変わり、昭和の軍国主義の強まる風潮の中で、次第に評価が変わっていった。

 私は見てないのだが、数年前に「英国王のスピーチ」という映画が流行った。現エリザベス女王の父、ジョージ6世の話で吃音に悩んでいた英国王が最終的に感動的なスピーチができるようになるという話だそうだ。

 日本でも「大正天皇の勅語」または「大正天皇のお言葉」という映画を作ったらどうだろう。

 日本では2000年にやっと原武史が大正天皇のプラスイメージ復権の先鞭をつけた。しかし遅すぎたぐらいだ。そしてまだ物足りないと感じる。
 今年2012年は大正100年。人間味あふれる大正天皇のプラスイメージがもっともっと広がっていけばいいと思う。


(参考文献)
 以下の二書を参考にした。

大正天皇 (朝日選書)大正天皇 (朝日選書)
(2000/11)
原 武史

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大正天皇―一躍五大洲を雄飛す (ミネルヴァ日本評伝選)大正天皇―一躍五大洲を雄飛す (ミネルヴァ日本評伝選)
(2009/09)
フレドリック・R. ディキンソン

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