暫定龍吟録

反便利、反インターネット的 This blog has not been updated since 2016

本格的なビッグデータ時代到来の前に心がけておきたいこと

 コンビニで菓子パンを買うときに、いつも心の中で呟いていることがある。

 (私は決してこのパンを気に入って買うんじゃないんですよ。他にマシなのがないから仕方なく買うんですよ。)

 普段よく行くコンビニには、本当にろくな菓子パンがない。菓子パンコーナーは広いが私の好みに合うようなパンは全然無く、いつも選択に迷う。
 菓子パンコーナーには毎日のように「新商品」と書かれたシールを貼ったパンが並んでいて、従来のラインナップのパンにお気に入りのものがないので、私はよく新商品のパンを手にする。

 この新商品は、新商品開発会議室で検討されて店頭に並んでいるものだろう。しかし、せっかく良さそうな新商品が出て来ても、大抵はすぐに姿を消してしまう。新商品のパンがレギュラーの座を獲得することはほとんどない。

 コンビニ会社上層部の新商品開発戦略室の人たちは、全体的な売上のデータを持っているだろう。そのデータを見て何を思うか。

 「新商品はよく売れます。これは消費者にとって目新しいからだと思います」
 「新しいものは誰でも一度は試しに買ってみようと思うから売れるのでしょう」

と分析しているだろうか。

 しかし私のように現状のラインナップが全然満足いくものでないから、しかたなく消極的に選択しているということもある。


データの読み方

 あるコンビニでは、客の性別や年齢を把握して、その店舗にどの年齢層の客が多くてどういう商品を買っていくかを分析しているという。

 ここに「A町店は他の店舗にくらべて若年層の客が多い」というデータがあったとしよう。これを見て、上層部はどのような戦略を立てるべきだろうか。
 「A町店は若者客が多いので、若者向けの商品を多く置くようにしよう」という結論を出すだろうか。

 私はそれはデータの分析と活用の仕方としては誤りだと思うのである。A町には元々高齢者がたくさん暮らしていて、だけどもあそこのコンビニには高齢者向きの商品が少ないという理由で来店を避けていたのかもしれない。
 「若者向けの商品を増やす」という対策は、そうした潜在的な高齢者客を見逃しているばかりでなく、ますます高齢者の足を遠ざけるという負のスパイラルを齎すことになる。


全体的な傾向に対する小さな抗い

 普段ネットを使っているとき、例えばYahoo! JAPANのような大きなサイトで興味深い記事が書かれたサイトへのリンクが張られていたとき、私はそのリンクをクリックせずにわざわざ別の検索サイト経由でそのサイトを見に行くことがある。

 データを分析している人は「この日に急にアクセスが増えたのはヤフーにリンク付きで紹介されたからだな。ヤフーからのリンクを辿って来ている人がほとんどだな」などと見る。

 こうした全体的な傾向づくりに自分が貢献しないように、わざわざ別経由で見に行ったり、2、3日経ってから見に行ったりという「小回り」をすることがある。

 Amazonを見るときも、関聯商品はなるべくクリックせずに、まったく関係ない商品や本を見ることで、レコメンデーションの予想を外そうと試みる。

 しかし、こうした小さな抗いもビッグデータの前には風の前の塵に同じである。
 「私は人とはちょっと変わってるんです」とか「自分は珍しいタイプなんです」などと思っていても、ビッグデータから見れば、ちゃんと全体の標準偏差の中に収まっている。


個人の行動は予測できるか

バースト!  人間行動を支配するパターンバースト! 人間行動を支配するパターン
(2012/07/25)
アルバート=ラズロ・バラバシ

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 先日、アルバート=ラズロ・バラバシの『BURSTS』を読んだ。ビッグデータ時代の到来に伴い、全体的な社会傾向だけでなく、個人の行動までも予測できる時代の到来の可能性について書かれている。

 未来予測がかなりの確率で可能になる時代がやってくるかもしれない。

 これを気持ち悪いと感じる人も多いだろう。
 うまいダジャレを思いついて口にした瞬間に「言うと思った」と人から言われるとがっかりする。自分の行動を見透かされているのはなんとなく良い気持ちはしないだろう。

 私たちは、これからはもうコンピューターの予測した通りに生きていくしかないのだろうか。


ビッグデータをつくるのは誰か

 私はよくJRの社長とコンビニの社長と大企業の社長とのこんな会話を想像する。

 私「JRの社長さん、なんで深夜1時まで電車が走ってるの?」

 JR「現代は人々の生活が多様化しているでしょう?深夜遅くまで働いている人もいっぱいいるから、なるべく遅くまで電車を走らせておかなきゃいけないんですよ」

 私「コンビニの社長さん、なんでコンビニは24時間あいてるの?」

 コンビニ「現代人の生活時間の多様化に対応しています。電車が深夜1時まで走ってます。その終電に乗って帰って来た人が何か食べ物を買おうとしても、もう商店街もスーパーも閉まってる。だからコンビニは開けておかなくてはいけない。コンビニは現代人にとっての大切なライフラインなんです」

 私「大企業の社長さん、なんで夜遅くまで残業させているの?」

 会社社長「今は遅く帰ってもコンビニもありますしねえ。電車も遅くまで動いてるし」

 私「なんで残業は1時までなの?」

 会社社長「それ以降は電車がないからね」


 それぞれがお互いのことを理由にしている。
 現代人のライフスタイルの多様化に対応しているつもりである。

 しかし電車やコンビニなど「インフラ」とも言える会社の場合、自分たちの決定が現代の人々の生活スタイルに大きな影響を与える「与え手」である。
 電車が夜10時までしか走っていなかったら、多くの会社は残業の在り方を改めるだろうし、コンビニの閉店時間にも影響を与える。
 コンビニの閉店時間も同様に「コンビニがないと生きていけない」という人たちの生活の在り方を大きく変える。
 そして日本を代表するような大企業がフレックスタイム制などを導入したり休日の取り方などを変えていくことは、やはり日本全体への波及効果を齎す。取引先の小さな企業等はどうしても大企業の都合に合わせざるをえなくなってくるからだ。

 現代人に「対応」するのではない。JRやコンビニの社長に言いたいのは、自分たちが「現代人」をつくっているのだという意識を持ってもらいたい、ということだ。


ビッグデータ時代を生きる上で大切なこと

 好むと好まざるとにかかわらず、ビッグデータ時代はやって来る。
 だが、ビッグデータを無闇に怖れるのは間違っている。ビッグデータを形づくるのは結局私たち人間ひとりひとりだからだ。

 ビッグデータ時代を生きる上で大切な二つのこと。
 それは、一つはデータを読み誤らないこと。そしてもう一つは、ビッグデータにしろデータをつくるのは自分自身の行動だという意識を持つこと。

 データに対応していくという姿勢ではなく、データに先駆けるという姿勢が大切になってくるだろう。

 「傾向」も「法則」も自分がつくりだすのだ。