暫定龍吟録

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高橋是清とアベノミクスと昭和一桁の時代感

 麻生さんが高橋是清などという懐かしい名前を言ったものだから、高校時代によく高橋是清公園に行っていたことを思い出していた。

 麻生財務相、安部政権は高橋是清を模倣すると言う。高橋是清蔵相が昭和一桁の頃に行った一連の経済政策のことだ。
 民主党政権から安部政権に交代してから新日銀体制の下に「黒田バズーカ砲」と呼ばれる政策を矢継ぎ早に打ち出し、為替は円安になり輸出も上向きになり、景況感は上向いてきたところ。多くの日本国民は歓迎的に見ている。
 いよいよ「失われた二十年」と呼ばれた長かった不況から日本は抜け出せるのではないか、そういう期待感が世間を支配している。


昭和一桁と現代の時代感はよく似ている

 昭和一桁の頃の時代感と現代、平成25年の時代感はよく似ている。
 大正時代も平成時代に似て、平和ではあったがずっと景気はパッとしない時代だった。
 昭和に入ってすぐ金融恐慌が起こり、金輸出禁止措置が取られた。しかしその後の浜口雄幸政権は金解禁を断行し緊縮財政策をとった。これは世界の趨勢を見ての判断だったが、折悪しく昭和4年には米ウォール街から世界恐慌が始まり、日本は緊縮財政+世界恐慌のダブルパンチで深刻なデフレ不況に陥った。
 ここで再び蔵相の任に呼び戻された高橋是清が行ったのが金輸出再禁止であり、いわゆる「放漫財政」であり、世界恐慌後あらゆる国が経済不況に苦しむ中、日本をいち早くデフレ不況から脱出させることに成功したと言われている。

 今、安部首相が主導しているアベノミクスも高橋是清の経済政策によく似ている。

 そして、それ以外の空気感も似ている。ちょっと前に起きた大震災(関東大震災、東日本大震災)直後の混乱、国際的な枠組(国際連盟、TPP)に参加するかしないかで大きな議論になったり、国の意嚮とは違う石原(石原莞爾、石原慎太郎)の言動による中国との関係悪化等、昭和一桁の頃と平成25年の今は、なんとなく似ている。

 高橋の政策は他国から「近隣窮乏化策だ」との批判があったが、アベノミクスもウォン高で苦しむ韓国から批判が来ている。高橋の時はイギリスからだったのが、今回は本当に文字通り隣国の韓国から文句が来るようになった。


高橋是清の経済家としての優れた点

 高橋是清という人は思想的には、私はそんなに好きでもないが、しかし、評価すべき点が二点あると思っている。
 一点は、機を見るに敏であったこと。
 もう一点はバランス感覚である。

 高橋は、この財政政策をいつまでも続けたわけではなかった。それは高橋はあくまでも「放漫財政」を決して良しとはしていなかったからだ。高橋は合理的な人で何をするにも金(かね)の蓄えが必要だと考えていた。だから国が借金塗れでもよいとは思ってなく、放漫財政政策は深刻な不況から脱却するためのあくまでも一時的な策であると考えていた。

 私はアベノミクスが後世から評価されるかどうかは、政策の正しさや妥当性よりも、この「機を見るに敏である」かどうかにかかっていると思う。時機を逸したら大失敗に終わる可能性もある。

 二点目はバランス感覚。高橋是清は独特のバランス感覚の持ち主だった。
 「一時の反動景気に酔ふがごときは、最も禁物とせねばならぬところ」と高橋は戒めている。自らの政策がうまくいっても決して浮かれたりしない。
 引き締めの意識は誰よりも強く持っていた。

世間には、金輸出をさへ禁止すれば、直ちに好景気到来するものと速断せるものも無いではありませんが、左様に簡単には参りません。なるほど、これがために為替は低落し、対内的に物価昂騰し、対外的には却つて低落いたしますので、国内産業を刺戟し、外国貿易の上にも好果を齎すもののごとくでありますが、国民が今後緊張したる精神を以て、奮励事に当らなければ、将来の好結果は、俄に到来するものではありません。(高橋是清『随想録』)


 これは「金輸出禁止」のところを「金融緩和」に置き換えて読めば、まるで現代の私たちに向かって言っているような言葉ではないか。

 合理的な高橋は機を見て軍事費の増額にも反対した。「国防軍」を考えている安倍さんにはできるだろうか。


高橋是清を模倣するなら

 高橋は自らの政策を完遂できたのだろうか。それとも道半ばにして亡くなったのだろうか。二二六で亡くなっていなかったとしてもすでに高齢だったし、その後のインフレの責めまで高橋に負わせるのは酷なことかもしれない。

 高橋の時、即座に日本が不況から脱出できたのは、その直前の浜口・井上体制の時にじゅうぶんな財政の引き締めによる産業の合理化などがあったからだという見方もある。

 リフレーションだと思っていたら、行き過ぎたインフレーション、あるいは恐ろしいスタグフレーションに陥っていた、ということがないようにしたい。

 高橋是清を模倣するなら、その機敏さとバランス感覚をも見習わなければならない。


(おまけ)

 最後に高橋是清のロンドンでのエピソードを一つ。

私のよく知つてゐる人で、ロンドンにロスチャイルドといふ大資本家がゐますが、この人の家へ始終出入りしてゐるうちに、秘密課といふのがあるのを発見した。で、あるとき、何をする課ですか、と訊いてみたところが「君、それは何をするか言はないところが、即ち秘密課のゆゑんです」とて、なかなか話してくれませんでしたが、そのうちに話してくれましたよ。「貧民を助けるために、置いておくのだ。世間では私のことを金持だといふが、なるほど金もある。(中略)ところで、その金持を見込んでか、病気だから救つてくれとか、失業してゐるから金を恵んでくれとか、いろいろ哀れな手紙が沢山来るが、この手紙をすぐ信じて金をやつたり、面倒みたりしてゐたら、却つて世の中を害することになる。だからこの秘密課をおいて、さうした主義で一々調べてみて、本当に気の毒な人ならお金も送つて救ふことにしてゐる。しかし、決して助けられたといふことを、人に言つてはいけないと申しつけてあるのです。困つてゐる人達を救ふのは金持の義務です。(中略)」とロスチャイルドは言つてゐましたが、全くこの心がけには感心しました。
(高橋是清『随想録』)


 今の与党の政治家の中に、こうした精神を持つ政治家はいるだろうか。


(参考文献)
・高橋是清『随想録』中公クラシックス
・リチャード・J・スメサースト『高橋是清 ―日本のケインズ その生涯と思想』東洋経済新報社