暫定龍吟録

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「復興」の名の下に消されるもの 〜東日本大震災から五年〜

 あの日から今日で丸五年。
 今年は五周年というだけでなく、曜日も一致しているので、尚更にあの日を如実に思い出す。

 3月11日は痛恨の日。私は現代の日本で、一度の自然災害で一万人以上の死傷者が出るなんて思っていなかった。そういうのは発展途上国における話だと思っていた。

 あれだけの大きな被害があったのだから、当然に「大反省」が来るだろうと思っていたところに反省が来ていない。

 原子力発電所もそうだが、防潮堤とか、被災した学校校舎の取り壊しとか。

 防潮堤など、「世界最大級の防潮堤があるから大丈夫」と慢心して逃げるのが遅れたから被害が大きくなってしまっているのに、今また新たにもっと大きな防潮堤を建てようと計画している。

 小学校の校舎も取り壊そうという動きがある。「復興のため」。綺麗に取り壊して跡地に高層ビルや高層マンションでも建てればたしかに復興したように見える。
 しかし記憶は消える。すべては「なかった」ことになる。波に攫われていった子供たちなどいなかったことになる。「建物は取り壊しても、子供たちのことはちゃんと心に残っています」と言うかもしれない。でも大半の人は忘れる。人間はただでさえ忘れやすい生き物なのに痕跡や遺構がなかったらどんどん忘れていく。
 「復興」は大事だが、この言葉が国や不動産業者などが大好きな「再開発」のための名目に使われることを私は懼れる。
 震災からまだ五年しか経っていないのに、震災の被害に遭ったほとんどの建物は綺麗に取り壊され平地にされていると聞く。小学校だけでなく、もっと多くの公共の建物を遺構として残すべきではなかったのか。どうしてさっさと「片づけて」しまうのか。

 「見ていると思い出してつらいから」。関係者は確かにそうだろう。しかし広島の原爆の直接の「関係者」は今やほとんど居らず、それでいて原爆ドームが日本中のみならず世界中の人々に原爆の悲惨さを教えている影響力の大きさを思うと、建物を取り壊してしまうのはあまりにも乱暴すぎる。

 人間は歴史に学ばない。これだけの「大被害」があってもなお学ばないのなら、あの日の一万数千の命は浮かばれない。