暫定龍吟録

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ネット社会の伝言ゲーム

 小学校の頃、「伝言ゲーム」といふゲームがあつた。
 校庭に各クラス縦一列に並んで、一番後ろの子が先生からお題の文章を聞く。それをどんどん前の子へ前の子へと耳打ちで伝へていく。そのやうにして一番先頭まで行つたら、その一番前の子が先生に文章を伝へる。先生が皆の前でそれを発表し、元の文章がどれだけ正確に伝はつてゐるかをクラスの列ごとに競ふ。
 皆、後ろの子から回つてきた文章を、聞いて前の子へ伝へなければいけないわけだが、これがなかなか難しい。お題は大抵、長文で、一回聞いただけではなかなか覚えられないのだ。
 その長い文章が、先生の元に一字一句違はぬ形で戻つてくることは稀で、大抵の場合、どこかが省略されてしまつてゐたり、余計な文言が付け加はつてゐたりと、「改変」されてゐるのが常であつた。

 ジャーナリスト江川紹子氏の「ネット社会を生きる人へ~自戒を込めて」といふ文章を読んだ。
 光市母子殺害事件のご遺族の本村洋さんについて、事実からかけ離れた情報がネットに流れてゐる、といふ内容のものだ。
 ある一つの小さな事実が、その元をきちんと確認されないまゝに、ネット上でどんどん「ウワサ」といふ形で形を変へて広まつていつたのだと江川氏は言ふ。

この事実が伝えられていくうちに、それぞれが自分の価値観や思惑を加味し、新たな意味づけがされて、ネットの世界で広がっていったのでした。(中略)話に尾ひれがついた、というより、背びれ胸びれまでくっついて、ネットという大海を泳ぎだしてしまった感じです。


 私は、子どもの頃から伝言ゲームといふゲームに関心があつた。そして大人になつた今でも関心がある。
 伝言ゲームでは参加者は全員、中継者である。真ん中の子だけではなく、一番後ろの子も先生からお題を聞いてくる中継者だし、一番前の子も最後に先生にお題を伝へなければいけないので中継者である。中継者でないのは、お題を出した先生、つまり情報発信元の先生だけである。
 このゲームに勝たうと思ふなら、中継者は絶対に、元の文章に自分の価値観や思惑を加味してはいけないし、長い文章を自分なりに“要約”してもいけない。正確無比なコピー機でなければならないのだ。
 江川氏は言ふ。

それより私が問題だと感じたのは、(中略)事実を確認しないまま、それに様々な意味づけや憶測を付け加えて流していく人たちです。どこかのサイトや掲示板で見たウワサをコピー&ペーストすれば、今度は自分が発信源になれます。


 これは面白い視点だらう。伝言ゲームの途中で、ほんのちよつとでも自分なりの意味づけや憶測を付け加へてしまつた人は、もうその人が新たな伝言ゲームのスタート地点なのだ。自分は「真ん中の人」であつたつもりが、いつのまにか「一番最初の人」になつてゐるのだ。
 また、私たちすべての中継者は、正確なコピー機でなければいけないにもかゝはらず、ネット上においては、その便利なコピー機能が却つて仇になる、といふ点も注意しなければならない点だ。もしネットにコピー&ペーストといふ機能がなければ、全然違つてゐただらう。ウワサの伝はる伝播力やスピードが断然違ふからだ。

 そして、今回の江川氏の文章の中で最も大事な部分。

すごく安易に、とても気軽に、かなり無責任に、情報の流通の担い手になっている人たちがいます。彼らにとっては、単なる面白い情報の一つにすぎなくても、そうやって流された情報によって傷ついたり、困ったりする人がいる、ということを、もう少し考えてもらいたいと思います。


 これは非常に重要なことだ。

 「そんなにムキになることないんぢやないの」と思ふ人もゐるかもしれない。たしかに小学校の伝言ゲームにおいてはさうだ。小学校の伝言ゲームは一応は正確に伝へて勝つことが目的だけれども、一方では、元文が原形をとゞめないほどに「変形」してしまつてゐるところに面白み、をかしみがある。
 だが、現実社会あるいはネット社会では、さうではない。現実社会の伝言ゲームは遊びではない。現実社会・ネット社会の伝言ゲームと小学校の伝言ゲームはどこが違ふのか。それは、「それによつて傷つく人がゐるかゐないか」の違ひだ。
 かういふ「傷つく人」の存在に気づくかどうか。自分は誰も傷つけてるつもりはなくても、ネット上においては、安易に、面白がつて、かうしたゲームに参加することによつて、いつのまにか誰かを傷つけてゐる可能性が高いといふこと。それは「影響力が大きい」、「伝播しやすい」といつたネットの特質から来る危険性である。そして、時には自分でも気づかぬうちに自分がその「傷つけ」のスタート地点になつてゐる可能性すらある、といふことである。

 最近は、不確かなウワサを「都市伝説」などと言つて面白がる風潮もあるが、ネットを利用する人、ネット社会を生きるすべての人は、くれぐれもこの種の伝言ゲームへの軽率な参加を慎まなければなるまい。


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