暫定龍吟録

反便利、反インターネット的 This blog has not been updated since 2017

ロングテールが多数派になる法則

 自分は少数派なんだ、と思ふことがよくある。

 数ヶ月前から、ヤフーのニュースにコメントが書けるやうになつてゐる。それぞれのコメントの横には、「そう思う」といふ同意ボタンが付いてゐて、そのボタンをクリックすると同意ポイントが上がる。ニュースの下には、同意ポイントが多いコメント上位5つが最初に表示されてゐる。

 この上位5つのコメントは、それだけ「私もさう思ふ」といふ同意者が多いといふことなのだが、私はなぜかこの上位コメントに同意できないことが多い。
 おそらく、考へ方が少数派に属するのだらう。

 アンケートサイトでアンケートに答へることが時々ある。
 ヤフーのクリックリサーチやライブドアのリスログのやうに、投票するとすぐに結果が表示されるものもあるが、こゝでも大体、私が投票した答へは少数派であることが多い。

 ところで、この私のやうな少数派は全体の何割ぐらゐゐるのだらう。
 変な言ひ方だが、「少数派は多数派なのか?」といふ疑問がある。
 多数派と少数派をどこで区切るか、といふ問題もあらう。

 例へば、本の世界だつたら、ベストセラートップ100の本を購入する人と、それ以外の本を購入する人はどちらが多いのか。本の世界だつたら、ロングテールの人の割合が多さうだ。だからこそ、そこに着眼したアマゾンは成功することができたのだらう。
 では、映画の世界だつたらどうか。興行収入トップ10の映画とそれ以外の映画を観に行く人はどちらが多いのか。歌の世界だつたら、ダウンロードトップ100の曲とそれ以外の曲とどちらが多いのか。

 本の世界のやうに、ロングテールが細く長くなるためには本の点数(冊数)が必要である。アンケートのやうに、あらかじめ決められた数の選択肢(例へば5つの選択肢)しかなかつたら、少数派は多数派に成りやうがない。テールが長くないからだ。

 といふことは、点数(選択肢数)が少なければ少ないほど、そこでの少数派は絶対的に少数派であるといふことができるのだらう。
 もつともこれはアンケートにおいては、選択肢の在り方が完璧である場合に限る。「犬と猫、どちらが好き?」といふアンケートで「犬が好き」と「猫が好き」といふ2つの回答選択肢だけでは不十分であつて、「どちらも嫌ひ」な人もゐるし、「好きでも嫌ひでもない」人もゐる。

 ヤフーニュースに対するコメントはどうなんだらう。
 掲載されてゐるコメントの数は限られてゐる。これらのコメントの中から1つ同意するコメントを選べ、と言はれたら、それは選択肢が少ない、といふことになる。だが、同意すべきコメントが特に無い場合、無限に自分なりのコメントを書き加へられる、と考へたら、無限の選択肢、そこには非常に長いロングテールの意見や考へ方が隠れてゐると考へられる。

 だとすれば、上位コメントに同意できなくても、自分の考へ方は少数派だといつて気にすることはない。そこには、書き込まれてゐないだけで、無数の多種多様な考へや意見が隠れてゐると考へることができるのだから。