暫定龍吟録

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羽生十九世名人誕生に思う

 先日、将棋の名人戦で、羽生善治さんが森内俊之名人を破り、名人位に返り咲いた。と同時に、十九世名人の称号を手に入れた。「十九世名人」を名乗るのは引退後のことだが、こゝでは仮に「羽生十九世名人」と呼んでおかう。

 羽生さんは、すでに、王将、棋王、王座、王位、棋聖の永世位も持つてをり、7大タイトルの内、永世位を持つてゐないのは、あと竜王だけになつた。史上初の「永世七冠」も現実味を帯びてきた。

 「史上最強」の呼び声が高い。今までの羽生さんの数々の実績を見れば、さういふ声が出るのも当然だらう。

 江戸時代の初代大橋宗桂から始まつて、羽生さんまで計19人の永世名人がゐるわけだが、その中で誰が一番強いのだらう。

 将棋界では、一般的に江戸時代から平成の現代に至るまで、棋士は段々強くなつてゐると言はれる。これは当たり前のやうに感じるかもしれないが、囲碁の世界では当たり前ではない。囲碁界では、江戸時代の棋士が現代の棋士より強いといふことがあり得る。

 江戸時代は、将棋の名人はずつと家元制度であり、実力制の名人戦が始まつたのは、昭和10年になつてからのことだ。
 実力制になつてからの永世名人は次の通り。

十四世 木村義雄
十五世 大山康晴
十六世 中原誠
十七世 谷川浩司
十八世 森内俊之
十九世 羽生善治

 この間に「永世」ではない名人も何人かゐる。例へば、大山十五世と激しい闘ひを繰り広げた升田幸三九段。彼こそ史上最強の棋士だと言ふ人もゐるだらう。升田九段には今でも多くのファンがゐる。羽生さんの好きな棋士でもある。

 私は、実績から考へて、史上最強の棋士は、大山十五世か、羽生十九世ではないかと思ふ。だが、時代と全盛期が違ふので、この両者を単純に比較することはできない。相撲界で史上最強の横綱を決められないのと同じだ。

 プロ棋士の間でも、若手の棋士の間では「羽生さんが一番強い」と言ふ人が多いらしいが、年配の棋士の人たちは「大山さんの方が強い」と言ふ人もゐる。これは世代の差だらう。
 野球でも、史上最高の野球選手は誰かと聞かれれば、今なら多くの人が「イチローだ」と答へるだらうが、王・長嶋の全盛期を知つてる世代の人からすれば、「長嶋さんのすごさを知らないからそんなこと言ふんだ」となる。

 かういふ歴史に名が残るほど強い棋士たちには、共通するものがある。それは、特徴的な「棋風」を持つてゐない、といふことだ。大山十五世は「○○流」とは呼ばれなかつた。中原十六世は「自然流」と呼ばれたが、自然流とは要するにその棋風に特徴がないので名づけやうがないといふことだ。羽生十九世もオールラウンドプレーヤーで、どんな戦型も指す。これといつて特徴的な棋風はない。
 かうした捉へどころのない柔軟さこそ、本当の強さの秘訣なのかもしれない。

 羽生さんは、「将棋はマラソンのやうなもので走り続けることが大事」といふ趣旨のことを言つてゐた。
 同時代に生きる人間としては、羽生さんにはこのまゝ突つ走つてもらつて、後世の人が到底及ばないやうな大記録を作つてほしい、といふ気もする。