暫定龍吟録

反便利、反インターネット的 This blog has not been updated since 2017

秋葉原通り魔事件と若者の雇用環境問題

 『蟹工船』が話題だ。

 昭和4年に小林多喜二によつて書かれたプロレタリア文学の古典なのに、今年に入つて急に話題になり出した。今、全国各書店でベストセラー入りしてゐる。人気の理由は、この作品背景にある労働者の環境が現代のワーキングプアの問題と大いに重なるところがあるかららしい。

 この現代の『蟹工船』ブームの火付け役の一人は、雨宮処凛氏だ。

 その雨宮処凛が、今日の新聞で、先日の秋葉原通り魔事件について書いてゐた。秋葉原通り魔事件については、私も6月8日の記事で速報で取り上げたが、その時はまだ事件が起きた直後でもあり、事件に関する深い考察を加へることはできなかつた。
 雨宮氏が今日の新聞で書いてることと、ほゞ似たやうなことがこちらのページに載つてゐるので読んでみてもらひたい。

 雨宮処凛は、現代の若者が置かれてゐる派遣労働や日雇ひ労働などの過酷な現状が、秋葉原の犯人を追ひ詰め、今回のやうな事件に走らせたのだといふ見方をしてゐる。

「国際競争」ばかりを強調し、非正規雇用を使い捨てることで人件費削減を成し遂げ、「史上最高の利益」を連発してきた日本の多くの大企業。その影でホームレスやネットカフェ難民となってきた若者。

 かうした若者が今の日本にはたくさんゐる。そして、このやうな若者たちの鬱積は積もりに積もつてゐる。このエネルギーをどこかに吐き出したいが不満の矛先がない。不満を言はうとすれば、世間からは常に「自己責任」と言はれ、ますます行き場のない思ひが溜まる。
 かうした若者の現状は、明らかに社会のせゐであり先行利権者としての大人たちの責任でもあるのに、それを「自己責任」だとか「働かざる者、喰ふべからず」などと言つてる大人たちは何も分かつてない。

「自爆テロしたい」「いっそのこと、戦争でも起こればいいのに」「通り魔になってみんな殺してやりたい」。ワーキングプアと呼ばれたり、既にネットカフェ生活だったりする若者たちから届くメールや、実際に彼らと話した時に聞いた言葉だ。

 真面目に社会運動などをするよりも秋葉原のやうな大事件を起こした方が、世間が注目してくれて若者の雇用環境などの問題に真面目に目を向けてくれるやうになるのは皮肉なことだ、と雨宮は書いてゐる。

 もちろん、今回、犯人がとつた行動は到底、許されるものではない。いくら不満が溜まつてゐたからといつて、通り魔になつてよいといふことはない。
 けれども、さうした犯人を「甘つたれとる」と批判するのは、違つてゐる。そのやうに、個人の責任、個人の問題、といふ方向に視点が向かつてしまふと、事件の背景にある社会の問題がいつまでたつても見過ごされる虞がある。

 秋葉原の犯人が凶行に至つた原因の真相は分からない。おそらく複数の原因が重なつてゐるのだらう。雨宮処凛の見方は、その複数の原因の中の一つの要因だと思ふ。

もちろん、彼のしたことは許されることではない。しかし、ここまで25歳の若者を自暴自棄にしてしまったのは、一体何なのだろうか。多くの若者から「未来」を奪ってきたこの社会のシステムを、もう一度考え直す必要があるだろう。

 二度と秋葉原のやうな悲惨な事件を起こさないためにも、一人一人が社会の在り方について考へなければならないと思ふ。