暫定龍吟録

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子どものために、大人のために、ノーテレビ・ノーゲームデーを

毎日新聞6月27日のニュースより

ノーテレビ・ノーゲームデー:「家庭の会話増やして」 行橋市立17小中学校、来月から毎月1回
 福岡県の行橋市教委と同市PTA連合会は25日、来月から毎月1回、市立17小中学校に通う児童・生徒(計6198人)の家庭を対象に、テレビを見ず、ゲームもしない「ノーテレビ・ノーゲームデー」を設けると発表した。

 
 昨日、ノー・ネット・デーについて書いたが、今日は、ノーテレビ・ノーゲームデーの話。

 かういふ話が出ると、必ず
「こんなことは、行政や学校が強制することではない。各家庭が判断してやればいいこと」
と言ふ人が出てくる。

 だが、テレビやゲームが子どもの勉強時間を減らしたり、家庭内の会話の時間を減らしてゐることは明らか。
 子どもが自主的にテレビやゲームを止めることは難しい。
 では、親が止めさせればいいのか?しかし、今の時代は親も一緒になつてテレビを観たり、ゲームをしたりしてゐる。以前、病院の待合室で、子どもよりもずつと携帯ゲーム機に熱中してゐる母親を見た。
 さういふ家庭の子どもも含めて学校が半強制的にノーテレビ・ノーゲームデーを決めてくれるのは、本来はありがたいことなのだ。

 自分でそのやうなものを決めようと思つてもなかなかできない。テレビやゲームの魅力に自ら逆らへる子どもなど少ない。大人でも少ない。そこまで意志の強い人はなかなかゐない。
 例へば、本を書く仕事の人がゐるが、編集者が半ば強制的に締め切りを決めてくれるから、文章を書き上げることができる。これが、もし締め切りといふものが無かつたら、本一冊を書き上げるのは相当困難だらう。

 今の30代以下の人は、自分が子どもの頃にも家庭内ゲーム機があつて、それで遊んで育つたはずだ。テレビやゲームのおかげで、いかに友達とのあるいは家庭内での会話が少なくなつたかを身をもつて知つてる世代のはずだ。
 さういふ世代の人間こそが、今回の行橋市のやうな取り組みを積極的に支持していくべきではないのか。