暫定龍吟録

反便利、反インターネット的 This blog has not been updated since 2017

ブログは思い出媒体として最適か

国内ブログ総数は1690万、8割以上は更新されず(7/4 ITmedia News)
総務省・情報通信政策研究所がこのほど発表した国内のブログに関する調査によると、今年1月現在、ネット上で公開されている国内ブログの総数は1690万で、1カ月に1回以上記事が更新されているアクティブなブログはそのうち約300万と、約18%に過ぎなかった。


 日本国内に1600万以上ものブログがあることが驚きだが、その内、アクティブなブログは2割弱といふのも驚き。いや、別の調査で、日本のブログの4割はスパムブログといふ報告があるから、それを併せ考へれば、それほど驚くことでもないか。

 かうした更新されてゐないブログを、休火山、死火山に擬へると、長期間更新を休んでゐるブログは「休ブログ」、完全に更新をストップしてしまつたブログは「死ブログ」と言へるだらう。そんな休ブログや死ブログの行方が気になる。今はまだ、日本にブログが普及してから4年ほどしか経つてゐないからいいが、これがあと20年、40年経つた時には、ネット上で大量の「死ブログ問題」が発生するのではないだらうか。国内ブログのデータ総量だけで42テラバイトもあるさうだから、これは無視できない問題だ。
 ほとんどの死ブログは、ネットの墓場に誰知ることなく葬られていくだらう。しかしそれは完全に消去されるわけではなく、どこかに記録を残してゐる。それは現実社会で、人が死んだときに、墓石が建てられるのと同じだ。

 その記録がもし未来の人によつて振り返られるときに、はたしてブログといふ形態は、最適な形態なのだらうか。
 私は、ブログといふものは、書籍の世界に譬へると雑誌のやうなものだと思ふ。常にその時々で最新号しか注目されない。どんなに過去の号に良い記事を書いてゐても、バックナンバーの号まで取り寄せて読んでくれる人は少ない。
 その点、従来型のホームページは、単行本だ。割と古い本、つまり古い記事でも読んでもらへる。
 ホームページ(従来型)は、そこに価値あるコンテンツが置いてあれば、なんとなく更新されてゐなくても許されるやうな気がする。私は、実際、そのやうにして便利に使つてゐるホームページがいくつかある。だが、ブログは更新することに一つの大きな価値がある。読者も常に新しい情報を求めてゐる。

 長い目で見れば、今はまだ、ブログ興隆期といつてよい。ブログが普及して4年しか経つてゐないのだから。だが、今後、死ブログが続々と出てくるであらう未来を考へると、私たちはCMSとしてのブログを少し見直さなければいけないのではないか。
 何年後かにブログブームが一段落したときに、従来型のホームページのやうな在り様が、再び脚光を浴びるかもしれない。

 記録媒体、といふより、一人の人間の思ひ出媒体として、ブログがどの程度適してゐるのか。
 ブロガーは、死ぬ前にブログを書籍化するべきだと思ふ。それが間に合へばその人にとつてブログは適してゐた、と少しは言へると思ふ。