暫定龍吟録

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人身事故の影響で自分の乗ってる電車が止まったら

 学生時代はずつと地下鉄通学だつたが、電車が止まるなんてことはほとんどなかつた。
 今、JRに乗るやうになつてから、頻繁に電車が止まるのを経験してゐる。
 理由は、車内アナウンスによれば、

 「信号が赤のため」
 「前の電車との間隔が詰まつてゐるため」
 「車両点検のため」
 「○○駅において緊急停止ボタンが押されたため」

等々だが、それと並んで時々あるのが、「人身事故により」といふものだ。
 人身事故が発生した場所が、自分が今ゐるところよりずつと先の場所だつたとしても、その影響は後続のすべての電車に及び、すべての電車が一旦ストップする。

 なぜだかわからないが、地下鉄では人身事故は滅多にないのにJRではたびたび遭遇する。「人身事故」と言ふけれど、その実態は大体「飛び込み自殺」である。
 そして、その人身事故の影響で自分の乗つた電車がストップするたびに、私はいつしかかう思つてゐた。

 「なんで線路に飛び込むんだ。迷惑な奴だ」
 「しかも朝の皆が忙いでる時間帯に。人々の迷惑も考へないで」

 さう思つてイラついてゐた。

 だが・・・、

 人一人の命が亡くなつたのだ。
 「人身事故」とのアナウンスを聞いても私たちは「あー、また人身事故か」と、うんざり気味にしか聞いてゐないけれども、そのとき一人の人間が懊悩と絶望の末に自らの命を絶つたのだ。
 絶望の淵にある人間に「他人への迷惑を考へよ」と言ふのは無理な話だ。そこまで追ひ詰められてゐる人間には、そんなことを考へる心的余裕はない。

 人身事故の影響で自分の乗つてる電車が止まつたら、ほんの少しの間でもいいから黙祷して、命を絶つた人のことを想つて祈りを捧げるべきなのだ。

 現代人は忙しすぎて、そんなことさへできなくなつてしまつてゐる。