暫定龍吟録

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我慢しないということ

「このままじっと我慢してれば、そのうち良くなる」。そんな神話を信じる老害社員はなぜ増えたのか? -カレーなる辛口Javaな転職日記

我慢することの害 -はてな匿名ダイアリー

 最近、上記二つの文章を読んで、いろいろ思ふところがあつた。

 今時の若者はなぜ3年で辞めるのか。「根性がない」、「忍耐が足りない」などとよく言はれる。3年も持てばいいはうで、数ヶ月で辞めたり転職したりする人も少なくない。

 若者が辞める理由の一つに、「仕事内容が性に合はないから」といふのがある。これなどは年配者から見れば、まさに我慢や忍耐が足りない証拠で、「昔は多少、自分の性に合はなくても我慢したもんだ。性に合ふか合はないかは、10年やつてみないと分からないもんだ」などと言ふことになるのだらう。

 なぜ年配者は「我慢しろ」と言ふのか。それは上記に紹介してゐる二つの文章を読んでもらへばわかる。そして、それが現代の時代状況を認識してゐない、時代錯誤な発言であるといふことも。

 昔の人は、自分にまつたく合はない仕事でも「我慢」したのだらうか。我慢したのだらう。おそらく我慢したのだらう。だが、さうではない事例も見つけた。

 私が学生時代に尊敬してゐた先生の話。
 その先生は紫綬褒章までもらつてゐるすごい文学者なのだが、経歴を見てみると、大学院修了後、いきなり大学に勤め出したわけではなかつた。院修了後、一旦、一般の企業に就職し、普通のサラリーマン生活を送る。しかしそこで「役立たず」的な扱ひを受ける。
 なんだか分かる気がする。文学や哲学をやるやうな人は得てして現実離れしてゐて、社会の現実的なことを捌くのは苦手なものだ。
 そして結局その会社を辞めることになるのだが、それが経歴にはたつた一言でかう書かれてゐる。

 「一般企業に勤めるも、なじめず退職」

 たつたこれだけ。
 退職の理由は「なじめず」といふだけ。

 この先生の経歴を読んだとき、あゝこれでいいんだ、と思つた。「なじめず」でいいんだ。昔の人もさうだつたんだ。
 現代の若者の皆さん、決して無理することはない。「なじめず」が立派な退職理由だ。

 現代の私たち若者は、かなり歪な形で我慢を強いられてゐる。長い年月我慢した後に、何かご褒美が待つてゐるわけでも利益があるわけでもない。我慢しても何の得もない時代なのだ。

 もちろんこの先生は、会社はなじめなかつたが、文学といふ才能を持つてゐたから、すぐに大学教授の職に就くことができた。皆が皆、さういふ恵まれた才能を持つてゐるわけではない。大抵の人は才能がないから仕方なく自分に合はない仕事でも我慢してやつてゐるのだらう。
 だがそれでも、現代の状況において、我慢してゐることの弊害は大きすぎる。我慢するくらゐだつたら、逃げるか、さもなくば世の中を作り直すか、のどちらかだ。

 我慢しないといふこと。徒労は、無駄ないたつきは、少しでもなくさなければならない。