暫定龍吟録

反便利、反インターネット的 This blog has not been updated since 2017

携帯電話を持たない私

 携帯電話を持たない人-はてな匿名ダイアリー

 まるで、私のことを名指しで批判してゐるやうな記事だと思つた。
 まさに携帯電話を持たない私からの反論。

「みんな持つのが常識だみたいな先入観に毒されてる」のようなことを唱える処置なしは極端な例だからおいとくとしても


 何が処置なしなのか、まつたく理解できない。
 
 私は生まれてこの方、携帯電話を持たずに生きてきたが、別に「自慢」したり「優越感を滲み出したり」してゐるつもりはない。

いや、お前が不便かどうかではなく、お前が持っていないことで他の人が不便なのが迷惑なんだよ。


 そんなことは、ずつと昔からわかつてる。以前、後輩と待ち合はせをして、後輩が30分くらゐ遅れてきたとき、「○○さん、頼むから携帯持つててくださいよ」と泣きさうな感じで言はれたことがある。私が不便なのではなく、遅刻することを私に連絡できない後輩が不便なのである。それは、わかつてる。
 しかし、

「古風な自分ステキ」的なポリシーでもって頑なに持たないことを続けようとする人ははっきりいって迷惑だ。


とまで言はれると、ポリシーとして携帯電話を持つてゐない私は黙つてゐられない。

 大体、衣服の例へと比べるのはをかしい。

例えば、衣服だって似たようなものだ。今の時代、「俺は別に寒くないから街に出るのも裸でいいや」というのが許されるか?


 衣服のやうな伝統と歴史があるものと、携帯電話のやうな一時の流行のものを比べるのはナンセンスだ。それを「パラダイムシフト」とまで言ひ出す始末は、あまりにひどい。携帯電話なんて一時的な流行のものに「パラダイム」を思つたり、時代の常識などと思つてる人がゐるとしたら、それはつまらない考へ方だ。「ポケベル」が所詮、一時的な流行に過ぎなかつたことを思ひ出してほしい。当時、ポケベルを持つてゐなかつたからといつて、それほどまでに非難されただらうか。

 それに上記の増田氏は、携帯電話を持たない生き方だつて選択できたんだよ?なぜあなたは、主体的に携帯電話を持たない生き方を選ばうとしないのか。
 周りの人たちに迷惑をかけるから?
 嘘をつけ!
 「携帯電話が好きだから」。持つてると「便利だから」、「楽しいから」だらう?
 今、携帯電話を持つてるほとんどの人は、最初に購入したきつかけは、さういふ自分の欲望からだ。
 周囲への義務感や責任感から携帯電話を持つやうになりました、と言ふなら、それはまだ感心なはうだ。でも、そんな義務感は、つまらない義務感だ。そんなことで周囲に迷惑がかゝる、などと思つてゐるのなら、いつまでたつても主体的な生き方はできないだらう。

 私が「私のPCにはWordがありません」と言ふと、「Wordファイルが送れないから困る」と言ふ人がゐる。さうやつて今まで私たちはマイクロソフトに毒されて来たのではないのか。その愚を携帯電話でも繰り返さうと言ふのか。Wordがないなら、OpenOfficeを、Google docsを使へばよいではないか。一人一人が「Wordを持つてません」といふ声をあげることによつて、これらの別の新たな手段は生まれてくるのではないか。
 携帯電話だつて同じこと。もつと「私は携帯電話を持つてません」と言ふ人が多くなれば、それに代はる別の連絡手段が生まれるはずだ。

 とまあ、持たざる者が持つ者を批判するならともかく、持たざる者が持つ者から批判されるとは思つてもみなかつたので、つい、感情的に反論してしまつた。

 ちなみに私が携帯電話を持つてゐないのは完全にポリシーだ。このブログの標語にもしてゐる「反便利」の精神から来てゐる。「反便利」とは、自分にとつての便利だけでなく、他人にとつても便利であつてはいけないのだ。
 どんなに批判を受けようとも、このポリシーは変へないだらうし、周りに不便をかけてるのは承知だけれども、「本気で申し訳なく思っ」たりすることはないだらう。